汚れつちまつた悲しみに   作:中里悠太朗

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二足歩行できるので初うまぴょいです。





鉈は煌めく

「歓迎ッ!! ……と言うには、頭が上がらん!」

 

 

 

「いえ、とんだご迷惑をおかけいたしたようだ。 誠に申し訳ない」

 

 シンボリルドルフは、己の周りに流れる空気と立場に対してハラハラしていた。

 駿川たづなは、どうして突然訪れたのかと考えが読めずにムズムズしていた。

 多種多様の反応はあったが、この異様な空間に対して途轍もなく敏感にストレスを感じて、ウマの耳を何度も機敏に動かし、並みの精神力の持ち主ではいてもたってもいられない空気の中。

 ここは会長室、異様な空気が流れるのは仕方のないことだった。取り留めのない会話と共に見えぬ綱引き。

 

「それに自分方にそこまでの身分はありません。 所詮隠居の遠出と見てくれませんか」

「勿論ッ、希望に答えたいのは山々ではある! しかし先の一件然り、そもそも貴方が起こした偉業然り、黙って見送るわけにはいかんのだ」

「お互い立場に悩まされるものだとは、昔は思いもしなんだ」

「共感。しかしシンザン殿に無礼はできん!」

 

 小さな体ながらも堂々とした態度をする栗毛の髪の毛を持つ彼女を見ているのは、茶褐色の髪を持つシンザンである。ふてぶてしく来客用のソファーに沈み込むよう座っている。

 ちなみにその隣にはシンボリルドルフが立っている。

 彼女は初めにシンザン本人に隣に座っていいと誘われたが、面子にも関わる上そもそも隣に座るような空気ではない。シンザンも仕方ないと呟いてもう誘わなかった。

 

「堪忍ッ! どうか、我慢してくれ!」

「我慢も何も────」

 

 そんな彼女はおもむろにソーサーを持たずにカップを掴んで持ち上げると、温めになった紅茶をぐっと一息に流し込んだ。砂糖もミルクも入っていない紅茶は、茶葉の風味を楽しむのではなく文字通りの飲み物として一気飲みだ。

 持ち上げたカップをまた乱暴に置くと、瞳を向ける。

 

「そもそもちょいと気にはなったものでね、俺はトレセンそのものを見に来たわけではないさ──理事長、アンタの学び舎の後輩たちをな」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 トレセン学園理事長秋川やよいは、この世間単位から迫られる喧しさと、己が成し得たことによる名誉な桎梏をものともしない様は、本当に惚れ惚れしていると実感している。そして純粋にあの時代の日本を生き抜いてきた益荒男ぶりにも。

 さて『無事是名バ』という格言がある。

 これはある新聞の一文を引用して、ファンにとっては優秀であるよりきちんと走り抜いて無事である事が望ましいという事を表した、トゥインクルどころかまだレースの文化が花開いた時代で、トレーナーとしても活躍していた作家兼映画会社社長の言葉である。

 果たして世間一般的な優秀さと、本当にウマ好きが高じた文化人の語る優秀さ、二つを組み合わせたらどうなるのか──その答えが目の前にいることになる。

 

「しかし、何ですな。クモハタさんには世話になったものです」

「前の会長……親しい仲だったのか?」

「はっきり言えば、若気の至りです。 自分は問題児のくくりに入る身分で、頭を下げに行っては、理不尽と思ったことに正面切って言い合いへし合いのバカ騒ぎでした」

「率直ッ! 間違っている物は違う、正しい物は正しい。 まさに貴方らしい立ち振る舞いだ!」

「そして――お互いそう言う人が好きだ、そうたづな先輩も思っているはずです」

 

 様々な所を子細に見てきて、相手を判断するという──それは本来ウマ娘の領域では無くトレーナーとして求められる力。しかし彼女はそれ以上に勝負に勝負を重ねて、尚且つ時代的に必要だからこそ身に着けた物だ。

 たづなはハラハラしているように見えるが無理もない。シンザンは見てくれはのらりくらりと態度はそっけない。しかし確実にこちらを見極めていることは間違いなかった。それにはやよいも交差する視線の裏側でとっくに確信に至っていた。

 

「────俺も腹の探り合いは苦手の部類です」

 

 そしてこう言い出してくるのも時間の問題だった。

 先にあった事柄を絡めてきた言い分にしてははっきりとしている、所謂隠喩が苦手なのだ。シンザンは口に出さないととてもではないが我慢が出来ぬ。

 

「懇願ッ! どうか、トレセン学園に引率役としていてくれないかっ!」

「しかしですな、俺もそちらの顔を立てるのはいいが、正直今でも俺に白羽の矢が立ったのは、少し判断を誤ったと思わない所がないのですよ」

「引き際は弁えている、そう言いたいのですね?」

 

 思わず飛んでくるたづなの言葉、我慢に耐えかねなかった事は想像に浮かぶ。これまで彼女はどんな思いで彼女に立ち向かっていったのか、それは今なお変わらないだろう──やよいはきっと自分と同じ顔をしていると思った。

 

「時代を作るのは老人では無いという言葉を、どこかで聞いた事があります。 それに倣うならば、俺に出来る仕事は終わっています」

「魂胆ッ、変わらないのかっ」

「ええ、微塵も」

 

 たづなの気配がしおれていく。それはいまだ立っているシンボリルドルフの何かを察した表情からも解る通り、彼女が学園に来てくれれば大変心強い物だっただろう。それはルドルフも思わない所は無いわけではない。

 

 

 

 ────しかし、やよいの判断は違った。

 

 

 

閑話休題(さておき)っ! このトレセン学園に興味を持ってくれたこと、大変喜ばしい! どのくらいの時期を見越しているのだね?」

「……精々、一週間といった具合か」

「意外っ! すぐ帰るものかと思ったが……」

「そうはいきません、昔から移ろう事、そしてウマも人も──全部見ようってんなら、一週間じゃあ足りませんよ」

 

 少し微笑めばその笑顔には落ち着きが見て取れた。しかしたづなの目に映った落ち着きぶりは、何か違和感を覚えるようなもので────。

 

「少なくとも一年は、絶対だな」

「……推薦っ! ならば一つ、どうか学生たちの走りを、学びを、そしてその煌きを見て行ってくれないか!」

 

 

 

「見るも何も、元からそのつもりでございます。 秋川やよい理事長殿」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 シンザンもルドルフも去ったたった二人の会長室、その時間はわずか20分と少ししかない。

 

「────ふうーっ!!」

 

 やよいはこれ以上に緊張した勧誘の場面を知らなかった、そして終ぞ彼女に思いを伝えるどころか、逆に手玉を取られて足元見られて何もかもを見透かされていたのだ。それに関しては崩れるようにソファーに寄りかかったたづなも同じ気分だった。

 

 

 

「強敵っ! シンザンの名、まさに違わずっ!」

 

 

 

 だからか猫をソファーの上に退かすとずっと被っていた帽子を取って──汗ばんだウマの耳を曝す羽目になってしまった。そう。この秋川やよいという者もまた、ウマ娘であったのだ。

 彼女はついに取り出さなかった扇子をようやく懐から取り出して握りしめ、それから勢いよく広げれば書かれているのは、書道体で『悪戦苦闘』。

 

「感動っ! ああ迄潔く、だが責任を背負えるものが、果たしてこれまで生きてきてどれ程いただろうか!?」

「……そう言うお方だと言いましたよ。昔からああまで頑固で……」

「納得っ――思った以上のウマ娘だった……後輩に()()付けなどおかしい話だと思っていたが、こういう事かたづなくん……」

 

 培った知恵と力は無駄にはしない、そう言う賢さがあった。そしてそれを実感したやよい理事、やはり文章と写真では解らない現実の雰囲気と言うのは、全くオカルティズムな話ではないのだなと実感しつつも、その中で彼女が言いたいことをしっかりと掴んではいるのだった。

 

「しかし、何も彼女はこちらに期待をしていないわけではない」

「え?」

「────訂正っ。たづなくん、君の考えはそうではないっ」

 

 すなわち彼女が考えていたのは、我々の態度やらなにやらを改めろ──そういう確かな改革を望んでいるものは全然違うと、そもそもそんな物に興味は未だないとやよい理事長は思っている。実際その予測は全くもって違わなかった。

 よろめく足取りで理事の椅子に座れば背もたれに(うず)もれて、疲労困憊の中簡単にかつ抽象的に説明する。

 

「既出っ! つまり最初に話した通り、彼女は後輩たちを見に来たと! アレに関しては全くの嘘偽りは無く、本当に新星を見に来たのだ!」

「シンザンさんが?」

「言うなれば――これは試練ッ!! 我々はこれより本当の意味で試されている!」

 

バンと開いた扇子には先ほどと違う文字が記述されているし太さも違う、その書道体で書かれた文字は『青春』、すなわち今こそ燻る物を取るものは――――。

 

 

 

 

 

「リアリストっ! しかしロマンチストっ! あれは……そう言うウマ娘だと思うっ。 教員と言う立場に忌避を隠していても、この学園に何か思うところがあるのは、何も間違いはないだろう、たづなくん。 見届けてもらおうではないか、本当のレース――トゥインクルシリーズ、つまり近代における汗と涙の結晶を!!」

 

 

 

 

 




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