汚れつちまつた悲しみに   作:中里悠太朗

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引退してもテレビに映るので初うまぴょいです。





踊り足取り、花開く(前編)

「おおい、ハルウララァー」

 

 大きな声で人々の耳を揺さぶれば、すぐに群衆の中を割って出てくる桃色の少女。先ほどまでの競技服とは違う学園服にとっくに着替えて現れた。理事長室に呼ばれたときに置いてけぼりになってしまったのが、その間にしっかり着替えているのはやはり失礼だなと思ったからだろうか。

 

「あっ、お姉ちゃーん……と、会長?」

 

 レースも終わっていたが遠くから何か音楽が流れてくるようだが、まあそこまでは聞こえていないだろうという反応をしているのはシンザンである。ちなみに隣から睨む視線が飛んでくるが、シンザンは本気で気にしていない。寧ろ彼女が気にしているのはハルウララが握っているペンライトの存在だ。

 尤も只の輝く棒だとしか思っていないが、それならそれでなぜレースの後で必要になるのか一目では見抜けなかった。

 

「ああ、コイツはお()りだそうだ。 何でも俺が迷わないか、シンボリの妹が心配してくれてな」

「……残念ながら違うぞ君、先輩殿もあまり虚言と言うか冗談はやめてほしい」

 

 彼女がシンボリルドルフに悪戯っぽく微笑めば、ハルウララは少し混乱しつつもある事を理解する。その嬉しさが勝って更に目を輝かせた。

 

「会長の、センパイ……!」

「? 何も知らないのか、というか何も教えていないのか?!」

「えーっとね! あったばっかりだからあんまり知らないんだー!」

 

 本来するべき自己紹介どころか、出会ったそのウマに何も教えていないという事実が露呈してしまうのと、それでいて自分の存在は隠しておきたいという事、つまり彼女は自身の影響力について理解しているのではと言う疑問が、シンボリルドルフの中で渦巻いて漏れ出た物が視線としてさらにシンザンに突き刺さる。

 しかしやっぱりシンザンは気にしない、そもそもそんな魂胆でもないという前提であるから。

 

「いやあ、結局俺もお前みたいに一目で見抜けられる、そんな有名人じゃあ無いわけだな」

「……」

(本当だろうな? 先輩……)

「そうだ、お前さん、何光ってる棒もっているんだ。 パッと見たとこ応援しに行くって寸法だろうが、今度は『クレイジーキャッツ』か『ピーナッツ』、はたまたスパーク三人娘も記念で走ったか?」

「何それー? そんな子はいなかったと思うけど……」

 

 シンザンが微笑むと冗談交じりに古い名前が飛び出させても、ハルウララにはわからない。大物の歌手とかなら流石に彼女は解るかもしれないが、悲しいかな彼女の当時の話題はそちらが大手を振って歩いていた。昔の流行りなのだから、そんなところまで精通していない、本当の一般人の見解とはそのようなものだ。

 それはともかく彼女は首を振って普通に答える。

 

 

 

「じゃなくて、ウィニングライブがあるんだよっ!」

 

 

 

 先輩と知っても態度は崩さず、しかしハルウララの口走ったウィニングライブと言う単語。滅多に情報の仕入れが少ないシンザンなのでとんと見当もつかない。

 しかしその頭に過ったのが、かの名バ『ハイセイコー』の名前と存在と振る舞いであった。

 彼女はあまり関わりの無い──つまり実際に見た事は無い、後輩から何か面白い友人兼ライバルがいると聞いて、大分気にはなっていたそのウマ娘である。それは以前に於いてタケホープの名前を出していたからも、はっきりと覚えている事なのだとはその通り。しかしその振る舞いと言うのがどうも昨今のアイドルグループを意識した、所謂楽しませる事を重要にしたウマ娘であるという話は、特に当時の角の取れていない彼女にとっては信じられなかった。

 

「ウィニングライブ?」

「そうか、恐らくセンターは……」

「ねえ、センパイも早く見に行こうよ!」

 

 しかし考え込んでいるシンザンを後目どころか余所にしていたハルウララは、シンザンの大きなその手を取って人ごみの中へと連れ出そうとする。

 

「お、おい待てや嬢ちゃん、俺はまだ回るところが……」

「大丈夫大丈夫ー! トレセン学園を回る前でも、楽しめるから!」

 

 そう言われてふと気づけば先ほどまでの周囲の視線が無く、とっくに勝者が駆けて躍るステージにある事に気が付くと────ファンファーレが鳴り響き、わぁっと盛り上がりが先ほどの数倍の歓声が鳴り響く。

 

「な、何だ?」

「ああー! 始まっちゃった、見に行こ見に行こ!」

「ま、待ちたまえ君たち、いや、待ってください……? と、とにかく置いてかないでくれたまえっ!」

 

 慌てるハルウララ、連れられるシンザン、大きく遅れてシンボリルドルフ。レースだったらなんだか良く解らない事が起こっている順番である。

 シンザンは鉄下駄を履いているのでとにかく誰かの足を踏み付けないようにと、下駄の足では無く切っ先で跳ねるように飛んでいっているものだ、まるで歌舞伎狂言の『一番目』主役演じる十一代目市川團十郎がごとき見栄を切っているように、ちょんちょんと跳ねていく。そんな派手な動きを昔の改造学ラン姿にも似た格好で曝すこのシンザン、だがぱっと見気取っているようにもみえないし彼女自身勿論ふざけているわけでも全くない。

 しかし彼女が立ち止まって、シンザンも立ち止まれば────遠くを望むように見たのは。

 

 

 

 

 

『響けファンファーレ 届けゴールまで 輝く未来をキミと見たいから――――』

 

 

 

 

 

「…………」

 

 冗談でも何でもなく、歌って踊って跳ねて走るウマ娘たち。

 かつて少しだけ見た舞台が慣れ親しんだ府中で花開く。

 さらに映像やライトが派手に照らせば、周囲の人々も大盛り上がりである。目の前で見ているはずのこの光景を、テレビで海外を見ているのと同じ錯覚に陥ってしまった。

 

「……なんだ、こ・れ・は?」

 

 シンザンは呟く、しかしあまりに押し殺した気配と声量には、彼女の困惑が如何なものかと推し量れそうな物だ。

 だが一方で彼女はやっぱりハイセイコーの噂を思い出す。そう言えば何か芝の上でプロレスじみたマイクパフォーマンスを行っていて、あの時は確かにこの競バ場に通う人よりプロレス会場に集う人が明確に多い時代だったので、時流に乗ったのかと思った事もはっきり思い出す。

 しかしこれはまるで──正真正銘アイドルになったようなものではないか。ウマ娘が人々を駆り立てる様に踊り歌い、人々がペンライトを振って答える。かつては団扇やらカラーテープやらを投げて応えるようになったのが、いつの間に様式が変わったのかとシンザンにとっては未知の光景であった。

 

「先輩」

 

 ともかく色々なものを隠せないシンザンは、聞こえてきた声に助けを求めるよう慌ててシンボリルドルフの方を見ると、彼女はうむとどこか確信した様な笑顔を浮かばせている。

 何か嫌な予感がシンザンに走る、しかしほんの少し遅く思考の遮断を制して言葉が耳へと届いた。

 

 

 

 

 

「これがトゥインクルシリーズという、貴方と言う存在が礎になって作り上げた物です」

 

 

 

 

 

 春の風。爽やかに芝を舐めて、髪を靡かせ、舞台の花を煌かせた。

 そこに一人追いついていけない者が居る、名前をシンザンと言う。未だ血煙薫る女の生きざまは果たして容易に変えられる物か。そもそも今躍っているあのウマ娘も、そして応援しているこのウマ娘も、この周りにいる人々も、彼女の存在は知っていても斯様なものかその仔細まではわからない。

 しかしそんな彼女もどこか輝く追い風に当てられて、その身を反らさずにはいられない様を見ていると、妙な微笑みも浮かんでこよう物だった。

 

「先輩の活躍によって、日本のウマ娘のレースの権威も上がり、血気盛んに地方でもレースが行われるようになりました」

「……」

「お蔭で各地から様々なウマ娘が出るようになった頃、ある一人の先輩がこのウィニングライブを定着させたという……先輩?」

「…………」

「先輩殿? シンザン先輩?」

 

 ただ一人知らぬはシンザンの瞳を細めて眉間に皺が寄る表情、あれは嘗ての様に血気盛んに怒るのではなく、ただ目の前の事実と過去の事象と風評を擦り合わせて、何とか理解を得ようとしている表情のまま、一言呟いた。

 

「……思った以上に、ぶっ飛んでたな」

 

 ただ風は彼女の過去をも乗せて、その時だけは、確かに大歓声の中へと消えて行った。




日刊ランキング3位に乗りました。
本当に応援ありがとうございます、これからもこの作品をよろしくお願いします。
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