汚れつちまつた悲しみに   作:中里悠太朗

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理想のレースで負けたので初うまぴょいです。




春は曙、桜は麗か(後編)

 大丈夫かと言われてしまったシンザン、思わずその方を向き直ったままその体を固めてしまった。

 無理もない、自分は何の平然としているというのに、やや土に汚れた少女が病人を介抱するように、真摯に対応しようとしているのだから。

 見てくれは確かに具合が悪いから、木の傍で腰かけているのかとも思わせる。そもそも学園の敷地のこんな場所で、まあそんな真似をしている方がおかしいかとシンザンは顧みた。

 

「ああ、いや……」

「え、えっと、動いちゃダメだよ! ジッとしていて! えーっと熱中症の時は……」

「問題ない。 ほれ、何ともないだろう」

 

 本当ならば無礼なはずなのに、なんだか一周回って滑稽にも思えてきたこのやり取り。まだ本気で心配している彼女の、その思いやりの顔に返すものとしては大変悪いが、彼女の琴線に触れてしまったものだから──。

 

「それにしても……ハッ──」

「えっ?」

「ハッハッハッハッ!」

 

 シンザンは驚く彼女をそっちのけで大声で笑ってしまった。しかも快活に大きく体を揺すって、見ていて気持ちのいい笑い方だった──どう聞いても女と言う余地はなく、はるかに快男児らしいという事を除けば。

 目の前の具合が悪いせいなのかと困惑する瞳が、ますます面白いと思うシンザン。

 しかしこのまま笑っているのも悪いはずなので、彼女はその体をゆっくりと立たせながら話す。

 

「いやな? まさか俺がこうしてのんびりしているのを、まともに心配する奴がいると思わなんだ!」

「そ、そうなの、かな?」

「しかもこんな──」

「へ、う、うわぁ……!」

 

 悠々と起き上がればその桃色の髪を持つ少女の、二回りも大きな体躯で彼女を見下ろすことになる。それが低い声でしかも髪の色や耳も茶褐色、着ているバンカラ服も男の物だったからさらに威圧感が凄い。素面では相対したくないとは、時折様子を見に来る──と言う体で麻雀を打ちに来る、後輩の大変心無い言葉である。

 

「ちんまいのに言われちゃあ、な」

「うわぁ、おっきい……」 

 

 桃色の瞳と黒い瞳が交差する。妙な緊張感も走って桃色のウマの耳がピンと立つ。

 しかし脅すつもりはシンザンは全く無かったので視線をすぐにそらして、桜の木をじっと見つめ始める。桃色の髪を持つ少女もそちらの方を見つめる。

 

「この桜はな、特に気に入っている場所なんじゃ。 学友とこっそり駄弁ったり暇ァ潰したり弁当使わせてもらったもんよ」

「センパイたちも、ここで時間をつぶしていたって聞いています! えっと……貴方はセンパイなんですか?」

「さあて、どうだろうな? お前さん、名前は?」

 

 

 

「あ、えっと、わたしはハルウララって言います!」

 

 

 

 ハルウララ。麗かというには些か照りが強い笑いを見せる彼女。

 しかしいい名前だとシンザンは笑う。そうかいよろしくとぶっきらぼうに返して右手を差し出せば、彼女も元気よく握手をして腕をブンブン振り回し始めた。

 シンザンの見抜いた通りである。きっと何十戦、何百戦と戦える丈夫な体つきをしているのだろうと。

 

「ところで、お姉さんは何しに来たの?」

「お? ああ、競争を見に来たんだが、これじゃあ見当違い──」

「きょうそ……ああレース! それじゃあ急がないとね!」

「この時期に何かやってんのか?」

 

 両者口を滑らせた事に気付かないが、確かに彼女の知らないレースをやっているのを見たいと言ったらば、シンザンの大きな手を引いて走り出していくハルウララ。

 やはり少し突拍子も無さ過ぎて慌てるが、顔に焦りなどを出すものではないという事は、理解の以前に自然に身についていた事。出遅れる事も無く彼女に引かれてついていった。

 

「ダービー卿チャレンジトロフィーっていう、えーと、重賞競走があるんだ! 見に行こ!」

「おうおう、待てよおんまさんは……」

 

 シンザンは春の陽気に当てられたのか、その桃の──いや桜色の髪を持つ彼女の笑顔に引かれて、そのままレース会場へとそのままついて行ってしまう。

 左手に持った鞄を肩まで持ってきてぶら下げれば、意気揚々と走り出した彼女に大股で歩いてついていく。ガランと鳴るのは鉄の下駄、風に揺れるは短い流星。それが彼女が陽気だという証拠であるのは間違いなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「今年も始まりましたね、春のレースが」

「ああ」

 

 短く返してやる先に広がる熱狂、重賞(G3)のレースではあるが目立っているのは、近くにあるトレセン学園から新入生在学生が詰め寄ってくるからとも言われている。

 そもそも天下の府中は中山、近くあるニュージーランドトロフィーや皐月賞を待ちかねているファンの山がここにいる。

 勿論トゥインクルシリーズに誰が出てきそうなのかと言う追っかけが、この時点で生まれてくるのも間違いは何もないのだが。

 

「そしてトゥインクルの新たな季節も……」

「ああっ、三寒四温の時期は過ぎ、春和景明の日々が来たのだな」

 

 観戦席の端の端で目立つことも無くそれを遠眼鏡で見ているのが、威厳のある風貌の女性とその傍付き、当然彼女らは全くもって只者ではない。

 

 

 

 

「ところで後輩が──言いなおしましょう、テイオーに答えてあげても良いのでは?」

 

 エアグルーヴ。

 いつ頃からか女帝と呼び表されるウマ娘。

 昨年も相当な激闘で札幌から大阪まで飛び回っていたが、トゥインクルシリーズに参加しなかった、何時になったら本腰を上げるのかと期待されている実力者であり、生徒会副会長。

 ダイナカールという偉大な記録を残した自慢のウマ娘の薫陶を受け、それを目標にしている彼女は今年もまた猛進中である。

 

「……ここで返せば。 厚顔無恥と笑われるだろう」

 

 シンボリルドルフ。

 三冠──それを超す七冠ウマという圧倒的名誉を携える、現役で最強と言われているウマ娘。

 左利きである事を活かして見事なコーナリングで、昨年のトゥインクルシリーズを見事掻っ攫っていった、トレセン学園生徒会長。どうも四文字熟語を好むようだ。

 

 

 

 

 

「しかし、テイオーが手を振る。 テイオーが手を……フフッ」

「……」

 

 それと親父ギャグもだ。

 これを聞くといつものように副会長はやる気が下がる思いがする、彼女のトレーナーからも気のせいではないから、こればっかり止してくださいと言われるほどだ。ある意味彼女の数少ない弱点であるだろう。

 

「しかし相変わらず、短距離はあのウマの独壇場ですね」

「サクラバクシンオーはな、私でもアイツの独壇場に立たされればマズイと思う程だ」

 

 怒涛の勢いで駆け抜けるバ群の中でひときわ目立つウマ娘を指して言う。あれこそがサクラバクシンオーである。

 バクシンバクシン言っているため何だか頭の弱いウマ娘なのかと疑いそうになるが、あれで学級委員長を務めているのだからわからない。

 真面目そうではあるという前提に関しては誰も文句は出ないだろうが。

 

「あの子は相変わらずですね、どうしてあの教えから短距離が得意なウマ娘が出たのか……会長?」

「フフ、フフフ……! テイオーが手を──」

 

 手で(はた)く事によって彼女を正気に戻してから、また視線を1200mのコースへ戻しておく。

 しかしレースもとっくに終盤戦、圧倒的に駆け抜けていくのはサクラバクシンオー。

 

「ぐ……」

「……バクシンバクシン、バクシーン……」

『一着勝ったのはサクラバクシンオー! これは強い、強すぎるっ! スプリントの王者、春に桜を咲かせましたっ!』

 

 双眼鏡を降ろしてエアグルーヴは平然とのたまう、まるで最初から解っていたかのように言ってから、ひどい目にあった会長であるシンボリルドルフに向き直るが────。

 

「……まあ妥当でしょうね、会長の言う通りスプリンターとしての彼女は天下無双と……会長」

「……」

「会長?」

 

 先ず様子がおかしいことは見てわかる。

 流石に冷たくあしらいすぎたか、それとも当たり所が悪かったのか、冷静ながらも僅かに焦るがそうではない。ルドルフがある方向を見て唖然とした顔をしながら、それでいて青ざめているのだ。まるで見てはならない物を見てしまったかのように、全くもって冷静沈着ではない。

 

「かい────」

「なあ、エアグルーヴ」

「はいっ」

 

 慌てたように返事をすれば、冷や汗も出てきたシンボリルドルフ。視線を移ろわずにその目は真っすぐだ。

 

「この後の予定に、生徒会に訪問する予定などはあったか?」

「いえ、全く聞いていませんが──」

 

 そこまで言われれば一体何が起きているのかわかった、すぐさまエアグルーヴも後ろを振り返って観客席を見た。

 双眼鏡で眺める一番後ろの列、何者かがいる。遠くからでも尋常ではない気配が出されている。双眼鏡を慌てて構える先にいたその者の存在を見て──ついに自分も幻覚を見始めているのかと言う錯覚と、そして空唾を呑む音を抑える事もしなかった。

 その先にいたのは────。

 

 

 

 

 

「ねー? すごかったでしょ!」

「おう、そうだな」

 

 

 

 

 

「シン、ザン、先輩……っ!?」

 

 

 

 

 

 あれは神のウマだ、あれは目指すべきものだ、あれは真の実力ウマだ。

 遥かトゥインクルシリーズが無かったころ、バ場も大荒れの斬った張ったの時代を生き抜いた、まさに伝説がいた。

 着外無し、その全てが一着か二着、その強さは人を呼び競バの歴史を大きく変えてしまった。

 低い声に衰えぬ巨躯、バンカラ姿に鋼の下駄、コンクリートを大きく削ってガランガランとやってくる。

 

 名をシンザン、或いは伸山(シンザン)、トゥインクル――いや近代レースそのものの立役者。

 偉大な人物として伝えられているそのお方が、長年彼女らの目の前に現れなかった彼女が、今この場所に何の言伝も無くトレセンに来ていた。夢でも何でもない、これは現実だ。

 

「あ、あの……」

「何をしているんだね?」

「る、ルドルフ、会長……」

「――――私はセンパイの様子を伺い立てますので、君は理事長室へ、走るっ!」

「はぃいっ!」

 

 今はたった二人の娘だけに巻き起こった春嵐、静かにトレセン学園大騒動の渦として全てを巻き込もうとしていた。

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