友希那さんと夏の終わりを過ごしたいだけの人生だった。
夏も終わりに差し掛かった頃。
沈み始めた日を尻目に、俺は一人街を歩いていた。
夏だというのにやや涼しげなこの時間帯は、街の中まばらに人が見られる。
「……」
その街並みを俯瞰しながら歩いていると、あるところで目が止まった。
『近くの神社で夏祭り!』という、なんとも時代錯誤ささえ感じるような、ありふれたチラシ。普段は気にも留めないはずだったんだが、今日はこれが目的だ。俺も彼女も、こういうのをちゃんと楽しめるタイプの人間なのかどうかは分からないんだけど。
「……大丈夫かな、友希那」
なんとなく、不安になる。
家まで迎えに行く、とは言っているからそこまでは大丈夫だとして、心配しているのは合流した後のことだ。
あの歌姫は夏祭り特有の人混みだったり雰囲気だったり熱気は苦手なタイプ……みたいなイメージがある。
それに加えて、今回の夏祭りを勧めてきたリサの意味深な笑み。
『友希那の服、楽しみにしててね〜』
「はあ……」
思い出すだけで、なんというか信頼が重い。
俺としても友希那と出かけるのは嬉しいんだが、その友希那が楽しめなかったら本末転倒もいいところだ。それを俺と同様に理解している彼女のメッセージは、つまり『友希那は任せたから一緒に楽しんできてね』という意図に他ならない。
まあリサからも信頼をもらってる、というのは嬉しい。Roselia結成したばっかの頃なんて警戒心丸出しだったし。
それはともかく。結局のところ、今想定してる不安は俺がどうにかできるレベルだ。そこは俺の甲斐性に期待することにしよう。
と、そこまで考えたところで顔を上げると、いつのまにか友希那の家の前まで着いていて───
「いらっしゃい、奏人」
「─────」
「奏人?」
「………いや、ごめん」
───顔を上げれば。家の前に、一輪の花があった。
……違う。とにかく、彼女は浴衣を着ていた。正直、予想はしていた。いたのだけれど、目の前で首を傾げる銀髪の歌姫と浴衣との親和性がここまでとは予想していなかった。
整えて結えた銀髪に映える黒色がベースの着物。浮かぶ花柄は彼女の静かな雰囲気を柔らかくしつつ、金色の瞳が全体を引き立たせる。そして、元の美しさを際立てる薄い化粧。
端的に言えば、めちゃくちゃ似合っていた。
「……ちょっと、何か言ったらどう?」
「超可愛い」
「……そう」
即答した俺に、友希那は満足そうにはにかみ、硬くなっていた表情を柔らげた。
「友希那、ちょっと気張ってた?」
「わかるの?」
「なんか表情硬かったし……ああ、いまはいつも通りだけど」
「───そうね、緊張していたかも」
だって、と彼女が続ける。
草履と地面をこすらせながら、俺の頬に手を伸ばして。
「好きな人に特別な服を見せるのって、緊張するわよ?」
「───」
そんな殺し文句を、至近距離で放ってきた。
ふわり、と淡い笑みを浮かべているものの、その頬は赤い。慣れないことをして恥ずかしいのだろう。そもそもこんな振る舞いは彼女らしくもない。それに気が付いてようやく、くらりとした理性が落ち着いた。
「無理しすぎ、友希那」
笑いながら頬に触れる手を握って下ろすと、彼女ははあ、とため息を吐いた。
「なんでため息」
「……リサに教えてもらったのよ、こうすれば惚れ直すって」
「惚れ直すどころか倒れそうになったぞ」
「それなのに……」
「いやだから倒れそうになったって。綺麗すぎて」
「綺麗すぎて?」
「……綺麗で、可愛くて」
「ふふ」
俺の答えに満足したのか、友希那はくすりと笑いながら指を絡めてくる。
その動作に、胸が跳ねる。少しずつ、ではあるものの彼女はこういうことに慣れてきた。恋愛初心者の称号は返上するころかもしれない。
「なに?」
「いや、さっきのより今の笑い方の方が好きだなあって」
「……さっきのは嫌いということ?」
「そうじゃなくて。もちろん可愛いんだけど」
「けど?」
「作った笑顔、みたいな」
「……よく分かったわね」
「え、図星?」
「リサに教えられたのよ。『奏人をぞっこんにしたいでしょ』って」
「……あのなあ」
ぎゅ、と手を握る。その言葉に、どれだけ胸を打たれているのか分かっているのだろうか、この歌姫は。
金色の瞳を正面から見つめながら、万感の思いを込める───俺が、どれだけ。
「───好きだよ、友希那」
「──────」
息を呑む音。
耳までこれ以上ないほど赤らめた友希那は、くるりと振り向いて背中を向けた。
「友希那?」
「……いいから、はやく夏祭り行きましょう」
「……ああ、うん」
震えている声すらも愛おしい。
手を引かれるがまま彼女の横に並び、隣を歩く。
下駄の鳴る音と草履の擦れる音が重なっていくのが心地よい。
温もりは変わらない。離さないように、離れないように。硬くも緩くもなく、互いに引き寄せあうように手のひらを重ねたまま。
「そういえば、奏人」
「うん?」
「あなたも、浴衣似合ってるわ」
「……ほんと、そういうのずるい」
「あなただって言ってくるじゃない。さっきから」
「言うのはいいけど言われると照れるから」
「そう……」
「ちょまって友希那、なんで口を耳に近づけてきて」
「……これはリサだけじゃなくて、皆に言われたのだけど」
「?え、なに」
「私ももっと口にした方が良いらしいのよ、奏人みたいに」
「勘弁してくれ……」
「そもそも、私ばかり照れているのがおかしいわ。そうね、まずは───」
「友希那さん?」
夏祭りの開催地につく頃にはお互い真っ赤かもしれない、と慌てながら。
賑やかな声と共に、俺は友希那と歩みを進めたのだった。
きっかけは友希那たちからの苦言だった。
『奏人、少し無理をしすぎじゃない?』
『せっかくの夏なのに音楽しかしないのはどうなの?』
『音無さん、さすがに少し休んだ方がいいと思います』
『……あの、息抜きをしないと……』
『奏人さんっていつ寝てるんですか?』
とまあ、高校最後の夏休みのほとんどをRoseliaの補助としての活動に費やした俺は、それはもう心配をかけまくった。
今考えるとかなりヤバい生活を送っていたように思う……思い出したくもない。オーバーワークなんて言葉も生ぬるいレベルだった。
そんなこんなでRoseliaの面々に半ば強引に休暇を押し付けられ、夏祭りの話をまりなさんとリサから持ち掛けられ、友希那を誘った結果、こうして夏祭りまで足を運んでいる。
……色んな思惑が渦巻いてる気がするけど、それは置いておいて。
夏祭りの会場の中では、家族連れや男女、同年代くらいの数人グループがちらほらとそれぞれ思い思いに過ごしていた。
夏祭り、と言ってもそこまで仰々しいものではなく、小さな神社でのお祭りであり夏も終わりだからか、人混みはそこまで激しくない。
しかし、自分自身がこんなところに来ること自体考えていなかった。それが今や浴衣まで着て想い人と一緒にいるのだから、なんとも不思議だと思う。
それと同じくらい、屋台で買った焼きそばをちびちびと食べている友希那、という絵面も不思議だ。
「で、どうだ?初めての屋台メシは」
「……美味しいわよ」
「そりゃよかった。ちょっと不安だったんだよな」
会場から少し外れた広場のベンチに座りながら。俺と隣り合う友希那は顔を綻ばせた。
その傍らには、先ほど笑顔で手に入れた水ヨーヨーが転がっている。
「まだ食べるか?」
「ええ、いただくわ」
言って、彼女は俺の手元にあるパックから焼きそばを口に運んだ。
それを見ながら、俺もまた焼きそばを食す。濃いくらいのソースからの素朴な味わいがどこか懐かしい。こういう味でも口に合ったようでよかった。
友希那は特別食にうるさいタイプではないし、どこかのギター担当ほど偏食でもない。
とはいえこういう場の食べ物を好むかどうかは分からなかったから。そんな安心を覚えてから口に残った香りを瓶ソーダで流し込んでいると、隣から控えめな視線を感じた。
「……」
「どうした友希那、やっぱり口に合わない?」
「いえ……」
「俺と同じ皿ってのが嫌とか」
「それはないわ」
「お、おお……」
食い気味に否定してきたな……嬉しいやら恥ずかしいやらで頬が熱い。
「じゃあどしたの」
「あまり、こういうことを言うべきではないと思うけれど」
「うん?」
「私、奏人の料理の方が好きだと思って」
「…………」
「……なによ」
「いや……この後家寄ってから帰るか。なんかリクエストあるか?」
「そうね……」
箸を片手にふむ、と顎に手を当てる友希那。
その姿はあくまで自然体だ。……なんだろうな、この俺だけ照れてる感じは。この歌姫無敵か?
ぽかぽかとした温かさを紛らわせるようにスマホを構えると、顔を上げた友希那とぱちりと目が合った。
「……写真撮っていいか?」
「聞かなくても撮っていいわよ……そういえば、改めて見てどうかしら」
「いや、ほんとに綺麗。友希那の浴衣姿なんて初めて見たってのもあるけど」
「私もあまり着ないものね。それに、この浴衣は新しいものだから」
「え、これ買ったの?」
「そうだけれど……変?」
「めちゃくちゃ似合ってる。そうじゃ無くて、もしかして初お披露目?」
「ええ」
「……なんていうか、初お披露目が今日で良かったのか?」
「今日だから、良かったの」
「……それはさあ、ずるくないか」
「結構頑張ったわよ」
「むやみに言うなよ、そういうの」
「相手は選んでるわ」
「一言一句が全部ずるいの、ずるすぎ」
頬の内側を甘く噛んで、蕩けそうな表情を押し止めながら携帯の液晶を叩く。
パシャリ、という軽快な音と共に、浴衣姿で仄かに笑う友希那が写真に収まった。
「………」
「どうしたの?奏人」
「いや、写真が綺麗すぎてびびった。大丈夫かなこれ。皆に見せたらすごいことになるぞ」
「どんな写真よ……」
「ほら」
写真を映す液晶を彼女に向ける。
友希那はじっと写真を見つめてから、瞳を細くして、
「やめましょう」
「なにを」
「リサや紗夜たちに見せるのを、よ」
「なんで」
「なんでも」
「ええ……」
わかった?と念押ししてくる友希那に困惑しながら、俺も写真に目を落とす。
自分で言うのもなんだけど、被写体が良いおかげで写真はほとんど完璧だ。背景の夏祭りから漏れる夕日色の光も、友希那によく似合う浴衣も、彼女が幸せそうに溢す笑顔も。これ以上に上手く撮れた写真は無いくらい。
見せたがらない理由が分からないんだけど……。
「何がダメなの、これ」
「……これ、私奏人を見てるわよね」
「?まあ、そうだな」
「つまり」
「つまり?」
「この顔は、奏人だけに向けている笑顔だから」
「………見せれないの、それは」
「見せられないわ」
「そっか……」
やばい。
今日の友希那、いちいち悶えることを平気で言ってきてずっと顔が熱い。
「じゃあ、俺の中だけで大切にしとく」
「そうしてちょうだい」
「……なんかさ、こうやって写真を改めて撮るってのも久しぶりだよな」
「そうね……いつの間にか、奏人と居ることは自然になっていたから」
「あー確かに。そういう理由か。確かに昔は写真少しは撮ってたな」
「初めて撮ったときも奏人からだったわよ」
「そうかも」
「あの時の写真は……」
「あ、これか?歌ってるけど表情硬いやつ」
「なに、その言い方……奏人のもあるわよ、表情が硬いの」
「え、でも少しは柔らかい顔してると思うぞ」
「?どうして?」
「楽しかったから、あの時からずっと」
「…………私も楽しかったわよ」
「そうか?あんなに『音楽以外は興味ない』って言ってたのに」
「あれは……!奏人だって、ほら、『湊さん』ってずっと固い呼び方で」
「いや友希那だって『音無さん』呼びだったろ」
奏人が、友希那だって、と昔話に花を咲かせる。
変なところでムキになるのは、俺と彼女の共通点の一つだった。
「いーや、昔の友希那、笑顔なんてほとんど無かったからな……ほら、この猫とのオフショットくらい?」
「奏人も……この、一緒に新しいギターを選んだ時の写真くらいよ」
「その時の友希那、めちゃくちゃいい笑顔じゃん」
「でもほら、友希那の料理初挑戦の写真とか。すごい緊張してる」
「料理はしたことなかったのよ。奏人はカップラーメンだけで生活してた時期もあったし……」
「その節はご迷惑を……」
「このケーキとか、懐かしいわね」
「どれ?……ああ、友希那の誕生日に買ってきたやつ」
「届けに来たあなたをお父さんが捕まえて。彼氏だって勘違いしてたのよ」
「あの時の友希那のお父さん怖かったな……」
「これも友希那いい顔じゃん」
「……この写真、いつの?」
「えっと、フェスの時のリサの隠し撮りだから……まだ付き合ってはない頃、のはず」
「そうよね……?」
「……なんで手握ってんの俺たち。こんな浮かれてたっけ」
夏祭りの余韻は、いつのまにか互いの笑顔を見つける時間へと様変わりしていた。
写真を流して、思い出を追う。
時間が進むにつれ、笑顔が増えていた。
二人での写真が増えていた。
微笑む金色の瞳に、自分が写っていた。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
「あ──これ、さっきの写真だ。もう追いついたのか」
「意外と時間がかかったわね。こんなに写真が残っているなんて思わなかったわ」
「どうだった?」
「……何がよ」
「友希那の変わり様を見て」
「───そう、ね」
目を見開いて、考える素振りを見せる友希那。
きっと彼女の頭の中では、今日まで歩んできた思い出がたくさん駆け回っているのだろう。
喜びもあった。後悔もあった。挫折もあった。
そうして途中で転ぶようなことがあったとしても。それでも、と強く前を向けるのが湊友希那という──俺が恋した少女なのだ。だからきっと、彼女は聞かせてくれる。その全てを乗り越えたような、そんな言葉を。
「写真より実物が目の前にいるのだから、そっちを見たらどう?」
「ちょっと待って」
考えるより先に口が動いた。
あれ?おかしいな、俺の想い人ってこんなに色ボケしてたっけか。
「なによ」
「なによじゃなくて。もっとこう、ふさわしい言葉とかがさ」
「──本当に、それだけよ」
ふわりと、淡い笑み。
俺の好きな、自然に漏れ出たような微笑み。
その表情に、胸の奥にある恋慕が溢れ出しそうになる。
何度も胸を撃ち抜かれたはずの笑顔に、俺は今も惚れ直している。
「私は変われた。奏人のおかげで。だから……あとは、これからも見ていてもらうだけ。思い出だけじゃなくて、この先変わっていく私を」
「……それは、いいな」
「あなた、昔自分で言ったこと覚えてるのかしら」
「いろんなこと言ってきたからなあ……」
「ずっと見ているって。たしか、そういう話だったでしょう?」
「ああ、言った」
「私と歩いて行きたい、とも」
「それも言ったな」
「だから、それを守って。今日みたいな日だけじゃなくて……ずっと。私はもう、Roseliaだけの湊友希那じゃない。あなたの隣にいる湊友希那は、きっとあなたが見てくれているだけでどこまでも行けるから」
「──もちろん、言われなくても」
顔を上げると、ちょうど風が吹き、隣の銀髪がなびいた。どこかの茂みから猫の鳴き声が聞こえる。
耳をすませば聞こえる虫の音が、秋のものに変わりつつある。
唸るような暑さも、少しおさまってきた。
夏が終わるのだと、そう思った。
それだけで──夏が終わるというだけで、言いようのない寂しさがある。いや、今までは確かにあった。けれど、今は。
不意に。
パシャリ、と聞き慣れた音が隣から聞こえた。
音の出どころを振り向くと、自慢げにドヤ顔を浮かべる友希那がスマホを構えていて。
「どうしたんだ、急に」
「私だけ撮ってもらうのも味気ないでしょう?」
「いや俺を撮ってもさあ」
「この横顔も、リサたちには見せないから」
「ああうん、めちゃくちゃ緩まった顔してる自覚あるからそれはいいんだけど」
よっぽど嬉しいのか、友希那は微笑みを漏らしながら俺の写真を眺めている。
そう、今は。こうして隣に想い人がいるのだから。
寂しがってなんて、いられない。
そう考えると、気が楽になった。
晩夏特有のからっとした空気を思い切り吸い込んで、吐く。
「吹っ切れたみたいね」
「気づいてたのか」
「それは、もちろんよ。奏人のことだから」
「そっか……ありがとな」
「ええ」
夏の終わり。景色の彩度が一段階落ちる頃。どこか切なさのある季節だろうと、俺の隣には世界一美しい花がある。そんな当たり前のことを、忘れかけていた。
ようやく合点がいった。
どこか焦っていた夏の日々。
やけにこちらを気遣ってくる友希那。
哀愁に息詰まるような錯覚。
その全ては、きっと。
「友希那は、俺がいなくてもきっと歩けるから」
「……そうかもしれないわ」
「だからまあ、焦ってたんだ。友希那を繋ぎとめたくて」
「勘違いだって、分かったかしら」
「おかげさまで」
「そう。ならいいわ」
頷く友希那の表情は、どこか晴れやかだ。
「私は奏人と歩いていく。確かに一人でも歩いて行けるかもしれない。でも、一人でしか歩けないわけじゃない。二人でも、歩いて行けるわ」
「ああ」
「だから、奏人」
友希那が立ち上がって、こちらに手を差し伸べる。
その手を、迷いなく取って立ち上がった。
慣れない下駄と草履の感覚を、互いに支え合うように。
「焦る必要はないわ。もし何かあっても、奏人がしてくれたように、私が奏人の手を引くから」
「……俺、そんなに引いてきたっけ」
「数えきれないくらいは」
「ほんとか?」
「私が嘘をつくと思うの?」
「全然」
「そういうことよ」
「そういうことか」
そこまで言って、お互いに笑いあう。
それだけで幸せなのは、我ながらちょろいというかベタ惚れというか。
……本当に、ダメにされてる気がする。
俺の様子に安心したように浮かべる笑顔も、少し潤んでいる瞳も。見ているだけで抱きしめたくなってくるの、だいぶ重症だな……。
「じゃ、友希那。改めて夏祭り行くか」
「これから?」
「そ、まだ焼きそばとヨーヨーだけだし」
「そうね……」
「もしかして、帰る時間だったりするのか?」
「まだ大丈夫よ……そうね、行きましょう」
「ああ、ちょっと待って、友希那」
「なに?」
「せっかくだし、二人の写真撮ろう」
「……別にいいわよ」
微笑む友希那を愛おしく思いながら、スマホを構える。
彼女は今の自分を見てほしいと言ったが、それは思い出に残さなくていい、というわけではない。
これからもきっと、二人での日々をたくさん残していくのだろう。
これは、そのひと欠片。
「ほんとうに撮るの?」
「いつか見返したいだろ?」
「そうね、十年後あたりにでも」
「……まあ、そう」
「……ほら、はやく」
「ああうん、じゃあ」
「奏人、頭をもう少し寄せて」
「いやこれ以上だとぶつかるって」
「こっちを向いて、首を傾けて」
「おかしいな、この角度ツーショットじゃなくない……?マウスtoマウスにならない?」
「……」
無言でこちらをじっと見つめてくる友希那。
その瞳に吸い込まれそうになりながら、顔をそっと近づける。
「友希那」
「……なにかしら。人はいるけどそんなに───」
「好きだ」
「っ、急に───ん」
祭りの喧騒がずいぶんと遠くにあるように感じた。
永久にも思える一瞬に身を預ける。
胸板にかかる体温を抱きしめる。
愛おしさで溢れる唇で互いの体温を交換しながら、思う。
願わくば、どうか。
これからもずっと、彼女との日々を残し続けられますように。
9月1日は8月32日なので夏です。セーフです。