汚れつちまつた悲しみに   作:中里悠太朗

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解っちゃいるけどやめられないので初うまぴょいです。


春の霧雨、募る乙女(後編)

 また場面変わってこちらはロビーで座って足をバタつかせているカレンチャン。SNSでカリスマ的な注目性を集める彼女は、嘗てない程の事態に直面しているのだった。

 

「うーん……」

「カレンチャン……」

 

 ジッとスマートフォンを眺めて困り眉でいるのを、相談に乗るニシノフラワーはかわいそうだと同情を向ける。

 なぜなら彼女とシンザンのツーショット写真が今大反響もといやや炎上騒ぎになっているからだ。リプライは4桁に達して、数十万“ウマいね”を稼ぎに稼いだ投稿は、もうネットニュースとしてあちらこちらを出回っている。所謂『バズ現象』であり、そこまで行くと投稿自体を消そうとしても、その痕跡は誰かに残されているだろう。

 

「やっちゃった……これじゃ、お兄ちゃんに申し訳立たないよ……」

「で、でも、知らなかったんですよね? こんな事になる位、凄い人だって」

 

 だが言い訳は立つのだ。シンザンの名前自体はあってもまさかここまで影響力があるとは、カレンチャンも全く予測できなかった。それに付き合ってあげたシンザンもシンザンで、そもそも『ウマッター』『ウマスタ』の類は何もわからない。そもそもSNSの概念がない時代のウマにどう説明しておけばいいのか。

 ともかくネットに趣味の旅行やモーター趣味の投稿を細々としていた人々、一応いるにはいたがウマどころかアイドルなど以ての外の存在であった人なども巻き込んで、話題は大きく膨れ上がってしまっていた。

 

「それにね……これじゃ“カワイイ”じゃないって、言うんだもん」

「え、そっち?」

「『そっち?』じゃないよっ。カレンにとってもみんなにとっても大事な事なんだから!」

 

 ほらみてと急かされてスマホに映し出される一部のリプライ。そのすぐ上には驚愕を表すコラージュ画像が張られていて、ニシノフラワーはそちらも気になったが、やはりそこに書いてあったやや指摘にも似た一覧を見せる。

 

 

 

『これじゃあカワイイじゃなくてカッコイイじゃん』

『カワイイカレンチャン #とは』

『突然でびっくりした。路線変えちゃうの?』

『カワイイシンザン概念……?』

『#カッコイイカレンチャン』

 

 

 

 まあおおよそ強い言葉は使っていないにしろ、困惑と驚愕の色がタイムライン上にも散見される有様。

 そうなのだ。実は最初辺りに来たリプライがおおよそこのようなものばかりだったのだ。だからその反応を見て反省すべきだなと、真剣に悩んでいたのだ。どこかズレているような気がしないでもないが。

 

「消すに消せないし、シンザンセンパイにどう説明すればいいか大変だし、後センパイそこまで気にしてなさそうなのはちょっと……」

「有名人慣れ、しているのですね……」

 

 ただ両者揃って、何とも申し訳ない思いを募らせていたので、灰色の雲を見上げた。

 後悔先に立たずという習わしは本当だったのだ。何でもかんでもノリで動くべきではないと、赤いリボンも揺れてしまう。

 ニシノフラワーはこんな時、彼女の親友であるセイウンスカイは何と言ってくれるだろうかと、そして今彼女はどこにいるのだろうかと悩むばかりであった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 メジロマックイーンは、トウカイテイオーに進められた『蜂蜜ドリンク』の『固め濃いめ多め』を、トレーニングが終わった後ぐびぐび飲んでいる。彼女は普通に糖分が好きなのもあるのだが、雨も降り突いていて湿度も高くなってきた、スタミナも糖分も抜け出た体には足りなかったものを補給しに行ったのだ。

 だが素質が足りないわけでもない、努力が足りないわけでもない──簡単に言うと、頭と心に掛かっている靄を晴れさせたかったのだ。

 

「はぁ……」

 

 溜息をついている格好は、全くお嬢様らしくない格好である。またストローに口を付けて粘度の高いドリンクをぐびぐび飲み始める。こうまでムキになってランニングマシーンの上を走ったり、ベンチプレスで筋力を上げまくったりしているのは何故か。

 ────彼女は、()()()を知ってしまったからである。

 

「お婆様……」

 

 あの写真を彼女の祖母に送ってから、すぐに連絡が入ってきた。その声は血相を変えたように必死に聞こえた。

 それから彼女の話を聞いて、シンザンが一体どのようなものを見たのかを知ったので、複雑な想いを抱くとともにどうしてあのような人が、片田舎も鼻で嗤える大地に暫く消えていたのかを知ったマックイーン。

 

(どうにもできないという事、あの人でさえも……)

 

 空になったカップがベンチに置かれて、たった一人の空間に乾いた音が籠る。彼女の頬に汗が垂れていく。白い髪によってその存在は上手く隠されていたが、神妙な顔を浮かばせていたのは、親友でもあるトウカイテイオーの前には誤魔化しきれないだろう。

 

(何かを言おうとも、何かが出来ても、あれではっ!!)

 

 俯く彼女の目の前には曇り空が広がっている。降ってきている霧雨は、強風と噛み合って向こうのビルすらも霞ませていく。その悪天候の中でシンザンはここに来ていないのだという。

 

 嫌になったわけではないだろう。しかし彼女はどうしても考えてしまう。彼女がああまで過去の事を話さなかったのはどういう事なのか。自分が先輩だ何だと言われると、少し不安げだが何処か心休まるような表情を浮かべていたのは。

 それでも実際に昔のことなど実感しているわけではないメジロマックイーン、考える事は出来ても何を覚ればいいのだろうか。解る物も何もない、闘争の空気は同じ時代同じ場所にいなければ分からないのだから。

 

(今は、何をしていらっしゃるのでしょうか……?)

 

 自分が抱え込んだ罪でもないのに、昨日はすっかり泣きたくなってきてしまった心の脆いお嬢様は、ふとこんなことを考えて気を逸らそうともしていたのだったが、結局それはそれで気になってしまっていたのであった。

 

 

 

 だが────その空気を思いっきりそして無自覚にぶち壊しに、扉が開いて何者かが遠慮もせず入ってくる。

 

「おーガラガラじゃねえか」

「さっさと行うぞ姉上が泣く前にはな」

「このウマ社会に生まれた俺たち若者」

 

 思い通り或いは狙わずともシリアスな空気を思いっきりぶち壊されて、一瞬でむかついて顔を上げたマックイーンは、すぐにその顔を降ろしてしまった。一瞬浮かべた真剣な表情も、思いつめるような顔などはとっくにしていない。間違いなく真顔になって目は点と言うより線だし唇は小さい、正直作画崩壊物の真顔である。

 

「それでも……あ、マックイーン」

「ホントだ、よぉマックイーン」

「ご無沙汰である、マックイーン」

 

 先ずはみんな大好き荒くれもののゴールドシップ。

 続く二番ナカヤマフェスタ、三番孤高のオルフェーヴル、そしてどうあがいても気性激難一族が揃って現れた。

 一番先に上げた彼女は同じチームにいるという事もあって勿論“構って”であり、後の二人も面白い反応をするなと思ってたまに絡んでくる程度だが、見かけたら大体特攻を仕掛けている。

 

「み、皆さんどうもおそろいで……」

「にしても何か朝っぱらか汗まみれになって」

「何!? ま、まさかッ 骨折だとォーーーーっ」

「そのような事があるまいゴールドシップ、余暇を持て余しているようにしか見えないではないか」

「よしじゃあクイズ大会するか」

 

 ほら見ろ碌な事にならなかった。メジロマックイーンは即座に立ち上がって逃げ出そうと──いや駄目だった。

 オルフェーヴルがマイクを握って、マックイーンにゴールドシップが何かをかぶせに行ったぞ。

 

「ニューヨークへ行きたいかぁぁぁぁぁぁ!!!」

「おーっ!!!」

「本当にニューヨークへ行きたいかぁぁぁぁぁぁ!!!」

「おおーっ!!!」

「それじゃあ、タイトルコール行くぜぇ!!!」

 

 どこからか流れてくるTV版スタートレックのテーマ音楽。勇壮にして楽し気でエンタメ的なテーマ曲。

 

 

 

 

 

「『史上最大! 第564回アメリカ横断ウルトラクイズ』っ!」

 

 

 

 

 

 エコーが掛かって何か始まった。酷い、とっくにマックイーンの衣装の上にゼッケンと帽子がかぶせられていた。

 

「さあ始まりました、アメリカ横断ウルトラクイズ。目指すはアメリカニューヨーク。ターフの夢はベルモンドパーク。おお自由の女神様、貴方が灯台ならば灯台下暮らしの挑戦者を、正しき道へ、導きたもうれ~……!」

 

 マックイーンは一つ頬に輝かせるステキな涙。素敵な人ほど涙が似合う。だがそうも言ってられないし、そう言う空気でもない。ただ彼女は一つ言う権利があった。

 

「帰ってよろしくて?」

 

 三人は爽やかに振り返った。白い歯が輝いていい汗が飛び散り、何てさわやかでにこやかな笑顔で彼女に返してやる。

 

「付き合え……」

「逃れる事は出来ん!」

「ダメだね~」

 

 かすかな悲鳴がジムに響いた──様な気がした。




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