デート回。
評価バー赤色記念です。
「………」
日曜日。心地よい陽光に晒されながら、俺は噴水の周りに置かれたベンチに腰掛け、スマホを眺めていた。
再生されているのはRoseliaが先日開いたライブハウスでのライブ映像だ。
画面の中でその華奢な体から出ているとは思えないほど美しい声を出す少女の姿に、俺はただ黙ることしかできない。
ライブ当日もそうだった。
二年間、ずっと近くで聴いてきたその声の輝きは、ちっとも色褪せていない。
それどころか、年々増しているようにさえ思える。
今までで最も完成されたライブだった。
バンドの一体感も、一人一人の技術力も、全てが洗練されていた。
会場の誰もが、彼女の声に魅入っていた。
それが当然のことと思えるほどに、彼女は魅力的だった。
もう、いいんじゃないだろうかと、本気でそう思った。
ここらが潮時かと、そう思わざるを得なかった。
本来の彼女なら、俺が作るまでもなく素晴らしい曲を生み出せる。俺があの日彼女に話しかけたのは、彼女と音楽を楽しみたいという我儘だったのだから。
昔ならともかく、今はRoseliaが友希那に寄り添ってくれる。
彼女達なら俺なんかよりも速く、友希那を高みへ連れて行ってくれるだろう。
だから、
『どうだったかしら、今日のライブは』
『ああ、最高だった。前回のより、もっと』
ライブが終わった後の舞台裏で、俺は彼女に別れを告げようとした。
ただの友人の一人に過ぎないのだから、別れも何もないかもしれないが、それでも距離を置かないといけないと思ったのだ。
もう、俺はRoseliaに必要ではなくなったのだから。
きっと、「5人」で頂点に行くことが一番大切だから。
そう告げようとした。
でもできなかった。
『!………それなら良かった』
『………っ』
不意に俺の手に訪れた柔らかな感触と、淡い微笑と、それから紡がれた言葉に、俺は何も言えなかった。
思い出したのだ。
───『あなたとなら、2人で頂点にいける気がするの』
出会って半年ほどのこと。
俺が彼女のスランプに懸命に向き合って、彼女との距離が縮まったきっかけ。
『また、最前列で見ていて。常にあなたの中の最高のライブを更新してみせるから』
『…………』
『……見て、くれないのかしら』
『…………』
忘れていた。
そうだ。2人で行こう、と彼女は告げた。
彼女が俺を追い抜いたとしても、こうして俺の手を引いてくれる。
なら、俺は彼女に必死で追いつき、追い越すだけのこと。
目の前の彼女の笑顔を優先するだけのこと。
それを、俺はようやく思い出した。
『………ああ。一緒に行こう、友希那』
『ええ……まだ、あなたの音楽を聞かせてちょうだい』
『……バレてたのか』
『奏人のことだもの。これで前の貯金は返せたかしら』
『……もらってばっかだよ、俺は』
『……私も』
『ん?』
『私も、もらってばかりだから』
『……お互い様だな』
『似たもの同士だからかしら』
そう笑って、友希那と俺は手を握り合ったままでいたのだけれど。
『あの、友希那、手………まあ別にいいか』
『ふふ、ありがとう』
『みんながめっちゃこっち見てるけど……』
『はーい、通路でいちゃつかないでくださーい』
『リサ。私たちはまだそういう関係ではないと何度言ったら……』
『いや見せつけてるでしょどう見ても』
『違うわ、これは……』
『……『まだ』なんですね、湊さん』
『?紗夜、あなたまで何を…………っ』
『無意識に言ってたんだな、友希那』
とまあ、微笑ましげに笑うリサと紗夜に珍しくからかわれる友希那に癒されながら、結局俺は彼女との関係を断ち切らないという決断をしたわけだが。
「しかしまあ……」
かっこいいよな、と画面の中の彼女を見ていて素直にそう思う。
まあ、本物の彼女は、というか画面の外の彼女はこうしてスマホで見るよりもずっとかっこよかったけれど。
それに、綺麗だなあとも思う。
「すごいことだよな、これ」
かっこよくて、可愛いくて、才能に溢れていて、それで尚俺を必要としてくれる友希那は、やっぱり特別な人だろう………うん、いろんな意味で。
そんな彼女が自分の歌を歌ってくれているという事実に毎度の如く笑みを溢していると、
「ごめんなさい、待ったかしら」
「おお。いや、全然待ってない。今来たとこだ」
「待ち合わせの30分も前なのによく言うわ」
それも美点だけれど、と言いながら微笑んで、友希那は俺の隣へと腰掛けた。
うーんこのすっぱり仕上げ。
雰囲気からしてクールなんだよな、友希那。バックに満月とか浮かんでそう。
これが時折可愛げを見せるんだから美人って怖いよな……。いや、普段から可愛いんだけど。こう、今はかっこよさが前面に出てるっていうか……。
「何を見てたの?」
「ん?ああ、ちょっと動画をな」
覗き込んでくる友希那にスマホを見せてやると、彼女は上機嫌そうに微笑んで、しかし目を細めてこちらを睨んできた。
「私たちのことを考えてくれるのはありがたいけれど……休日まで音楽の勉強に回すつもりかしら?」
「……さっきまではどっちかって言うと友希那を見てたんだけど」
「………」
「あ……」
「……からかうのはやめてもらえるかしら」
「いや別にからかってるわけじゃなくてな……」
「そう……急に言われると驚くわね」
「……悪い、無神経だったか。これからは言わないようにする」
「それは……困るわ」
「難儀な奴だな友希那は」
「もう、知らないわよ……」
むぅ、と頬を膨らませる友希那。可愛い。普段クールなのに振る舞いがちょくちょくあどけなくて可愛い。
「悪かったよ。たまには言ってやるから」
「……もう少し多くてもいいのだけれど」
「そ、そうか……」
たまにはじゃ足りないのか、そっか……。まったくもう、友希那さんったら欲張りなんだから……。
「でも、そうだな。友希那はやっぱり可愛いよな」
「………それは、賞賛として受け取っておくわ」
「あー……急に悪い。いや、なんだろうな……普段の友希那は可愛いっていうか凛々しいって言葉が似合うからさ。リサから聞いた話じゃ俺と会う前からもずっとそんな感じだったって言うし。でも、俺と二人きりのときの友希那は凛々しくもあるけど基本的に可愛いって言うか……」
「それは……そうね」
まだ朱色が残っている顔で友希那はふむ、と頷いて、
「しっかりしているように見えないと言うなら、私は多分奏人に甘えているんでしょうね」
「甘えている?」
「ええ。心を許している、とも言うのかしら。リサや紗夜たちとは、また違う形で」
「ふむ」
「きっと、Roseliaの中での私はどうしても『Roseliaの湊友希那』なの。もちろん、本当の私を隠してるとかそういう意味ではなくて、いい意味で。あれも素の私だから。ただ、奏人といる時は、そうね……他にいい表現が思い付かないけれど。きっと心を許しているのだと思うわ。リサたちとは別の形で」
「………………」
「迷惑、だったかしら。そんな複雑に捉える必要はないわ、私はあなたが───」
「……俺が、なに」
「……………」
「いや、自爆じゃん。そんな目でこっち見られても困るって。顔真っ赤だし」
「聞かなかったことにしてちょうだい」
「無理があるだろ……それに、あれだ。今の友希那が一番だからな。迷惑なわけない」
「自爆してても?」
「自爆してても」
「そう……ありがとう」
「まあ、うん……」
それきり、二人の間に言葉が無くなった。
代わりに、そっと身を寄せてきた彼女の熱を感じていた。
そうして、しばらくじっとしていたのだが。
「…………」
「…………」
長い。
待て、いつまでこの体勢を続けるつもりなんだこの歌姫様は。ここ街中なんですけど。
「……いや、ここ目的地じゃないから移動しないか」
「もう少し、こうしていてはダメかしら」
「えっ……いや、そろそろギャラリーも増えそうだし……」
現在進行形で周囲の人たちからの生暖かい視線がつらい……。めっちゃ恥ずかしい……。
「そう……」
心なしか名残惜しそうな友希那をなんとか説得して、俺たちは移動を開始した。
『来週の日曜日は空いているかしら?』
連絡先を交換してから恒例となっている寝る前の通話にて、友希那がそんなことを言ってきた。
『ライブも終わったことだし、出かけるのはどうかしら』
『いいな、次はどこで曲作ろうか』
『いいえ、そうじゃなくて……もう少しのんびりした』
『のんびりした曲』
『そんなに曲を書きたいのかしら。私も好きだけど……』
『いや、音楽楽しんでるときの友希那はその、生き生きして可愛いから』
『………………』
『……すみません忘れてください』
『謝る必要はないわ……けれど、最近多くなったわね。そういうこと言うの』
『あ、ああ……気持ち悪かったら言ってくれ、すぐやめるから』
『そんなこと思わないわ。…………その、奏人に言われるのが一番嬉しいから』
『………………』
『だ、だから、そうね。これからも遠慮なく言ってもらって構わないわ』
『……あ、はい、承りました……』
とまあ、電話越しでやけに頬を赤くするやりとりもあったものの。
『………こほん、それで、話を戻すけれど』
『作曲しないなら何するんだ?また俺の家で料理でも教えようか?』
『いえ、今回は、その……駅前に、行こうかと思ったのだけど』
『駅前?良いけどなんでまた………ああ』
『な、何かしら』
『友希那、あれだろ。そこに最近できた猫カフェに行きたいんだろ』
『…………はあ、何を言うかと思えば。そんなわけないでしょう。でもそうね、奏人が行きたいって言うならついて行こうかしら』
『で、どこ行きたいの』
『……その、猫カフェに』
『相変わらずだな……でも、なんで急に。結局作曲に落ち着くからっていつも近場で済ませてたよな?』
『ほら、お互い大人になっても音楽は辞めないでしょう?その分時間が取れなくなるはずよ。だから、二人で行ける場所を今のうちに増やしておこうと思って』
『……大人になった後の余暇の使い方を、今考える必要があるのか?』
『…………ないかしら』
『…………まぁ、あるか』
『…………』
『照れるくらいなら言わない方がいいんじゃないですか、友希那さん……』
『照れてないわよ……っ!』
そんなこんなで約束が取り付けられ、今に至るわけなんだけど。
「それで」
「うん?」
「……言うことがあると思うのだけれど」
二人並んで目的地まで歩く道中、友希那が急にそんなことを言ってきた。
「え?……ああ、うん、服似合ってる。めちゃくちゃ可愛い」
「……ありきたりね」
「ごめんな、女性経験が少なくてってちょ、友希那震えてる。肩めっちゃ震えてるから」
「一応、服装はリサに見繕ってもらったから心配はしていないわ。もしかして、自分で選んできた方が良かったかしら」
「……いや、そこは他人に頼っても問題ないだろ。むしろそうまでして可愛い服選んできてくれて嬉しい。ありがとう」
「…………」
照れ臭くなりながらも、ぶっきらぼうに礼を言った俺に、友希那は目を丸くしていて。
「……どうした?」
「別に。最近、そういうことを言うのが増えた気がしただけ。何かあったの?」
「まあ心境の変化、だな」
自分が友希那の心の支えになれてることを自覚して、彼女の笑顔に応えようと思ったから。
前は下手に可愛いとか言えなかったからな……いずれ別れる時が怖くて。
今は多分大丈夫だ。友希那が望む限りずっと隣にいる覚悟はあるし、そうでなければ潔く引く。
まあ、友希那からのデレはちょっと……いや嘘だな。大分遠慮してくれないと俺の心臓が保たないけど。
「心境の変化……ね」
ほう、と友希那は頷いてから、それからハッと何かに勘づいたような顔でこちらを向き。
「もしかして、彼女でもできたのかしら」
「はあ………」
「何、その目は。私は違う学校なのだからしょうがないでしょう」
人が散々悩んでるってのにこの歌姫様は……なんて勘違いしてるんだか。いやこれ俺が悪いのかな……。
「んなわけあるか。彼女なんか居ないだろ、どう考えても」
「そ、そう……」
ほっとしたように息を吐く友希那。
何だろうな、こうして毎週のように二人で出かけたり毎晩電話とかしてるのに他の女の存在疑うか?普通。
でも俺も友希那が変わったら他の男の存在疑うかもしれん。この子女子校だし放課後俺とライブハウスにいるのに。我ながら初心で笑えてくる。
まあアレだな、その辺は俺に甲斐性が有れば問題ない。
はぁ、と俺は一つ溜息を吐いて。
「…………」
無言で、その小さな手を握った。
「っ………こ、これは」
「別にいいだろ……一応デートなんだからこんくらい」
「………ええ」
こくり、と彼女は頷いてその手を握り返しながら、俺にことんと体を寄せてきて。
その真っ赤に染めながらも幸せそうに微笑む顔に心臓が止まりかけながら、お互いの顔色を見ないように歩いていた。
そうして、街中で想い人に身を寄せられるという羞恥プレイに晒されながらも件の猫カフェに着いたわけだが。
「きゃっ……ふふ、人懐っこいわね」
抱いた仔猫と頬を合わせて、友希那は機嫌よさそうに笑っている。いや……いい。すごくいい。これだけで一つの芸術作品なんじゃないだろうか。
店員さんもめっちゃ微笑ましくこっち見てるし。分かる。超分かる。友希那も猫も可愛い。
写真に撮ってコンクールにでも出せば最優秀賞は堅い。だって可愛いもん。
うむうむと一人バカみたいに納得してから写真を撮ると、仔猫たちの楽園にしゃがみ込んだ彼女は同じくしゃがみ込んだ状態の俺に微笑みかけてきた。
「ほら見てちょうだい奏人。この子、こんなに小さな手をしてるのよ。可愛いわ」
子猫を抱き、その手を持ちこちらに「えいえい」とネコパンチをしてくる友希那。
可愛い。いや、仔猫も可愛いんだけどそれ以上に友希那が可愛い。
「そうだな、俺も飼うとしたら猫がいいかも」
「いいわね、いろんな子を飼いましょう」
「いやそんな目の色変えられても……怖い、友希那、怖いから」
そんなやりとりをしながら、彼女の抱く仔猫を撫でた。
「なぁん」と愛らしく鳴く猫に、俺もまた微笑みをこぼしながら言葉を続ける。
「結構好きなんだよな、猫。可愛いし気まぐれだし」
どこか友希那に似てるし。
下顎をくしくしとくすぐると、子猫は心地良さそうにごろごろと鳴いた。
しかし、猫カフェで人馴れしているとはいえ可愛いな猫。本当に飼いたくなってきた。
そうして可愛い可愛いと子猫を愛でていると、
「………………」
不意に、顔を真っ赤にした友希那がおずおずとこちらに身を寄せ、そっと肩に頭を乗せてきた。
「え、ちょ、友希那?」
突然体が密着したことに驚きと恥じらいでいっぱいいっぱいになった俺は、
「……にゃ、にゃーん」
そこで、猫の鳴き声を聞いた。文字の響きにすると何ら不思議ではないものの、その出所に違和感がある。音源は猫ではなく隣の少女だ。
ちょっと待て。え、嘘でしょこの子……猫に嫉妬してるの……?ていうかめっちゃ顔赤いし……照れてる自覚あるのに肩に頭乗せてんのか……まじか……。
いや、まあ拗ねてもいるけど幸せそうな顔してるしいいんだけどな……こっちも眼福だし。
「……友希那」
「な、何かしら」
「猫耳つけよう。あとしっぽも。絶対似合うから」
「何を言ってるの?……それは、だいぶ恥ずかしいのだけれど」
しん、とした沈黙。
いや俺のギアがおかしなことになってるのは自覚してるけど、友希那も友希那だ。こんなことして、物欲しそうな目でこちらを見つめてくる。
「あー……えっと」
「何かしら」
雰囲気に当てられた、らしい。俺たちは二人して恥ずかしさやらなんやらでかなり馬鹿になっていて、さっさと離れればいいところを、まるでなにも起きていないような調子で会話を始めた。
「……一回だけ、抱きしめてもいいか」
「………」
「あっ……」
撤回。何も起きてない調子なんて嘘だった。ぽすん、なんて擬音が聞こえてきそうな勢いで顔を真っ赤に染める友希那に、やらかしたかもなんていう焦りが脳裏を横切る。
「…………」
「い、いや、これはその、言葉の綾っていうか……その、気にしないでくれ。可愛かったからつい……」
あたふたと弁解の言葉を口にする。でもしょうがない。
何言えばいいか分からなかったし、友希那は俺から離れようとしないし可愛いし、あの仔猫はどっか行っちゃうし、友希那は可愛いし。
心の内でそう言い訳をていると、急激に頬の熱を上げる俺の眼前で友希那も顔を真っ赤にしながら、周りを見渡し始めた。
「何してんの友希那」
「今は、店内に他のお客さんは居ないみたいね」
「……いいのか?」
「人もいないし、迷惑にはならないんじゃないかしら」
問うた俺に、彼女は恥ずかしそうに眉根を寄せながら呟いて、腕を広げた。
いや思いっきり店員さんいるけどな?という突っ込みはしない。あ、カウンター裏に引いてくれた……店出る時お礼言っておこう。
頬どころかその耳やうなじまで赤らめて顔をふい、と背けながらも体をこちらに向ける友希那に自然と口元が緩む。
「……じゃあ、お邪魔します」
おずおずと言って、俺は彼女との距離をなくした。
華奢な体だ。とてもあんな力強い歌を歌っているとは思えないような。
しかしまずいな。つい愛おしさがこみ上げたから抱きしめたのに、余計に愛おしさが増してきた。
……好きなんだろうな、やっぱり。分かりきってたことだけど。とっくに俺はこの歌姫に惚れ込んでいるのだ。
「悪いな、友希那」
「悪い?」
「……ありがとな」
「……それでいいわ」
満足そうに笑って、友希那は俺の背中に回した腕の力をぐっと強めてきた。
「友希那?」
「……………」
「友希那さん?」
「……………」
「あの、離していただかないと離れられないんですけど?もしもし?友希那さん?」
「……もっと強く」
「マジですか」
「マジよ」
「……痛かったら言えよ」
言いながら、彼女の要望通り彼女の身体をより強く抱きしめた。
「こ、これでいいか?」
「背中も叩いてちょうだい」
「………甘えるようになったな、友希那」
「あなたにだけよ」
「友希那」
「………」
「好きだ、友希那」
「っ!?い、今なんて」
「…………」
「……もう」
黙り込んだ俺に友希那は苦笑してから、
「私も、好きよ」
言って、すり、と俺の首に鼻を擦り付けてくるのだった。
それから俺たちは、隣町で穏やかな時間を過ごした。
二人で友希那用のエプロンを買ったり、話題のスイーツに舌鼓を打ったり。
そうして楽しい時間を過ごしているうちに、あっという間に日が暮れていた。
「……ねえ」
「うん?」
夕暮れ時。友希那と街を歩きながら、二人で会話を続ける。
「今日は満月ね」
「そうだな。まだ夕方なのによく見えるもんだ」
「……奏人には、月が何に見えるのかしら」
「急にどうしたんだ?」
「あなたも作詞をしているから、私と違った目線があるかもしれないでしょう」
「ああ、なるほど……ちなみに、友希那は何に見える?兎か、カニか?国によっては女性の顔にも見えるらしいな」
「……月は月ね。他の何にも見れないわ」
言って、友希那は苦笑する。
「可愛げがないかしら」
「そんなことはない。友希那らしいよ」
ありのままで受け入れて、純粋にそれを深く知ろうとする。自分の主観を大切にする、彼女らしい見方だ。
「どうかしら。あなたには何に見える?」
「俺は……うん、俺も月にしか見えない」
「兎でも見たかったのかしら」
「ちょっとはな。でも見えないものは見えない。騙し絵みたいなもんだし」
「……そういえば、奏人は性格が私と似ているんだったわ」
「……そりゃあ見方も変わらないわな」
「そうね」
お互いに可笑しくなって、微笑を浮かべた。
「今度は月の歌を作ってみるのはどうかしら」
「月……なんか描けるか分かんないな」
「そうかしら。どこに居ても、夜空を仰げば同じ月が見える。そういう風にも書けると思うわ」
「天候状況と時差によってはその限りじゃないだろ」
「本当に作詞をしてるの?ロマンがないわね」
半目で睨む彼女に、俺もまた半目を返す。
「ロマンとかじゃなくてだな……二人一緒の場所からなら、天候状況も時差も何もないだろ」
「…………………………」
友希那が、あっけにとられたような顔で足を止めた。
俺もまた足を止めて、月を見上げる。
こういう趣味をしている以上よくあることではあるが、変に詩的なことを言った後冷静になると恥ずかしくなるあれだ。
まったく、月のせいだ。
月がやけに眩しいから、俺は今の状況に不釣り合いな、詩を作るときみたいな思考になってるんだ。
茜色の空を恨めしげに睨むも、月は何も答えない。
「………そうね」
やんわりと、俺の手を繋ぎなおしながら友希那は言葉を紡ぐ。
「確かに一緒にいるなら、いつだって見える月は同じ月だわ」
「ああ。その方がいいだろ。ロマンよりもずっと良い」
俺の言葉に、友希那は淡く微笑む。慣れないことをしたからか、どこかお互いぎこちない。自分の不器用さに辟易とするものの、彼女と一緒ならまあいいか、なんて思うあたり、思っていたよりずっと友希那に惚れ込んでいるようだ。大丈夫かこれ。告白してから数時間しか経ってないけど。早いうちに幸福度が上限値に達しそう。
「友希那?顔赤いけど大丈夫か?」
「いえ、一緒に月を見られるようになるのは大学生からだと思って……」
「え」
「え?………っ」
「まあ、そうだな……同棲は流石に大学生になってからちょっとまて友希那顔赤くしてそんな目でこっち見ても何も変わらないから。俺は何もしてないから、自爆だから」
「……今日は調子が悪いわ」
「いつもと変わらない気もする」
「少しは気を遣うことをリサから覚えた方がいいわ」
「いや、そういうのひっくるめて俺は友希那が好きだから」
「……自爆してても?」
「自爆してても」
「……そう。ならいいわ」
そんなことを言いながら、友希那は笑みを浮かべて俺に体をぎゅうぎゅうとぶつけてくる。明日になったら「忘れて」なんて電話が朝一でかかってくるんだろうな、なんて直感に苦笑を浮かべ、俺もまたゆっくりと身体を寄せる。
同時に降ってきた沈黙に、しかしどこか心地よさを感じながら。夕闇に染まる街の中を、俺は友希那と歩み進んだのだった。
ご拝読ありがとうございました。
好評だったら追加で話を投下すると思います。一話目のちょい前の話とか、要望があれば30,000文字ほどになりますがほっぽり出した過去編とか。もしくは大学同棲編とか。
是非是非感想、評価などしてくれると励みになります。
では、またどこかで。