起きたら金髪碧眼の美少女聖女だったので、似たような奴らと共同生活始めました 作:緑茶わいん
明けた月曜日、俺は柄にもなく朝から緊張していた。
終業式は目前。
夏休み開始までは日が無いため、今日のうちにミッションをこなさなければならない。具体的にはクラスメートにプレゼントを渡し、新しいスマホで連絡先を交換すること。
相手にするのが一人二人じゃないのを考えると、結構難易度高い気がする。
朝食のトースト(今日は洋食だった)を口に運ぶ手も心なしか重い。
「緊張しすぎだよー、アリスちゃん」
「別に告白するわけでもないし、安いプレゼント配るだけでしょ?」
「……そうですけど」
答えて小さく息を吐く。
まあ、シルビア達の言う事も正しい。緊張したところで結果が良くなるわけではないのだから、ここで胃を痛める意味がない。
気を取り直し、ベーコンに目玉焼き、野菜サラダといったメニューを綺麗に平らげてから──あらかじめ用意していたプレゼントを取り出した。
「皆には先に渡しますね。いつも助けて貰っている、感謝の気持ちです」
四人分の巾着袋。
彼女達の分は一応、それぞれに合わせた特別製だ。布の色を朱華なら赤、シルビアなら白、といったように変えたり、石もその人をイメージしたものにしてある。
食器が片付けられたテーブルに纏めて「ずいっ」と押し出すと、皆の反応を窺い、
「………」
「……えっと?」
誰も受け取ってくれなかった。
話が違う。欲しいと言ってくれたはずなのだが、と不安になってから、朱華達の表情に気づく。
こんなもん要らないと思っている様子ではなく、なんというか、こちらの出方を窺っているような雰囲気で。
これは、何だ?
首を傾げる俺を見て、教授が「あー」と口を開き、
「なあ、アリスよ。せっかくのプレゼントだ。できれば一人ずつに手渡しして欲しいのだが。メッセージ付きだと尚いい」
「この間は手渡し待ちだったんですか!?」
「いや、だって、ねえ?」
「アリスさまからの気持ちをいただけると思いましたら、つい……」
気まずそうに目を逸らすノワール達。
いや、まあ、確かにラブコメとかだと良く見る。美少女ヒロインや小さい子供が大切な人、一人一人に心の籠もったメッセージを届けるシーン。
今の俺は美少女なので資格はあると言えばあるのだが、やるわけがない。というか恥ずかしくてできない。
勝手に取って行ってくれ、と言おうと口を開いて、
「手渡すだけですからね……?」
言ってから「しまった」と後悔した。
しかし、ノワール達から「大事にしますね」と笑顔を向けられると邪険にもできない。
むず痒いような気持ちを胸に抱きながら、俺は素知らぬ顔でそっぽを向いた。
◇ ◇ ◇
アリシア・ブライトネスは大人しい少女だ。
人見知りの気があるのかもしれない。話してみると人当たりは悪くないのだが、積極的に場を盛り上げたり人に話しかけたりするタイプではない。
例えるなら警戒心の強い猫だろうか。それも血統書付きの。なかなか懐いてくれない癖に動きの一つ一つに愛嬌がある。そのせいか、少し距離を置いて一挙一動を眺めているだけでも楽しい。そして、仲良くなったらどれだけ可愛いんだろう、とわくわくしてしまう。
少女が転入してきてから二週間が経った今では、クラス内はほぼ全員がアリスに好意的な反応を示している。
トップカーストの子達が勧誘に動いた時には「取られてしまうのか」と残念に思ったものだが、アリスは一つのグループに占有されることをよしとしなかった。
野良と呼べるほど人懐っこくはないが、クラスみんなで可愛がっている猫、といったポジションに収まってくれたのだ。
これは、もっぱらアリスの観察に徹している彼女にとっても嬉しい結果だった。
既に言った通り、アリスは見ているだけでも癒されるし、とても可愛いのだ。
そんなある日。
まだ長いとは言えないアリスとの日々の中で、初めてかもしれない事が起こった。
「あの……」
あと少し登校が遅れていたら見逃していただろう。いつもより少し早く家を出た自分に「よくやった」と言いたい。
ともあれ、起こった事件というのは、そっと手を伸ばすと撫でさせてくれる猫のようなアリスが、自分から誰かに話しかけるという一幕だった。
「っ。……どうしました、アリスさん?」
話しかけられたのはトップグループの中でもリーダー格に位置する少女。
上手く誤魔化していたが、呼びかけられた瞬間、一瞬だけ歓喜の表情を浮かべたのが、最初から観察に徹していた彼女にはわかった。
もちろん、アリス自身はそんなことに気づいてもいなかっただろう。
随分と緊張した面持ちで少女の机の傍に立つと、おずおずと再び口を開いた。
「渡したいものがあるんです」
ざわり、と、教室内に動揺が広がったのは果たして気のせいだっただろうか。
そんな中、差し出されたのは──手作りと思しき小物だった。
品のない言い方をすれば巾着袋、良い言い方をすればサシェ(匂い袋)のような何か。リーダーである少女の私物には見えないが、
「これは……?」
「その。夏休み、遊びに誘って貰ったお礼、みたいなものです。手作りのお守りです。かさばらないと思うので、良かったら使って貰えると……」
軽い上目遣い。
言葉の最後が消え入りそうなほどに小さくなっていたのもポイントが高い。思わず「可愛い!」と声を上げてしまいそうになったが、きっとプレゼントを貰った少女はもっと危うい精神状態だっただろう。
リーダーは頬を染めながら微笑むと、アリスの差し出したお守りを手に取って、
「誘ったのはアリスさんと遊びに行きたかったからです。気にしていただく必要はないのですが……でも、有難くいただきますね?」
「っ」
今度は、アリスの顔が歓喜に染まる番だった。
意図せず浮かべたであろう至福の笑み。
度重なる萌え殺し未遂に心拍数が早くなるのを感じているうちに、トップカーストの少女達、残りの二人にもお守りのプレゼントが始まっていた。
やはり、あの子達はアリスにとって特別なのか。
いいものが見られて幸せなような、少し寂しいような気分になっていると、
「良かったら、皆さんにもあるんですけど……」
なんと、同じようなお守りが入った小さな袋が現れた。
クラス全員分を作ってきてくれたらしい。
「縫うのは手伝って貰ったんですが……」
申し訳なさそうに付け加えてくれた辺りも好感が持てる。
当然、アリスの作ってきたお守りに皆が群がった。中に入っている石の種類が幾つかあるようで、説明書きの付せんが貼られている。つまりは早い者勝ちだ。まだ登校してきていない生徒には申し訳ないが、みんな遠慮する気はないようだった。
後から来た子も「ずるい」と言いながら集まってきて、騒ぎはHR開始間際まで続いた。
というか、先生まで「私にはないの、アリスさん?」と最後の一個を持って行った。
それにしてもお守りとは、アリスらしいプレゼントだ。
彼女がロザリオをいつも持ち歩いているのはみんな知っている。玩具のような品だが、きっと思い入れがある物なのだろう。もしかしたら小さい頃、両親からプレゼントされた品なのかもしれない。
小さい物なのでかさばらないし、みんなお揃いというのも悪くない。キーホルダーのように鞄へつける者、鞄や財布の中に忍ばせる者、机脇の物掛けに飾る者、思い思いの使い方を始めたようだ。
当のアリスはというと──恥ずかしいのと嬉しいのが入り混じったような表情を浮かべていた。
同い年の子にすることではない、と思いつつも、抱きしめたい衝動にかられてしまう。もし本当にそんなことをすれば、間違いなく「抜けがけだ」とクラス中から叩かれることになるだろう。
最初にあの子から特別扱いされるのは誰になるか。
と。
「そういえば朱華は貰わないの?」
「あたしは家で貰ったわよ。ほら、これ」
髪や目の色に良く似合う赤いお守りを貰っている少女がそこにいた。
羨ましい。いや、一緒に住んでいる時点で家族枠なのだろうが。
これは、夏休みが一つの勝負なのではなかろうか。
……などと思っていたところ、アリスが新しく買ったらしいスマホを取り出して、皆に連絡先の交換を求めてきた。
飛んで火にいる夏の虫、ではないが。
これはまた、楽しい夏休みになりそうだ。
◇ ◇ ◇
「……疲れました」
家に帰って早速泣き言を漏らす。
部屋に入るなりベッドに突っ伏して休憩。本当はこういうのも「はしたない」という事になるんだろうが、細かい事は言いっこなしだ。
何しろ、今日は本当に大変だった。
忙しさで言えば転入初日に匹敵するだろう。あっちからこっちから話しかけられ、休まる暇が無いような状態。しかも皆して笑いかけてくるので、こっちも笑い返さなければならない。愛想笑いというわけではないが、笑顔を浮かべる事自体にまだあまり慣れていない。
まあ、お陰でスマホの連絡先は驚くほどいっぱいになったのだが。
スマホを取り出すついでに、ごろん、と仰向けの姿勢になり、グループチャットアプリを開く。
作ったばかりのアカウントは既にクラスのグループ部屋にも招待されている。よろしくお願いします、という文字と共にお辞儀をする顔文字を送ったところ、怒涛の返信と可愛いスタンプが襲ってきた。
スタンプも用意しないと駄目そうだ。
可愛いのが多いのでどの程度使っていいものか迷ってしまうのだが、クラスメート達のを見ると猫とか犬とかカエル(!?)とか、ファンシーな絵柄がふんだんに使われている。やりすぎは禁物とはいえ、あまり気にしすぎなくていいのかもしれない。
「……ふふっ」
知らず、吐息と笑いの中間のような音が唇から漏れる。
と、思ったら、近くからくすりという声が聴こえてきて、俺は盛大にびくっとした。
「朱華さん……!?」
「言っとくけど、あんたの後ろ付いてきただけだからね?」
若干の呆れ顔で答えたのは、まだ制服姿の紅髪少女。
傍らに鞄がある辺り、言っている事は嘘ではなさそうだ。言うなり近づいてきてベッドの上、俺の隣に座ってくる。
隣に彼女がいるのにもすっかり慣れた。慣らされた、と言った方がいいかもしれないが。
「あんた、今日から大変よ? 話好きの子はメッセばんばん送ってくるんだから」
「う。噂には聞きますけど、やっぱりそうなんですか?」
「そりゃもう。既読無視なんかしようものなら怒り出す子だっているんだから」
「怖すぎるんですけど」
「嫌だったら上手くやりなさい」
他人事みたいに言うものだが、きっと朱華もそういうのを乗り越えてきたのだろう。おそらく、彼女が取ったのは、頻繁にやり取りしていなくても許されるような人間関係の構築。
家に居るとエロゲやマンガばかりなのでわかりづらいが、
「……朱華さんって実は格好いいですよね」
「……実は、は余計よ、とでも言えばいい?」
自然体の笑みが帰ってくる。
自称「鬼畜凌辱系エロゲのヒロイン」らしいが、会った時に連想した通りにラノベのメインヒロイン──いや、もっと言えば主人公だって朱華なら務まりそうだ。
「私も、朱華さんが出てくるゲーム、やってみましょうか」
「年齢制限はまあ、あたしが言う事じゃないけど、エロゲよ? あたし、格好いい役じゃなくて、泣き叫んでる方が多いんだから」
「大丈夫ですよ。私、これでも男ですよ?」
「あー、そういえばそうだったわね」
冗談めかして言う朱華。
男口調で話していたのはまだそんなに昔の話でもない。彼女は昔の俺を知らないとはいえ、本気で言っているわけではないだろう。
だが、考えてみると、男だった頃の俺がどんなだったのか知らない朱華達が、突然変身してしまったことも含め、
何もかも違うのに同類だとわかる。感じられる。
……なんて、感傷的になってしまうのは疲れのせいだろうか。
家に着いたのだからさっさと治してしまってもいいのだが、今はもう少し、このままでいたい気がした。
朱華が俺の髪に手を伸ばして弄んでくる。落ち着かないんですか、なんてからかうこともできたものの、面倒なので何も言わずされるがままにする。
「ねえ、アリス。夏休みの予定いっぱいになっちゃったし──絶対に死ねなくなったわね」
脳裏に紅い色が浮かぶ。
どこか温かみを感じる朱華の紅とは違う、どこまでも暴力的な紅。
「死にませんよ。……絶対に、死にたくなんてありません」
「もし、死ねば元に戻れるとしたら?」
ほんの少しだけ考えてから、
「もし、皆が元に戻りたいなら、死んでもいいです。……一人でも戻りたくない人がいるなら、戦います」
「そうね。ここでの暮らしも、悪くないし」
今度の言葉は、返答に迷うものではなかった。
しかし、俺は敢えて間を置いてから答えた。
「はい」
後から考えてみると決戦前夜でも何でもないし、あまりにも雰囲気に酔った会話だったので、俺はこの時の会話を黒歴史に認定した。