夕陽の底、さらに下   作:佐伯美鈴

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私の進路選択

 学校から帰ると町が燃えていた。

 私が家族と住む海沿いの町は、この国で深海棲艦に襲われた6番目の町になった。深海棲艦という謎の敵の出現と世界の混乱、そして沿岸への相次ぐ攻撃を報道で知っていたにも関わらず、自分の身に「それ」がふりかかることを私は全く考えていなかった。

 帰宅するために乗っていたローカル線は運転を中止し、私は他の乗客ととともに、町の数キロ手前にある、田んぼの真ん中の駅で降ろされた。そこはまず安全地帯と言えたが、炎上する町の熱気はかすかに感じられたし、舞い上がった燃え滓が周囲にひらひらと間断なく舞い落ちていた。セーラー服の襟に落ちたひとつを何気なくつまんでみると、それは近所のクリーニング店の伝票の燃え差しだった。

 私はそこで他の乗客と共に、沈みゆく夕陽を背景に炎上する自分の町をただぼんやりと眺めていた。

 いくつかの見慣れた建物が黒い影絵のように浮き上がって燃えているのがはっきり見え、炎がカーテンのように町一帯を左右に覆い、上空の夜の帳は炎と夕陽の赤さを一層際立たせた。

 正直に言おう、それはとても美しかったのだ。

 生まれ育った町が燃える様も、護衛艦や艦娘の反撃の銃砲撃が夜空を切り裂くのも、深海棲艦の砲火が沿岸の陸軍部隊を一掃する様も。その下で起きている悲劇を認識しながら私はただそれに見とれていた。

 人でなしと非難されるかもしれない。確かに私は人でなしだったし、今でもまだそうかもしれない。だが、その時の私にそれ以外何ができただろう。

 ふと誰かに腕をつかまれた。中学の同級生が私の二の腕に縋り付いて泣いていた。彼女と私は進学先が違ったから、顔を合わせたのはほぼ2年半ぶりだ。「どうしよう」と彼女は言った。「どうしよう、しーちゃん、町が燃えてるよ、やだよ、どうしよう」

 どうしよう? 確かにどうしよう。何かした方がいいのかもしれない。でも何を?

 

 翌朝、町に入った。まだ地面が焼けていて危ないからと陸軍の兵隊が靴をくれて、その靴で燃え尽きた町を歩いた。町並みが消えて見晴らしがよくなったため、今まで見えなかった山が遠くに見えた。

 瓦礫を避けながら歩いていくと、近所で評判のよかったパン屋の前で装甲車が撃破されていて、車内で絡み合った乗員の遺体を数人がかりでひっぱり出し、道路脇に並べているのを見た。遺体が履く同じ模様の靴底が道路脇に延々と並んでいた。目を落とすと自分も同じ靴を履いていたのに気がついた。

 少し先まで歩くと、まだ燃えている家屋の前で消防隊員がぼんやりと立っていた。何となく目が合うと、「水が出ないんです。どうしようもない」と言い訳をするように言った。私は無言でうなずいた。

 自宅のあった場所に着くと、そこには大きなクレーターがあるだけだった。多くを語る必要は無いだろう。とにかく、私はその日から一人で生きていかねばならなくなったのだ。

 その日、私は日が傾くまでクレーターの傍に座り込んで呆然としていた。いつのまにか手のひらにキャラメルの包みが1個握られていた。その後の3日間で喉を通った食べ物はそれだけだった。

 

 私を引き取った叔父夫婦や高校の担任は、将来大学へ進みたいという希望には賛成したが、それに先立って海軍幹部候補生試験を受けたいという考えについてはそろって表情を曇らせた。

 叔父は「学費のことなら何とかなるんだぞ」と言って引き留めたし、担任は「あれは天災のようなものだ。ご家族の敵討ちなどと考えているならよせよせ。もっと君のやりたいことを素直に考えなさい」と言って目に涙さえ浮かべたが、実のところ私は自分のやりたいことを素直に言っただけだった。

 私は一人で生きていかねばならないから、そのように決めたから、そのためにやるべきことをやりたかっただけなのだ。何かを恨んでいる、憎んでいる余裕は無かった。

「大学には行きたいんです。そして同時に自立したいんです。よく考えた結果です」

 大人たちは黙った。担任の表情は「お前は子供だ。何も分かってない」と言っていた。確かにそうだったかもしれない。

 

 当時海軍は深海棲艦への対処のために組織の大拡充をはかっていて、特に下級幹部の不足は危機的状況にあり、士官候補の一種と下士官候補の二種の幹部候補生試験は志願したほぼ全員が合格していた時期だった、

 幹部候補生一種に合格すれば、4か月の基礎訓練と10か月の実地訓練の後に海軍予備役少尉に任官する。その後2年を部隊で務めあげて除隊すれば、各大学への推薦入学の恩恵とともに学費の全てが国から給付される。恩給が少ないのが玉に瑕だが、海軍にいる間の給与だけでもある程度の蓄えにはなるはずだ。

 身の危険を考えなかったわけではないが、志願前の説明会で広報の老大尉は「まああんたら女性士官が行く場所は赤道直下ナントカ諸島の激戦地とはならんじゃろうね。どこか内地の鎮守府で電卓でも叩いとるうちに戦争も終わるじゃろ」と言ったものだ。大尉は嘘をついたわけではなく、当時軍は本当にそのつもりだったのだ。

 ところが入隊して最初の3か月検閲が終わるころから状況が変わりだした。訓練期間が2か月短縮され、教官や助教の口調が明らかに変わってきたのだ。つまりは我々の教育修了を待つ余裕もなく下級幹部が死に過ぎたのと、我々の「使い道」が定まってきたということだ。

「艦娘隊がずいぶん拡充されとるからね、君たちの働き場所もそれに応じて増えておるということさ。艦娘というのはようするに若い女性の集まりだからね、男性士官が直接指揮するのはどうにも不都合があるわけだ。わかるだろう? あー、つまり「軍紀風紀の破壊紊乱行為」を未然に防がなきゃいかんわけだ」

「まあそういう軍紀関係の不都合ばかりでなく、実際の部隊運用上も女性士官が艦娘の傍にいた方がいい、ってことになったんですよ。例えとして適当かは分かりませんが、「女子マネ」が必要になったということですね。だから配属先も艦娘の傍になるでしょう。まあそれでも虎の子の大事な艦娘隊ですから、あなたたちがそうそう危険地帯に行くと決まったわけでもないですし、気に病むだけ損ですよ」

 今にして思うと最も正確なことを言い、心配もしてくれていたのは助教の兵曹長だった。

「おいお前たち、任官すりゃどこか内地の事務室でお茶でも飲みながら書類仕事でもやって太平楽を決め込んで満期待ちの魂胆じゃろうが、それこそ太えまちがいじゃ。そんなことにはなりゃせんぞ、なるわけないじゃろう、なるもんか。「花形の海軍士官の婿探し」てろ、「満期の後のキャンパスライフ」てろの夢は勝手に見放題じゃが、お前たちの行先はそんなとこじゃありゃせんぞ。これから先が本当の本気の殺し合いじゃ、戦争じゃ」

 

 20歳の3月に私は海軍一種幹部候補生第6期生158名(うち女性36名)の一人として海軍予備少尉に任官した。

 赴任先はフィリピン諸島ルソン島西部パヤグラヴェの第20特別根拠地隊防備戦隊所属艦娘隊本部付き。

 

「女性の方が来てくださって安心しました。よろしくお願いします」

「あらあら、よろしくね?」

「どうぞ、よろしくお願いいたします!」

「よろしくねー! 名前どう読むの? えー、呼びにくい、呼びにくいなあ。しーちゃんって呼んでいい?」

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