汚れつちまつた悲しみに   作:中里悠太朗

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レースの冠名になったので初うまぴょいです。


夜月の下、華彩り(後編)

(や、やったッ!)

(私たちに出来ない事を、いともたやすくやってのけるッ!)

(そこに痺れる憧れるッ!)

 

 ──全く褒められたものではない捉え方をしている者もいるが、そこのゴールドシップ含めた三名の事だ、何パロネタをやっているのだ。

 まああの超絶気性難黄金一族はともかくとして、目立たない様な彼女が出てきたのは何かと思うが、ともかく心のどこかで感謝をしながらも、彼女たちは一斉にその成り行きを見守っていた。

 

「まずは──一つあなたに出会えたこと、そして尽力に感謝いたします」

「……」

 

 その言動がシンザンにどう映ったかはわからない。ただ頭でっかちのおべっかゴマすりでもないし、彼女の事は詳細に知っているからこそ誠心誠意の感謝を込めて、ビワハヤヒデはきちんと頭を下げた。

 ────そう、彼女が一体どういうウマ娘なのかを、資料の上で知っているのである。

 

「あの日あの時、センパイが何をしたかを私は知っています。ただやはりそう言う人は少ないのは確かです」

「……」

「しかしあの尽力、あの走る姿にあこがれる先輩方、そして私たちが────」

「やめときな」

 

 だがこれを一瞥し、不意に返してしまったのだった。

 

「えっ……」

「お姉ちゃん!?」

「まず人前でそんな真似は止しておけ」

「あっ……」

 

 こちらに関しては何とも言い難い事実、マナーであると言われればそれだけである。照れくさいとかそれ以前だろうとこの者は言いたいのだ。

 しかしビワハヤヒデはそれ以上に、彼女が何かを思いつめているような顔で、そして一体どうしてそのように瞳を向けているのかを気にして、つい突っかかる様に労わっていった。

 結果としてはこの有様だった。慇懃無礼とも捉えかねない行動を顧みて、すぐ耳をたたんで顎を引いてしまう。シンザンは説教らしくもあり、だがその声音はとても落ち着いていて優しい。

 

「な。どこもかしこも平穏無事の、時代を割って現れたスケが、この社会のどこの誰が良い目をくれてやる? あん時の連中は、全員とっくにお縄か社会に消えちまった」

「そうではない者も、知っています」

「あの時はすぐに、じゃなかったがな」

「……どういう事ですか?」

 

 一方で、誰も彼もが歴史学を修めるとはいえ、ここまで深い内容では無かったので、シンザンが当時の事情を口にするのを、凄まじく興味を持ちつつだが恐る恐る耳を傾ける後輩ら。なにせビワハヤヒデの指摘した名前に、全く否定の意を示していないのだから、気になるどころか興味を持つのも当然だろう。実際目白のご令嬢などは、親友を前にして中々ひどい顔を見せていた。

 

「そのままの意味で、あの時荒れに荒れていた。戦が終わり、混沌と暴力とエネルギーがあった。昔が良いとかそう言う話じゃねえ」

 

 だがそれらに関して、彼女らがいる前では特に、シンザンは昔何があったのかを全く言うつもりもない。言う権利も無ければ口も割らない。過去は過去のままにしておいた方が良いと思っているのは、たづなに対する態度にしても顕著に表れている。

 無碍にするなと言われれば、冗談じゃないと帰ってくる。もしかしたらあの時代を生きた者達は、軒並み閉口してしまうかもしれない。

 だが彼女のはただのつっけんどんな優しさだ。あまりにもマニッシュで不器用な、優しさだ。

 

「俺たちはあの時代に生きた」

 

 あの時心を折った子を、成し遂げられない積年を背中に背負うシンザン。

 

「お前さんは今、そこにいる」

 

 そして現在(いま)確かに駆け抜けているビワハヤヒデに顎で指す。

 

「それでいい……」

 

 誰かが複雑な顔をした。

 誰かが興味を持った。

 誰かが知りたいと思う顔をした。

 

 彼女は多くは語らず、ひじきを小皿から抓んで口に入れた。周囲からは何かがあったのだろうと察せられるほど、その一口に入れるサイズは少なかったが、これに関してはプレートに乗った料理が汚くなるのを防ぐためだ。

 加えてそれを誰かが指摘する事は無かったので、シンザンから発せられる歴戦の厚みによる重力に押しつぶされそうなまま、ビワハヤヒデの気分も委縮されて無駄になりそうな────その時だった。

 

「すまないが」

 

 横から口を挟んできたのは、オグリだ。オグリキャップが差してきた。一斉に葦毛の彼女に目を向ける。

 さてこんな時に何を言い出すかと思えば────。

 

 

 

 

 

「先輩は、昼はあんな目をしていたのに、夜はどうしてそんなに食べないのだ?」

 

 

 

 

 

 何の変哲の無い素朴な疑問、トレセン後輩らにとっては謎の質問。しかし──ある意味では神をも恐れぬ所業であった。

 

「何だと?」

「えっ!?」

 

 全く空気の読めていない発言。隣にいた──所謂腐れ縁のタマモクロスも、その発言だけは本気の表情の『待った』をかける。

 

「な、何でもあらへんで! オグリ、あんたなんちゅー……」

「いやタマ。そうは言うが確かにこっちを向いて、何かを言おうとしていたのは本当だぞ? それにあんまり口にしていない。これでは心配になるだろう……」

「い、いやぁその、ちゃうねんて……っ!!」

 

 タマモクロスはその口調を段々と弱めていきながら、オグリから視線を逸らしていくのは、その視線の先にいたのが──怒気にあふれたシンザンであったからだ。

 ライスシャワーは怯え切ってハルウララを思い切り抱きしめてしまっているし、そのハルウララも両者の反応に慌てふためいている。

 

「あ、あの、堪忍してくれへんかあ!?」

 

 誠意を込めた謝罪が飛ぶ。これが通じなければ、多分自分もオグリも他の者も碌でもない目に合うかもしれないと、精一杯の勇気を振り絞り己の運命を占う。

 一か八かの大勝負、流石白い稲妻。

 

「てめえ……」

 

 駄目だった。

 空しくも届かず、さらばオグリさらば自分と瞳に涙浮かばせれば。タマモクロス、己の運命の儚さを悔いた。

 

(あ。あかん)

「テメエがなんだかわからねえが! あのなぁ、じゃあ俺からも一つ言わせてもらうぜ!」

 

 遂に椅子からドンと立ち上がれば、その場の床が大きく凹み、しかしゆったりと歩き出せばオグリを見上げる形になって、凄まじい眼光が彼女に飛ぶ。

 流石のオグリも一つ汗を流して仰け反った、もう誰の目を見ても威圧された彼女に、次にシンザンが吐き出した台詞が────。

 

 

 

 

 

「お前はもっときちっと皿を分けて、飯食いやがれってんだ!」

 

 

 

 

 

「………………???」

「それは……」

 

 極度の緊張のあまりレース直前以上に死にかけていたタマモクロスは、すり減らした気力がアンダーフローを起こして混乱し、ライスシャワーは目を白黒させ、ハルウララは何のことかわからず。

 そしてオグリキャップはもしかしてと思って、トレーに乗せられていた自分の料理を咄嗟にシンザンに見せる。

 

「うっ!」

 

 全力で嫌がった。それは先ほどの威厳や威圧が、全部吹っ飛ぶほどあっけなさ過ぎて、そして意外な光景であったのだ。

 だが何とか持ち直したシンザンは首を振って、思いっきり手を突き出してその光景を見るのを全力で拒否した。ちなみに目の前の料理には何とかそれを当てないようにした。それが彼女の精一杯だった。

 

「……おいしいのに」

「おいしそうに見えるだと?」

「ええ……?」

 

 多分その顔は真摯だったとタマモクロスは思う、そして他のウマ達もそう思った。だがその彼女の習性性格を呑み込むのに時間を要したので、そもそも今の光景を認知するのに随分後になった。大体当時の個々人のプライベートまで詳細に記されていたら、それは自伝などに組み込まれているだろうが、そもそもそんな物を彼女は書いていない。

 それにしてもシンザンの動作の機敏さと言ったら、全く現役を引退したとは思えない程機敏になっていた。鉄下駄をガンガン鳴らしながら、尻尾を振り回しながら、それはもう講義をするように丁寧に説明を行う。

 

「こんな無造作に積もられた残飯じみた山を、おいしそうだと。ふざけているのか! もうごちゃ混ぜになっちまったから、どれが野菜かどれが肉かわからねえじゃねえかっ! いいか、尤も飯を食う時に理想的な配置はッ────」

 

 今度は即座に自分の空っぽになったトレーと茶碗を持って、即急な動きでフードバイキングコーナーに突っ込むと無心かつ規律正しい動きで、素早く自分の皿におかず汁物そして米をよそい、どんとそのトレーをシンザンのいる席の隣に思い切り叩きつけるよう置いた。

 タマモクロスは、視線だけしか動かせなかった。別に威圧されたわけではない。

 

「白米かパン、主菜副菜、そして汁! 『1:1:1:1』だ!! どうなっていやがる、ここはお嬢様学校になったと聞いたら……」

 

 しかし頭に血が上っていたのもつかの間、肩で息をして思い切り怒鳴るのも久しい事だったから、抑えが効かなかったのもあるが、冷めるのもあっという間だった。

 そして周囲を見渡せば──唖然とするの視線たちと何処か親近感を増す視線たちが介在している。

 

「……」

 

 シンザンは当然すぐに失態を犯したと思ってマズイ顔をして、その後の対応など何もなかったしやりようもなかった。結局のところ、シンザンはやらかした。

 

 

 

 

 

「あ、あの! 十勝のどこら辺に住んでたんだべ!?」

「当時の流行等を知りたいですわ、きっとお婆様のお土産話になりますから」

「ねーねー! 昔どんな走りしてたんですか!?」

「なあ、ゴルゴル星って興味あっか?」

「その衣装って、まさか昔の学園の物ではありませんでしょうか?!」

「そ、それで頼みと言うのが済んでいないのだが……その、サインを欲しいのですが」

「タマ……私はそんなに、行儀が悪いだろうか……」

「うちもう知らん。なんも知らん」

 

 結果として割とすぐにこうなって、無視しがたい空気の中でただ一人ため息をついて、椅子に深く座りこんだのはシンザンであった。その隣のライスシャワーとハルウララは呆然としつつも、なんだかほどけた雰囲気の前では、先程の様にガチガチに緊張などしておらず自然体で、そして安堵していた。

 一方の彼女の方はと言うとすっかり慣れ切った空気にうんざりして、遠くのドアから現れた全く目立たない委員長等の生徒会面々に視線を送ってやると、帰ってくるのは微笑みだけだった──あともう一人は何か憧れを抱いている目をしていた。

 

(……とんだ話になっちまった)

 

 別方面での後悔の念を益々強めたシンザンは、深々強い態度をわざと取りつつも、その視線は俯きがちになって長い前髪に隠れた。

 

(あと、あの黒い奴さんにはちゃんと言いつけておかねえとな。それと、たづなにもだ)




応援ありがとうございます。
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