まちがったシンジくんをエヴァパイロットにしてしまった 作:鰹節の丸煮
もとより、シンジはこの新世紀において社会問題となっている“キレやすい”若者、その典型であった。
彼があの傲慢自儘な父親に「来い」の一言でこのよくわからん近未来感ハンパないけど物価は高いわ、パリや田園調布みたいに理路整然とした街並みというわけでもなくよく道に迷うわ、自販機にペプシコーラは売ってないわ……、となんか気に食わない町に来させられて、そうしたらいきなりえゔぁとかいう超巨大人型ロボに乗って、やはり超巨大なシトとかいう化け物と戦えといわれて……、ときた時には、当然のごとく遠慮なく、シンジはキレた。
激怒までではない。まだ自分で自分を客観視できる、我を失っていないぐらいの怒りの感情の発露をみせたのだ。
おもにエヴァの
結果、第三使徒は自爆するまでもなく、その体の上でホップステップダンス(ただし
つづく第四使徒との戦いにおいてはエヴァを両足を拘束した状態で戦うことを義務づけられたので、碇シンジはいわゆる“目からビーム”をふざけて「波動砲発射用意、ターゲット・スコープオープン、電映クロス・ゲージ、明度20(ここで片手づつ、指で輪っかをつくり両目にそれぞれあてる)、セーフティ・ロック解除(ここでオペレーター伊吹マヤ、渾身の叫び「許可してません!!」)、エネルギー200パーセント、元気百倍友達一人、発射十秒前、
結果、使徒は蒸発した。ついでに発進許可が下りずに第17番発進ケイジに固定されたままだった初号機から、正面前方157キロメートルに至るまでの地域一帯が灰塵に帰し、政権が交代した。
そんなわけでシンジが本来ならば住むはずであった、ネルフ本部によって用意された住居は跡形もなく蒸発したのでこうしてシンジは否応なしに彼の上官たる艶麗な女性、葛城ミサトの住まうアパートことコンフォート21に居候しているというわけである。ちなみにコンフォート21の屋上からは荒野、更地と化した新都心(笑)がおがめる。むしろコンフォート21のみが依然として屹立しているまでもある。碇シンジはのちにここもぶち壊しゃ良かったと後悔した。
……どうにもシンジのこの処遇には
十中八九どころかどう考えてもシンジの監視が目的であろう。そう思っていた時期がシンジにもあった。だが今思うに、もしやただの嫌がらせではないのかとすら思えてくるのだった。それほどに、碇シンジは葛城ミサトとの生活において神経をすり減らしていた。
というのも葛城ミサトはズボラもズボラを極めたようなダメ人間であり、その部屋は汚部屋そのものでしかなかったし、日々の食事はなんでこの女こんなに美人なんだろうとシンジが不思議に思うほどに粗末適当なものだった。もちろんそうした不始末はすべてシンジがどうにかせねばならず(なにせ本人にしてみればそれが当たり前であり、平気なことなのである)、そうした中でシンジは『怒るまい怒るまい、自分は居候させてもらっている身なのだから……』と我慢に我慢を重ね、同時に苦労に疲労に疲弊を重ねてきた。
そうしていたら、その家主はまるで捨て猫でも拾ってくるかのように新たな
だが問題は、まず対処するべき問題はそんなことではなかった。
その野良猫こと、一人のメスガキ──名前を式波・アスカ・ラングレーというゲルマン娘──は
その最たる例が、シンジの気になっていた異性たる存在こと、綾波レイたる少女に喧嘩を売ったことであった。シンジはこのときから、この
いやない。
ちなみにシンジは“
ゆえにここまで人という存在をコケにできるチャンスをくれた
しかしながら、そんな愛すべき少女アカスであっても碇シンジは聖人ではなく、それゆえに時には自分を制御できなくなることもある。このとき──シンジがこれまで一生懸命に掃除・整理してきたコンフォート21の葛城ミサト宅が一面を段ボールに占領され、自分の部屋であった場所がアカスの部屋であるとアカスによって一方的に宣言された時、そうしてあのムカつく大声とともに部屋からシンジの荷物が次々と投げ出されてゆき、ついには友人からの餞別たる品々が抜き出された引き出しより、ザーッと廊下の冷たく堅い床へとぶちまけられた時──
碇シンジは激怒した。
(## º言º)
その次の日が
そうして彼女がひそかにながら、わずかにながら、それでも確かにその胸にいだいていた初々しき憧憬──異国からやってきた
なにせ第一印象からして最悪だった。
サード(「そうとしか君には呼んでほしくない」とアイツは言った)のせいで泣き、腫れた目は寝ても(本当にただ寝そべって
クラスにつくまでに、教室までの道のりでも自分のどこかうわずっている呼吸音が酷く煩わしかった。
教師にも気遣われてしまって、それでも意地で、教師の「転校生の紹介があります」なんていう言葉の後に、ざわめく教室へと足を踏み入れた。
とたん、クラス中の視線があたしに集まった。
「君なんか誰かに受け入れられても、その見た目のおかげでしかないさ」
サードの昨日の言葉がとたん、頭に響いた。
「なにせそれ以外が嫌われても仕方がないことばかりだもの」
「可哀想に、わかっているくせに」
「だれかに大切にされたことがないんだね」「その頭をなでられたことは? 好きだって、愛してるって言われたことはある?」「自分にしか誉めてもらえないんでしょ?」
「ぼくはきみがキライだね」
「……その調子でみんなに嫌われればいいさ」
「しってた? 好きの反対は嫌いで、嫌いだからこそ無関心なんだ」
「ああ、でもみんな優しいから、君は君のままでいいのかもしれないね。もしかしたら君にもやさしいお母さんとお父さんがいて、そのおかげで君はそうなのかもしれない。だとしたら、ごめん。うらやましいよ、……僕は生きてる父親にすら、見向きすらされないんだ。母さんなんていないよ。何だよ、ほら、聞きたかったんだろ?! …………ほんとうに、うらやましいよ」
あのとき、ミサトもなにか言おうとしてくれたけれど、サードのこの一言で喉にモノ詰まらせたみたいな息苦しそうな顔のまま、固まっちゃった。
サードは本当に怒ってた。言うだけ言ったあと、あたしの目を
あたしが何もいえないでいたら、サードは、あたしを見捨てるみたいに廊下へと向き直って、あたしが散らかしたアイツの荷物のうちで、古くさいカセットテープと一冊の本をひろいあげて、大切そうに、ほんとうに大切そうにリビングのテーブルに置いた。
そうしてミサトに自分が悪かった、うるさくしてすみませんっていって、詫びて、明日の学校は休んでいいかと聞いて、あたしに部屋の荷物をどけるから、リビングかどこかにいるようにって言った。
でもサードは一度も大きな声を出さなかった。あたしが手伝うって言おうとしたら、小さく叫ぶように、はきすてるように、っていうのだろう。「いらないよ」っていった。
結局、わたしは眠れなかった。眠ったら悪夢を見そうだったから。ミサトのところに行った。行って、なにもいわないでって言って、一緒に寝て、少しだけ、ほんの少しだけだ、ほんの少しだけ、泣いた。
朝になって、あたしが少しこわごわしながら廊下に出て、そうして元々は物置だった、今はサード──碇シンジの部屋である、狭そうな、廊下のはじっこにある何となく、どことなく寒々しい部屋のほうを見ると、その扉は開いていて誰もいないとわかった。
ミサトはすでに起きていて、いつも通りふざけたみたいな明るい調子で、「きょうはワタシ謹製の朝飯よん♪」なんていって消し炭みたいな代物を意気揚々、自信満々に出すだけでなく、それをあたしの目の前でバクバクと食べてみせた。
わたしも、すこしだけ齧ってみた。
食べれたものじゃなかった!
(ーーー)
「式波さん?」
担任の女教師があたしのことを心配そうに呼びかけた。知らず知らず、気圧されそうになっていたみたいだ。
「大丈夫です」あたしはそういって、にやっと楽しげに笑ってみた。
笑えた。ミサトの料理下手も、役に立つことがあるんだなと思った。
教卓の近くにまでいき、クラス全体を見渡す。クラスの視線はあたしに総注目。それに気づくと、あたしの顔が自然とほほえんでみせた。
そうしてあのサード……碇シンジとやらはいないかとクラスを総攬してみるに、空席がぽつりと一つ。逃げたか。内心で鼻で嗤ってやる。
と、今度は本当に吹き出してしまった。
あの不愛想女、あのファーストこと、綾波レイが、こう、もう、形容しがたい……お母さんが赤ちゃんをあやそうとするかのような、「あばばばばばっツ」とでも言い出しかねない変顔をしている!!
ヒーひ^ーヒィ~……なんてふうな、妙な笑い声しか出てこなくて、あたしは思わず教卓にひじを突くようにしつつ、腹を抱えた。するとクラスの連中もファースト……綾波レイのことに気づいたらしい。男子はどいつもコイツも目を丸くしたり、目をこすってみたりする。女子も戸惑いの声をあげつつ、誰からともなく話しかけはじめる。綾波レイは淡々とそれに答えつつ、それでも変顔をやめず……ついには委員長らしい女子が止めに入る。
そうしているとこれは逃せないと言わんばかりに、一人の小柄気味な男子がどっから出したと言いたくなるような厳つくデカい一眼レフカメラ(フラッシュ付き)をスタイリッシュに、机に土足で片足をあげ、もう片方の足では椅子の上に立ち、無駄にかっこいいスナイパーっぽいポーズをキメて委員長の制止をいっこうに気にしない綾波レイの変顔を撮影しようとした。
「ナニやってんのよ、このヘンタイ!!」
思わずそういって、ソイツの席までいって、脱いだ片方の上履きでソイツの後頭部をひっぱたく。「ウバァツ!!」なんて悲鳴を上げて、その男子はアタシのほうを見やる。
「ケンスケ、おんどれナニやっとんねん!!」そんな変な口調をした声とともにその頭に拳骨が落ちる。みれば大柄なジャージ姿の男子が小柄な方のメガネ男子の後ろに陣取っていた。
メガネ男子はズレたメガネを片手間に直して、ジャージ男子に文句を垂れる。「なんだよトウジ、お前さ、あの綾波レイの変顔だぜ!? もう世界遺産並の価値しかないでしょ、公的永久保存だよこれは!!」「死にさらせアホウ!!」今度は延髄切りっぽい技がジャージ男子から放たれる……。
みれば綾波レイは今度はお澄ました風でいて、まわりの女子から質問責め。委員長なんてそのほっぺたをさわって、肌ケヤのコツを聞き出そうとしてるみたい。
と、とにかく、アタシのことはなにか忘れ去られてるっぽいけど、まあ、もう、いいか。
そうあきらめて席に着こうとすると、またしても綾波レイが注目を集めた。
今度はその、さっきまでプニプニされ放題だったほっぺをリスのごとくふくらませて、アタシのことを見てる。
「な、なによ……」
「アスカ」綾波レイは相も変わらず、文字通りふくれっ面のまま。
「貴方は誰?」
ハア…、なんだろう、禅問答だろうか? それとも、ここではもしや言うべきでないことをこの女……
アタシはあっけにとられて綾波レイを見返す。
すると担任がパンパンと手をたたいて、いう。
「はい皆さん、ではお静かに」
あたしはそれで、まだ自己紹介もしていなかったことを思い出した。
(ーーー)
半分愛してほしい。残りの半分で、黙りこくって、紅い海を見つめるために。
半分愛してほしい。残りの半分で、己について考えてみたいのだ。
半分でなくてはいけないのだ、全部はこわいから。
全部であってはいけないのだ、どうせ理解されないのだから……。
全部をあたえて、そうして全て捨てられてしまったときの空っぽな自分こそが恐ろしい。裏切られたってかまわない、傷つけられたってかまいやしない。けれども信じさせるのだけはやめてくれ!! 君とぼくは解り合えやしないのだからーー人間であるかぎり。
約束がキライだ。信頼がキライだ。信用なんて重々しい!
(約束は守ってみせる。信頼を、信用を決して裏切らない)
愛は苦しみだ。優しさは猛毒だ。幸福は罪悪だ。
(愛してほしい。優しくありたい。幸福がほしい)
嗚呼……。嗚呼……!!
「碇君」無機質なはずだった声が自分を呼んでいる。
「綾波?」
ふりかえるのも億劫で。自分の願いを聞き届けてくれた少女にお礼をしなきゃいけないのに。シンジは相も変わらずうつむき気味に前を向いて、うずくまったままだった。
「学校、おわったわ」背後の声はやはり淡々という。
「アスカは、どうだった?」
「相田くんや洞木さんと……」そこで、声はやや戸惑ったようだった。
「ああ、いいんだよ。……ありがとう。綾波」
シンジはやっと立ち上がった。
ズボンの尻についた砂埃をおとして、ポケットの中に財布があることを確認して、少女に向き直った。
風が吹いた。潮風では、なかった。
「なぜ、ここに…?」綾波レイは眉一つ動かすことなく、そう尋ねた。
「本当は、海を見たかったんだ」シンジはそういってふたたび振り返った。
芦ノ湖がこのセカンドインパクト以後の世界では世にも珍しい、碧い湖水を
「空が海みたいだ」シンジはそういって何かを和らげるように笑った。
「空が、海? 空は空じゃないの?」レイはさも不思議そうに聞いた。
「わかっているんじゃない?」シンジはまたレイの方へと体を向けた。顔は空を見上げたまま、レイの方にはむこうとしない。
「……そうね」レイはシンジを一瞥して、目をやや伏せたようだった。
「いきましょう」そういってレイはシンジの手をとった。その少年にしては細い腕は、濡れて湿っていた。
「アスカには一緒にあやまってあげるわ」
「でも、僕は酷いことをいったんだ」
「それだけじゃないでしょう?」
「……うん」
「なにがあったのか、きいてもいい」
「僕が、話すよ。だから、聞かないで」
「いいわ」
「僕は、ぼくは、あの子が好きなんだ」
「……でも嫌いなのね」
「うん」
「いつか好きになれるわ」
「でもあの
「貴方が嫌ったから、貴方が好きだったからよ」
「もうどうにもならないよ」
「いいえ、明日があるなら、何とでもなるわ」
「ぼくは、ぼくはあの
「貴方しかできないことでしょう、それを挽回することも」
「それでも、僕なんかどうしようもないよ」
「自分が許せないのね」
「救われたくないんだ」
「罰せられたいの」
「そうさ」
「そう」
「ねぇ、碇君」
「なに、綾波」
「救うことが、貴方の罰よ」