汚れつちまつた悲しみに   作:中里悠太朗

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男も髪を長くし始めたので、初うまぴょいです。


神を讃えん(前編)

 結局彼女が学園に到着するまでには、その日の夜まで待たなければならなかった。色々と世話になっているたづなも、この時ばかりは憤りを示していた。

 何が恐ろしいかと言ったら、何より彼女の目が笑っていないのだ。優しい声音なのだが、これが彼女のすぐ下の後輩などは、これが本当に怖くて仕方がなかったのだそうで。

 ────しかしそこにはマルゼンスキーの姿はいなかったのだ。

 

「……マルゼンスキーさんは?」

「何言ってんだ、俺が行きたいんだって言ってんのに、巻き込ませるんじゃねえよ」

「……だとしたら、酷いですねっ。わざわざ銀座まで遠出させて」

「仕方ねえ。こっちだって気にはなるだろうが」

 

 昔と同じかどうかなんて、と言い訳染みて言葉を吐くシンザンの姿は、全く彼女らしくなかった。と言うより言い訳の仕方も仕方だと言わざるを得ない。多分彼女の言い分では鈍い人間でも少しは何かを察せられるような話し方だった。

 尤もたづなは最初から今まで、全く彼女らしくない出で立ちを感じていたから、こうするのも仕方ないのだろうかとも思って溜息を吐いていたが。

 

「後で、謝っておいてくださいね」

「分かってる」

「……ところで、お話しはもう一つあります」

「何だ。説教はもう腹いっぱいだ」

「違いますよっ! 生徒会から一つお願いがあって────」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「────そう言うわけで、彼女らの公開トレーニング。請け負ってもらえないでしょうか」

 

 夜はもう太陽も沈み切ろうとしていて、まさに逢魔が時の暗さが広がっていたこの時。

 シンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアン、生徒会の重要な面々たるメンバーが一堂に会して苦い顔をしていた。

 まず一つとしてある程度の構想案を練り上げていたとはいえ、もしかしなくともやや唐突でそんな状況考えていない可能性があって、何よりそれを好としない現状ではないかという事。

 

 

 

 それは彼女の事を、いや当時何をしていたのかを、メジロマックイーンから聞かされていたことに端を発する。

 

 

 

 彼女は果たして祖母から聞き入れた事を真摯に受け止めつつ、果たして先輩でもある人がそれを広める事を良いとは言わないだろうことは重々承知していた。本人以外の誰にとっても。

 しかしあの三姉妹の魔の手から逃れた先にいたのが、彼女とも関わりが深いライスシャワー、そして明るさにおいては誰よりも引けを取らないハルウララであった。

 出会ってしまったのが運の尽き、彼女らはそう言う事柄にはよく敏感だった。ライスシャワー等は気弱であるがやる時はやるウマ娘であったし、ハルウララは言わずもがな。

 ではシンザン先輩がどうだったのかと言うと、そもそも喜びも悲しみも人前では面に出さない事になれてしまったというのが正解だろうか。

 

『そんな事……そのままにしてたら、大変なことになっちゃうよ!』

 

 そう言って悲しい表情をしたまま走り去ろうとしたハルウララを止めたのがライスとマックイーン。しかし彼女の顔はとても真剣で、その思いは十分にマックイーンの心に伝わったと言える。

 

『ねえ……センパイって、お姉ちゃんって、とっても優しいんだよ!? まるで、桜みたいな、風みたいな……』

『……』

 

 マックイーンが叙事詩的な表現をしたハルウララに対して驚いたことも、ここに記しておく。ともあれ短いやり取りながらも必死になっていた彼女の想いは伝わり、だが限られた人間にしか伝えない事にして彼女は生徒会に赴いたのだ。

 

 

 

 

 

 さて詳しいことは解らなかった──間違いなくシンザン自身がそれを伝えなかったのだろうことは明らかで、さてそれを知って打診を行うというのは到底難しい、或いは度胸のいる話である。失礼ではあるがああいう顔をしていたのも無理はない。

 取り次いでくれたたづなもそれを聞いて傍にいるが、その顔は少ししかめていたようにも思える。

 

「それで……条件としては日程も兼ねて、三日後と言う事になりますが……」

「分かった」

「やはり、受け付けな──────えっ???」

「三日後、な……」

 

 ここにいる総員の意思と予想に反して、シンザンがあっさりと了承を出したことに、固まってしまって何もできない一同。しかし聞いたのには間違いない、少し低い声で分かったと。

 とっとと持参しているボールペンでサインを書いて、その該当書類を投げつけるように渡すと、とっととその場から立ちあがって失礼すると一言言い残して立ち去ろうとした。

 

「…………あ、いや待ってくれ!?」

「他に何かあるか?」

「あ、あと2枚書いて欲しいのですが……」

「あ、すまん」

 

 信じられないの一言に尽きる。一体いつの間に、どんな心境の変化が訪れたのか。ただ彼女は短い返事を返して、またソファーに深々と座ったのだった。

 特にナリタブライアンなどは、シンザンの顔をそっと覗き込んだりもしたのだが、全く平然としていたのでますます顔を青ざめていく。

 

「これで良いな」

「……ハイ、大丈夫です」

「じゃ、3日後に宜しく」

 

 ともかく成すべきことは成されて、後は関係各所への通達、それとある程度の対応である。彼女に対する対応は、多分、駿川たづながしてくれるだろうと、ある意味匙を投げる。

 

 

 

「あ、あの!」

「何が、あったんですか?」

「……」

 

 

 

「気の迷いだ」

「嘘を、つかないでくださいよ」

「……なあ、俺たちは何の為に産まれた?」

 

 分かりきった話だった。理論を構築するよりもずっと前、永く語られていた事。従うべき事象。逆らえない本能。

 

「走る、事」

「そうだ。俺たちは、走る為に産まれた」

 

 たづなですら忘れた事の無い事実。生徒会に掲げられた格言より、ウマならば誰でも解っている事なのだから。だがそうで済まされないのが社会である。

 

「それが幸せ、そのはずだった。ただ時代と共に何もかもが面倒くさくなっていった。だがそんなとき、ふと気がついた」

「……何に、ですか?」

「彼奴等も、彼奴等なりに()()()()()()

 

 素面で言うには少し恥ずかしい話だったが、事実長い間彼女が見てきたことでようやく覚ったものだ、馬鹿には出来ない迫力があった。

 赤から黒に変わろうとしている夜空を見上げれば、丁度星々の灯りや遠く衛星軌道に乗ってるISSの光も見え始める。

 

「勿論ターフそのものじゃ無い。どいつもこいつも誰かと真剣に、それで莫迦みたいに、殴り合って罵り合って、それで競い合っていた。俺たちよりも卑怯な戦術が平然とまかり通る場所で、自分の血脈(ライン)が生き残るために必死だった」

 

 そう言い残してポケットに手を突っ込ませると、革靴の音が鳴る。鉄下駄をはいてくるのは今日は憚れる気分だったか、あの時の様なコンクリの道路を蹴りだす音も、閑静な住宅から遠くまで響く景気のいい音も、そこから全く聞こえてくる事は無かった。

 

 

 

 しかしたづなは気が付かなかった。彼女の寂しげだが覚ってしまったような後姿に気を取られて、彼女の右足を蹴ってしまう足癖が直っていないのに、普通の革靴でその様子が出てくる事は無かった様を。

 それどころか、あの鉄下駄ですら引き摺っている様子は見えないのに、地面すれすれまでしか足を上げていない事に。

 何よりいつもよりもやや、歩幅が大きく見えることに────。

 

(…………)

 

 もしも彼女が気が付いたらば、一体どのような感情を持ってしまうのか。しかし現実は些細な変化にしかならなかったので、誰も何も言わないまま、小さくなっていく影は闇へと消えていくのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 一方こちらはある男の一室、身体中から湯気が上がっているから丁度風呂から出たばかりであろう、ただ無精をしているからバスタオル一枚の姿で出てきた男。

 机の上に置いてあるスマートフォンには何件かの着信と、メールが一通届いていたのだった。

 

「あ……?」

 

 真っ先に確認しようと天然パーマの髪の毛を拭きながら、真っ暗なワンルームに差し込んできた車の灯りで黄色いシャツが見える。通り過ぎて行ったのはただの中古自家用車のようだ。この時間帯は、と言うより、この男の住んでいる部屋の目と鼻の先は幹線道路、深夜にならない限りでは大体人通りで騒がしい。

 だがこの時ばかりはトレーナとしての性が疼く方が先で、クラクションを鳴らしたトラクターの音色すら気になる事は無かった。

 

「……マジかよ」

 

 そこに書いてあったのは、勿論全所属トレーナーに発せられた公開トレーニングに関する重要な一報である。内容は一目瞭然、そして彼等にとっても一つの疑問や疑惑を晴らすと共に、ある思考を巡らせる事にもなった。

 

「……何でだ?」

 

 所謂心変りにしては唐突な物だったから、そう認識されているからだ。

 突如として去り、また突如として現れたかのウマが、何を思って、また何を考えて過ごしていたのか。同じくしてそもそも彼女にそんな力が残されているのか等、湧き上がる疑問は全く尽きることない。

 

(……)

 

 だがこれ以上考察に考察を重ねても仕方がないのも事実、多分とっくに噂になっているであろうトレセン学園の、自身のパートナーに向けて、漸く折り返しの電話を向けてやる男なのであった。

 

「あー……分かってる、分かってるから静かにしろ! 見たぞ、ほら、例の……一応混乱を避けるってんで、抽選だが、確かな情報だ。スペ、だから調整はちゃんとしとけ、な?」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

『一つ、用意してほしいもんがある。ああ、アレだ。無いなら無いで良い……出来る──そうか』

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

(で……この有様か)

 

 時間は飛んで、3日後。素晴らしい快晴に見舞われた、芝のコンディションも良好と、絶賛のレース日和とあいなった本日。

 勿論今日この日の情報はどこにも漏れていない、メディア関係の姿は何処にも見えない。

 

 だが詰めかけたウマ娘達、トレーナー、他関係者の熱気は嘘ではない。

 

 伝説のウマが、再びターフへ。

 

 公開調教に押し寄せた百は降らぬ人の群れ。妙な緊張状態を起こしていた衆目を、一様に集めに集めた全11人。

 

 

 

 

 

「うわー、すっごくみんなうっららーに燃えてる!」

「う、うん。そうかも……」

 

 そう言うのはハルウララとライスシャワー。ここに来るのには不釣り合いだと思われたが、抽選は抽選の結果で選ばれたのだ、致し方ないというしかない。

 他にも果たして繋がりなどあるのかと言う面々が揃っているから、ちゃんと不正なく選ばれたというのはあるだろう。

 

 

 

「……い、今になって、緊張してきたべさ!」

 

 スペシャルウィーク、メイクデビューのライブの時を思い出す。

 確かに彼女は足が固まり石か鉄の様に、そしてもう呆然自失の状況にあったが、これはまた異なる状況だ。あの時は自身の失態と言うほかはない。だがいまこの瞬間に感じる風、肌触りは尋常では無い。

 

「……ねえこれもしかしてとんでもない事になってる?」

 

 嘆くように隣に視線を投げつけたのはトウカイテイオー。

 半角だろうが全角だろうが関係なく、怯えている感情を顕にしているのは間違いない。因みに先日などは大口叩いていた。会長の方が絶対強いと。

 

「でも楽しそうじゃ無い? それにみんなこっち見てる、マヤ人気者になったみたい!」

 

 呑気な風体なのはマヤノトップガン。

 相変わらずと言えば相変わらずなのだが、何処か緊張感を覚えているのも確かだった。掌には汗がにじむ。東京とはいえここは郊外は春先、熱さよりもまだ涼しさ勝るはずなのに、会場からでは無く自身から発する熱で汗ばんだ。

 

「ま、まあ! わた、(わたくし)の走る、ぶ、舞台としては、随分整えられたもの、で……」

 

 ハルウララと同室の、冷静と高慢を装っているのはキングヘイローであるが、誰がどう見ても緊張状態である。レースだったら出遅れから掛かった不調へと至るコンボだ。ちなみにここに来る前からずっとこの有様だったので、彼女のトレーナーは大丈夫かと頭を抱えている。

 

「うおぉぉぉぉっ! がんばるからなー!」

 

 騒がしいのはウイニングチケット、多分一二を争うぐらいにこの状況下でストレスを感じていない。

 まあ彼女らしいと言えば彼女らしいし、実際問題はない。ナリタタイシンは目を逸らし、ビワハヤヒデは心ここになくといった様子で頷いているくらいか。

 

「クソがよ……」

 

 あのおとなしくなっていて体育座りで地面を向いているのは、何とあの横暴なナカヤマフェスタである。

 まあ義理で投票してやるかと、姉妹二人に付き添って投票したのが運の尽き。まさかこんな大舞台に連れ出されるとは思ってもみなかったが、残念ながら抽選は抽選だ。不正はない。

 因みにゴールドシップはへらへら笑って心無い励ましを送っていたし、オルフェーヴルに至っては『草』と書かれたプラカードを掲げている。後者については後でドリームジャーニーから小言が漏れ出すだろうそうだよなそうだと言ってくれ。

 

「────」

 

 その隣で平然としているミホノブルボン。

 サイボーグと呼ばれていても、この気配だけはどうしても感じ取らなければならないのだ。涼しい顔であるも、何かを呟いている。

 

「し、シラオキ様。ほ、本当にワタシは、これで良かったので……?」

 

 困惑の渦に居たのはマチカネフクキタル。

 本来ならば喜ぶべきなのだろうが、イベントがイベントだから信仰心が薄れていく気分に苛まれていた。シラオキが何だか誰も知らないが、誰かが善意で言うだろう、きっとあなたの為なんだと。

 

「…………」

 

 さて最後に、どこか遠い空を見つめて、その時を静かに待つのがナリタブライアン。

 生徒会唯一の参加。観客席の中、シンボリルドルフとエアグルーヴがいる周りは、異常なまでに空気が冷え切っている様に見えた。しかし仕方がないと独りごちる会長の姿を見たのは彼女だけでなく。

 責任は重大だと分かっている。自分があの人の近くにいて、何を汲み取るのかはともかく、何を学び取るのかははっきりとしていた。

 

 以上運命に選ばれし11名、午前10時に揃う面々。

 

「あ!」

 

 最初に気がついたのは、入場口に近いトウカイテイオーであった。やがて会場の面々が徐々に、視線を集わせていく──────。

 

「あ……」

「すごーい……」

「!!」

 

 口数は少なかった。誰かが何かを言うこともなかった。例え口に出すこと適うが、その口数は何時もよりずっと少ない。殆ど単純な単語を吐き出すので精一杯だと言うのが正解だ。

 

 あれを見たらば。

 

 歳の筈なのに、体幹もスタイルも全く衰える様子が見られない、深緑のベストに赤いネクタイの彼女は。

 それ以上に威厳や威圧が研ぎ澄まされていた、淡いベージュのズボンを履いていたのは。

 

「…………一つ、断っておくが、俺はまあ練習っつーもんが嫌でな」

 

 シンザン。

 

 どこかの誰かが、全く変わっていないと呟くのを、また誰かが聞いた。

 

「何ができるかも分からん。取り敢えずついてこい、良いな」

 

 ────彼らにとって、夢のような時間が始まった。




まず、すみません。結局走らせられませんでした。次回は絶対に、絶対に、させますのでお待ち下さいませ。

では改めて、沢山の感想評価と応援、ありがとうございます。
これからもどうか宜しくお願いします。
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