機動戦士ガンダム重力戦線異聞 Imitation RED   作:葛西源次郎

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第九幕 邂逅

 次の瞬間、各自の反応は早かった。

 テオドールは腰を浮かせていつでも跳ねられるように。

 偵察兵二人は銃底を肩に押しつけて構えを正し。

 ハロルドは腰のホルスターに手を置いてすぐさま拳銃を抜けるように。

 ミツヒロは狙いをより正確に、そして引き金に指を。

 

 全てはルフィーノ曹長の表情が人食い鬼の如きそれに豹変したことを見ての反応だった。

 

「おいおい、曹長さん。穏やかじゃないな。さっきまでの紳士的なあんたはどこに飛んでった」

「貴様の発言さえなければな。よもやここまでコケにされるとは思わなかったさ」

 

 テオドールに浮かんだのは疑問。

 自分達の尋ね人はそこまで態度を急変させるほどに重い意味を持ち、話せない内容ならば嘘は言わず黙ると言っていた男がこうまで食ってかかるほどの理由があるということなのか。

 

「オッサン。周りを見て言葉を選びなよ。心臓と頭吹っ飛ばされても生きてられるなら話は別だがね」

 

 ミツヒロの警告は若干の苛立ちを含むそれで。面倒くさがりで厄介なことをテオドール以上に嫌うこの男は、すでに現状を特級の面倒ごとだと判断しているようで「早く撃たせろ」と言わんばかりな視線を向けている。

 若い偵察兵二人の目線、これもおそらく発砲許可を求めるものか。一度首を横に振って待てと伝え、話を整理する準備に入る。

 

「すまないが、俺達にはあんたが鬼の形相になる理由がわからん。あんたは、例のガンダムくんについて何か知ってるのか?」

「白々しい!この状況を生んでおきながら、まだとぼけるつもりか!」

 

 ルフィーノの剣幕は収まるどころか激しさを増すばかりで、それを見るミツヒロの目も鋭さと殺意を増していく。

 しかし、ここでようやく糸口も見えた。というよりは話の接続に違和感を感じることができた。

 

「この状況を、生んだ?ちょっと待ってくれ、何か話が繋がってねえな」

「何をほざくか!俺の部下を、仲間を奪ったこの状況を生んでおいてそれを………!」

「待て!あんた今何つった!」

 

 とっさに大声で言葉を遮る。それが怒気の類ではないことは、熱くなった頭でも理解できたらしい。ルフィーノはそこでようやく、テオドールが違和感を覚えているという言葉が嘘ではないと思えたようだ。

 しかしそれはテオドールだけではない。ハロルドも、ミツヒロも、偵察兵も。その場のルフィーノ以外の全ての人間が、銃こそ向けたままだが話の流れに顔色を曇らせている。

 そこで、一歩前に出たのはハロルドだった。その手の拳銃はすでに下ろされている。

 

「ルフィーノ曹長。すまないが、一つ一つ確認したい。何か、我々の認識には重大な齟齬があると感じる」

 

 いつも柔和なその細い目は、少しばかり吊り上がって。

 ハロルドだけではない。誰もが感じているのだ。

 この齟齬は早々に正体を暴かねばならない。これは、放置していればいずれ取り返しのつかない最悪の何かを連れてくる、と。極めてよくない何かを、確実に、冷静に、迅速に暴く必要がある。

 その空気は、ルフィーノの頭を冷やすのには十分役に立った。

 

「まず、あなたの隊はつい少し前に襲撃を受け、壊滅した。これは間違いないかな」

「ああ。その通りだ」

「そして、その襲撃を我が軍のものだと思っていると」

「………そうでないならなんなのだ。これは、地球連邦とジオンの戦争だろう」

 

 間違ってはいない。そして嘘も言っていないし、感情任せにもなっていない。

 

「その襲撃は、単機のMSによるものだったのではないかな」

「その、通りだ」

 

 嫌な予感は積もっていく。ルフィーノは、何か前提を丁寧に崩されていく感覚に包まれる。

 テオドールは、ポケットから一枚の写真を取り出してハロルドに突き出す。もうここまで詰めたならば、はっきり確認しておいた方がいい。

 

「その機体は」

 

 その写真を、ルフィーノの前にそっと差し出す。

 血の気が引く音、というのは。まさにこのことなのではないか。

 

「この、ガンダムタイプではなかったか」

 

 沈黙が続く。それは、何よりも雄弁に答えを告げる悲痛な沈黙で。

 事ここに至れば、違和感の正体と真相には誰だって感づいてくる。テオドール達は頭が痛くなる話だし、ルフィーノからしてみれば絶対に認めたくない話だ。

 誰かが息をのむ音が聞こえた。ルフィーノの震える唇がようやく言葉を絞り出す。

 

「お前達は」

 

 その言葉はもはや質問ではなく、懇願に近いもので。

 やめてくれ、違うと言ってくれと。そう願いたい者の悲痛な声で。

 

「一体、何を追っているんだ」

 

 テオドールはここでようやく、はっきりとした確信を得ることができた。

 自分達に降りかかってきたクソ案件は、その想像を遙かに超える厄ネタで。しかもどうやら、すでに手を引ける段階は遙か以前に過ぎ去っているようだと。

 指示を出してきた上の連中がどこまでこのことを把握しているのかなんて知らないが、そんなことは関係ない。

 この状況は想像以上に危険であると、ひりつく肌が、痛む頭が警告を叩きつけてくる。

 

「ルフィーノさん。そういえば俺達の任務、まだ言ってなかったな」

 

 タバコを一本捻り出し、痛む頭を押さえながら火をつけて。テオドールは、段階を進めていく。

 

「俺達の任務は、うちの身内に茶々入れてきたこのガンダムって野郎を追撃すること。そしてこいつの消息を追う途中で、あんた達を見つけて今に至ってるわけだ」

 

 ルフィーノの表情が絶望に染まる。

 彼ら連邦の偵察隊を襲撃したのがこのガンダムだというのなら、ルフィーノの立てた仮説は想像がつく。

 つまり、連邦軍の御旗ともいえるガンダムという存在をジオンが模造あるいは鹵獲か何かで得たものを流用し。悪辣な偽装を用いて騙し討ちという、外道極まれりといった戦術を以て自分達を襲ったのだと。それを白々しくもあのような尋問をされれば憤りもするのは理解できる。

 僅かな写真情報からアストが読み取ったことの中に、ツギハギのような作りのそれはジオンのMSのパーツや、ザクの動力パイプすらも見えたというものがあった。実際にそれを見たなら、仮説を裏付ける根拠としては十分すぎるだろう。

 しかしその仮説は今完全に崩れ去った。完全にこちら側の言い分を信用できないにしても、自分の部下達の仇と声高に叫ぶだけの持論も残ってはいない。

 何より悪いのは、ここで新たに浮上する二つの仮説だ。

 

「隊長、このガンダムくん。一体なんなんですかね?」

「お前も予想ぐらいはついているだろう。ミツヒロ、お前はどう思う」

 

 既に銃を下ろしたミツヒロは、テオドールと同じ安タバコを一本咥えて眉間に皺を寄せる。この状況でまず浮かんでくる可能性は、あまりにもルフィーノに酷なものだ。

 

「一つは、両軍どちらにも属さない第三勢力、もしくは野盗のような………まあ、そんな連中がガンダムなんて高性能機をどうやって手に入れたんだって話ですが」

 

 そこで一度煙を吐き、目の鋭さを増して再び仮説を延べ出す。

 

「もう一つ。奴は連邦の所属で………ただし、絶対に外部に漏らすことは許されない特級の極秘事項を抱えた試験機、試作機という可能性」

「目撃者は消せって事か」

「友軍にすら、それこそ極僅かな関係者のみにしか知ることを許されない極秘ってのはいつの世にもあるものだ。例え同じ連邦軍だろうと、許された関係者以外に目撃者を作ることが許されないなら」

 

 ミツヒロの目から鋭さが消える。その視線の先にいたのは、憔悴したルフィーノ。これが正しいとするなら、あまりにも報われない話だ。敵とはいえ流石にこれ以上追い詰めるのは咎めるものもあるが、それでも言わなければならない。

 

「軍事機密という大義を守るためならば。味方でも皆殺しってのは………可能性としてはあるだろうさ」

 

 テオドールも、ハロルドも、思わず目を背ける。それほどまでに、今のルフィーノは見ていられなかった。

 見た目が友軍機に近くても、問答無用で襲ってきた上にあのツギハギじゃ敵の偽装と思うのは仕方ない。そう思いたい気持ちは当たり前のものだ。

 もしミツヒロの語った説が真実なら、彼の部下達は機密という預り知らぬもののためにただ巻き込まれ、友軍に、味方に殺されたと言うことになる。それはあまりにも救いがない。

 しかし、ジオン連邦双方が襲われているこの現状から一番高い可能性はそう考えるしかない。もしくはジオン側の方の機密試験で………という可能性も無いわけではないが、追撃の指令が正式に出ている辺り根拠が薄い。

 連邦のものに偽装した機体を自軍にぶつけてデータ収集………などこじつけようと思えばいくらでもできるが、真っ当に考えていくならそちらより考慮すべき可能性があるし行き過ぎれば本来の目的を見失ってしまう。

 

「あいつらは………友軍に殺された、というのか」

「あくまで可能性だ。だが少なくとも、うちはアレに関与してねえ」

「テオ、この状況はよくない。後続との合流を早めた方がいいだろう」

「了解。えーっと………」

 

 そういえば名前聞いてないな、と。ワッパ乗りの偵察兵二人に視線を向ける。向こうもすぐに思い至ったのか

 

「し、失礼しました。緊急の場とはいえ」

「ハズマンド軍曹であります。こちらはブロム伍長です」

「ありがとよ。ハズマンド、ブロムと一緒に可能な限り早く後続の対MS歩兵中隊と合流して現状を伝えてくれ。アスト達に連絡はさせるが、こっちはいつ火が上がるかわからん」

「了解であります。しかし、こちらは?」

 

 こちら、といって目を向ける先には顔を覆って俯いたままのルフィーノ。その横に、ハロルドが歩み寄って一つ頷いた。

 

「彼は我が隊で。ミツヒロ、サムソンにお連れしよう。ルフィーノ曹長、思うところはあるでしょうが今はまずそれでよろしいか」

「………ああ。好きにしてくれ」

「ミツヒロ、頼む」

「了解しました。どうか、お気をつけを」

「そっちもな。アクス中尉によろしく」

 

 頷いてルフィーノを起こし、支えながら連れて行くミツヒロ。

 例え怪我がなくとも、あの状態ではもう抵抗も脱走もできないだろう。しかし申し訳ないが、こちらとしてもあまり余裕はない。テオドールはすぐにハロルドに向かい合ってタバコを砂の上に投げ捨てる。

 ハズマンドとブロムも急ぎワッパに戻り、出立の準備を整えている。奴らもわかったのだろう、今の状況の不穏さは。

 目的はわからないが、ジオン連邦関係なく襲撃するような危険な存在が近くにいる可能性が高い。ほとんど出来の悪いホラー映画だ。

 

「ザクに戻りますか。後は無線でいいでしょう」

「そうだな。すぐに動けるよう支度しておくとしよう。ホバートラックの残骸は、できれば調べたかったがやめておいた方がよさそうだ」

「アクス中尉達に回収しておいてもらうってのは?」

「悪くないが、あまり機動力を落としたくない。弔いもしてやれないのは残念だが今は仕事を優先しよう。暗くなってきた、早くいくぞ」

 

 ルフィーノがいればなんと言っただろう。この隊長さんは、本当になんというか。

 駐機してあるザクの方に足を向け、近距離用の携帯無線機を

 

 手に取ろうとした時、丁度のこと。ポンコツの無線機のスピーカーから、ノイズとともに声が走る。

 

 

『こちらサムソン!総員、即時ザクへ!パッシブレーダーに複数の飛行物体、感あり!』

 

 

 数キロ先まで届くのではと思うほど、強く舌打ちして。

 その足は砂を蹴り、赤い愛機のもとへと全力で駆け出した。

 

「種別は!?」

『おそらく航空機!ミサイルや軍艦、輸送機じゃない!もっと小型のものだ!』

『こちら同じくサムソン、クイントン。連邦のお客様はチェックイン済みです。ミツヒロ曹長もザクに戻っています』

 

 通信を続けながらも、たどり着いたザクのコクピットへと最速で上がる。飛び乗ってすぐに動力を入れ、体に染みついた動きで各スイッチ類を叩くように入れモニターを映し出す。通信機は即座に機体のものに切り替えた。

 

「テオドール、スタンバイ完了!接敵まであと!?」

『三分かそこらだ!』

「こちらミツヒロ、準備はできた。対空準備も万全だ」

「ハロルド、同じく準備完了。アスト、反応のIFFは?」

『すべて連邦のものです!数は………四機!方位データ送ります!』

 

 サブモニターに映るアストからのデータを見て、対空戦闘の準備に入る。まさか航空機にヒートホークってわけにはいかない。マウントからマシンガンが外される音と手ごたえ。的は小さいが、厳しいわけじゃない。

 カメラの調整、センサーの動き、スラスターの動作、すべてグリーン。

 対空は久々だが、ミツヒロをメインにして何とか、と。そこまで考えたところで、アストの声色が変わる。

 

『なんだこれ、音紋がおかしい。ブースター………いや、違う』

 

 アストの焦ったような、迷ったような声。

 ほぼ同時に、ほとんど夜に染まった空の向こうにいくつかの光。おでましか、と身構えたがアストの言葉がその気構えを揺さぶることになる。

 

『違う!飛んできてるんじゃない………各機備えてください!』

 

 光は、だんだん大きく見えてくる。なんだ、あいつらはいったいなんだ。

 

 

『墜落だ!あいつら全員、墜ちてきてる!』

 

 

 

 

 轟々と、砂漠の空を震わせながら。クランプス隊の頭上を流れるのは赤く輝く四つの流星。

 砂漠を照らし、大気を揺らし、目を焼くその煌々とした炎は、間違いなく被弾した機体のそれで。

 機体は間違いなく連邦の戦闘機。機種名は忘れたが、割とそこらを飛び交っていたやつらだ。それが、悉くエンジンから火を噴いて暗い黄昏時の空を滑るようにして墜ちていく。

 

 

 

 

『直前の音紋データに、極めて小さい物ですが炸裂音のような波形があります。これは、銃撃かと』

『スラスターの噴射音、敵機飛来と同方向から!何か、MSらしきものがこちらに接近してる!』

 

 ここまでくればもう笑うしかない。

 テオドールは吐き捨てるように笑い、モニターと各計器に目を配りながらタバコに火をつける。いいぜ、来いよ化物が。どこの誰だか知らないが、向こうから来るならやるしかない。任務の前倒しだ、さっさと終わらせて一杯やるぞクソが。

 

「テオ、お前と私で抑え込むぞ!ミツヒロ、パターンB3!遊撃中距離狙撃で支援しろ、配置につけ!」

「一分でポジションにいきます。少尉、前衛は頼みました」

「ああ、わかった。アスト、お前とクイントンは距離を取って奴を観察、常に退避できる場所からデータと通信で常に俺達に共有し続けろ!ルフィーノさん、悪いが少し辛抱してくれよ!」

『サムソン了解!第二戦闘距離に移動開始します!』

『アクティブレーダーを起動、周囲の監視とお客様の護衛はお任せを』

 

 全員が淀みなくそれぞれの仕事を確認する。ああ、そうだな。頭抱えてふて寝して忘れたいクソッタレな状況だろうと、仕事に関しちゃ全員これ以上なく信用できる。仲間だけには恵まれたなクソが。

 

『対象、ザクの視認距離へ!』

「ああ、見えた。あちらさんが、今日のゲストか」

 

 ほとんど沈んだ陽に僅かに照らされて。それは、歩みを進めてきた。

 背後での轟音。これは、さっきの流れ星か。中身がどうなったかは知らないが悪いな。今はこっちで手一杯なもんでね。

 

「………ガンダム」

 

 不気味なほどに静かに、機械的に。

 しかし確実にこちらに向かってくるMSの影。

 アストが顔を青ざめてたあの写真の通り、特徴的なアンテナとシルエット。メインカメラは、あれはバイザーか?ツインアイかは確認できない。

 そして、なるほどと嘆息する。これは確かに気持ちが悪い。

 

「ミツヒロ、所定の位置に。いつでも撃てる」

 

 右の脇腹からだけ突き出た、見覚えのありすぎる動力パイプ。

 左脚の上下をつなぐケーブル。左手は………あれは、グフか何かのものか?なるほど、チグハグで気味が悪い。

 

「写真情報とほぼ一致してやがる。隊長、あれが?」

「そのようだ。ミツヒロ、まだ撃つなよ」

 

 そして、何より生理的に悍ましさを感じるのは、その動き。

 両手をだらしなく下げて、手持ちのマシンガンらしき武器も構えずただ歩み寄る姿。シールドすらも、前に出さず。

 

『事前情報とほぼ一致します!隊長、奴を作戦目標と断定します!指示を!」

 

 こいつが、俺たちの今回の標的。獲物。敵。

 

「テオ、牽制射に当たるなよ」

「はいはい、せいぜい気をつけますよ」

 

 こいつが………『ガンダム』。

 俺たちの敵で、怨敵で、できれば会いたくなんてなかったクソ野郎。

 

 いいぜ、かかってこいよ化け物が。

 マニュアルプリセットの戦闘コード。テオドールだけに合わせた、テオドールだけの戦闘モーションへのリンク。

 さぁ、準備はできた。あいにく、長居はご遠慮願いたい。

 

 何一つ歩き方を変えないその漆黒のガンダムへと、腹の底からの敵意を込めて。

 

 『レッドキャップ』のモノアイ が、夜闇に光を灯す。眼前の敵を殺せと。ガンダムを討てと。

 この夜を越えて明日もまたくだらない軽口をたたくため、安酒を飲んで眠るため、

 

 ハロルド機がバズーカを構える。少し離れ、ミツヒロ機が身を隠している。アストとクイントンが全てを見ている。

 さあ、戦争だ、戦闘だ、殺し合いだ。くだらない命のやりとり、その先に歩む権利の奪い合いだ。

 全兵装異常はない。レティクルに獲物を捕らえ、ついに聞こえるハロルドの号令。

 

「クランプス隊、戦闘を開始する!」

 

 鋼の巨人の瞳が、一際強く輝いた。

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