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拙い駄文ですが、これからもよろしくお願いします!
『発表しま————す‼︎本年のNNS音楽賞最優秀新人賞は‼︎ 中川かのん さん‼︎』
スポットライトが一人の少女を照らし、スタジオは盛大に盛り上がる。
『みんな——————ありがと————』
その少女は集まった多くの観客に感謝を告げる。
「う——っ‼︎かのんちゃん———っ‼︎今一番人気のアイドルさん‼︎う——かわいいなぁ——神にーさま、見てくださいよ——」
そして、お馬鹿そうにTVの向こうにいる人物を指すのは悪魔で、ボクの妹で、この家の居候である。
「お前TVっ子だな——」
悪魔がそれでいいのか?
こいつも随分この家に馴染んだな……料理は相変わらずだし、小さいミスで大きな損害出すくせに…
「あ——っエルちゃんのそのリボン、かのんちゃんのマネーっ?」
母さんも騙されてるなんて思いもせず、まるで本当の我が子のように接する。
そして、かのんって誰だ?
「あ——っ♡わ、私もアイドルさん気分を味わいたくて——」
リボン一つで悪魔がアイドルになれてたまるか!
「フン、アイドルとかTVとか、もはや前時代の遺物だよ。 今世紀は、ゲームアイドルの時代だ‼︎」
時代はすでに移り変わっている!遺物、そんなものにかまけている時間はない‼︎
「あんなかわいい娘が現実にいるんですよ⁉︎現実にいないかわいい娘より上です‼︎」
現実にいないかわいい娘より上?…笑止千万‼︎
「フ、逆に現実であることが、リアルアイドルの限界なんだよ。 アイドルとは何か⁉︎それは『永遠の夢の体現』‼︎ 現実のアイドルはど〜〜しても劣化するんだよ。年をとるし しわもできるし、タバコ吸ったり 不祥事で引退したり、年とって聞きたくもないバクロ話したり、 しかし‼︎ゲームの中のアイドルは違う‼︎現実のアイドルが3Dであることにあぐらをかいている間に、分進秒歩の進歩をとげるゲーム女子‼︎」
『まだドット絵だよ——』
八十年代はまだまだ技術が追いつかなかった…
『声が出る⁉︎色もキレイに!』
九十年代に入ると一気に技術は進歩していく。
『育成ができるようになったよ。』
『立体——‼︎』
二千年を超えると画面の向こうでは動き回るアイドルがそこにいた。
『ストーリーや設定も充実‼︎』
『歌も自在に歌えるわ‼︎』
今のゲームアイドルに不可能はない‼︎
「劣化を知らない高スペックは、まさに次世代‼︎現実のアイドルなど今や沈みゆく船‼︎新しい時代には新しい船に乗らなくては‼︎はいはい——船が出るよー‼︎新しい世界行きの船が——‼︎」
ボクは新しい世界行きの船の船頭となり、皆を導く。そう、ボクは神だからな‼︎
「あ、あ——あゔ——‼︎わ、私も乗せてください——っ‼︎」
今更縋ったってもう遅い!!この船はすでに出港した‼︎
ボク達のおふざけはどんどんヒートアップしていく…まあ、それもすぐに打ち止めとなる。なんせ、ボク達のボスは母さんだから……
「行儀よく、食べなっ‼︎」
ボク達は行儀よく、静かに、夕飯を頂いた。
【翌日・学園】
お昼になって、クラス中が少しざわめく中、私は神様を探していました。
「神にーさま——パン買いに行きましょう——あれ?いない…もうーできるだけ一緒にいましょうって言ったのに——ん?なんだろう…⁉︎今日の教室…なんだかあやしいフンイキです。」
「ねえ、エリー 桂木 知らない?」
—高原歩美さん。にーさまの恋人で、『最初の』の攻略者。にーさまを一歩、現実に連れてきた人。そして、私のお友達です‼︎
「私も探してるんですけど見つからなくて……歩美さんもにーさまに何か用ですか?」
「いやー…一応、付き合っているわけで……その、お弁当作ってきたから一緒に食べたくて」
「まー♡」
ザワザワ
私達が会話をしていると、クラスの中が先ほどより一層騒々しくなった。
「ほんとか…?」
「あ——さっき来るとこ見た。」
廊下には多くの人がカメラを構えていた。
「今日は特に人多いね———」
「そりゃあ2か月ぶりだもんね。」
窓際に座る二人が何か事情を知っていそうなので聞いてみた。
「あの…何が2か月ぶりなんでしょう?」
「そっか、エリーはまだあったことないんだ。」
歩美さんも何か知っているご様子なのですが、私には全く見当もつきません……
「登校してくるのよ、」
?誰か登校してくる?そういえばこのクラス、一つ空席があったような…
そんな、たった一人の登校でここまで騒々しくなるものなのか、私は少し疑問に思った。でも、次に出てきた人物名を聞けば私だって落ち着いてはいられない。
「中川かのん さ・ま・が。」
【南校舎・屋上】
「いつ駆け魂を追い回させられるかわからないからな——できるだけ本数やっとかないと…南校舎は穴場だし……エルシィもわかんないだろ。」
協力するとは言ったができることなら、現実での攻略なんてしたくないものだ……攻略は高原だけで十分だ。
ボクは周りに誰がいようとお構いなしにゲームをする。それでも、この場所の開放感はいいものだ。そんないい場所だからだろう…あの女がいたのは…
「♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪」
口ずさむリズムは空気に溶け込んでいく。
きっと自分もこの場所にいるのは一人だけだと思ったのだろ。女はツラツラと独り言が出てくる。
「……ふう…最優秀新人賞か……私、がんばったな…がんばったな…今のアイドルって派手で元気な子ばかりなのに…私みたいに地味で古臭いので良かったのかな。」
でも、そろそろ、私…アイドル…でいいのかも…みんながあんなに…応援してくれる……私を見ていてくれるなら…
「さ——っ今日は勉強♪学校も久しぶりだもん!アイドルは大変だ‼︎あはは。」
[ぴこーん]
そんな女の独り言とは関係のない音が、ボクのゲーム機から発せられる。
「あ…人いたんだ。独り言聞かれちゃったかな。こんにちは。この場所知ってるなんてツウだねっ!」
目の前にきた女はボクに聞かれたと思っている独り言が恥ずかしかったのか、その顔を赤く染める。
しかし!そんなことはボクと全く関係ない!
「誰だお前?ボクは忙しい。話しかけるな。」
この女、どこかで…しかし!ボクは先導者だ!新しい世界行きの船を途中で降りるわけにはいかない!よって、ボクはゲームを継続する。
「あ…あはは そうだね…そりゃ私を知らない人もいるよね。」
少しばかり、周りの温度が下がった気がする…
それは、きっと恐怖だった。そしてボクのPFPに突きつけられる「恐怖」の権化、スタンガン。女はスタンガンの電源を入れ、発せられる電流がPFPを通してボクの体全体に伝わる。
「うぎ‼︎ガア⁉︎」
これではまるで引き潰されたカエルのような声だな…
「ど…どうして知らないの…わ…私、やっぱりアイドルなんてウソだウソだウソだ。」
女はスタンガンの威力を強くする。そして、ボクは……丸焦げになった。きっと注意書きが張り出されるだろが、このスタンガンは安全じゃない!
※黒こげになりますが安全なスタンガンを使用しております。
「誰も私のこと知らないんだ…や、やめて…不安にさせないで…どうして知らないのおお!」
……ボクは、なにをしたのだろ?ただ、「知らない」と言っただけでこの仕打ちはあんまりじゃないだろうか?
「うごげが——‼︎」
※安全なスタンガンです。
だから、ぜんぜん安全じゃないだろーが‼︎
「セーブをを、ゼーブをざぜでぐれえええ」
ボクは必死だった。ゲームのデータを飛ばされたらたまったもんじゃない‼︎
ボクにとっての不幸が、ここで止まってくれればどれだけよかったことか…
こちらへ向かって駆けてくるのは、箒を持った、羽衣をつけた、この女と同じリボンをつけた、悪魔だった…
「おに——さま——どーして教えてくれなかったんですかー‼︎かのんちゃんと私たちが同じクラスだって‼︎」
かのん?…誰だ、そいつは?
しかし、ボクよりもこいつにはスタンガン女の方がお気に召したようで、ボクの心配をすることなく女の方に視線を移した。
「は、はううか…かのんちゃん⁉︎おおおに〜さま〜何か書くもの〜っ!」
書くもの?そんなのあるか‼︎や、やめろ‼︎ボクの持っているものに…
「わ——ボクに触るな‼︎」
こいつ、ボクのPFPを奪ったかと思うとスタンガン女の前に出した。
「あ、あの…サイン…これに‼︎」
さ、サイン⁉︎ボクのPFPにそんなもの書かせるか‼︎
「ボクのPFP‼︎」
「私のこと知ってる‼︎サイン‼︎書きます‼︎書かせて‼︎」
「サイン」という単語を聞いた瞬間、目の色を変えて一心不乱に書き始めやがった。
「わー宝物にします‼︎」
この悪魔…そのPFPはボクのだ‼︎サインなどいらん!さっさと返せ‼︎
「ボクのPFP‼︎」
返ってきたPFPの画面には、しっかりサインが書き込まれていた…
「わわ——すごいっこんな有名人が同じ学校なんて——……」
興奮し切り、情けなく頰がたるみ切ったその笑顔。有名人を目の前にしたこいつの反応…なんていうか…
「なんつー小市民なアクマだ。」
「有名だなんて…まだまだだよ。私…みんなに…みんなの心に…私の歌を響かせたいの‼︎」
スタンガン女はまるで今までのことが嘘みたいに、自分の夢をボク達に言って聞かせた。
「もう響いてますよ——っ!」
こいつ、どんだけ心酔してんだ…スタンガンだぞ?
「あ、あはは もう——」
そんな自分の夢を肯定されたからか、頬を赤く染めて、照れ臭そうに誤魔化した。
「なのに、ひどいですよ おにーさま。かのんちゃんと同じクラスなのに、名前も知らないんですか⁉︎」
その瞬間、女の肩が震えた。放つ言葉も少し震え、カタコトになってしまっている。
「オ…オナジクラス…?その人…同じクラスだったの…?」
気づいた時にはボクはスタンガンの餌食になっていた。
「うぎ‼︎」
ボクの口からは、またしても引き潰された…以下略。
「お…同じクラスの人にも知られてない…私なんかアイドルジャナイ……ゴミ…ゴミヨゴミゴミゴミ。 また消えちゃう… 不安ニサセナイデ…不安ニサセナイデ…」
手に持った2コのスタンガン。そして生気のない目。その出立ちはさながら、ヤンデレヒロインのようだった…って、それどころじゃない‼︎
「わ————2コはマズいぞ2コは‼︎」
いくら安全表記のスタンガンだとしても、2コでやれば確実に殺れる。
ボクの命なんて簡単にとれるだろう。ついでにゲーム機の命も刈りとること間違えなしだな‼︎
感ジル…コノヒトはタダのヒトじゃナイ…コノヒトは…私のテキ…‼︎
「タオす‼︎私‼︎あなたを‼︎名前教えて‼︎」
なんの脈絡もなく名前を聞かれて、ボクも気が動転したのかこんな女にうっかり教えてしまった。
「か…桂木……です。」
「桂木くん タオす‼︎タオす‼︎」
倒す…?な、なんかヤバい奴にからまれたな…に、二度と会いませんよーに!こんな疫病女、損にしかならない‼︎
ボクは手を合わせて拝んだ。それにしても、
「ボク 何かしたか?」
一体、ボクの行動のどこが問題だったのだろう?
「神に——さま——‼︎大変————‼︎」
またうるさいのがやってきた。元はと言えば、こいつが余計なことを言ったせいでスタンガンを当てられることになったんだ‼︎よって、
「お前にも会いたくない‼︎」
「そんなことより‼︎」
そんなこと?この間、「そんなこと」で、ないがしろにしているから…と話したはずなんだが…
頭につけたドクロマークのセンサーを手で覆い、なにかを隠していた。
まさか…
「あの人です、あの人ですよ‼︎バレないように手で抑えてたんですけど、ほら、センサーが!」
そう言って、覆っていたものを露わにする。ドクロの目は赤く点滅し、あの音が響く。
ドロドロドロドロ!
「か、駆け魂⁉︎」
あの時と…高原の時と同じ、またボクの、落とし神の攻略が始まる。
「そーです、駆け魂です‼︎」
ドロドロドロドロ!
この音だけが、二人で残った南校舎屋上に響き渡った。
雑多の中、中川かのん は下を向きただ歩いた。
「かのんちゃんだ!」
「学校来てる‼︎」
周りは、確かに私をすごいと、アイドルだと言ってくれる。…でも、あの人は私を知らなかった。あの人は私の存在を揺るがす。だから、絶対
「たおす たおす」
小さく呟く言葉には、誰も気づかない。
「中川かのん さんが、神様の次の標的です‼︎」
エルシィは何も考えていないかのように意気揚々と喋るが、ボクには一つ懸念があった。
「……高原に、何て言えばいいんだよ……」
その日、ボクは高原になんと言えばいいかずっと悩んでいた。どうにかして、悲しませない選択を、と……
【翌日・朝・舞島学園】
「 中川かのん 身長161cm体重45kg 3月3日生まれ16歳。久々に登場した「せいとーはアイドル」さんか…」
雑誌に載っている、誰もが知れる公開情報。攻略するのなら必須情報だ。
「まさか かのんちゃん が…次の駆け魂の持ち主だったなんて。」
エルシィは雑誌と睨めっこをしながらそんなことを言っていたが、ボクはまだこの女を攻略するとは言っていない。だいたい、
「こいつには関わりたくない。見なかったことにしよう。」
「そんな〜〜神にーさま〜〜」
泣いて縋ってもダメだ‼︎あの女はボクからとんでもないものを奪っていった。ボクの「命」です。
「ボクは3D女は嫌いだ。だが、もっと嫌いなものがあった‼︎ それは、スタンガンを使う3D女‼︎ あいつの攻撃でPFPのデータが飛んだ‼︎もう、顔も見たくない‼︎」
「ダメです‼︎忘れたんですか⁉︎この仕事は私たち命もかかっているんですよ‼︎」
「命もセーブデータあっての物種である。だいたい、駆け魂もなんで女の中ばっかり入ってるんだよ?おかしいだろ!」
「それは、駆け魂が取り憑いた宿主の子供として転生するからですよ。」
女の子供…もし、高原を放っておいたら…ボクはそんなことを想像してしまう。
「おっはよー!桂木!エリー!」
後ろからボク達の間に背中を叩きながら入ってきた人物がいた。高原歩美だ。
「……おはよう、高原……」
ボクは考えていたことがことだけに、高原に顔が向けられない。確かに、成り行きこそ最悪だったが、ボクは高原を攻略した……
そこで一つ、疑問が浮かんだ。
ボクは高原のことが好きなのだろうか?好きだと胸を張って言えるのだろか?
ボクはそんな堂々巡りに、果ての見えない思考の渦に迷い込んでしまった。しかし、そんなボクとは裏腹にエルシィの顔には屈託のない笑みが浮かんでいた。
「おはようございます!歩美さん!」
——一方、その頃 ——
「お疲れさまでした——」
そんな、昨日の悩みを感じさせない声がスタジオ内に響く。収録が終わって、退室の挨拶だ。そして、そんな声にはさまざまな返答が返ってくる。
「お疲れ————」
仕事に対する労いの言葉。
「新人賞観てたよ————」
この間取った賞について言葉。
「おめでと————」
「おめでと————」
祝いの言葉が重なる。
「マネージャーどうでした今日?私、問題なかったですか?」
私はマネージャーに確認を取る。何か問題があれば、私は……
「完璧だよ——」
それは撮影の関係者の言葉だった。
「いつもカンペキいつも‼︎」
手放しで褒められてやっと、私は私に自信が持てる。
「よかった……」
「いや——まじめだね——いいね——」
「がんばりすぎなくらいだよ。歌よし、顔よし、性格よし‼︎」
「怖いものなしだろ、もう‼︎」
私がいなくなってからも、お褒めの言葉は止まなかった。……なのに、どうして……
私は昨日会ったばかりの私を知らないあの男の子の顔が頭をよぎった。
「女三人寄れば姦しい」というが、後ろからは二人にも関わらず姦しい声が聞こえてくる。
「それでさ——」
「そうなんですか——」
「そこのお店が——」
「へえ——」
ボクは相変わらず、答えが出ない問題で頭を悩ませていた。
挙げ句の果てには、自分の気持ちがまったくわからなくなってしまった。
教室に着くと、エルシィは高原と分かれてまたボクの隣にくる。
「神にーさま、これはとにかくやるしかないんです、やるしかないんです———」
そんな風に言って、持っていた箒を振り回している姿は、まるで買ってもらえないことにぐずる子供のようだった。
「あ——」
ボクは思考がまとまらなくて生返事が口をついて出た。
「神様……」
ボクのそんな様子にエルシィは心配そうな視線を向けるのを背中越しに感じた。
自分の席まで来て椅子をひくと、一枚のCDがボクの机から落ちた。
「ん?なんだろ?なんか机に入ってた。CD……?」
そのCDには、呼び出し状が書いてあった。
『桂木くんへ 放課後昨日の場所に来てください。おねがいします。 来てくれないトキはおしおきさせてもらいます…。 かのん』
「か…かのん……?」
ボクはその呼び出し状を見て、昨日の悪夢を思い出す。PFPのデータが……
「来ないとおしおきって書いてますよ。」
エルシィも後ろからボクの持っていたCDを覗き込んで嫌な現実を突きつける。
「ねえ桂木―」
一度荷物を席に置いたのか高原が戻ってきた。
「今日こそ一緒にお弁当食べようね!」
そのお弁当が、最後の晩餐になるかもしれない……
ボクの頭にはそんなことが浮かんでいた。
【放課後】
「今日は部活があるから一緒に帰れないんだけど……」
高原の表情は少し曇り、一緒に帰れないのが寂しいようだった。
自分の気持ちがわからない今、ボクはゲームの中のセリフを選んで彼女に伝える。
「いいよ。また今度一緒に帰ろう。」
「うん!」
高原は曇りが晴れ、満面の笑みになった。
「部活、頑張れよ。」
「ありがとう!桂木!」
そう言って、高原は走って行ってしまった。
そして、ボクはその場にしゃがみ込んだ。
「また今度、か……」
まだ自分の気持ちがわからないボクは、どうすればいいのか、どうするべきなのか、どうしたいのか、自分の取るべき行動がわからなくなった。
そして、そんな気持ちでボクは死地へと赴く。
【南校舎屋上】
「す…すいません。わざわざ来ていただいて。すぐに、終わります。」
キョーハクしてきたわりに腰の低い奴……
「なんだあのコート。」
中川かのんは、今の季節には必要のないであろうコート、マフラー、深めの帽子をかぶった姿でそこに立っていた。
暑そうだな…
「きょ、今日のことはヒミツです。マネージャーさんに知られたらしかられますので…ここであなたを倒します‼︎すいません‼︎」
眼鏡を取ると、彼女の雰囲気が少し変わった。
そして、着ていたコートなど脱ぎ去ると左手に持ったマイクを掲げるステージ衣装姿の中川かのんがそこにはいた。
「聞いてください‼︎「ALL4YOU‼︎」です‼︎」
そう宣言して、彼女は屋上にセットされたステージで自慢の曲を歌い始める。
「ええ———⁉︎かのんちゃんが歌う⁉︎」
木陰に隠れたエルシィも驚きのあまりつい言葉が出てしまう。
そしてこの頃、どこからか聞こえてきた中川かのんの曲に学園全体が騒然と響めきたつ。
「あ?」
「何か聞こえる?」
「かのんちゃんの曲じゃね、これ⁉︎ 「ALL4YOU‼︎」だよ‼︎」
「どっから鳴ってんの?」
しかし、その発声源がどこかわかるものはいなかった。……ただ一人を除いて……
そんなこととはいざ知らず、中川かのんは拳を高くあげ、自慢の歌を歌い上げる。
「ALL」「4‼︎」「YOU‼︎」
「うわ———うわ〜〜〜 か…かのんちゃんが、こんな近くで歌ってる〜〜っ! か、神様のためにわざわざ…?な、なぜなんでしょう……」
不安が、私の、中川かのんと言うアイドルの存在を薄れさせる。それは桂木くん…あなたが私を不安にさせるから…あなたが私の存在をゆるがす人だから…必ず…私のファンになってもらいます‼︎
「ど、どう……⁉︎」
私は桂木くんを見て驚いた。驚きすぎて声が出なかった。
[ピコ]
私が、歌っていたのに…それを、無視して…ゲーム?
私を無視して…ゲーム?…ゲーム…ってなんだっけ?
「で、結局今日はなんの用なんだよ。歌きーとけばいいの…?」
歌を…聞く?歌を、聞いていたの?ゲームをしながら…?
そんなの……信じられない‼︎
「出た‼︎」
無意識のうちに出た私のスタンガンに彼は怯え、脱兎の如く逃げ出そうとする。
……は⁉︎ダメだ‼︎これじゃあ、彼を私のファンにはできない‼︎私の悩みを払拭できない‼︎
「‼︎あ——‼︎た、大変‼︎あ、明日もここで‼︎必ず‼︎絶対‼︎来てください‼︎」
私は脱ぎ捨てていたコートやマフラーを回収して屋上から退散する。
これに、ボクは歓喜した。泣いて喜んだ。守られた。守られたんだ!
「な、何かわかんないが助かった…ボクのPFPよ‼︎」
ボクの命、ボクにとっての空気!これがなければ、ボクは死んでしまう!
「神様——‼︎どーしてあんな冷たい態度をとるんです‼︎ か、かのんちゃんがわざわざ近づいてきてくれるのに‼︎」
近づいてくる?そんなのダメに決まっているだろ‼︎
「見極めろ。ここは乗ってはいけない流れだ。『WATCH OUT‼︎ 美味しすぎる イベントを 拾って食べたら 毒フラグ』ゲームじゃ、恋愛は「女の子を追いかけること」に等しい。逆に向こうから追いかけてくる時はトラップの時がある。他の女の好感度下げたりね。特にアイドルは会いにくい設定が多いのに向こうから会ってくるなんて…これはスルーが吉‼︎」
高原に見られたら…そう思うと胃が痛い。
「ま、データも飛ばされたしな。」
「それがメインの理由ですかね。」
【夜・桂木家】
「神にーさま———かのんちゃんがTV出てますよう。」
TVに映る中川かのん。その姿は、戦に負けた敗残兵のごとく落ち込みようだった。
「今日は かのんちゃん、自慢のぺットを紹介してくれまーす。」
バラエティ番組なのか、その手には水槽に入った亀が持たれていた。
「はい……キタローです。」
その声のトーンはまるで幽霊のようだった。
「きゃーかわい——」
共演者はそれを一生懸命盛り上げるが、その差がより一層、その空間の中川かのんと言う異物を浮き彫りにした。
「落ち込んでる———これでいいんですか神にーさま———?」
「り…り…理論的にはな……」
……もう、目を逸らしてばかりはいられない……ボクは“ハーレムルート“へ移行する‼︎
【翌日】
学園に向かう途中、高原の背中が見えた。
今日は朝練ないのか…
ボクは少しだけ早足になって高原に追いつく。
「…高原、おはよう…」
「……」
しかし、彼女に投げかけた言葉は返ってくることがなかった。
「…バカ…」
そう言い残して、彼女は走り出してしまった。
ハーレムルートに乗り出そうとしたらこれだ。一体、何が高原をああしたのか…ボクにはわからなかった。
「…エルシィ…高原を、頼む」
ボクは側にいたエルシィに高原を頼んだ。
「…昨日のが、見られてたのか…?」
ボクが何をやっていても、考えていても、時間は等しく流れていく。気がつけば、時間はすでに放課後だった。
【放課後・南校舎屋上】
「初めて人前で歌います。 新曲「ハッピークレセント」聞いてください‼︎」
ボクの心情とは裏腹にこいつの声は意気揚々としていて、昨日のTVで見せたあの幽霊のようなトーンではなかった。
しかしなんだって、こんなにこだわるんだ…たかが一人に知られてないだけで…
[ピコン]
『神様、歩美さんは今日は部活を休んでまっすぐ帰るみたいです。追いかけますか?』
ゲーム機のディスプレイにはエルシィからのメールが書かれていた。
『わかった。今日はもう大丈夫だろう。こっちに戻ってきてくれ。』
ボクはエルシィにメールを返信をして、今後について思案する。
高原歩美のこと…
中川かのんの駆け魂のこと…
これからの、攻略のこと…
そして今、中川かのんの歌に 乗るべきか、乗らざるべきか………
心なしか、彼女の表情が明るい気がする。
うん、今日はいい調子‼︎今ならドームでもできる‼︎ そうよ私は…もう昔とは違うんだ‼︎ “私は、アイドルなんだ‼︎“
彼女はボクに確認を求めるように聞いてきた。
「どうでした⁉︎」
そんな彼女にボクは居眠りという反応を返した。
い…胃が痛い…
ボクは腹痛に耐え、攻略を続行した。
そして聞こえてきたのは、彼女の悩みだった。
「……ダメダ… ダメダ… ワタシナンテダメダ… ダメダ ダメナンダ…」
彼女のそんな生気のない声を最後に、その場から姿を消した。
「き…消えた……⁉︎」
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さて、次回の更新ですが、閑話が4月22日で、本編が4月29日を予定しています。