「3日ぶりか……」
駅を出て独り言ちながら伸びをして、俺は久しぶりの街を眺めた。
まとまった三連休だからということで一度実家に帰っていたから、そこまで久しぶりなわけではないけれど。
もう一度伸びをして空を仰ぐと、視界いっぱいに茜色が広がった。
同時に、思い出す。
あの日、彼女と星を見上げたのも。
あの日、彼女と月を見たのも。
「ほんとは夜に見るもんだよな……」
俺が思うに、というか世間一般論からすればどちらも夜にするべきだったという事実に何とも言えない気持ちがある。
お互い初心だとそういったロマンチックな雰囲気にならないのが惜しい。……いや、なったら不味いか。俺も彼女も免疫無さ過ぎて顔赤くするだけになりそう。場酔いしそう。
まあでも、それもまとめて彼女との思い出だから悪くは無いのだが。
「……まだやってるかな、練習」
視界に映る家路を急ぐ人々と同じように、俺もまたライブハウスへと急いだ。
俺と同じように、恋愛初心者である歌姫の顔を思い浮かべながら。
「………ん?」
駅から5分ほど歩いた公園。その端で、やけに猫が集まっているのが見えた。
一瞬あの猫好きの彼女の顔が浮かぶ。
「……いや、まさかな。だって練習中だもんな、普段のこの時間は。そろそろまた新曲の練習してるし……」
ちょっと彼女を恋しく思っただけだ。一応今日帰ってくる旨は伝えてあるが、音楽にストイックな彼女のことだ。きっと今頃はライブハウスで練習に励んでるだろう。
はぁ、まったく俺ったら。三日会ってないだけなのに。愛が重いんだから…。
脳裏に浮かんだ予測に我ながら自嘲していると、
「にゃ、にゃ〜ん」
うん、いた。
普通にいた。
すごい幸せそうに微笑みながら猫に絡まれてる。ていうか珍しく友希那の方が群がられてる。
「ほら、にゃーんちゃん、かわいいわね」
なんでこんな時間に猫と絡んでるのあの子。
その風景を見て疑問に思いながらも頬が緩む自分自身に苦笑が漏れる。
「ほんと、甘いなぁ俺……」
しかし、久しぶりの光景だ。
3日ほど友希那と顔を合わせていなかったのもあるが、最近猫に囲まれる友希那を見てなかったからかどこか微笑ましい。
気づかれていないようだしここから遠目に眺めるとしよう。
「静かにね、みんな……はい、いい子だから…急いでるのよ……」
言いながら、笑顔で猫たちの頭を撫でている友希那。
可愛い。表情引き締めようとしてるけど緩んじゃう友希那さん可愛い。
いや、それにしてもなんでこんなに絵になるんだろうか。ただただしゃがんで可愛い猫に餌あげてるだけの美少女だぞ。……絵にならない要素がなかった。
「………あ」
そんなことを考えてると、顔を上げた友希那と目が合った。同時、ふにゃりと表情を崩す。
……え。なんでそんな幸せそうに笑うの?いや、嬉しいけど。嬉しいんだけども……
軽く俺に手を振った後、彼女が餌をあげたり頭を撫でたりした猫が着々と彼女から離れていった。
そうして猫たちを見送った後、友希那は俺に再び微笑みかけてこちらへ寄ってくる。
「遅くなったわね」
「あ、ああ……その、猫はよかったのか?懐かれてたみたいだが」
「大丈夫よ、少し餌をあげたらすぐに行っちゃったわ」
「いやそうじゃなくてだな、もっと遊びたかったんじゃないかと……」
そんな俺の疑問に、彼女ははあ、とため息を吐いて、
「猫よりも奏人が優先よ」
「…………」
「……その、奏人も大切だから」
「そ、そうか……」
「…………」
おかしい。なんで今日こんな破壊力高いの俺の彼女。
「……もしかして、寂しかったか?」
「……ええ」
「……ごめんな」
「別に謝ることではないわよ」
やっぱり寂しかったのか……。だからあんな顔したのか、そうか……。
「で、なんでこんなところにいるの友希那。今練習中だろ」
「実は、奏人を出迎えようと思って」
「ああ、なるほど」
「その途中でにゃーんちゃ……猫が居たから」
「構ってたら時間になったのか」
「ごめんなさい」
「いや、問題ない。それに、まあ、出迎えに来てくれることが嬉しいから」
ありがとな、と照れ臭くなりながらも礼を言った俺に、それでも友希那は申し訳なさそうにしていて。
「でも、野良猫に構ってしまうなんて。少し浮かれているのかしら」
「猫に浮かれるのか……」
ややげんなりとして問うた俺に、友希那は淡く頬を染めながら俯いて、それから首をふるふると振り、
「……奏人がいる日常に」
そう、ぽつりと呟いた。
うーん、やっぱりおかしい。普段よりギアの入り方が激しいぞ。
比例して俺の心臓の負担も大きいから是非とも止めていただきたい……いややっぱ止めなくていいわ。可愛いから。
「そんな浮かれるほどのものか?」
「……奏人は違うのかしら」
「……違わないです」
ぼそりと告げた俺に、友希那は淡くはにかみ、そっとこちらの指に自らの指を絡めてきた。
「でも、やっぱりごめんなさい」
「だから、それはいいって」
「良くないわよ。甘えてばかりじゃ駄目だもの」
「……なるほど」
「ええ……だから今度はちゃんと出迎えさせてもらうわ」
「今度はないんじゃないか?」
「……え」
「あ、違う、違うからそんなこの世の終わりみたいな顔すんな。……ほら、次実家行く時は多分二人だから」
「………………」
「いや、て言うより俺はそのつもりというか」
「……そう」
少しの沈黙があって、それを埋めるように友希那が「私も」と口を開く。言われて、「……そっか」と返した。
それだけで伝わった、久しぶりの沈黙。
他の誰とも共有できない時間。
あまりにも会話に内容が無さ過ぎて、お互いに顔を合わせてからはにかんだ。
「そろそろ練習に戻りましょう」
「お、みんな待たせてるのか」
そうよ、と言いながら友希那は俺に体を寄せてくる。
「……これじゃ遅れないか?」
「……一応、謝罪の意味もあるのだけど」
「返せるとでも?」
「……返せないかしら」
「むしろ得だな」
「…………そう」
顔を赤くしながらも、友希那は俺の手をきゅっと握って、
「おかえりなさい、奏人」
そう、天使のような微笑みを浮かべるのだった。
『実家に帰省?』
『まあ。今度の三連休でちょっとな』
一週間ほど前に決行した友希那とのお泊まり会にて、寝る頃にそんな会話をしたのが帰省前のこと。
『いやまあ、そうは言っても三日だけだし、そこまで深刻にならなくてもいいだろ。夜の電話はするから』
『……心配はしてないわ』
『出来るだけ早く帰ってくるから』
『…………そう』
安心したように息を吐いた彼女の表情に胸を撃ち抜かれたという事件はあったものの、特にアクシデントは起きず。
『……奏人』
『うん?』
『布団、入ってもいいかしら』
『いや、今ベッド入ってるじゃん友希那。どうした?寝心地悪くなったのか?』
『別にそういうわけではないのだけれど……』
『冗談。その、どうぞ』
『……お邪魔するわ』
『腕枕のオプションもつけてやろうか』
『お願いしようかしら』
『えっ』
『えって……言い出したのはあなたよ』
『即答するとは思わなくて』
普段よりずっと近い距離で向かい合いながらぼそりと呟いた俺に、友希那は微笑みながら俺の胸に額をぐりぐりと押しつけ。
『……猫かよ』
『あら、猫はもっと可愛いわ』
『そこ張り合われるとは思わなかったな……』
『猫みたいに可愛がってくれても』
『現在進行形で甘やかしてるだろ』
そんなやり取りを経て、大人しく頭を撫でられながらこちらへ身を預けてきた。
『こんなに甘えて大丈夫か』
『奏人が甘やかすからでしょう』
『……それもそうか』
『それに、今のうちに奏人を補填しとかないと』
『……それは生きるために必要なのか?』
『……必須よ』
『…………』
『…………』
『自分で言いながら照れるの……』
『……そう言う奏人も顔真っ赤だけど』
『いや、電気消してるのになんで顔色分かるくらい近くにいるんですかね』
『奏人が中々抱きしめてくれないからかしら』
『……分かったよ、歌姫様』
苦笑を漏らしながら、そっと彼女の体を抱き寄せたり。
『あっつ……寝苦しくないか、友希那』
『耐えてちょうだい』
『おい俺の快眠』
『奏人』
『ここに居る』
『…………』
『なに、どしたの』
『……こういうの、控えめにした方がいいのかしら』
『なんでだ?』
『その、眠れなくなると言うか……胸が高鳴るから……』
『……………』
『か、奏人?抱きしめられると余計眠れなくなるのだけど……』
まあ、そんな風にいつにも増して甘えん坊になった彼女があまりに愛おしかったのだけれど。
そんなやり取りがあったのが、ちょうど3日前のことだった。
「………」
頭の片隅でそのことを思い出しながら、俺は目の前のRoseliaのリハーサルを眺める。
その中心で力強く声を張る彼女に、先日の面影はまるで見えない。
その佇まい。
銀に煌めく長髪も、白い肌も、輝く瞳も。
それら全てが、まるで非日常を切り取ったようだった。
2年もの間、忘れることすら難しいほどに瞼の裏に張り付いたはずの光景は、俺を常に圧倒していた。
端的に言えば、友希那は。Roseliaは、それだけで絵になっていた。
言葉を交わすことも、手を触れることもできないと錯覚すらさせるほどに。
「どうだったかしら、奏人」
だから、いつの間にか演奏を終えた彼女の声が、俺は自分に向けられたものだと気がつかなくて。
「奏人?体調でも悪くなった?」
不思議そうに、少し不安げにこちらの手を握ってきた友希那に、俺はようやく現実を取り戻した。
「あ、ああ……ごめん、なんでもない」
「無理は言ってないわね?一応帰省帰りなんだから」
「いや、ほんとに大したことじゃない。大丈夫だ」
「本当ね?」
弁解して尚不安さが解消されていないのは、俺の頼りなさか、彼女の愛の重さか。
後者だといいなあと思いながらも、俺は観念して言葉を紡ぐ。
「なんて言うか……見惚れてた。俺の恋人は美人だなって思って」
「……………」
「……友希那?」
「……ありがとう」
「あ、ああ………」
三日ぶりの彼女が可愛すぎて辛い。この子こんな幸せそうな顔できるのか……。いや初めてじゃないしそういう好意を向けられるのは嬉しいんだけど、もうちょっと場所を考えてもらえると……。
すごいやりにくい雰囲気じゃん、色々と。
ほら、燐子とあこ見て。信じられないような目でこっち見てる……いや見てねえな。なんで燐子が恥ずかしがってるんだ。
「はーい終了〜。イチャつくのは二人きりの時にしてね〜、友希那」
「……別にイチャついてないわ」
「いやそんな顔赤くしといてそれは無理があるでしょ……」
そんな雰囲気を察してくれたのか友希那に絡みに行くリサ。助かる。後で友希那の寝顔写真を送ってあげよう。
そうしてリサと友希那が二人で話し始めたのを微笑ましく見ていると、
「音無さん、話があるのですが」
「紗夜から?珍しいな、ギターのパートがどこか変とか?」
「いえ、素晴らしい曲です。いつも通り。そこではなくて……」
「?」
「ライブ当日は、湊さんを見ていてはいけません」
「……そりゃまたどうして」
「湊さんが音無さんしか見なくなります」
「……マジで?」
「マジです」
何故か恋人の愛の重さに頬を染める羽目となり。
「友希那さん、ここ最近声に張りが足りなかったですけど、今日の夕方は調子良かったですね!」
「お、おお…………」
「べ、別に変わってないと思うけど」
純真無垢なドラマーに地雷を踏み抜かれ、二人して恥ずかしくなったりしたのだが。
「……………」
「……………」
そんなことお構いなしと言わんばかりに、練習中だろうと視線を合わせて照れたようにはにかむ彼女に胸を撃ち抜かれながら、俺もそれに応えて微笑みを返すのだった。
ご拝読ありがとうございました。
筆者の予想よりはるかに伸びてて驚くばかりです。
好評につきこれからもゆっくりと書いていこうと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。
では、また。
重ねてありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
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