俺にとって兄さんは手の届かない人。手を伸ばしても届かない距離に兄さんはいる。よく小学校の頃や中学校の頃はプロ野球選手の兄が居て良いなと友達から言われていたりしたがその度に僕はこう返していた。「そうかな」と。友達の兄さんは普通に家にいるのに俺の兄さんは家に居ない。テレビで見れるだけ、球場で見れるだけで手に触れられない。いつでも触れられるような兄さんがいる人が羨ましいと思ってしまったりした。
だけど年を重ねていくうちにこれは仕方のない事なのだと割り切るようになっていった。いつまでも兄さんの事を考えているだけでは前に進めない。待っているだけではダメだと思い俺は青道高校への進学を決めた。兄さんが通っていた青道高校は野球の強豪校で甲子園出場を掴んだ時もあり、全国制覇をした事もあったようだ。
そしてその全国制覇を成し遂げたのは…俺の兄である小湊秋夜がキャプテンの時であった。当時の青道高校は他の高校が付け込む隙も見せずに完璧なまでの勝利だったと聞いている。俺が生まれる前の事だったからこの目で見る事は出来なかったけど…録画されていた試合を見たりすると凄さが分かってしまう。今の俺じゃ高校時代の兄さんの足元にも及ぶことはない。
兄さんはどのポジションを任せたとしても良いプレーを見せる。才能と一言で片づけてしまえば簡単だけど俺は才能だけじゃないと思っている。確かにセンスはあったんだと思う。でも、努力も人一倍していたはずなんだ。
もし、俺が在学中に甲子園に進めたらその時は兄さんに見に来て欲しいと思っている。兄さんも忙しいだろうけど一度ぐらいは俺のプレーを見て欲しい。それは俺だけじゃなくて弟の春一も思っていることなんじゃないかな。兄さんに認めて欲しい、俺たちがやってきた事が無駄じゃなかったと言われたい。その一言のためだけに俺と春一は頑張ってきた。
兄さんのことは高校に入ってから周りの人に言う事は無くなった。兄さんの功績を考えれば期待されるのは考えるまでもない。もし、俺が変なプレーをしたり足手まといになるような事をしたら兄さんの顔に泥を塗る事になってしまう。それだけは本当に勘弁だ。だから、俺も春一も兄さんの事を一言も話したことがない。
俺や春一が生まれてから兄さんと一緒に過ごした時間はとっても少なくて全ての時間を合計したとしても二か月に満たない。兄さんは忙しいから帰ってこれる日はとても少なくて最悪の場合、一年に帰ってこれない日があったりもする。それでも時々、兄さんが帰ってこれる日はとても甘えた。
でも、それは俺や春一が小学校に上がるまでで小学校に上がると同時に兄さんが帰って来ても話しかける事は無くなっていった。それは兄さんが嫌いだとかではなく迷惑になると思っていたから。折角の休みで帰ってきているのに俺たちが甘えて労力を使わせてしまうのはダメなのではないかと考えるようになった。
だから、兄さんと最後に話したのはもう思い出せないぐらい前だ。
まさかこんな事になるとは微塵も思っていなかった。兄さんがプロ野球を止めたのは知っていたけどその後の足取りが全く掴めないと母さんや父さんから連絡があった。とても心配だったけどあの兄さんのことだからどこかで野球でもしているのではないかと思っていた。
そして再開は突然に訪れた。俺はいつもと同じように放課後の練習をしていると今日は珍しく片岡先生が来ていない事に気付いた。あの人が練習を見に来ないなんて何かあったんじゃないだろうか。と思っていた矢先に監督が誰かとこちらに近づいて来るのが見えた。
最初は監督の隣にいるのが誰なのか分からなかったけど少しずつ近づいて来ると顔が見えて来る。
その姿が完全に見えると僕は目を疑った。だって兄さんがこの場所にいるはずがないのに……兄さんが隣に居るように見えてしまっているんだから。
だが、監督が僕たちを集めて隣に居る人を紹介をすると……その名は僕の兄さんの名前だった。やっぱり僕の目は間違っていなかったんだと思った。でも、何でここに兄さんが来たんだろう。
兄さんは簡単に自己紹介をした。兄さんは俺たちに気付いているのだろうか。まず、俺たちが青道に通っていることを知っているのか。知らないで来たとしたら絶対に兄さんは俺たちの事に気付く事はない。だって兄弟でありながらもほとんど会っていないのだからそれも仕方のない事。
俺たちの髪色は桃色だから兄さんも桃色かと思いきや全然違う。兄さんの髪色は黒と白が混ざったような髪色をしている。
自己紹介が終わると部員の全員が今日のメニューをこなすために動き出した。俺も自分のメニューをこなすために動いた。兄さんは俺たちに気付いているかのような仕草は全くと言って良いほどなかった。
でも、まさか俺たちが兄さんの母校に進学してそこで兄さんと再会する事になるとは。
「これも何かの運命なのかもしれないな…」