江戸川コナンと魔術事件   作:ラムセス_

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共闘の契約

 それは神話の光景だった。

 無数の白刃の群れが碧い軌跡を描いて空を翔ける。

 美しい。

 コナンの抱いた感想はそれだけだった。

 現れては敵を穿つ剣はどれも姿かたちが大きく異なる。

 透き通ったパウダーブルーの水晶でできた刀身に、金細工でできた柄をもつバスターソード。獣の牙のごとく荒々しくうねるククリナイフ。繊細な宗教彫刻を施されたレイピア。

 一見装飾品にしか見えないそれらは、迫撃砲に匹敵する傷跡をばら撒いている。

 耳鳴りにも似た金属音を響かせて飛翔する刀剣たちは、臓物を揺らすような大音量をもって着弾と同時にクレーターを作る。

 時間にしてわずか10秒ほど。

 手を伸ばせば届きそうなほどの距離に光を残す流星群は、しかし破滅的なまでの威力を持って異形を破壊した。

 100はいたはずの虹色の人型は跡形もない。

 焦げ付いた泥と荘厳な剣林を残して果てたのだ。

「な……ば、馬鹿な!ありえるはずがない!最下級とは言え神から零れ落ちたものなのだぞ!並みの神秘では掠り傷すら与えられん!それが、そんな馬鹿な。なんだ、なんなんだそれは!」

 遠目から見ても分かるほどに亀山は酷くうろたえていた。

 半ばまで挙げた腕をぶるぶると震わせ、朧な足取りで後ずさる。その視線は剣林と衛宮士郎の間を交互に行き来している。

 亀山の裏返った悲鳴に、衛宮士郎は無言を貫いた。

「……あり得ない。そうか、分かったぞ。幻術、シングルアクションで私の回路を乱したな!魔眼か?それとも会話に術式を織り込んでいたのか?ふ、はは、この私の目を欺いたのには誉めてやろう。だがやはり三流だ。いや、能無しといった方がよいかな。もう少し現実味のある景色を写せば良いものを、こんなバカげた妄想を投射するとは!」

 静まった空間に男の声だけがこだまする。

 男はまくし立てるように語調を早めていき、独り言と狂乱の境に入っていく。

「ああ、やはり愚かしく低能な術者しかいないのだ時計塔には!術式の高度さ回路の多さなど、真に力ある者には無意味でしかない。簡素かつ純粋、最小限の力で最大の効能を。それが風雅というものだ。それを時計塔の蒙昧どもは、そろいもそろって血族血族。術式がいかに高度でも、それを使う頭脳の出来が悪いのでは出し物と同じよ!」

 突如、焼け付いた虹色が鮮やかに輝いた。

 亀山の手前、舞台の中ほどに広がる泥だまりは極彩色を纏って波紋を広げる。

「遅鈍な術式など我が神の前では塵に等しいことを教えてやろう!これを見よ!驚愕に打ち震えよ!我が洗練された祈りと理論により化身は来たる!門の導き手にして守護者、古ぶるしきもの!神の化身と同一視される夢見人の案内人!」

 にゅるり、と爬虫類を思わせる動きで出でたのは干からびた腕だ。

 泥だまりから体をくねらせ、粘ついた挙動で這い出てくる。

 それは全身が無色の織物で覆われていた。麻のようなざらついた生地はしわくちゃで、端がボロボロとほつれている。

 フードのように顔まで覆われ、シルエットが人型ということ以外分かることは少ない。

 ただ長く伸びたミイラじみた手が手招きするようにこちらに伸ばされていた。

 コナンはその姿を見るに、全身が総毛だったような気がした。

 背筋に氷が差し込まれ、心臓が煩いほどに臓腑を揺らす。

 脳が口の裏から丁寧に掻き回され、ねっとりとした虹色を垂らされる。

 そうしてぐずぐずに溶けた中身を啜られるのだ。

 あまりにも醜悪で信じがたい、腐乱した死骸よりなおおぞましいソレに、コナンは一瞬すべての思考を放棄しかけた。

「……あ、」

 それを引き戻したのは、安室の震える手だった。

「だめだ、見ちゃだめだ。気を強く持って。理解しようとしちゃいけない」

 安室はコナンを抱きかかえたまま、か細い声で囁きかけた。

 その瞳はコナンをとらえてはおらず、言葉もコナンを引き戻そうとしているというより己に向けて放ったもののように思う。

 顔色は真っ青で、震えるさまはとても正常には見えない。

 しかし、それでも安室の言葉でコナンは現実にひき戻された。

「安室さん、無理をしないで」

「ああ、見ちゃだめだコナン君。分かる、分かるんだ。扉の前で待っている。そういうものなんだ、あれは!」

「安室さん、落ち着いて。大丈夫だから」

 パキリと硬いものが割れる小さな音がして、コナンは安室の手を握ったまま音の出所を探った。

 安室の上着のポケットの中。

 手を伸ばして安室のポケットをまさぐり、コナンは顔を険しくした。

 大きくひび割れた宝石が出てきたのだ。無数の罅の入ったビックジュエルは輝きを失い、心なしかその真紅も色褪せて見えた。

「これは……セヴァリーさんが言うには精神防御の式、だったっけな。字面だけで考えるなら、奴らに操られたりおかしくされたりするのを防ぐ効果があるってことか」

 安室はコナンが苦しく感じるほどに力いっぱいコナンを抱きしめている。

 そして小さく何ごとかをつぶやき続け、肩を細く震えさせている。

「アレが表れたとたん宝石が割れた。……考えられるとするならオーバーフロー、か。このままじゃ安室さんが持たない」

 コナンはズボンのポケットから自分の分の宝石を素早く取り出すと、安室の手に握りこませた。

 宝石を握る安室の手を包むようにして自分も宝石に触れるようにする。

「あ……、コナン、君?」

 効果は半信半疑だったコナンにも信じられないほど顕著に現れた。

 目に光を取り戻した安室がコナンを視界にとらえる。

「大丈夫?安室さん」

「……なんとか」

「驚愕したか?絶望したか?そう、コレこそが神話に謳われるもの、タウィル・アト=ウルムである!」

 亀山が狂気に満ち満ちた歪んだ相貌を向ける。

 はっとコナンは衛宮士郎に目を向けた。なるべく彼のおぞましいものを視界に写さないよう注意しながら、コナンは焦りに目を見開く。

 あんなもの、人間が直視すれば正気でいられるはずがない。

 衛宮士郎だけがこの場でコナンたちの命をつなぐことができるのだ。その彼が正気を失ってしまえば本当におしまいだ。

 男が高らかに神名を謳い上げると同時に、その冒涜的な人型は動き出した。

 滑るように床を這いずり、衛宮士郎にかさついた手を伸ばす。

「同調、開始」

 衛宮士郎はいつから持っていたのか、片手に宝石を二つ掴んでいた。

 頭上に宝石を軽く投げると、一歩だけ後退した。

 宝石の真下、タウィルなる人型は彼のもとまであと数センチまで手を伸ばした。

「工程完了、重圧(Gewicht)

 遠雷のような音をコナンは聞いた。

 紫と黒の入り混じる閃光がコナンの目を焼く。

 放たれた宝石は空間にひび割れのような裂け目を作り、ここにいても耳の奥が押さえつけられる感覚がするほど強烈な重圧を人型に叩きつけた。

「####ギギ#――!」

「――投影、開始」

 瞬きのうちに衛宮士郎が人型の後ろにまわる。

 コマを飛ばかのような入りと抜きの無い踏み込みは、コナンの眼には瞬間移動じみて映った。

 鋭い眼光。低い体勢で左手を振り上げている。

 次の瞬間、重圧に絡めとられて動けない人型に左腕を横一線にふるった。

 一瞬だけそれは紫の光を反射し、かろうじて軌道を空間に示す。

「ギ#――――#」

 瞬時に距離をとった彼の両手には、白黒一対の短剣が握られていた。

 鉈のような形状、鍔のない両刃。

 刀身に描かれているのは陰陽太極図だ。中国、あるいは道教に由来する品物だろうか。

「…………サスペンスに始まって、ホラーにファンタジー。最後にはヒーローもののアクション映画。この3時間だけで一生分の衝撃体験をした気分だよ、まったく」

「僕も正直自分の頭を疑ってる。あの布お化けみたいなのがヤバいことは十分わかるけど……衛宮さんの動き、実際に再現したらGのかかりすぎで内臓が潰れちゃうと思う」

「再現も何も、ここが実際の現場だよ。コナン君」

「ここが現実っていうことがこの事件で一番引っかかる点だよね」

「まったくもって同意見だ」

 少しだけ余裕を取り戻した安室は、冗談めいて肩をすくめたようだ。

 衛宮士郎の戦闘慣れした動き、超常の現象を見る限り、彼に心配はいらないらしい。

 宝石の所有者なだけはあって、あの化け物が現れたときもわずかな動揺すら見当たらなかった。流れるような戦闘移行だ。

 彼は戦う者なのだろう。

 ならば、探偵である自分たちは推理するより他にするべきことは無いはずだ。

 二人は軽口を交えつつも、高速で状況を思考する。

「衛宮さんとセヴァリーさんがつながっているのはまず間違いないね。僕がセヴァリーさんに渡した宝石をあの人が持ってるし」

「アレの敵、という意味でもそうだ。少なくとも、彼らは亀山俊樹のたくらむ何ごとかを止めようとしている」

「今回の一件は戸口ホテルオーナー、亀山俊樹さんの犯行だったということだね。行方不明、焼死体はいずれも神様なる存在を呼び出そうとした亀山さんが超常的な手口で行ったものだ」

「戸口ホテル、とはまた今思えば直球なネーミングだ。門、戸口、ね」

「ホテル自体は昔からあるものだったから繋がらなくても仕方ないと思うよ。まさか犯行のために時間旅行をするなんて思わないもの」

「身元を保証するものが何もない状態で、いったいどうやって旅館営業許可をとったのやら」

「安室さんにやったみたいに人の心に影響を与えるすべもあるみたいだしね。申請を誤魔化すぐらいいくらでもできると思うよ」

 極力声を潜めて思考を共有する。

 衛宮士郎と布をかぶった人型もどきは未だ戦闘中だ。干からびた腕と中華刀がぶつかり合い、ありえざる金属音を断続的に響かせている。

「鍵の取引については、美術品と偽って犠牲者を集めてた可能性も考えられる。鍵の流通経路が異様に分かりづらかったのも、手に入れた人間のほとんどが死んでいるからだと考えれば納得がいく」

「組織が絡んでるのは?」

「……考えたくはないけど、この手の犯行に黒の組織が参入しようとしているのかもしれない」

「それは……最悪中の最悪だ。元から尻尾を出さない連中だけど、いよいよもって犯行を証明する方法がなくなっちゃう」

「法律は魔法使いを相手に作られていないからね。けれど、彼らには彼らの法があるようなのは僥倖だったよ」

「『キョウカイ』とか『天文台カリオン』『時計塔』とかだっけ。あとは……『ヒギサイジキョク』かな。こういう超常的な出来事に対して何らかの取り決めをしてるみたいだし、情報の共有をできないかな」

「それは難しいと思うよ。僕の経験上、こういう裏組織はたいてい閉鎖的で秘密主義だ。もし接触するとするなら構成員である衛宮士郎に直接話を持ち掛けるしかない」

 衛宮士郎が再び剣の雨を降らせた。

 肌を痺れさせる力のこもった爆風を、鍾乳石の影に隠れていなす。

 人型はリネンのあちこちを切り裂かれ、満身創痍のように見える。

「『天文台カリオン』……。カリオンといったらフランス語で鐘楼群のことだ」

「鐘楼群の設置されている天文台をアジトにしている、というのはどうだい?」

「鐘楼群自体少ないし、その線で探してみるのもいいと思う。『キョウカイ』のことを宗教施設の教会のことだとするなら、時計塔、カリオン、教会と並べてヨーロッパキリスト教圏で絞れるんじゃないかな」

「キリスト教関係か。なら、『ヒギサイジキョク』は秘密の儀式で秘儀、祭事はミサを指すと考えられるね」

「セヴァリーさんがイギリス人だということを信じるなら、時計塔はビッグ・ベン、神秘学結社は黄金の夜明け団が当てはまるよ」

「黄金の夜明け団?それってたしか19世紀イギリスの秘密結社だったような。本当に君は思いもよらない知識があるね」

「あー、えっと、僕、そのころのイギリスに興味があって……」

「……ああ、ホームズか。そうだね、考えてみればシャーロック・ホームズの舞台もそのころだ。探偵の始まりと近代魔術の始まりが同時代の同じ場所なんて、皮肉もここまでくれば運命的だ……っと、コナン君もう少しこっちへ」

 剣戟がおさまる。

 衛宮士郎は円形の舞台の上で傷一つなく、平時と変わらない様子のまま立っていた。

 対する麻布に覆われた人型はボロボロで、布地が見えなくなるほど虹色の泥を付着させて刀傷まみれ。左腕にいたっては肩から切り落とされてしまっていた。

 泥まみれの床に倒れ伏し、ピクリとも動かない。

 決着が着いたようだった。

「そいつが本当にタウィル・アト=ウルムだって言うなら、こんなに簡単に斃れるわけがない。時計塔の資料によれば、それは時間の大神ヨグ・ソトースの具現のはずだ。神霊の化身にしては弱すぎる。あんた、何を呼んだんだ?」

「先ほどの宝石魔術、貴様とは違う魔力波長を示していた!誰の差し金だ!宝石科のロードの物か!その双剣も時計塔が保管していた物だろう!神秘の格が三流魔術師には過ぎている。伝承科(ブリシサン)の骨董品でも持ち出したか?そうでなくば我が御使いが破れるはずがない!」

「…………」

「おのれ、おのれおのれおのれ!時計塔の盆暗貴族どもめ、そこまでして神の降臨を妨げたいか!私の偉業を邪魔立てするか!神は貴様らの行いを見ている!必ずその報いを受けるだろう!呪いあれ災いあれ!」

 衛宮士郎は嘆息したようだった。

 亀山の様子は尋常ではなく、そもそも言葉を交わすつもりもないようだ。ただ自分に向けた自分の言葉を声高に叫んでいる。

「工程完了。全投影、待機」

 三十前後の剣群が軋むような音を立てて出現する。

 それらは引きよせられるかのように回転し、一斉に亀山に切っ先をそろえた。

「っ、ぐ……ひ」

「もう一度だけ聞こう。あんたは、その計画を捨てる気はないのか」

「ひ、ひひひ」

 美しくも恐ろしい白刃の群れを前にして、やはり亀山は狂気に嗤ったままだ。

「否否イナ!神の降臨は目前だ。これは運命である。宿業である。神の御許に行くことは人に課された使命である!ひひひひひ、ひ、御身の定めに万物は従えり!御身の次元に我らはあり!な、えす、さ、だ、だ、ぞた、ぞた、せ――ギャアァ!」

「敵の刃を前に質問に答えないばかりか堂々と2節以上詠唱するなんて、度胸あるんだな」

 亀山の肩口に白い中華刀が容赦なく突き立てられた。

 衛宮士郎の声の調子は変わらない。

 相手に対して素直に、率直に、しかしどこか空洞のあいたような堅さを持っている。

 コナンは身をこわばらせて、安室はいたって冷静に二人の会話を見守る。

「あんたの境遇はたしかに憐れまれるべきだと思う。誰がどう見たって悲劇だし、理不尽だ。そこを邪神に絡めとられたのも、仕方ないといえば仕方ない。……けど、あんたが自分自身で戻ってこられないなら、これ以上の犠牲者を出す前に」

「あんたを殺そう」

 衛宮士郎の声の調子は変わらない。

 正義の味方になりたいと思ってる。そうコナンに語ったときと同じ、静かで穏やかな声だ。

 若く落ち着いた深みのある声色に殺意はない。

 道を歩く老人の荷物を持つように、身重の女性に席を譲るように、自然な思いやりがそこにある。

 しかし燦然たる返り血にまだらに染まりながら凶器を持つ今は、そんな優しさに満ちた声は狂気でしかないのだ。

 コナンは己の見立てが決定的に間違っていたことを思い知った。

 衛宮士郎は善良な人間?衛宮士郎は信用の置ける人格者?

 そもそも前提が決定的に間違っている。

 アヌビス神の天秤が人の姿をとったとして、それは人間とは言えないのだから。

「ギ、ギァ、ヒ、ヒヒ」

 アメミットの牙が柔らかな首筋にそっとあてられているかのような状況の中、亀山は嗤っていた。

 肩を切り裂かれた激痛に震え、床に無様に転がったまま、彼は粘ついた表情でニタニタと嗤う。

 亀山の視線の先には斬り伏せられた人型がある。

「ヒヒ、ヒヒひひひ!」

 亀山が哄笑を上げた。

 痛みに引き攣れて裏返った声が鼓膜を細かく振動させる。

 衛宮士郎の後ろで、人型がマリオネットに釣られたような不自然な動きで立ち上がった。

「もう遅い!生贄はそろった!あとはもう降りてくるだけだ!」

 亀山は大きく自分の舌を歯で咥えた。

「ひゅひゅひ、ひゅいぃぃ、えっえっ」

 コナンは次に起こることを正確に把握した。

 安室と握りあっていた宝石から手を放し、できるだけ音を出さずに素早くキック力増強シューズのダイヤルを回す。

 安室はそれを見てすぐさま一歩だけ横にずれ、シューズの放つわずかな光が広間に見えないような位置に立った。

 罅の入ったルビーを左手に構える。

 人型が衛宮士郎の真後ろで手を振り上げた。

 亀山が黄ばんだ白目をむく。

「えっえっえひひひひひひひひひっチギィッ、ア゛!!!!」

「なっ!!!」

 それらはほぼ同時だった。

 亀山が自分舌を嚙みちぎり、口から脈打つ鮮血を勢いよく噴き出した。

 それに衛宮士郎は一瞬だけ目を見開き動きが止まる。

 人型はしわくちゃで長く伸びた茶色い爪を衛宮士郎に振り下ろし、コナンの正確無比なキックはビッグジュエルを的確に捉えた。

 罅だらけの最高級ルビーが猩々緋の軌跡を残し、過たず人型の残った右腕を弾き飛ばした。

 キィン、という超音波にも似た可聴域ギリギリの高音を放って砕け散る。

 人型は一瞬だけ硬直した。

 衛宮士郎がわずかに上体を左にずらし、頬を切り裂かれながら短刀を振りぬいた。

 静寂。

 どしゃり、と人型が崩れ落ちる。

 そのまま布の中身がぐずぐずに崩れ、残ったのは色褪せた泥とずたずたになった布だけだった。

 衛宮士郎が武器を持つ手をゆっくりとおろす。息をついたようだった。

「まに、あった……」

 コナンは大きくため息をついた。

 亀山の行動は自殺を利用した奇襲だった。

 あの男は元から自分の命など惜しくはなかったようだ。神様とやらが呼べればそれでよかったのだろう。

 自分が死んでも儀式を阻止する人間さえ居なくなればそれでよかったのかもしれない。

 もし衛宮士郎が死んでこの場に人型の化け物とコナンたちだけになってしまったら、その時点でバッドエンド確定だ。

 コナンたちに生き残るすべはないし、最悪神様とやらが降りてくる羽目になった。

「まさか誰かいるなんて思ってなかったけど、あんたらのおかげで助かった。ありがとう」

「衛宮さん」

 衛宮士郎はコナンたちに気づき、こちらにゆっくりと歩み寄った。

 手の中の双剣を光子に変えて宙に散らしながら視線を合わせる。

「けど、なんの準備もせずに工房に入ってくるなんて自殺行為だ。いくら俺が侵入して破壊した後だといっても、一般人じゃ通常空間に出ることすらできないぞ」

 コナン達を身を心配するが故の苦言であるようだった。

衛宮士郎は困ったように眉を下げている。

 コナンたちも「自分たちの身の安全だけを心配する」というセヴァリーの忠告を無視しているため、少々気まずい。

 安室はコナンに宝石を返すと申し訳なさそうにお辞儀をした。

「ご迷惑をおかけしてしまいました。この宝石にも助けられましたし、僕では賄いきれないほどです」

「ご、ごめんなさい衛宮さん……」

「まあ、事件のときのことを見る限り、あんたらは俺なんかよりずっと頭がまわる。何かこんなところに突入しなきゃならないようなことがあったんだろ」

「そうだ、衛宮さん、僕たちがここに来たのは蘭が、ホテルの人たちが……」

「ホテル?あっちはセイバーに――――っ、な」

 突如士郎が耳を押さえてうずくまった。

「衛宮さん!?大丈夫ですか!」

「く、う……音量が、魔力を音の、形で放出しているのか……?」

「音?僕たちには何も聞こえない……安室さんは?」

「耳鳴りのような音が少し。後遺症のようなものだと思ってたんだけど……」

 士郎は耳を押さえたまま辺りを見渡した。

 天井に埋め込まれた巨大な両開きの扉の前。部屋の中央頭上に士郎は鋭い目を向ける。

「とれーs、ォン」

 彼は自分の声が自身で聞ききとれないほどの大音量にさらされているようだ。

 その英語と思われる何らかの合図は大きさ発音が不安定になっている。

 コナンたちも何もできずに士郎の見つめる方向を向くが、異常があるようには見えなかった。

 正確には、用途不明の天井の扉や何故あるのかわからない舞台など、この広間には異常しかなかったためにどこに着目すれば良いのか迷っていた。

破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)

 士郎の手の中に現れたのは歪な短剣だ。

 先ほどの中華刀と同じように青い燐光が集まるように出現したそれば、紫のグラデーションを帯びたバネのような刀身をもっている。

 鍔には黄金のリングが六つはめられており、ぶつかり合って小さく金属音をもたらしている。

 剣を出した、という事実に二人は身構えた。

 つまりは何らかの異常や危険がここに迫っているということが考えられるからだ。

 士郎は投げナイフの要領で中空を狙って短剣を放つ。

 コナンが訝しんだのは一瞬だった。

 雷撃が弾けたような音とともに、巨大な鉄製の檻が空間から揺らぎ出てきたのだ。

「蘭、それにおっちゃん!」

「蘭さん!あれはホテルにいた宿泊客……!」

 檻は部屋の四方から伸びた鎖によって扉の前で釣られていた。

 黒く無骨で、長く手入れされてないのか錆びだらけだ。

 南京錠で閉じられた中には毛利蘭や小五郎、ロビーからいなくなっていた宿泊客が折り重なるように入っている。

「な……ホテルはセイバーが守っていたはずだ、いったいどうして、……ん?」

 士郎がズボンのポケットから宝石を一つ取り出した。

 それは警報機のように一定間隔で明滅しながら震えている。

「セイバー、何かあったのか」

「やっとつながった!妨害系の術式を解除できたのですね。シロウ、緊急事態です!」

 安室は興味がありそうな顔でそれを見ている。

 どうやらあの宝石は通信の機能があるようだ。

 手を再生するほどの回復や精神の安定、と常識では考えられないような効果を見てきただけに、コナンにはあまりぱっとする物には見えなかった。

 ただ、安室は潜入捜査官なので一見それと見えない通信機というのは興味をそそられるものかも知れない。

「炉心を破壊するうちに通常空間の3層下を発見しました」

「2層だけじゃなかったのか!」

「ええ、1層目が複数の炉心と被害者の転送、2層目がシロウのいる工房となっていますが、3層目にはとんでもないものがいました」

「とんでもないもの?」

「神霊そのものです。サイズは縦1km、横5kmほど。通常なら空間が存在規模を支えきれずに崩壊するのですが、自ら異界常識を振り撒いて固定化しています。おそらく通常空間を目指しています。現在は交戦中です」

「事前情報が本物ならそいつは時間を司る最高神格のはずだ。セイバーは大丈夫なのか」

「はい、なんの戯れか権能を使う様子がないので辛うじて。しかし長くは持ちません。先ほども神霊の咆哮が下層に洩れました。そちらに影響はありませんでしたか?」

「さっきの大音量はそれだったのか。ああ、大丈夫。こっちはホテルの一般人と一緒だ」

「一般人?……まさか」

 セヴァリーと思しき声は息をのんだ。

 コナンは一つの推測を脳内で立てる。

 焼死体発見直後、猛吹雪に加えて電話線の切断と携帯電波の不調が確認された。

 そのときは非科学的な考えを排除して推理していたため、電波の不調を基地局への攻撃と推測していた。

 しかし現実は子供の落書きじみた悪夢の具現である。

 このホテルを何らかの超常的な方法で隔離してしまえば電波は届かない。吹雪だって意図的に起こせる可能性がある。

 ホテルに集められた一般人は、初めから生贄として捧げるために隔離されていたのかもしれなかった。

「ああ、やられた。一気に捧げることで加速度的に浸食が進んだんだと思う。こっちは工房でそいつを帰らせるすべを探す。セイバーは持ちこたえてくれ」

「私の剣にかけて」

「……ありがとう」

 衛宮士郎は通信を切り、コナンたちに視線を向ける。

 その顔には逡巡がありありとうかがえた。

 何度か口を開こうとして目線をそらし、士郎は息をつく。

「これは、こっちの落ち度だ。本当ならこんなことあっちゃいけないし、無事も保証できない。でも、どうか応諾してほしい」

 士郎は居住まいを正してコナンたちと向き合った。

 吊られた錆びつく檻を背に、衛宮士郎は探偵と相対する。

 琥珀の瞳が二つの群青をとらえる。

「協会の全体基礎科(ミスティール)所属、衛宮士郎。江戸川コナン、安室透両名に懇請する。現在、異界を通って超規模の神性存在が地球に接近している。もし通常空間に到達されれば未曽有の被害が予想されるだろう。そうなる前に退散法を探さなければならない。両名に求めるのは退散法探索協力と神秘の秘匿。報酬は……その宝石、ランクAの精神防御術式を刻んだルビーの完全な譲渡。これは口頭契約証文式(オーラル・ギアス)である」

 ずいぶんと改まった物言いだった。

 名前と所属、契約の詳細が述べられており、そのうえでギアスという文言が含まれている。

 ギアスといえば小説家クラーク・A・スミスの『七つの呪い』だ。行動を強制する魔術として作中に登場していることを考えるに、オーラル・ギアスとは契約魔法くらいの意味合いだろう。

 コナンは衛宮士郎の誠実さに笑みを浮かべた。

 こんな命のかかった状況で断れるわけがないのだから、報酬なんて与えなくとも強制できるはずだ。

 この契約も、どちらかといえば衛宮士郎がこのあと必ず報酬を支払うと示すためのものだ。

 出会って半日。

 衛宮士郎は善人と言い切るには難しいが、けして悪人ではない。

 コナンは安室と目配せしあって、頷いた。

「もちろん。僕たちでよければ力になるよ」

「探偵は謎を解き明かすのが仕事ですから、多少の力にはなるかもしれません」

「契約成立を確認、施錠。……よろしく、頼む」

 探偵たちと魔術師は、今ここに手を握りあった。

 

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