夕陽の底、さらに下   作:佐伯美鈴

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パヤグラヴェの第20特別根拠地隊艦娘隊で軍務に励む「しーちゃん」こと「珍しい苗字の女性」
艦娘隊の駆逐艦娘とも関係を築き、戦地での振る舞いも覚えた少尉は続々と「戦果」を積み重ねる
そんな彼女に降りかかるある「重要任務」とその結末とは


素晴らしい日々

 輸送船宗谷丸が目的地であるパヤグラヴェに入港する直前、駆逐艦娘4隻が前路警戒のために接近してきたときにはすでに海に夕闇が迫りつつあった。彼女らは宗谷丸と反航すると後方で2隻ずつに別れて反転し、宗谷丸の左右で並走しながら警戒の位置に着いた。宗谷丸は之字運動をやめ、艦娘の直衛に力を得たように直進し始めた。それは日没に追い立てられて家路を急ぐ子供を連想させた。

 私が船橋の左舷のウィングから駆逐艦娘に挙手注目の敬礼をすると、シナモン色のロングヘアを潮風になびかせた艦娘が笑顔で手を振り、それをふたつおさげの艦娘が窘めてから、二人はそろって私に答礼した。溌溂とした、それでいて幼い、それでいて人を引き付ける不思議な瞳が私を捉えたその瞬間、右舷側からの弾けるような呼び声が耳を捉えた。

「パヤグラーヴェへよーこそー!」

「だめ!だめですって大声出しちゃ!」

「おーい!聞こえてないのー!ねー!」

「怒られますよ!ほら!まずいですって!」

 これが彼女らとの最初の出会いだった。

 荒潮、白雪、時津風、浦波。

 今も忘れることはできない、忘れてはならない、パヤグラヴェで共に過ごした「戦友」たちだ。

 

 私が配属されたパヤグラヴェはフィリピン諸島ルソン島の西岸とも北岸とも言える微妙な位置にあり、交通の要衝であるバシー海峡を臨む拠点の一つとして重要な役割があった。

 港湾は、左側を欠いた視力検査表のような形をして西側の南シナ海に小さな口を開き、湾の直径は約4キロ。その1キロほどの切り欠き部分は幅100メートルの安全水路を除いて防潜網と機雷堰で封鎖防御されていた。湾に沿って第20特別根拠地隊(20特根)の司令部を始めとする各施設が点在し、私が勤務する防備戦隊艦娘隊の本部は湾内の一番奥まった場所にある小学校の校舎を再利用していた。

 と言っても海を圧する戦艦空母の大機動艦隊の登場とはならない。20特根固有の艦娘はわずか駆逐艦4隻に過ぎなかった。そもそも特別根拠地隊の任務はパヤグラヴェ根拠地の管理運営であって、威風堂々たる主力艦隊がパヤグラヴェに入港したとしても、彼らは補給と整備を受けて早々に出撃していってしまう。「我々の仕事は要するにガソリンスタンドじゃの」が直属上官の少佐の口癖であった。

 20特根防備戦隊の艦娘隊には荒潮、白雪、時津風、浦波が配属されており、湾口の警戒と哨戒、それに出入港する艦隊や船団の前路警戒を任務としていた。防潜網と機雷で防御されている湾内は安全水域であり、湾外に出なければ基本的に危険はない。と言うより、湾口の外側でのイ級との小競り合いを除いては戦闘自体も珍しかったのだ。

 ともあれ、フィリピン西岸の元小学校校舎の一室で、私の執務、つまり艦娘隊の「女子マネ業務」は始まったのである。

 

 

 

 

―半年後

 

「隊長…またですか…」私がため息をつくと艦娘隊長の少佐は険しい表情に口だけ笑ってうなずいた。

 普段は温和な隊長も悪態をついた。「正式な命令はまだじゃが、間違いなさそうじゃな。これまでの戦備はまたパーじゃの。方面艦隊司令部の馬鹿どもがまたやらかして馬鹿の累乗じゃ」

 私は次の言葉を予期して身構えた。来るな言うなと念じたが空しい祈りだった。

「少尉に中心になって動いてもらうことになるな、また苦労をかけるがよろしく頼む」

 ほらやっぱり。

 でも着任当初の一件以来どうにも私はこの少佐の言うことを断りづらいのだ。

 

 この少佐は温容滋顔の、軍隊よりは郵便局の窓口にでもいるほうがお似合いの見た目だったが、軍隊の中のことは一通り心得たベテランだった。私が着任時に挨拶したときの第一声は「そうか、まあ2年じゃからがんばってみるか」だった。

「どうせお前は2年しかいないのだろう」というニュアンスを感じてムッとしたが、これは新任の幹候少尉に対する対応としてはかなりマイルドなものであった(防備戦隊司令の中佐の第一声は「貴官は現役か予備役か」だった。「予備役です」と答えると一瞬で私への興味を失ったのが分かった)。

 

 私に課せられた最初の任務は「ハンコ取り」であった。艦娘は体力の消耗の激しい任務にあたるため、体力・気力の保持増進を目的として、定量の食事に加え「加給食」を一品加えることが内務書に規定されており、その支給については毎月申請書を出して更新することになっていた。翌4月分の申請書を作成し、関係する部署にハンコをもらうのが私の初任務になったのだ。

「いいですか、気を付けてください。防備戦隊の編制は3月までは仮編制で、艦娘隊が臨時第1中隊、陸警第1中隊が臨時第2中隊、陸警第2中隊が臨時第3中隊、高射第1中隊が臨時第5中隊で、通信隊が臨時第6中隊、陸警第3中隊は欠番のため臨時第4中隊も番号が飛ばされています。3月と4月で書式と呼び方が違っていますから気を付けてください。何なら私が最後に書類をチェックしますから」

 白雪ちゃんの忠告はありがたかったし自分では気を付けたつもりだった。しかし甘かった。海軍は厳しかった。

 防備戦隊本部から貨物部、経理部と回ったところまではよかったが、次の副官部で「先に経理にハンコをもらってるのならこっちで押す必要は無い」と追い返され、庶務部では「副官部のハンコが無い書類にハンコは押せない」とこっちも取り付く島もない。

 数時間して、ハンコ取りに出たまま帰ってこない新品少尉を捜索しに荒潮ちゃんがやってきた。

「もう一度行ってみましょ?今度はきっとうまく行くから」

 半信半疑で行ってみるとあっさりうまくいった。ハンコのそろった申請書を穴のあくほど見つめた。「一体なんなのこれ?なんで?」

 荒潮ちゃんはにこにこして私の後ろ髪を触りながらついてきた。機嫌がいいと髪を触りたがるのだ。

 

 その時何が起こっていたのかは後になって分かった。20特根の参謀長は艦娘隊創設に関わった人物の一人で艦娘隊に対して全般的に甘く、しかも少佐と同郷だった。つまり少佐がコネで手を回したのだ(手を回すも何も加給食の申請に部署ごとの順番も何もないのだから、単に意地悪をされただけだったのだけれど)。

「臨時雇いの幹候少尉さんにゃありがたくって涙が出ますわ。ハンコ取りもろくにできんと来ましたね」

「のんびりしとって南国見物の気分でおらっしゃるんでしょうな、カンコー少尉が観光気分たあちょっとでけすぎとりますな」

 面と向かってこう言われるくらいはかわいいものだ。いわゆる「本職」の軍人たちの幹候少尉に対する反応は大まかに分けて2種類だった。インスタント教育の即席士官など何の役にも立たないと思い込んでいるか、「あんた急にこんなところに連れてこられて大変ですね」と同情的かだ。しかしどちらにも共通していたのは、下に見るにせよ同情するにせよ、レギュラーメンバーとは見ていない、良かれ悪しかれ「員数外」として当てにしていないという部分だった。ただ私も私でその扱いを逆利用して、厄介ごとを逃れていたのも確かなのだけれど。

 そんな幹候少尉に助け船を出してくれた少佐はいわゆる「理解ある人」だったのか? それもいまひとつ自信が無い。私はそれ以来少佐には頭が上がらず、世話にはなったが何のかんのと任せられ苦労も多かった。恩を着せるためにわざと小さく失敗させられた感じもする。私がそう疑うのも、最初の任務で兵器部に「行かされなかった」からだ。

 

 兵器部長の中佐は決して本名では呼ばれず、その名字と見た目を合わせた連想から「デメキン」とか「デメ」と呼ばれていた。私のように申請や陳情や報告で司令部に来る各部の連絡将校の下っ端少尉たちの間では「デメにやられたよ」「今日はデメキンいるのか、ついてないな」「デメキンの野郎が」は挨拶のようなものだった。この時ばかりは現役も予備役も本科も幹候も関係ない一体感が生まれる。

 私の直属上官の少佐は多少得体のしれない人間ではあったが、とりあえず真っ当には扱ってくれた。叱られるときでも「貴官らそれでも国軍の幹部将校かっ!反省せぇ!」で手を上げるようなことはなかった。しかしデメキンは違う。少しでも気に入らないことがあれば、怒声、罵声、相手が男なら手が出る足が出る、書類の束が飛んでくる。「書類の書き方に気魄が足らんっ!こんなことで戦争に勝てると思ってるのかこの野郎!」「資材が足りんからできんとは何事だ!そこを何とかするのが将校だろうが!できないなら腹を切れ!」で下手をすると鞘ぐるみの軍刀が横面に飛んでくる。

 あまりに気の毒に思ってか、兵器部に行くと事務室の入り口にいる下士官がこっそりハンドサインを送ってくる。立てたペンを回したら「今は機嫌がいい、行け」、ペンを踏切の遮断機のように振ったら「今はまずい、後で」だ。この下士官も外から見ればデメキンの被害者なのだが、それでも彼らは親切だった。

 しかし、新任少尉を着任早々ここに行かせたらつぶれてしまう。最初の任務の行先に兵器部が入っていなかったことが、私が少佐にわざと恩を着せられたことを疑う理由だ。

 ただ、デメキンへの対処法もすぐに心得た。時津風ちゃんを一緒に連れて行くのだ。時津風ちゃんの前ではさすがにデメキンもおとなしくなって小言をねちねちと言うくらいで解放される。

「兵器部長の対処はできとるようじゃの」と少佐はニヤニヤしながら言った。

 

 その少佐が「方面艦隊司令部の馬鹿ども」と罵ったのは、資材の移動命令についてだった。

 事の発端は軍令部から通達された「戦訓速報」をもとにした、方面艦隊司令部作成の戦備強化命令だ。

「泊地出港時に潜水艦の雷撃を受ける例多数あり、艦船出入港時の対潜制圧、前路掃討に徹底を期すべし」

 わかってます。わかってますよ。しかし駆逐艦娘4隻と機銃と爆雷を積んだ漁船、内火艇でやり繰りしている現状でこれ以上どうしろと?

「ショートランド守備隊は湾口部の防潜網の管理を怠り、為に敵潜の侵入を許し停泊艦船に多大の損害を生じたり」

 それ怠ったんじゃなく手が回らなかったんですよきっと。私が湾内の定時哨戒のシフト組みと段取りとシミュレーションで毎日何時まで働いているか…そもそもうちの港務部は防潜網と機雷堰の現状を把握しているのかどうか…?

「出入港時の敵潜制圧のため、従来の爆雷投射機に加え長射程の前投式対潜兵装、特に対潜迫撃砲による威嚇投射は効果絶大との報告あり」

 わかってますよー。爆雷投射機も94式が主力で、数少ない3式を艦娘隊内で融通し合っている現状でなければぜひ真似したいですね。対潜迫撃砲も噴進砲も写真でなら見たことはありますが、うちにはいつ来るんでしょうね。そもそも出入港のたびに景気よくばらまけるほどの爆雷が補給されるんでしょうか。来たとして倉庫は?保管場所は? いつもこうだ。指示は来る。おっしゃることはごもっとも。命令した方は仕事をした気で満足でしょうが現場はいったいどうすれば…

「上記戦訓活用の際は爆雷消費量の大幅な増加が予想されるため、爆雷は艦娘隊の至近に集積するを理想とするも、安全面を考慮し、艦娘隊の至近における高度分散集積の形を取るべし」

 …は?

 

「爆雷は先々月の通達で施設の近くだと危険だから離れた場所に移動させるって…」

「そうじゃの」

「軍医部や法務部や庶務部や人事部の人や車まで駆り出して倉庫から遠方の大集積所まで数日がかりで移動させて…」

「そうじゃの」

「庶務部にものすごくうらまれて…」

「そうじゃったの」

「庶務部長が怒鳴り込んでくる寸前で浦波ちゃんがお茶持って挨拶に行って何とか収めた…」

「ほうじ茶の効果覿面じゃの」

「もう一回あれをやるんですか?」

「今回は本部周辺に分散して置くわけだから、いくつか倉庫を増やさなきゃいかん。もうちょっと手間がかかる」

「は、は、は」

「少尉に中心になって動いてもらうことになるな、苦労をかけるがよろしく頼む」

「ははは」

「貨物部と兵器部、それから必要に応じて副官部と参謀部と調整してやってくれ。必要なものはワシに言え」

 ほら来た、やっぱり。

 

 

 

 

 

―考えた結果、遠方の大集積所から本部周辺の複数の小集積所に全ての爆雷を移動させるのは現実的にムリです。

 

「どうしたらいいんでしょうね」

 

「海に捨てる?」

 

「時津風ちゃんちょっとお静かに~」

 

―で、貨物部は「移動さえしてくれればあとは知らない」、兵器部は「数さえ合っていればあとは知らない」という態度なので、もう好きにやってしまおうかと。

 

「浦波も傍で聞いていました。兵器部も関わりたくないのか割と投げやりな対応で…、その後少尉とも話したんですが、今から倉庫を作るのはどう考えても無理なので、本部の周辺にある施設をいくつか借り上げて倉庫にするしか無いかと」

 

「移動した後の爆雷庫の警備は誰がやるのですか?」

 

―陸警隊から衛兵を出すかもと隊長が言っていますが、そこはまあ隊長に任せて私たちは輸送任務に集中します。気にしない方向で。

 

「肝心の運ぶ手段はどうなってるのかしら?港務部の大発は貸してくれないだろうし、そもそも到着した輸送船からの荷役作業で手一杯よねぇ」

 

「トラックはだめですか? 何なら地元の運送業者にお願いして…」

 

「浦波ちゃん、普通のトラックの運転手さんに爆雷を運ばせるわけには…」

 

「あ!そうですね!」

 

「じゃあどうするのー?」

 

―結局大発を使うしかないですね。使える大発全部を大集積地に集めて一気に爆雷を積み込み、そのまま目的地別にそれぞれ出発させる。

 

「でも港務部は大発貸してくれないわよねぇ」

 

「じゃあハイジャックしちゃおっか!」

 

「あらあら、いいわね」

 

「でしょー!?しーちゃんどう?」

 

「いや、それはいくらなんでも…」

 

「そうですよ!さすがにまずいです!」

 

―そうですねえ…。

 

 

 

 

 

 結局私が目を付けたのは入港する大型輸送船の固有装備の大発だった。大型輸送船が入港すると、水深の浅い湾の奥まで入れずに、湾の真ん中で大発に貨物を積み換えて陸揚げすることがある。その際は港務部の大発が総出で参加するのはもちろんだが、輸送船がもともと積んでいる固有装備の大発も海に下ろされて荷揚げに協力する。これを乗っ取ろうというのが私の計画だった。

 

「ほんとうにいいんでしょうか…」

「さすがに怒られるのでは…」

「大丈夫大丈夫―!多分ね!あと荒潮も楽しそうだし!」

「うふふ」

―ではやっちゃいましょう!出発!

 

 パヤグラヴェに入港する大型輸送船の前路警戒に当たるために抜錨した彼女たちを、私も本部の内火艇で追った。彼女らに囲まれて湾内に停止した輸送船に内火艇が追い付くころ、遥か湾の奥で港務部の大発が動き出すのが見えた、急がねばならない。

「20特根防備戦隊艦娘隊本部、神々廻(ししば)海軍少尉、本職ただいまより貴船の大発の指揮を執ります!ただちに大発を泛水して発進!」

 船員はぽかんとしているが、何しろ制服の海軍士官が言うのだから疑う理由も無いと思ったのか作業に取り掛かる。浦波ちゃんも白雪ちゃんも吹っ切れたのか「早く」「急いで」と大発の出発を促すが、さすがに大発に乗る船員が不審な顔をし始めた。

「貨物の卸下が終わってないのに大発を出すんですか?」

「軍命令です。急いで!」

 納得のいかない表情ではあったが、荷役要員を乗せた6隻の大発のエンジンが次々と始動し、発進した。

 正直言って痛快だった。途中で笑いがこみ上げてきた。潮風を切って疾走する内火艇の舳先に立ちながら、無理難題を押し付けてくる周囲の不条理全てを出し抜いた気持ちになった。荒潮ちゃんも笑っていたし、時津風ちゃんはむせるほど笑っていた。白雪ちゃんまで笑っていて、それを見て少し安心したのか浦波ちゃんも手を叩いて笑った。パヤグラヴェに来てから、こんなにも皆でひとつのことで笑ったのは初めてだった。

 ああ、そうか、私はいま初めて艦娘とともに海を疾走っているのだ。

 

 輸送任務は無事に終わった。さすがに後で問題になったが、そこの対応は隊長に任せた。少しは現場の苦労を分かち合ってくれるだろう。荷役作業が遅れた港務部は怒り狂っているはずだが、いざとなれば参謀長が何とかしてくれるはずだ。

 輸送任務のために正規の手順で支給されていた燃料は、輸送船の大発を乗っ取ったために結果として二重取りになっていたが、バレた時はバレた時だと腹をくくった。いずれにせよ燃料も弾薬も爆雷も食料もまともな補給は来ないのだ。戦友の彼女たちと自分を守るための生存競争だ。ためらいは宗谷丸の甲板で捨てたのだ。

 燃料に余裕が出て定時の哨戒も多少寄り道する余裕ができたので、威嚇の爆雷投射の衝撃で浮き上がった魚を拾って帰ってもらい、食卓を豪華にすることもできた。これくらいは役得として当然だと思っていたし、何か文句を付けられても「内務書に従った加給食の追加」として突っぱねればいい。

 私はすっかり本部から足が遠のき、艦娘隊の宿舎ですごす時間が増え、なんのかんのと理由をつけて本部での士官の会食を避け続けた。士官食堂で最下級の扱いを受けるよりは、艦娘隊の4人と囲むささやかでも温かな夕食を選ぶのは仕方のないことだと思っていた。

 

 

 

 

 

 それから約2週間後、その日は朝からよく晴れていた。出撃ドックから見上げる雲一つない空と穏やかな青い海の境目は限りなく曖昧で、ぼうっと見とれるような青さだった。

「じゃあ、いってきますね」

 白雪ちゃんの声にはっと我に返った。

「あらぁ、ぼうっとしちゃって、大丈夫?」

「あ、大丈夫です、すみません。では第2直の湾内哨戒よろしくお願いします。いつもどおり湾外に出ない、防潜網と機雷堰の内側から絶対に出ないこと。敵を見たら距離を取って報告。いいですね?」

 浦波ちゃんと時津風ちゃんは少し手を丸めて猫の手のようなおかしな敬礼をして笑った。そのころ私たちの間で流行っていたのだ。

 いつものように4人が見えなくなるまで見送り、歩いて本部に戻る途中、くぐもった爆発音を数回聞いた。

 音の聞こえ方からあきらかに湾外での爆発音だと分かったが、何か嫌な感じがして出撃ドックに戻るかこのまま本部に向かうか少し考えた。その瞬間さらに大きな爆発音が続けて聞こえた。私はもう駆け出していた。

 あまりに動揺したため、本部に向かって駆け出したのかドックに向かって駆け出したのか覚えていない。

 夢中で走っていると誰かに腕をつかまれてよろけ、軍刀の鞘を足に巻き込んで盛大に転んだ。

 腕をつかんだのは通信隊の兵曹だった。私から数か月遅れでパヤグラヴェに来た女の子で、私が赴任した時に道中広島まで引率した幹部候補生二種の一人だ。

 彼女はまだ野戦ずれしていない瞳で私を見つめると一気に叫んだ。

「湾口監視所より電話です!艦娘隊湾外にて敵襲を受く!荒潮、白雪撃沈!時津風大破!浦波不明!」

 

 頭の中で大音響がして何かが壊れる音がした。世界がぐるぐる回った。なぜ?湾外?敵襲?何が?

「少尉!少尉!」兵曹が叫んでいたが、私は自分の体も頭も天地も何もかもの在処が分からない、存在そのものが宙に浮いたような衝撃の中にいた。

 やっと口をついて出た言葉はおよそ思いつく限り士官として最低の反応だったと思う。

「はあ?」

 そう言った後、私は嘔吐した。




「パヤグラヴェ」は全くの架空の地名(造語)で実在しません。
位置的なイメージはボヘヤドール岬のやや南側あたりです。
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