湊友希那さん、お誕生日おめでとうございます。
あなたのこれからが、幸福で満ちたものでありますように。
「それで、そのときリサが……待って奏人。この話ほんとうに楽しい?」
「うん?そりゃ。俺の知らない友希那の話はどんなのでも楽しいからなあ」
「……変わってるわね」
「ええ……」
「自分でも変わってるとは思わないのかしら」
今頃苦笑いを浮かべながらスマートフォンと向き合っているのだろうと当たりをつけつつ、私は電話の向こうの恋人に問いかけた。
時刻は深夜11時をとっくに回った頃。作曲の話し合いにと始めた奏人との通話は、その主目的をすっかりと逆転させてからかれこれ2時間近く続いている。
「……そんなにか?」
「私とこんな時間まで電話する人なんて奏人以外いないわ」
「あー、それは変わってるって言うか」
「?」
「見る目があった、ってことだと思うんだよな」
「何をよ」
「ほら、好きになる人を」
「…………」
「……なんか反応ないと不安なんだけど」
「…………」
「友希那?友希那さん?」
「……なんでもないわ」
奏人に聞こえないよう、はあと息を吐いて熱い頬から意識を逸らした。軽口の応酬のような会話の中で突然好意を伝えてくるのには、いつまで経っても慣れそうにない。奏人にはそういうところがある。
「結局私が照れるのね……」
「え、なに?」
「別に。相変わらずもの好きだと思っただけよ」
「……嫌なら電話とかやめるけど」
「……嫌とは言っていないわ」
「ならまあ……ていうか確かにだいぶ遅くなってきたな」
「そうね、あともう少しで日付が変わりそう」
「そろそろ終わっとくか?明日もまあまあ早いし」
「……終わるの?」
「……いや、もう少し話すか」
「方向転換が早いわね」
「友希那がすごい寂しそうな声で言うから」
「もしかして、照れているのかしら」
「いや……まあ、照れてるけど。そう言う友希那だって、顔がにやけてる」
「声色だけで分かるわけ──」
そういえば奏人は分かるのだった、と言葉を止める。
自分で言うのもおかしな話だけれど、Roseliaを結成する前の取っ付きづらい性格の頃から私と一緒に数年歩いてきた彼のことだ。通話越しの声で表情を言い当てるなんて簡単なことなのかもしれない。
皆に言わせれば、『惚気?』とどこか呆れられるのはよく分からないけれど。
「そういえば分かるんだったな、って声」
「……占い師でも始めたら?」
「友希那専用の?」
「私専用の奏人って……もうとっくにそうじゃない」
「………」
「どうしたの?」
「……友希那ってたまにすごい殺し文句を言ってくるよな」
「あなた、今にやけてるわね」
「友希那も占い師?」
「私は奏人専用だわ」
「顔真っ赤にしながら言うなよ……」
そんなやり取りの後で少しの沈黙があって、同時にふっと笑い声を漏らした。心地良い掛け合いに、ベッドに移動して枕に顔を埋めたい衝動が湧き出てくる。
「なんか友希那も慣れてきてお互いに真っ赤になるの多くないか?」
「もとはと言えばあなたが私を照れさせるから」
「ああうん、たしかに昔はそんなだった記憶がある」
「でしょう?」
「でも最近の友希那は素でこっち照れさせてくるからなあ……」
「え?」
「え?」
「強いて言うなら私も、の間違い」
「て言っても俺はそんなに───」
「奏人」
「はい」
「あなたはもっと自覚するべきだわ」
「……すいません」
「……一応言っておくけれど」
「うん?」
「恥ずかしいくらいがちょうどいいのよ、きっと」
「友希那……」
「もしかしたら、あなただけ恥ずかしがるのが一番いいかもしれないわね」
「友希那?」
なんていう、どうでもいいやり取りの後で。
「あ」
「え」
前触れなく会話が止み、間の抜けた声が重なった。
「どうしたの?」
「ああ、えっと──友希那、誕生日おめでとう」
「……?」
不意打ちまがいに告げられた言葉の後、困惑とともにふと液晶の上部に視線を寄せれば、小さなアナログ時計は確かに0時00分を示していた。
それからややあって、スマートフォンの振動とともに皆からの「誕生日おめでとう」という旨のメッセージが届き始める。
なるほど、今日は10月26日……私の誕生日だったようだ。どうやら奏人との電話で、今日の日にちはすっかり頭から抜け落ちていたらしい。
……まさかとは思うけれど。
「……奏人、これを言うために起きていたの?」
「半分くらいは。今年は一番最初に言いたかったからな」
「確かに、今までお母さんとリサより早かったのはあなただけだわ。それで、あとの半分は?」
「いや、それ言わせるのか?」
「いいから」
「……友希那と話すの楽しかったから」
「……そう」
「喜んでもらえたようで何よりだ」
ああ、と返事にならない息が漏れた。
頬から伝わった熱がぽかぽかと体全体まで流れていくようで、胸が跳ねる。
誕生日の祝言なんて、幾度となく聞いてきた祝いの言葉ではあるけれど。彼から言うそれがこうも質量を伴うものになるとは思わなかった。
「奏人」
「うん?」
「……ありがとう」
「───」
万感の思いを込めた感謝の言葉に、返ってきたのは沈黙で。
「?どうしたのかしら」
「なんて言うか……今の友希那の顔が見えないの、残念だなって」
「どんな顔だと思うの?」
「今の友希那、すごい良い笑顔だと思うんだよな」
「その言葉、あなたにもそのまま返すわ」
言いながら、ふらふらとベッドに近づく。作曲の続きなんてまた今度でもいい。二人でやれば、どうせすぐにでも完成させられるのだから。
ベッドに体重を預けごろりとうつ伏せに寝転がったまま、顔を枕で支えるようにして液晶に映るアイコンと顔を向け合った。
「それで、どうして今年は一番最初にこだわったのかしら。去年までそんな素振り無かったのに」
「え、まあ……言わなきゃダメか?」
「ええ」
画面から、『あー』とも『うー』ともつかないうめき声が聞こえる。
普段からしっかりしてるくせに、妙なところで不器用な奏人のことだから、どう伝えるべきか躊躇っているのかしら。どう伝えられたって気にしないというのに。
「言い方に迷ってるの?」
「いや占い師はもういいから……ほんと、大した理由じゃなくて。最近忙しかっただろ?お互い音楽だけやるわけにもいかないし」
「高校生だものね」
「しかも3年生。まあ俺と友希那は会ってる方だけど、話す機会そのものは減ってたから。ここ最近みたいに会えない日も結構あって」
「それで?」
「……だから、まあ」
「なによ」
「ちゃんと伝えたくて。友希那が俺の特別だってこと。言葉だけじゃなくて、こういうのでも」
「……あなたって」
本当に、呆れるほど不器用な人だ。
だいたい、奏人は自分を客観的に見れていないのよ。私が笑えば、幸せそうに微笑みかけてくるところとか、言葉の端々に常に私を気遣う様子を見せてくるところとか。
そういうことがあるから本当は常日頃からとっくに伝わっているのだけれど……私のために考えてくれたのには悪い気はしない。
「とりあえずそんなところ……なんだけど」
「……そう」
「明日はちゃんと顔合わせるから、またその時に」
「……そう」
「友希那同じ言葉しか喋れなくなってる?」
「……別に」
「とりあえず今日は終わっとくか」
「……そうね」
「返事のバリエーションが少なすぎる」
「それは奏人が──」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。
私もこのまま奏人と話を続けてしまえば明日に響く──というより羞恥心で動けなくなるだろうことは分かっている。……分かっているけれど、もっと話していたいという矛盾もあるのが難しい。
「明日直接話そう、友希那」
無意識に口角が上がる。
私が欲しい言葉をいつもと変わらぬ調子で言ってくるのだから、たまったものじゃない。どうしてこう、奏人は私の心の機微に聡いのかしら。
「そうね……」
「じゃ、おやすみ友希那。また明日……じゃなくて放課後に」
「……ええ、おやすみなさい」
無機質な通話時間だけの表示が画面に浮かんだのを確認してから、私は息を吐いた。ベッドの上で体の向きを変え天井を仰いでから、布団の中で足を小さくバタバタとさせる。そうでもしないと、いろいろな感情が渦巻いてどうにかなってしまいそう。
「……明日」
呟くように漏れた、自分でも驚くくらい、切なさと恋しさを含めた声。
その声でようやく少しだけ……本当に少しだけ、嵐のような気持ちの昂りが落ち着いた。明日になれば。皆と奏人と、また話ができる。そう思うと自然に瞼が閉じられるのだから、自分のことながら分かりやすい。
無意識に口許に笑みが浮かぶのも仕方がない。これに関しては奏人が全面的に悪いのだから。
「また、明日」
明日なんて言おう、どんな顔で会おう、なんて思考はどこかへ行ってしまった。きっと会ってみれば、いつも通り。軽口を言い合って、たまに顔を赤くして……そんな幸福に身を任せられる。
ほどける意識。冴えていた目はもう閉じられて、眠りにつくまで数秒もない。満たされた気持ちのまま、私は睡魔に身を預けた。
「……奏人」
声質がずいぶんと柔らかくなったと思う。昔が特別尖っていたわけでもないのにそう感じるのは、彼女が成長なり変化なり、多くの人と関わる経験をしてきたからだろう。
「ねえ、奏人」
「うん?」
「本当に手伝わなくて良かったのかしら」
「いいから。今日くらい俺に全部任せてくれ」
「……いつもそうじゃないかしら」
「そんなことないぞ」
マンションの一室。二人用の食卓を挟んだ声にそう返すと、友希那は「そうかしら……」と呟いてむむ、と少し悩むような顔をした。
生真面目だなあ、こういうところ。律儀とも言うのかもしれないが。思えば今まで友希那は甘えたことが多くなかったのかもしれない。
「何よ、こっちを見て」
「ああ、真面目だなって」
「私が?」
「そ、友希那が。誕生日なんだから今日くらい甘えてればいいのに」
言って、小さな食卓を埋めるように並ぶ料理を皿によそう。
ややカロリーを抑えめにした料理の数々は、先ほどまで俺が作っていた友希那の誕生日のお祝いであり、彼女が作るのを手伝おうとしていたものでもある。
「ほい、これ取り分けといたから」
「………」
「……複雑な顔してるな。そんなに申し訳ないのか?」
「そうではないわ。ただ納得いかないだけ」
「じゃあ洗い物を一緒にするのはどうだ?いろんなのを少しずつ作っちゃったからその分調理器具も多くて」
「ええ、もちろん」
ようやく聞こえたいつも通りの穏やかな声に微笑を浮かべてから、二人分の「いただきます」の声が重なった。
「改めて。友希那、誕生日おめでとう」
「……そんなに繰り返さなくても」
「言い過ぎると薄っぺらく感じる?」
「……別にそうは言ってないわ」
Roselia御用達のパーティ会場……つまるところリサの家は、今日は諸々の都合で会場にできなかったらしい。そんなわけで、苦肉の策で友希那の誕生日パーティを後日に回したのが一週間ほど前のこと。
それはいい。いやリサは「当日じゃない……」って凹んでたけど。皆慰めてたしそこは大丈夫。
で、問題は。
「ていうか友希那のお母さんたち、本当に大丈夫だったのか?」
「奏人と夕ご飯を食べる、と言ったら喜んで送り出してくれたわ」
「………」
問題は、目の前でパスタを美味しそうに食べる彼女の、その両親だった。どうして誕生日に男と夕食なんてことを許したんだろうか。
「なに、その微妙な顔」
「いや……ちょっと信頼が重いって言うか、それでいいのかと思わないでもないって言うか」
「誕生日はまた別の日にお祝いしてくれることになったって、私言ったでしょう」
「そうだけどそこじゃないだろ。せっかくの誕生日なのに俺のせいで友希那と過ごせないのは親として悲しいもんじゃないかって」
「随分お母さんたちのことを気にしてるわね」
「まあ、友希那の親御さんに対する印象は良くしておきたいし」
いやこれ改めて言うと恥ずかしいな……ああもうほら友希那も顔赤くしてるし。俺の方が恥ずかしいんですけど友希那さん。
そろそろ友希那の親御さんに、特にお父さんにちゃんと挨拶に行かないと……。会うたびに嬉しいような寂しいような表情をされて気まずいんだよな。交際の報告自体は快く受け入れてくれたから、嫌われてるわけじゃないと信じている。
「……今のところは大丈夫よ」
「……そうだといいんだけどな」
「そもそも奏人の料理を食べたいって言い出したのは私だから、あなたが気にする必要はないわ」
「本当にこんなんでいいのか、誕生日プレゼント」
「だから、そう言っているでしょう」
む、と眉をひそめてこちらを見る友希那。
怒っているというより呆れているような表情に、どう言ったものかと考える。
「誕生日プレゼント、めちゃくちゃ悩んだんだよ。食器とか香水は割と出かけた先で買ったりしてるし」
「リサから聞いたわ」
「…無難なアクセサリーは友希那も困るだろうし」
「紗夜から聞いたわ」
「……だから、何か友希那の好きなものにしようと思って」
「あこと燐子から聞いたわ」
「………それでまあ、今日一日友希那の希望を聞く、ってのをプレゼントにしたわけなんだけど」
「その希望があなたの家で夕ご飯を食べることよ」
「…………」
「どうしたの?」
……ちょっと待ってほしい。
「え、なんで俺の相談が全部友希那に筒抜けなんだ」
「別に皆から聞いたわけではないわ」
「マジ?」
「……皆から露骨に聞かれただけよ」
「それじゃん」
何してんだあの子たち。
いやまあ隠してくれとは言ってないしサプライズになったら嬉しい程度だから別にいいんだけど。友希那の観察眼がすごいのか、Roseliaメンバー全員友希那に甘いからか。いやどっちもだなこれ……。
「それにしてもよく分かったな」
「別に。勘とか、占いのようなものよ」
「昨日のことと言い、ずいぶん的中率の高い占いだ」
「そうね」
素っ気ない返事の割には浮かべている笑顔は満足げだ。言葉の響きほどなんとも思ってないわけではなく、少なからず嬉しそうにしているあたりが可愛らしい。
「で、その誕生日プレゼントはどうだ?」
「美味しいわ……これ、初めて食べたけれど。新しく作ったのかしら」
「ああ、それ。初めて作ったんだけど美味しく出来てそうで何よりだ」
「相変わらず料理が上手ね」
「ここ数年で急に上手くなったとも言うな」
「そうなの?」
「その原因が首を傾げるなよ」
「?どういうこと?」
「ん?いやだから、友希那に美味しく食べて欲しいから練習したんだって、料理」
「……………そう」
かあっと頬を赤く染めながら、彼女は消え入るような声で相槌を打つ。さっきから恥ずかしがってる……というよりは嬉しくなってくれてるんだろうな。なにそれ可愛い。これだから友希那は可愛い。
「言ってなかったっけ、これ」
「ええ、初めて聞いたわ」
「えっと、まあそういうことなんだけど」
「だから味付けも私好みなのかしら。これも占い?」
「占いって言うか……味に関しては友希那好みでもあって俺好みでもある、みたいな」
「?」
「あー……友希那の為に作ってたら、いつの間にか俺の好みも友希那に近づいてたみたいで」
「……そういうこと」
「……そういうことです」
そう。クールな見た目からは想像がつきにくいが、彼女は意外と食べさせがいがあるタイプだ。美味しいものを食べると、自然と溢れ出たような微笑を浮かべてくれる。
で、俺が惚れ直すまでがワンセット。ちょうど今も。うーんこのベタ惚れ具合。皆に呆れられるのも分かる気がする。
「いや、自分でも驚いたんだよ。自分用の夕飯とか作るときも友希那好みの味付けになってて」
「……染められてるわね」
「俺が友希那に?」
「それもあるけれど……」
そこまで言って、友希那は照れたようにこちらに視線を向けてきて。
「私も奏人に、とも言えると思って」
恥ずかしげに放たれた言葉に押し黙る俺を他所に、友希那は「例えば」と言葉を続ける。
「奏人が私のことを分かってくれるように、私も奏人のことを分かるようになっていることとか」
「……それ、昨日の電話のことか?」
「そうね……他にも、例えばこの料理も」
「これ?」
「……普段からここまでの料理を食べたいとは思わないけれど、誕生日の度に期待するくらいにはなるかもしれないわ」
「……何年くらいをご所望で?」
「少なく見積もってもあと50年ね」
「……長いな」
思ってた数倍長くて具体的な数字だった……。50年か。計画的な貯金始めないとダメだこれ。あと本気で親御さんへの挨拶とかも……。
「いくらなんでも染められすぎじゃないか?」
「なら、奏人はその責任を取ってちょうだい」
「それはまあもちろん……ていうか俺も友希那に染められてるっていう話は」
「私は責任取れるわ」
「そんなドヤ顔で……」
うん、かっこいいし可愛い。相も変わらず奇跡的なバランスで二つが両立してるのがすごい。友希那の魅力が存分に生かされている。惜しむらくはカメラを向けると照れが勝るところだ。可愛いから良いけど。
「……それにしても」
「?」
「友希那、いろんな顔するようになったよな」
言って、自覚する。昔の友希那からは考えられない表情の豊かさだ。こういう表情を見る度彼女との積み重ねを自覚して嬉しくなるのは自意識過剰だろうか。
「私が昔と変わったということ?」
「ま、それもあるけど。俺の彼女、可愛い顔が多くて幸せだなって」
「………あなたのそういうところ、これからも慣れる気がしないわ」
「なんで勝手にダメージ受けてんだ……」
顔を赤らめて並べられたカトラリー類に手を伸ばす友希那に苦笑を浮かべながら、俺は口を開く。
「俺もだけど、そのへんはゆっくり慣れていけば良いぞ。焦んないで」
「……遅すぎるかもしれないわ」
「じゃ、たっぷり時間をかけてくれ」
「それでいいの?」
「数十年は一緒にいるつもりなんだろ?」
「……………」
「なら、慣れるくらいの時間はあるだろうから」
「……たしかに、そうね」
彼女はそう呟き、おもむろに目線を料理に向け。
「……口、開けて」
「友希那?」
呆けた声を漏らした俺の口元に、パスタを巻きつけたフォークを差し出してきた。
頬をほんのりと赤く染めちゃって……恥ずかしいならやらなきゃ良いのに。いやそこを指摘すると照れて拗ねてで機嫌を損ねるので飲み込む。あのモードの友希那、可愛いんだけど当人的には好きじゃないらしいし。
「ちょ近い近い鼻にソース付くから。無言で押し付けないで」
「……こういうことも、慣れていくんでしょう?」
「友希那、もしかして春からもこういうことしようとしてる?」
「春?」
「あれ、やっぱり自意識過剰だったか。忘れてくれ」
「気になるわね」
「いや……てっきり春から一緒に暮らすもんだと思ってて」
「─────っ」
友希那が斜め下に視線を逸らしたまま固まる。本気で気にしてなかったんだろうな……彼女にはどこか抜けてるというか、天然なところがある。
天然可愛い歌姫に癒されながら、差し出されたパスタを取り敢えず飲み込んだ俺は彼女に笑みを向けてから口を開き。
「ほら、こっちに友希那の私物増えてきただろ?」
「……そうね」
「まだちゃんと言えてなかったと思って」
「………」
「……その、高校を卒業した後一緒にここで暮らさないか。俺はできるだけ長く、友希那の隣にいたいから」
零れ出た言葉は用意していたものではなく、あまりにも不甲斐ない台詞で。俺の雰囲気につられてやや緊張気味だった友希那は、それを聞いてふっと顔を綻ばせた。
「構わないわ」
「え」
「何よ、その反応。奏人から言い出しといて」
「いや、もっと考える時間あるんじゃないかと」
「必要ないわ……答えはとっくに決まっていたから」
とんでもなくかっこいい台詞だ。危ない。めちゃくちゃ照れてる顔で言ってなければ即死だった……。なんとか致命傷で済んだ。
「……俺、結構緊張してたんだけど」
「その緊張は次の機会まで残しておけるわね」
「………給料3ヶ月分とセットで?」
「………私はいつでもいいわ」
「いや自分から言って照れるのはどうなんですか友希那さん」
「別に照れているわけじゃ……そもそも、今更じゃない。月に2、3回は泊まっているから」
「まあそうなんだけど。けじめと、あとは意地だな。こういうこと、俺から言いたいし」
「次が遅かったら私から言うわ」
「新手のチキンレースかよ……」
そんな会話の後で、お互いぎこちなく顔を見合わせ。
「……ふふっ」
「……ははっ」
熱くなった頬からなんとか意識を逸らしながら、俺たちは残っている夕食に舌鼓を打っていた。
やや長めの夕食を終えた後。友希那の後に入浴を終えてから、ベランダへと向かう。
「誕生日おめでとう、友希那」
「今日で6回目よ、それ」
「言っとくけど本気で祝ってるから」
「分かっているわ」
華奢な背中に向かって声をかけると、友希那はその銀髪を揺らしてこちらを見た。俺もその隣に立ってから、彼女にならって空を見上げる。
人一人分の空間。手を伸ばさずとも少し寄せれば触れ合える程度の、一番心地よい距離感。それだけの余白が、俺と彼女の間にある。
「風呂あがってこんな時間に外出るの寒くないか?」
「平気よ、上着を羽織っているから」
「見間違いじゃなければ俺のパーカーに見えるんだけど、それ」
「……いけなかったかしら」
「……いやいいけど。今の友希那、違う理由であったかそうだな」
「……」
苦笑とともに放った声に、友希那はふい、と真っ赤な顔を背けることで返答する。どうやら図星らしい。相変わらず照れ隠しの仕方が可愛いんだから。
微笑ましく思いながら、しばらく何も言わずに外の気温に身を任せた。時刻は10時すこし前。あと2時間ほどで、昨日の電話から丸1日が経過しようとしている。
「楽しかったか、今日」
「ええ」
少しの沈黙を埋めるように放った言葉にノータイムで相槌を返した友希那を横目に見て、思わず顔が綻んだ。可愛い。俺のパーカーに口元まで顔を埋めた歌姫が可愛い。
可憐で可愛らしいってだけですごいのに、歌声が綺麗でかっこいいとかいう魅力もあるのずるすぎるな……。最近は特にそのギャップにやられてる気がする。気を許して幸せそうに笑ってる友希那が一番可愛い。
「……何を考えているの」
「友希那がこの1年も幸せに過ごせますようにって」
「そこは幸せにする、くらい言わないのかしら」
「今ので後々に言う予定だった台詞の案が一つ潰されたんだけど」
「後々?」
「……まあ、次の機会というか」
「……そう」
くすり、と笑みをこぼしながらどちらかともなく余白を無くす。
恥ずかしさを隠すようにベランダの手すりを伝って手を伸ばせば、細い指がこちらと絡まった。そのまま手の甲を撫でられる。ひんやりとした指先がくすぐったい。
「……楽しそうだな」
「ええ、もちろん」
「なら良かった」
「……奏人は私に甘すぎるわ」
「友希那は自分に厳しすぎるからな。これくらいがちょうどバランス取れてるんじゃないか」
「……それ、あなたがいなくなったときにバランス崩れるじゃない」
「いや、その心配はないだろ。ずっと一緒にいるつもりだし」
「…………」
返答はない。代わりにとばかりに、友希那は俺の腕に体重を預けてきた。
「……友希那?」
「……私の顔色は気にしないでちょうだい」
「いや無理があるだろ。そんな赤くしといて」
「奏人も心臓の音がすごいけれど」
「聞かなかったことには」
「できないわ」
「できないのか……」
「忘れるつもりもないから」
「そこまで言われたらお手上げ」
心臓の煩さに顔の熱を上げる俺の眼前で、友希那は満足そうな笑みを携えて夜空を見ていた。なんかチラチラこっち見てる気もするけど、そこはスルー。反応したらお互いに自制が効かなくなるから。
というか今日ずっと思ってたけど、友希那のギアのかかり方がおかしい。ナチュラルにスキンシップしてくるし、いつもより距離が近い。おかげでずっとドギマギさせられてる気がする。
「ん……」
「眠いか、友希那」
「……そうね、少しだけ」
「いや結構眠そうだな……取り敢えずベッドまで行こう」
「ふぁ……ええ」
声がふにゃふにゃで可愛らしいけど、こんなところで寝落ちされると風邪を引く。早めにベッドまで歩いてもらわないと。
「歩けるか?」
「難しいわ」
「友希那、なんで動かないの」
「……今日は私の誕生日よね」
「そうだけど」
「奏人からの誕生日プレゼントはまだ有効でしょう?」
「まあ」
「……それなら、運んでちょうだい」
「……恥ずかしくないか?」
「ちょうどいいのよ」
「そういえばそうだったな」
変なギア入ってる友希那が強い……つよつよだ、つよつよ友希那だ。大丈夫かなこれ。抱っこまでしたら爆発しない?どっちも。
「えっと、じゃあ……ほら」
「……前?」
「え……もしかして背負うだけで良かったか?」
「いいえ、折角だから」
「折角って何」
俺も友希那のこと言えない色ボケっぷりだな、と苦笑しながら真っ赤な顔のまま腕の中に飛び込んできた歌姫を受け止め。
華奢な背中と膝裏を支えて彼女を抱え上げた俺は、しかし突如首に腕を回されぐいっと引っ張られた。
「……ち、近くないですか、友希那さん」
「そうかしら」
「今日の友希那どうしちゃったんだ」
「正確には、どうかさせられたのよ」
「自業自得ってことか?」
「ええ。だから奏人には責任があるわ」
「嬉しい責任転嫁だな、それ」
「ふふ」
こつんと額を合わせる。
触れ合う髪先の感触がくすぐったい。額越しに感じる体温は、もうじき冬だというのにやけに暖かかった。お互いに恋愛初心者だとこういうことになる。いい加減慣れたい気もするけど……いややっぱいいか、照れてる友希那可愛いし。
「ありがとう、奏人。こうして誕生日をあなたと過ごせて良かった」
「こちらこそ。今年も祝えて良かった。まあお互い様ってことで」
「ええ」
合図もなく、最後の余白を埋めた。
お互い顔を真っ赤にしながら、不器用に恋心を募らせていく。想いを伝えてから1年以上経つ今でも俺は友希那に恋をし続けているのだから、我ながらどうしようもない。きっとまた彼女に魅せられる1年になるのだろうと、なんとなくそう思った。