竜が辿り着いた幻想郷・後日談   作:ベヘモス

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竜幻の後日談は今回で最終回となります。元々オマケで書き始めたものですし、三話もあれば十分ですよね。
今回は霊夢が妊娠してから約十ヵ月後。つまりは臨月を迎えている状態で始まります。


後日談その三

霊夢の妊娠が発覚してから数えて十ヶ月が経った。予定ではそろそろらしいんだが、俺は医者じゃないし、詳しい事はよく分からん。

家では霊夢の出産に備えて色々と小物が増えてきてはいるから、もうじき自分の子供が生まれて来るんだなぁ~と頭の片隅では思うものの、未だに父親になるんだという自覚が湧いてこない。

そもそも俺に親なんてものは居ないから、父親と言う物が一体如何言うものなのか掴めずにいる。

参考になればと人里で親子の姿を眺めたりもしたが、所詮は他人。ただ眺めていても何も感じられなかった。

 

「―――と言う訳で、お前等の両親の話を聞かせて欲しい」

「唐突じゃな。妾の宮殿に遊びに来て何事かと思えばコレか……」

《まぁいいではないですか。珍しく竜が頭を下げているのですから》

「いや、頭は下げておらんじゃろ」

 

霊夢の出産予定日が目前にまで迫ったある日、俺は竜宮で龍神と天照と茶を飲んでいる。

まぁ正確に言えば、龍神と天照が茶を飲んでいるところに俺が押し掛けたんだがな。

 

「頭を下げて話が聞けるなら幾らでも下げるが、別にそんな事をしなくてもお前等なら話してくれるだろ?」

「まぁのぉ。お主と妾達の仲じゃし、そんな事せんでも話してやるが……何の参考にもならんぞ? 妾も物心ついた時から一人じゃったし」

《私の父はまだ存命だと思いますが、生まれて間もなくの私に高天原を任せて行方を眩ました方ですから、コレと言って何かをして頂いた記憶は有りませんね》

「……人の事は言えないがお前等も大概だな」

「いや、こんなもんじゃろ」

 

シレっと龍神は言うが、確かにコレじゃ何の参考にもならないな。

天照のやつは生まれる前から母親が死んでるのは知ってたが、龍神のやつがずっと一人だったってのは初耳だな。もしかしたら昔聞いていたのかもしれないけど、コイツと旅をしていた頃の記憶なんて忘れてるから仕方が無いな。

 

《それにしても竜と霊夢の子供ですか……。お二人の事を知っている身としてはなんだか感慨深いです》

「確か子供は双子と言う話じゃったな」

「永琳の話だとそうらしい」

《あらあら、双子ですか。それは賑やかになりそうですね》

「子供が居なくても賑やかな家が更に賑やかになるのか……。頭が痛くなりそうだな」

「今からそんな事を言ってどうするんじゃ」

 

龍神は呆れたようにいうが、個人的には本気で頭の痛くなりそうな話だ。

子供が元気なのは良いんだが、問題なのは周りの連中なんだよな……。一癖も二癖も有る奴しかいないから、子供達がそいつ等の影響を受けそうで凄く怖い。……いっその事、子供達が成長するまで奴等の出入りを禁止にするか?

 

「……物凄く下らない事を考えておる様な気がするが、気のせいか?」

「気のせい気のせい」

《まぁ竜が何を懸念しているのか何となく分かります。幻想郷の住人は癖の強い方が多いですし》

「特に八雲とか八雲とか八雲とかな。胡散臭いという言葉が服を着て歩いているような奴だし」

「お主達の仲は相変わらずじゃな。少しは仲良くできんのか」

「いや無理。アイツとは千年かかっても分かり合える気がしない」

《……よほどお嫌いなのですね》

「嫌いというよりもお互いの性格の問題じゃと思うがのぉ」

「俺はあのババァよりましな性格だろ」

「五十歩百歩じゃな」

《どちらかと言えばどんぐりの背比べかと》

「お前等なぁ……」

 

二人に好き勝手な事を言われて思わず拳を力一杯握ってしまう。

この拳を二人にぶつける訳には行かないが、アレと同列に見られるのはかなりムカつく。

あんな胡散臭いババァと大差ないとか、そんなに性格悪くないと思うぞ俺。

 

「まぁお主と八雲の性格については如何でもいいとして―――」

「いや、良くねぇよ」

「―――生まれて来る子供が双子となると、霊夢の後継をどちらにするかが問題になってくるのぉ」

《そうですね。流石に二人を後継に指名するわけにも行きませんし、やはりどちらの力が優れているのかを見なければならないでしょう》

「うむ。博麗の巫女は一人と決まっておるし、選ばれなかった方は別の名を与えねばなるまい」

「俺はその手のお家問題は嫌いなんだがな。俺にとってはどちらも大切な子供だ、片方だけを贔屓するような育て方はしたくない」

「育て方についてまで口を出すつもりは無いが、霊夢を何時までも巫女として据えておく訳にもいかない以上、何時の日か選ばねばならぬ日が来るとだけ覚えておけばよい」

「さよけ。……どうにも面白くない話だな」

《竜の気持ちも分からない訳ではありませんが、そう言うものだと割り切ることも肝心かと》

「簡単に割り切れるなら苦労はしないっての」

《……それもそうですね》

 

悪態をつきながら出されていたお茶に手を伸ばし、一口飲んで気分を変える。

二人だってこんな話をしたいわけではないだろうが、何時の日か選ばなければならない日が来る事を教えたかったのだろう。

なんだかんだでコイツ等との付き合いも長いし、その辺りの事は口に出さなくても伝えたい意図はなんとなく伝わってくる。……でも、もうちょい言葉を選んで欲しいところだけどな。

 

《ところで話は変わるのですが、竜と霊夢はこれから如何するのですか? ずっとあの神社に居るのですか?》

「……あんまり考えてなかったな。別に問題はないと思うが、何かあるなら別宅でも建ててそこで暮らすさ」

「簡単に言うが別宅を建てる当てはあるのか? お主達が別の場所で暮らすとなると妖怪や神々が良い顔せんのじゃが……」

「よく宴会を開いてる天界の僻地があるだろ。あそこなら土地の面積も十分にあるし平屋の一戸建てを建てるのも余裕だろ」

《なるほど、確かにあそこならば誰も文句は言えませんね》

「ほぅ……お主にしては考えておるのぉ。よし、それならばあの地にでっかい屋敷でも建てるか!」

《それは名案ですね。あの地にはよく皆が集りますし、全員が入ることの出来る屋敷を建てましょう。竜の屋敷ならば仕事を怠けてもも誰も文句は言えないでしょうし》

「何勝手に話を進めてんだ。てか、仕事を怠けるなよ太陽神」

《別に良いではないですか。私は年中無休で働いているのですから、偶には休みをいただきませんと》

「そのダシに使われる俺の身にもなりやがれってんだ」

《過去に散々迷惑を掛けてきた貴方がソレを言える立場にいるとでも?》

「ぐッ。……それを言われると返す言葉が出ないんだが」

《それでしたら文句はありませんね?》

「………………もう勝手にしろ。どうせ別宅で暮らすのは先の話だしな」

 

若干不貞腐れながら茶菓子に手を伸ばしながら、これ以上は何を言っても無駄だと悟る。

天照に文句が言えない以上、あーだこーだと喚いても結果は何も変わらん。

龍神の奴は俺が何を言っても聞く耳なんて持たないだろうし、言うだけ無駄と分かっているから最初から相手にしない。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、二人は楽しげに屋敷の構想を練っている。

庭に大きな桜の木が有るとよいかもしれんとか、それよりも日本庭園を造った方が風情があるとか言っているが、俺の意見は聞く気なしですかそうですか。

まったく、その屋敷で暮らすことになる俺達の意見を聞かずに話を進めるなよ。

 

「……やれやれ、付き合いきれないな」

「ん? なんじゃ、もう帰るのか?」

「あぁ。何の参考にならなかったわけだし、長居する理由も無い」

《そうですか。でしたら彼女たちに宜しくお伝え下さい。子供が生まれましたら顔を見に行きますので》

「わーったよ。それじゃまたな」

 

二人に別れを告げて俺は転移魔法を使って竜宮を後にする。

足元から立ち上った光に視界を遮られ、再び視界が開けると俺は神社の境内に立っていた。

龍神の所に行ったのに土産を貰わずに帰ってきた事に今気付いたが、態々土産を貰いに買えるのも格好悪いので今回は仕方が無いと割り切ろう。

折角遊びに行ったんだし、お茶が菓子でも持って返って来ればよかったと思いつつ、本殿を回り込んで裏庭に出ると霊夢と鉢合わせになる。

丁度トイレから出て来た所なのか、霊夢は大きくなったお腹を擦りながらしかめっ面をしている。

 

「う~ん……。一体なんなのかしらね」

「よう、霊夢。どうかしたのか?」

「あらリュウ。お帰りなさい。別に如何かしたって訳じゃないけど、ちょっとお腹の調子が悪くて」

「おいおい大丈夫なのか? もし酷いようなら永遠亭に連れて行くぞ?」

「このくらい大丈夫よ。間隔は短くなってきてるけど、別に耐えられない痛みじゃないわ」

「いや、無理に耐えようとするなよ。身重なんだからあまり心配掛けさせないでくれ」

「だから大丈夫だって。まったく、心配性なんだから」

 

そう言って霊夢は明るく振舞ってはいるが、さっきのしかめっ面を見るとどうも気になってしまう。

本人が大丈夫だと言っているし、あまり問い詰めるような真似はしたくないが、一応注意だけはしておくか。

 

「それはそうとリュウ。子供の名前は考えてくれた?」

「あ~……幾つか候補はあるぞ。女の子のは竜華か麗奈で、男の子の方は竜夜か零児ってのはどうだ?」

「……その名前、私達の名前から取ったでしょ」

「すまん。他に思いつかなかったんだ」

「まぁいいわ。そこまで変な名前でもないし」

 

もし変な名前だったら考え直させられていたんだろうか。

思わずそんな言葉が出掛かったが、十中八九考え直させられていただろうから口には出さずに飲み込む。

一応の合格に内心ホッとしながら母屋の縁側に腰を下ろす。

霊夢も縁側に腰を下ろして隣りに座るが、近くで見れば見るほどでかくなったと感心させられる。

このお腹に赤子が二人も入っているのかと思うと、女性の身体ってのは本当に不思議だと思ってしまう。

 

「ん? 私のお腹をジッと見て如何したの」

「いや、本当にでかくなったなぁ~と感心してな。そのお腹に赤子が二人も居るのか」

「そうよ。まさか子供が双子だなんて思いもしなかったけど、ちゃんとお腹の中に居るわよ」

「俺達の子か……。予定日までもうすぐだってのに、未だに実感が湧かないんだよな」

「ちょっとしっかりしてよ。アンタがそんなんで如何するのよ」

「そう言われても俺は他の生物とは生まれ方が根本的に違う。アンフィニが使命を果すために必要な肉体を創り上げ、邪神を滅ぼす為にずっと戦い続けてきたんだ。そんな俺に子供が出来るって言われてもいまいちピンとこなくてな。数多の敵を滅ぼしてきた俺が子供を育てるなんて事が出来るのかねぇ……」

「むぅ……」

 

隣りで溜息を吐く俺を見て何を思ったのか、霊夢は俺の手を掴んで自分のお腹に触れさせる。

俺が驚いているのを他所に、霊夢が掴んだ手を離さずにお腹に触れさせていると、掌から霊夢の体温とは別に二つの小さな鼓動が伝わってきた。

とても小さな鼓動だが、それは確かに霊夢のお腹の中で力強く生きている。

 

「……どう、伝わってる? これが私達の子供よ」

「……あぁ、ちゃんと伝わってる。随分と小さい鼓動だな」

「小さくてもこの子たちはちゃんと生きているわ。私達の血を受け継いでここでしっかりと生きているの。もうすぐこの子達は生まれて来るんだから、そんな弱気なこと言わないでよ。そんなんじゃこの子たちに笑われるわよ」

「悪い。でも、今まで経験した事の無いことだからどうしてもな」

「私だって初めてよ。母親としてこの子たちに何をしてあげられるのか分からないし、不安な事だらけだけど……二人ならどんな事だって乗り越えられるわ。今までだってそうだったじゃない」

「……あぁ、その通りだな。そうやって色んな事を乗り越えてきたんだもんな」

「そうよ。だから、そんなに抱え込まなくたって大丈夫よ。きっとなんとかなるわ」

「ああ。……ありがとうな、霊夢」

「馬鹿ね、別に礼を言う様な事じゃないわよ」

 

そういって霊夢は笑って俺を励ましてくれた。不安なのは自分も一緒のはずなのに、俺はその事をすっかり忘れていた。

今までに色んな事件や異変に立ち向かってきたけど、隣には何時も霊夢が居てくれた。

父親の自覚なんて湧いてこないし、不安な事や分からない事は山積みだけど、霊夢が傍に居てくれるならきっと何とかなるだろう。今までがそうだったようにコレからもそうやって乗り越えていけるはずだ。

これから生まれて来る子供に大切な事を、伝えなきゃいけない事をしっかりと伝えていこう。

掌から伝わる小さな鼓動に感じながら決意を固めていると、微笑んでいた霊夢の顔が急変し、急に顔を顰めてお腹を押さえ始める。

 

「ッ!? な、なによこのいたみ……ッ」

「お、おい如何したんだ霊夢? やっぱり何処か具合でも悪いのか?」

「よく、わかんないけど……きゅうにおなかがいたくなって……」

「は、はぁ?! お腹が痛いってなんか変な物でも食ったのか!?」

「そんなのたべてないわよ。でも、これはけっこうつらい…かも……」

 

お腹を押さえる霊夢の額には脂汗が滲んでいて、素人目から見てもかなり大変な状態だと言う事が分かる。

一体如何してこうなったのかと言う疑問をかなぐり捨て、俺はお腹を抑えて痛がる霊夢を抱きかかえた。

 

「衣玖! おい、衣玖ッ!!」

「は、はい! なんでしょうリュウ様!?」

「俺は霊夢を永遠亭に連れて行く。悪いが霊夢の荷物を纏めて永遠亭に持って来てくれ。頼むぞ」

「はい、承知いたしました」

 

呼びつけた衣玖に指示を出した後、俺は直ぐに転移魔法を使って永遠亭に跳ぶ。

永遠亭の中庭に転移した俺は靴を脱がずに屋敷へと上がりこんで、永琳を探し始める。

途中でウサギ達に引き止められるがそんなの無視し、診療室の扉を蹴破って中に押し入る。

 

「キャアッ!? い、一体何事!?」

「すまん。壊した扉は後で弁償する。それよりも急患だ」

「ふむ……如何やらそうみたいね。ところで霊夢、痛いのはお腹よね? その痛みは何時頃から来てるの?」

「け、けさから……。だんだんかんかくがみじかくなってきてて……」

「なるほど、どうやら陣痛みたいね。予定日よりちょっと早いけど、有り得ない事じゃないか」

「いや、一人で納得してないで何とかしてくれ」

「分かっているわ。とりあえずこの部屋では処置できないから別の部屋に行きましょう。……うどんげッ! ちょっと来なさいッ!」

「はい、なんですか師匠……って、うわッ!? リュウと霊夢、何時の間に」

「その話は後にしなさい。それよりもうどんげ、二人を分娩室に案内して。それが終わったら今日の診察は終了したと張り紙を出しておいて。それも終わったら他にもやって貰う事があるから直ぐに私のところにきなさい」

「分かりました……って、あれ? 霊夢の予定日って確か明後日の筈じゃ」

「予定は飽く迄も予定よ。そんな話をしている暇があったらさっさと言われた仕事をしなさいッ!」

「は、はいッ!! そ、それじゃリュウは私の後についてきて」

「……なんでもいいから早くしてくれ」

 

能天気なうどんに呆れながらも、二人のやり取りを見て若干だが冷静さを取り戻せた。

俺が慌てた所で出来る事なんて何も無いし、今は大人しく永琳の指示に従っておこう。

落ち着きを取り戻した俺は、先導するうどんの後をついて行き、永琳が言っていた分娩室とやらに入る。

部屋の中には変わった台座が置いてあり、うどんの指示で霊夢をその台座の上に寝かせる。

うどんはそれを見届けた後、次の仕事の為にそそくさと部屋から出て行ってしまう

痛がる霊夢の手をしっかりと握り締めて励ましていると、部屋の戸が開き永琳が部屋に入って来た。

 

「あら、うどんげは居ないのね。これから忙しくなるって言うのにあの子ときたら」

「居ないのはアンタがさっき張り紙を出しておいてくれと頼んだからだろ」

「それは分かっているわ。それよりもリュウ、これから色々と処置しないといけないから貴方は出て行って」

「出て行ってって……俺に何か出来る事は無いのか?」

「何も無いわ。それどころか処置の邪魔になる。……まったく、予定日より早いとは言え、こうなる前に霊夢を連れてきて欲しかったわね」

「………………」

 

こんな時にお叱りの言葉を貰うとは思いもしなかった。

医者としてはやらなきゃいけない事が多々あるから、文句を言いたくなるのかもしれないが、こっちは見ただけで陣痛が始まってるのか分からないんだから無理を言わないで欲しい。

それに処置の邪魔になるって言われても痛がっている霊夢を残して退室する訳には―――

 

「り、りゅう……。わたしならだいじょうぶだから」

「霊夢。本当に一人で大丈夫なのか?」

「このくらいだいじょうぶよ。だから、アンタはそとでまってて。すぐにおわるから」

「…………分かった。それじゃ永琳、後の事は頼む」

「えぇ、任せておきなさい」

 

俺は霊夢の言葉を信じ、永琳に後を託してから部屋を退室すると、入れ替わりでうどんが部屋に入る。

遅れてきたうどんに永琳が叱り付けているのを尻目に、最後に霊夢の方に眼を向けると彼女は微笑んでいた。

陣痛の痛みが続いていながらも微笑む霊夢に、俺も笑顔で答え、分娩室の扉を静かに閉めた。

廊下の壁にもたれ掛かり、霊夢と子供たちの無事を祈っていると流石に周りが慌しくなってくる。

騒ぎを聞きつけた輝夜たちが分娩室の前に集り、荷物を抱えた衣玖と先代がやって来た。

 

「お待たせしました、リュウ様。霊夢さんはどちらに?」

「部屋の中だ。あとは永琳に任せるしかない」

「ちょっとリュウ。この家は土足禁止よ。靴くらい脱ぎなさい」

「あぁ悪い」

「……これは駄目みたいね」

 

周りが話しかけてくるのを聞き流し、俺は霊夢達の無事を祈って部屋の前に立ち尽くす。

俺が部屋から退室してどのくらい経っただろうか。こうしてただ待っているだけなのに今は一分一秒が非常に長く感じられる。

分娩室の扉は硬く閉ざされていて中の様子を窺うことはできない。

俺はただ、扉の前で立ち尽くすこととしか出来ず、祈っている事しかできない自分がとても歯がゆかった。

ただ只管に霊夢と子供達の無事を祈り続けていると―――

 

「おぎゃあ、おぎゃあッ」

 

―――分娩実の中から赤子の鳴き声が聞こえてきた。

その泣き声に周りは色めき立つが、分娩室の扉は閉ざされたまま。

逸る気持ちを必至に抑えながら扉が開くのを待ち続けていると、部屋の中から第二子の泣き声が聞こえてきた。

そしてその数分後、漸く分娩室の扉が開かれ中から疲れ切った様子のうどんが出て来た。

 

「り、リュウ。待望のお子さんが生まれたわよ。母子ともに異常はなし」

「そうか」

「……え? 労いの言葉もなし?」

 

何やら不満そうにするうどんを無視し、俺は分娩室に入り霊夢の傍へと歩み寄る。

霊夢の腕には生まれたばかりの二人の赤子がおり、とても安らかな顔で眠っていた。

永琳は気を利かせてくれたのか、何も言わず退室し、分娩室の中は俺達だけになる。

傍に近付く俺に霊夢は何も言わず、眠っている赤子の片方を俺に差し出してくる。

俺はそんな霊夢の行動の意図が読めず、ただ呆然と霊夢と赤子を交互に見返すだけしかできなかった。

それでも霊夢は微笑みながら赤子を差し出し、俺が受け取るのをジッと待っている。

俺は恐る恐る差し出された赤子を受け取り、そのまま抱きかかえると思った以上の重さを感じた。

剣や米俵に比べれば全然軽い筈なのに、俺の腕の中で眠るこの子はとても重く感じた。

命の重さとでも言えば良いのだろうか。俺は今まで感じたことの無い重さを前に、気が付けば自然と涙を流していた。

 

「ちょっと何泣いてるのよ。リュウにしては珍しい」

「さぁなんでだろうな。如何して泣いてるのか俺にも良く分からない」

「ふ~ん……。ま、私も何となく分かるけどね。私もこの子たちが生まれたとき泣いちゃったし」

「あまりの痛さでか」

「馬鹿、そんなんじゃないわよ」

 

子供が生まれたばかりだと言うにも拘らず、俺達は何時もの様に軽口をたたき合い、笑い合う。

出産を終えたばかりで疲れているはずなのに、霊夢はそんなのおくびにも出さず、何時もと同じ笑顔を見せてくれる。

 

「……霊夢」

「ん? なに?」

「お疲れ様。それとありがとう」

「労いの言葉は分かるけど、別にお礼を言われる様な事はしてないわよ」

「さて、なんでだろうな。ただ自然と言葉が出て来たんだ」

「そうなの。だったら今回は素直に受け取ってあげるわ」

 

憎まれ口を叩きながらも、霊夢は本当に嬉しそうな笑顔を見せる。

その笑顔に釣られて俺も顔が緩んでしまい、二人してまた笑い合う。腕の中で眠る小さな命とこの幸せを感じながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

そして時は流れ、現在―――

 

「……どうした零児。もう終わりか」

「ぐっ。まだまだァッ!!」

 

―――小さな木刀を握り締め、負けん気だけで必至に喰らい付いて来る我が子に剣の稽古をしていた。

まだまだ未熟で拙い剣なれど、俺に挑んでくる以上はわざと負けてやるような事はしない。

猪の様に真っ直ぐ突っ込んでくる我が子を前に、俺は受け止める事もせず半身を逸らし、攻撃を流してそのまま木刀を振り下ろし頭に一撃叩き込む。

 

「あいっだッ!?」

「この未熟者が。猪みたいに突っ込んでくるのは止めろと前にも言っただろ」

「でも、それくらいしか父さんに攻げきを当てる方法が思いつかないんだもん」

「だからって何度も失敗してる方法を愚直に繰り返すな。もう少し頭を使え」

「ぐちょくって?」

「あ~……愚直ってのはだな―――」

 

頭を抑え、涙目になっている我が子に言葉の意味を説明しようとした時―――

 

「あーッ! お父さん、零ちゃんいじめちゃだめーッ!!」

「……うるさいのが帰ってきたか」

 

―――朝から出かけていた愛娘の竜華が何故か龍神の奴と一緒に帰ってきた。

なんで龍神の奴と一緒なのかは知らないが、竜華がいると零児に剣の稽古が出来なくなるんだよな。

 

「零ちゃん大丈夫? 頭いたくなぁい?」

「このくらい大丈夫だって。大げさだな、まったく」

「だってわたしお姉ちゃんだもん! かわいい弟のことが心ばいなのです!」

「よけいなお世話だ! 姉ちゃんに心ばいなんてされたくない!」

「そんなひどい……ッ。お母さ~ん、零ちゃんがいじめる~ッ!!」

「別にいじめてなんかないだろ。……って、母さんによけいなことを言おうとするなッ!!」

 

霊夢に泣きつきに行った竜華を追いかけて、零児が剣の稽古を放り出してしまう。

この光景が我が家の日常となりつつあるが、あの子には色々と教えないといけない事があるし、毎日稽古が中断されるってのも考え物だな。……いっその事、竜華がやって来れない場所で零児を鍛えるか。

 

「やれやれ、此処は何時でも賑やかじゃのぉ」

「龍神、お前あの子と何してた。まさか変な事を教えてたんじゃないだろうな」

「なんも教えとらんわ! ただあの子に頼まれて、ちぃ~とばかし過去に介入をな」

「……ホントに何してんだよ、お前」

「じゃから大した事はしておらん。過去に介入したといっても歴史を変えられるほど長くは無い」

「……それだったら別にいいが」

「やれやれ、お主は本当に疑り深くなったのぉ。そんなに妾のことが信じられんのか」

「お前の事は信頼してるさ。……ただちょっと前に魔理沙の奴が竜華に余計な事を吹き込んでやがってな」

「あぁ、うん。霧雨の奴の後では疑われても仕方が無いか」

 

龍神が頷いている横で俺は深い溜息を吐き出す。

竜華は素直な子に育ってくれてはいるが、人を疑う事を知らなさ過ぎるから、周りの連中にある事ない事吹き込まれて頭の痛い日々が続いている。

この前も魔理沙の奴が竜華に俺なら湖の水を飲み干せるとか、訳の分からん事を言ったお陰でどれだけ苦労した事か。……まぁその後キッチリと報復はさせてもらったがな。

 

「何はともあれ、あの子達が順調に育っているようで妾は一安心じゃ」

「なに年寄り臭い事いってるんだよ。口調と相まって余計にそうみえるぞ」

「はっはっはっはッ。妾と同年代かそれ以上の癖に何言っておるんじゃ。下手な若作りは止めた方が良いぞ?」

「あははははははッ。面白い冗談だな。あまり勝手な事を言うとバラバラに切り刻むぞ」

「ぐぬぬ……。いや、戯れるのはここまでにしておこう。今日はその様な話をしにきたのではない。竜よ、お主も分かっておるとは思うが霊夢の後を継ぐのは―――」

「竜華だって言いたいんだろ。その位分かってる」

 

八年間ほどあの子達を育ててきて達した結論。それは零児に術を操る才能がないと言うこと。

性別が如何こうだとか、力の量が如何こうではなく純粋に零児に博麗の術を扱う事ができない。それが先代を交えて話し合った俺達の結論だった。

どうしてあの子に術を操る才がないのかは俺達には分からない。けど、博麗の秘術が扱えなければ、結界を管理しなければならない博麗の巫女は務まらない。

 

「うむ。……あの子の力は歴代の巫女の中でも最高峰に位置する。恐らくあれ程の力を持つ巫女はもう出てこぬかも知れぬほどにな。じゃから……その、零児を鍛える必要は―――」

「鍛える必要は無いとでも言いたいのか? それを決めるのはお前じゃないだろ」

「しかしじゃな、零児を鍛える暇があるなら竜華に力の使い方を教えてやった方が……」

「龍神。お前は俺のなんだ」

「な、なんじゃ突然? 妾はお主の最も古い友じゃ。そんなの今更聞くまでもあるまい」

「あぁ、その通りだ。俺もお前の事は親友だと思ってる。……でもな、それ以上余計な事を口にするようなら幾らお前でもただじゃ済まないぞ」

 

余計な事を言いかけている龍神を怒気を滲ませながら思いとどまらせる。

零児にその手の才能がない事は重々承知しているが、竜華だけを特別扱いになんてしたくはない。

竜華も零児も俺たちの大切な子だ。どちらかだけを贔屓するのではなく、分け隔てなく育てていきたい。それが俺たちの願いだ。

 

「何時かこの事を言わなくちゃならない日が来ても、俺達はこれまでと変わらずにあの子たちと接していく。お前や八雲からしたらそれがもどかしく思うのかもしれないが、それだけは絶対に曲げるつもりは無い。……だから龍神、それ以上は何も言わないでくれ」

「……分かった。お主がそう言うのであれば妾から何も言わない。じゃがな、何時までも黙っておることも出来ぬし、時間が経てば経つほど零児の心に大きな傷が出来る。出来るだけ早く告げた方がいい」

「それは分かっているさ。時機を見てちゃんと話す。……でもな、龍神。一つだけ思い違いをしているぞ」

「ん? なんじゃ?」

「零児は間違いなく俺の子だ。それだけは確かな事だ」

「そんなの当たり前じゃろが。一体何を言っておるんじゃ?」

「分かってないならそれでいいよ。説明するのも面倒くさい」

「その位面倒臭がらずに話しても良いじゃろが。……まぁよい、妾は伝える事は伝えた。後はお主達に任せる」

「へいへいっと」

 

悪態を付きながら追い払うと、龍神は呆れた様な顔をするが何も言わず黙ってこの場から消え去った。

龍神が居なくなった事で神社に静けさが戻るかと思いきや、今度は母屋の方が何やら騒がしくなって来た。

俺が龍神と話している間にあの二人が喧嘩でも始めたのかもしれないが、何はともあれ面倒な事が起こっている事に代わりは無い。

何やら騒がしくなって来た神社をみて溜息を吐きながら、騒動を収める為に俺も母屋へと向かう。

なんだかんだで毎日騒がしい日々を送っているが、これはこれで幸せな事なのかもしれない。そう思うと若干にやけてしまうが、子供達にあまりだらしない所を見せるわけにも行かない。

にやけそうになる顔を押し殺して、俺は今回の騒動の中心へと向かう。この胸にある幸せをしっかりと噛み締めながら……。

 




……はい、と言う事で如何だったでしょうか。【竜が辿り着いた幻想郷・後日談】これにて閉幕となります。
リュウと霊夢の間に生まれた双子の姉弟【竜華】と【零児】。姉の竜華は博麗の家系でも歴代最高峰のスペックを持っていますが、弟の零児は博麗の秘術を扱う才は欠片も御座いません。
そんな無才の彼ですが、なんと次回作の主人公に決定しました。
この先はそんな次回作の予告となっています。宜しければ次回作も読んでください。それではまた何時の日か……。


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