「汐宮栞、2年C組 12月26日生まれ。157cm 41kg B型、図書委員。すごく無口な娘でしたね…仲良くなれるものなのでしょうか?」
エルシィはどこから集めて来たのかわからない彼女の情報をつらつらと述べてボクに対しての愚問を問いかけてきた。
「わかるもんか。が、とりあえず、図書委員の女子には鉄則がある。『耳をすませば聞こえてくるよ。文系少女のココロの声が。』 文系少女は物静かではあるが、頭の中では人一倍考えているもんなんだ。ギャーギャー騒ぐわりに頭からっぽ、なんてのと対極だ。」
「へ——」
ボクの説明に空返事を返して来たので、さらに力説する。
「この内的な二面性が文系少女の魅力‼︎控え目‼︎知的‼︎これからは文系少女だよ‼︎学園のマドンナなんて時代は終わった‼︎」
「わかりましたよ————っ!でも…どうやってココロの声を聞くんですか?」
慌てふためいていたエルシィだったが、文系少女攻略の根幹の部分を聞いてきた。
「なに?」
「だって…頭の中の声なんて聞こえないですよ。」
何を言っているんだ?そんなもの…
「これだから素人は…ココロの声なんて…いつでも聞けるじゃないか‼︎ちゃんと画面に出るだろう、モノロー……ちっ、これだから現実は面倒なんだ。」
ボクは口から出しているうちに理解した。現実にはセーブも、ログも、そしてモノローグもないことに…
「えっ?」
「エルシィ、やっぱり攻略不可能だ。」
モノローグなしでどうやって攻略したもんか…
ボクはそんなことを考えながら図書館へと足を向けた。
「神様ァ————」
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【昼休み・図書館】
「…… ……」
本棚から指定された本を取り出しては段ボールに入れて行く。そして「処分」と書かれた紙を貼り付ける。簡単な作業ではある。が、私には苦行だ…
(さようなら本たち…まもなくあなたたちは…この図書館を去るの。ある者は他の図書館、ある者は古書店、そしてある者は… 蓄積された知の記憶…それを捨てるなんて…ばか‼︎)
私は背伸びしてやっと届く段からA4判の本を取ろうとして、本の重さに驚き体制を崩してしった。
「…… ……!…!」
ヨロヨロと後ろに倒れそうになったとき、何かが私を支えてくれた。
ドサ
私の後ろに居たのはメガネをかけた…男の人でした…
何秒間そうしていたのか分からないけれど、我に帰った私はすぐに彼から離れた。
「…… …… ……」
慌てふためく私とは違って彼は落ち着いているように見えた。
「これ、処分になる本か…」
彼は体制を崩す原因になった本を拾って処分用の箱に入れてくれた。
(この人…確か昨日の…今、助けてくれたのかな…どうしてだろ?あ、親切か…親切だな。なんで私を…?あ、いや普通かな…そうだ、お礼言わないと…えーっと…フツーに言えばいいのかな?フツーというかごく軽い感じの…あれ?でも昨日会ってるから…「昨日はどうも」的な文をつけたほうがいいのかな。待って待って、向こうは覚えてないかもしれないじゃない。えーと えーといけないっまた迷ってる間にタイミングを失っちゃうっ!早く何か言うの‼︎お礼を早く———っ!)
…その時、目に入ったのは手に持っていた「経済原論」と言う本でした。
「あ、ありがろん…」
(……わ———っ あ、ありがとうでしょー!また本の内容がうつっちゃった‼︎どうしてたった五文字がちゃんと言えないのよ——‼︎)
私は紅潮してしまった顔を本で隠す。すごく、すごく恥ずかしかった…
(早くこの場を離れよう…今のありがろんはすぐさま忘却の地平線に流すわ。)
過ぎ去ろうとする私に、名前も知らない彼はとんでもないこと言った。
「しかし…本ってもんは、もうなくなってもいいな。」
その言葉は、私にとって到底許すことのできない発言だった。
過ぎ去ろうとする足を止め、後ろを振り向く。すると彼はなおも発言を続けた。
「本なんて場所取るばっかりだし。全部データに移しちゃえばいいんだ!」
(な…なんてこと言うの…この人‼︎表紙があって装丁があって、中表紙があって奥付があって、紙の香り!厚み‼︎手ざわり‼︎すべてが世界を作ってるのに……‼︎ディスプレイで見る文字に、あのページをめくる時の緊張感があるというの⁉︎で、でも、価値観は人それぞれかな…それも認める寛容も必要だし…言いたい人には言わせておけばいいか…そもそも知らない人と論争するなんて恐ろしいことできないもの…)
私は何を納得したのか、それとも何かを言うのが怖くなったのか、その場から逃げるように離れて行こうとした。
「全部スキャンしちゃえば、本なんか全部捨ててしまえるよ。」
彼のその発言は私の中の何かを「ブチっ」と切った。
「ば…ばかぁ——」
弱々しい声ではあった。しかし、ほとんど発言をしない私にとって生まれて初めての他人を罵る言葉。
「…… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… …… ……」
その後、我に帰った私の口から謝罪の言葉は出ることなく今度こそ逃げるようにその場から離れた。
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「本いらないなんて言ったら本好きの人は怒りますよ——本には本の良さがあるんです。」
何を怒っているのか知らないが、エルシィは本を抱えながらボクに抗議してきた。だが、コイツからの抗議のユーザーハガキなんて読んでいる暇はない。ボクはエルシィの言葉をひらりと躱す。
「ふん、ボクはコンテンツにしか興味ないんだ。」
「もー。」
「ゲームもデカい箱のやつに限ってクソだったりすんだよ。容積反比例の法則ね。」
ボクは今までの苦い思い出をもとに作り上げた法則をエルシィに教える。
「それは知りませんけど——わざわざケンカを吹きかけなくても——」
さもどうでもいいように言うエルシィにボクはゲーム操作する手を一旦止めて言う。
「だがおかげで、モノローグが聞けた。」
「モノローグ⁉︎」
「ココロの声だよ。無口な奴だしな……普通の会話じゃあそうそう出てこない。」
「じゃあわざと怒らせて心からの声を出させた訳ですか。」
「現実はどうしようもなく不親切な設計だからな。モノローグが見えなきゃ、見えるようにしないと近づきようがない。」
「相変わらず好感度が下がることを恐れないところがすごいですね。」
……恐れない、か。ここ最近はそうでもないんだがな……
「ところでお前は何してる?」
「あー‼︎これはですねー、消防車の本です‼︎せっかく栞さんが探してくれたので読もうかと思って——ほらーこんな大きな消防車——これぞ本の魅力ですよ神にーさま♡」
(今回もこいつは頼りにならなそうだな…)
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「ばかは……なかったな…」
(どうしてあんなこと言ってしまったのかな……その前にお礼言った相手なのに……トホホのホ。何故にありがとうを失敗する口がバカはきちんと言えちゃうのよ?逆ならよかったのに…!私の口は無能だわ…バカバカ。口のバカ!ああ…人とのコミュニケーションはなんて困難なんだろう…昔から私はテンポの遅い人間で有名であった…でも違うの…頭の中はいつもフル回転してるの‼︎うまく言えないだけ‼︎私の口は心の蛇口として小さいのだ……大好きな本のことですら…本当は24回も読んでた…本の感想を原稿用紙100枚書いていった。気味悪がられた…本は…私を急かさない…安心する…本のなかなら私は自由だ…あまねく言葉を知り、自在に操る万能の人間。ビスマルク曰く、歴史から学ぶ者は賢人、経験から学ぶ者は愚者なり。そして図書館は人類の歴史の塔。人と話さなくても…私はすべてを知ってる。人との交流なんて必要ない‼︎そう、そうよ。……そうなの。私は本の世界に生きるのよ‼︎その通り………)
「……あ…、…あの…、あの!」
大きな声に驚いて読んでいた本を落としてしまい、慌てたせいで積んでいた本の山まで崩してしまう。私は近いところから落としてしまった本を拾っていく。
「はい、これ」
差し出されたそれは私がつい先ほどまで読んでいた本だった。
「…あ、ありが、とう……ございます……」
い、言えた!
私はちゃんとお礼が言えたことに内心すごく喜んでいた。
本を受け取り、拾ってくれた人を見るととても活発そうな女の人が立っていた。
たしか…隣のクラスの…名前は……
「ごめんね、大きな声出しちゃって」
(あ、まずはすぐに気づけなかったことを謝るべき?最初に「はじめまして」ってつけるべき?って、タイミングまた逃しちゃう!)
「…………は、はじめ、まして……すぐに、気づけなくて、ごめんなさい」
しゃ、しゃべれてる!
カタコトで、かぼそい声ではあったが、私はかつてない喜びを感じていた。
「それで本を探して欲しいんだけど、いい?」
コク
私は頷いて肯定する。今度こそ失敗しないように……
「コーヒーの入れ方についてなんだけど、そんな本ってありますか?」
「⋯あります。⋯⋯何冊持ってくればいいですか?」
「それじゃあ、初心者向けの本を3冊くらいお願いしようかな」
あれと、これと、あれと、⋯⋯⋯⋯⋯⋯どうしよう、初心者向けの本が選びきれない!でも、ありますって言っちゃったし⋯⋯早く何か言わないと!
「⋯⋯あの、」
キンコーンカーンコーン、キンコーンカーンコーン……
「あっ、チャイム鳴っちゃった!ごめんね!放課後にまた来るから‼︎」
そう言って彼女は走り去ってしまった。
(‼︎と、図書館で走っては……)
私の思考よりも彼女の足の方が早かった。
(……でも、ちゃんとお話し、できた……)
私は話ができたと言う事実に安堵し、満足した表情で読みかけの本を開いた。……でもやっぱり、あの失礼な人のことを考えると心の内はモヤモヤします…
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