起きたら金髪碧眼の美少女聖女だったので、似たような奴らと共同生活始めました 作:緑茶わいん
文明の利器は素晴らしい。
衣服を全て脱ぎ落とし、風呂場でシャワーを浴びながらしみじみと思う。滝行とまではいかないが、冷水で身を清めるくらいならシャワーでも出来る。夏場なので水シャワーはむしろ気持ちいいくらいで、せっかくなので長めに浴びる。
勿論、身体は隅々まで洗った。
「頼むぞ、アリシア」
自分自身、というか、元になったゲームキャラに呼びかける声はシャワーの音にかき消された。
「……よし」
水垢離(プチ)終了。
風邪をひかないようにタオルでしっかり水気をふき取ってから自室に戻り、髪はドライヤーで丁寧に乾かす。その上で新品(洗い立てではなく、まだ一度も身に着けていないもの)の下着を身に着ける。
動くことを考えて上はスポーツブラにした。
終わったら服だ。コスプレ衣装というのが若干締まらないが、いかにも聖職者、といった意匠の品を前にすると気が引き締まる気がする。
今回、ノワールに手伝って貰うのは無しにした。
深い意味はないのだが、その方が精神集中になると思ったからだ。後は、俺も一人前の仲間なんだとアピールしたかったから、だろうか。
パーツ自体は前回のメイド服と大差ない。
手袋とヘッドドレスに、本体のワンピース。足には薄い白タイツを穿く。クロスアクセサリーも忘れてはいけない。
すっかり存在にも慣れてきた部屋の姿見に映せば、そこには金髪碧眼の、出来過ぎなくらいに出来上がった少女聖職者がいた。
鏡の中の自分とじっと見つめ合い、意識を切り替えていく。
ただの男子高校生はいったん封印し、魔獣討伐に向かう聖女を少しでも上手く演じよう。
「……うん」
部屋を出て、皆の元へ。
「お待たせしました」
声をかけると、まずノワールが振り返った。
衣装は基本、いつも通りのメイド服。ただし、スカートにはスリットが入り動きを阻害しづらいように。手袋は指が滑らないようにするためか、やや厚手の黒いもの。腰の後ろには小物を入れるためのポーチが装着されており、心なしかずっしりと重そうに見える。
髪の色と同じ濃い茶色の瞳は怜悧に細められており、戦闘モード、といった印象だ。
睨まれているわけではないのに「殺される?」と寒気を覚えた直後、仕事人風の表情が一変、柔らかく緩んだ。
「アリスさま、とても素敵です」
「ええと、ありがとうございます」
凄い変わりようである。
ノワールがノワールのままだった事に安堵するべきか、そんな簡単に緩めてしまっていいのかとツッコミを入れるべきか。
迷いつつ視線を彷徨わせ、朱華と目が合う。
「気合い入ってるじゃない」
「朱華さんこそ」
ふっと笑う彼女を負けじと見返す。
いつもながら見事な紅の髪は左右に一つずつお団子を作り、残った分は頭の後ろ辺りに簪で纏め上げられている。
纏っているのは赤地に金糸の刺繍が施された見事なチャイナドレス。メインのモチーフは龍。ノースリーブかつスリットが深く、伸びやかな手足はこれでもかとばかりに人目に晒されている。
男であれば否応なく魅了されてしまうであろう妖艶さと、迂闊に触れれば燃えてしまいそうな危険さを併せ持った一つの芸術品。
不死鳥と相対する不安など無いかのように、むしろ鳥の一匹如き焼き尽くしてやると言わんばかりの気迫が彼女から発散されている。
と、そこへ、
「……む、みんな可愛くてずるい」
むっとしたような声を出したシルビアは、どちらかというと実用主義ないでたちだ。
銀色の髪は二つのポニーテールに結い上げて動きやすく。一般的なツインテールと違って結ぶ位置が頭の後ろ付近、かなり高めの位置なので幼い印象は受けない。
着衣はシンプルなシャツにズボン。それから白の、白衣に似せたコート。身体のあちこちにはベルトが巻かれており、コートの裏だけでは足りないとばかりにポーションが装着されている。
額には薬品が目に入るのを防止するためか、しっかりとしたゴーグル。
傍らには何やらクロスボウのような道具(武器?)がある。
「シルビアさんは格好いいです」
「本当? アリスちゃん、私に惚れちゃったりした?」
「惚れはしませんけど」
「残念」
うん、いつものシルビアだ。
さて、これで残るは教授だけなのだが、てっきり一番に準備を終えてふんぞり返っているかと思いきや、姿が見えない。
「教授はどうしたんですか?」
「あの人なら荷物を積み込んでるはずだよー」
積み込み?
そんなに大荷物なのかと疑問符を浮かべたところで、ちょうどよく教授が戻ってきた。びっくりするくらいいつもと格好が変わらない。
むしろ、作業をしていたせいか微妙に服がヨレている気がする彼女は、俺達を見て「おお」と声を上げる。
「皆揃っていたか。こっちも準備出来たぞ」
「教授。何を積み込んだんですか?」
「現地に着けば嫌でもわかる。運び込みを手伝って貰わなければならないしな」
ということで、移動はノワールが運転する車だ。
徒歩でも行ける距離なのであっと言う間に到着。出かける前に心の準備を整えてきたのは正解だったと言わざるを得ない。
さて、ここから決戦が──。
「おいアリス。ぼうっとしてないで手伝え」
「あ、はい」
決戦の前に教授にこき使われた。
車には何やら大荷物が搭載されており、その殆どが教授の用意したものだった。残りはシルビアが用意したトランクが一つ(中にはポーションが満載)と、ノワールが用意した大型銃器。
結界を張り、全員で手分けして荷物を校庭へ運び、準備しているうちに、何週間か前にも感じた気配が強くなり始めた。
膨れ上がる邪気。
炎によって照らされ、明るさを増していく世界。
「久しいな、不死鳥! 今日が貴様の命日だ!」
吠えたのは教授だけだったが、皆気持ちは同じである。
俺は朱華と視線を交わし合い、同時に一歩を踏み出した。
開幕は俺達の出番だ。
具現化を続け、数十秒後には動きだすであろう不死鳥を前に、俺は神聖力を、朱華はサイコパワーを練り上げていく。
そして、現れる炎の鳥。
赤く、紅く、燃え上がる翼を羽ばたかせ、校庭上空に滞空、ちっぽけな俺達を見下ろして高く鳴く。
──また来たのか、愚かな人間。今度こそ焼き尽くしてくれる。
なんて、言ったかどうかはわからないが。
「食らいなさい、セルフ焼き鳥!」
朱華が叫び、突き出した右手を左手で支える。
手のひらを向けられた不死鳥は「何事か?」とばかりに少女を振り返り──そして、突如燃え上がった全身に悲鳴を上げる。
燃える炎が、当人の制御を離れて熱量を増したのだ。
セルフ焼き鳥と言ったのはそういう意味。不死鳥自身の火力を利用した自滅狙い。精神力を消耗するうえに『溜め』がいるので開幕以外では使いづらい大技だ。
が。
ハメ技一発でダウンしてくれるほどボスは甘くない。
全く効いていないわけではなさそうではあるものの、鳥は怒りの悲鳴を上げながら少しずつ制御を取り戻していく。
そこで、俺の出番。
左手で十字架を握りしめ、そこに籠めた神聖力を全て使い果たしながら、更に力を引き出して。
「《
とっておきの魔法を解き放った。
発動と同時、俺の周囲に複数の輝きが生まれる。一つ一つが《
全部揃うまでの間は一秒以下。揃えば一つずつ、ほんの小さな間を置き、連続して敵に殺到する。
消費が多い上に制御が難しく、間違えるとあさっての方向に全部飛んで行ってしまうのだが──伊達に練習を重ねたわけじゃない!
次々に着弾した聖なる光に、さすがの不死鳥も身をよじり、
「良し! 二人とも、下がれ!」
合図に従って散開すると、教授にノワール、シルビアが攻撃を開始する。
ノワールが操るのは長い銃身と大きな弾倉を持つ銃器。ライフル、じゃなくてマシンガンか! 詳しくないので細かい分類はわからないが。
叩きつけるような音が連続して響き、弾が次々と飛び出していく様が、拳銃とはけた違いの迫力なのだけは間違いなかった。
シルビアは携帯していたクロスボウのような何かにポーションの瓶をセットすると、ノワールの射撃の合間に構え、撃ち放つ。
要はポーション発射装置だったらしい。
撃ち出された瓶は投げるよりも速く、正確に飛び、着弾と同時に爆発を起こす。
最後の教授はというと──シーソーで遊んでいた。
「食らえ!」
違った。
シーソーに見えたのは、簡易式のカタパルトのようなものだ。それこそシーソーを加工して作ったんだろうが、方向を決めた上で一方の端に飛び乗る事で、もう一方に載せた物を空中に放つことができる。
ジャンプしてぽーん、という見た目が遊んでる感凄いが。
撃ち出された円筒形の赤い容器は不死鳥の燃える身体に衝突すると、
「消火器って、ああやって使うものじゃないですよね?」
「高い物でも三万くらいで買えるぞ、って威張ってたわよ?」
消火器は炎にそのまま放り込むと爆発することがあるらしい。
消火になっているかはかなり怪しいが、あれなら爆弾としては十分に機能しているだろう。本当は消防車とか持ってこれたら良いのかもしれないが、さすがに簡単に買うor借りることができる物ではないし、この辺りが限界だろう。
教授の消火器もシルビアのポーションも在庫はまだまだある。
「さあ、アリス! もう一発かましてやるわよ!」
「はい!」
不死鳥もただやられているだけではなく、悲鳴を上げながら暴れ、炎を周囲に撒き散らし始める。飛び散る火の粉だけでも当たれば火傷は免れないだろうが、
「ちょっとは大人しくしなさい!」
朱華の超能力が、さっきとは逆の効果を導き出す。
燃え盛る炎が目に見えて弱まったのだ。じたばたともがく不死鳥だが、そこへ銃弾やらポーションやら消火器やらが飛ぶ。
羽が舞い、血が飛び散る。シルビアが歓声を上げて回収しに行った。大丈夫なのか心配になるが、その辺りは心得ているのか、危なげない足取りで火の粉を避けている。
俺はその間に再び神聖力を集中。
「《聖光連撃》!!」
飛び行く光。
眩しい。銃撃や爆発の音がうるさい。どの程度、敵の体力を削れているかわからないのがもどかしい。HPゲージを見られればいいのに。
一気呵成に見えるが、攻め手を緩めたら反撃されるのは目に見えている。向こうの攻撃を防ぐ手段はほぼ無いのだ。
倒しきるか、倒しきれないかの勝負。
二発大技を撃ったせいで力が落ちてきた。仕方ないので《聖光》を連打。出し惜しみなんてしている場合じゃない。
そして、永遠にも思える程に長い──実際には短かったであろう時間の後。
「────ァァァァァ!!」
「生き、てる……!?」
どれだけの攻撃を叩き込んだのか。
散った羽はかなりの数になり、実際、体積は若干減ったように見える。
それでも。
それでも、敵はまだ浮いて、羽ばたいて、俺達を見下ろしていた。
教授が用意した、十を超える消火器は底を突き、シルビアもコートを脱ぎ捨てた。ノワールは弾薬が尽きたマシンガンを捨て、より小型の銃を引き抜く。
直後、マシンガンとシーソー型発射装置に炎弾が落ちて粉々に砕いた。
「消耗戦、ですね」
「……うむ。できれば、ここまでで仕留めたかったが仕方あるまい。どちらの命が先に尽きるか、根競べと行こうか」
撤退という選択肢は無い。
ここまで派手に戦ってしまった以上、残骸を片付けないと学校側が困る。夏休み中なので、もしかしたら一日くらいは気づかれないかもしれないが、そういう問題ではない。
何よりも、全身にずっしり疲労がのしかかっている今、車まで走って逃げられるかどうか。
「……やらないと」
湧き上がってきた感情は死の恐怖ではなかった。
使命感に似た感情が俺を突きあげ、膝が笑うのを食い止める。
唇を噛みしめて前を向き、ただ、あれをどうにかする事だけを思う。
しないと、俺が、やらないと。
神聖魔法は祈りの力だ。
魔術師達の魔法と違い、厳密に言えば魔力を使用しているわけではない。もちろん、使えば使うだけ身体は疲れるのだが──
『そう。神への信仰さえ忘れなければ』
奥底から聞こえた声に、俺は違和感を覚えなかった。
『力をお貸しします。……いいえ。一緒に戦いましょう、私』
朱華やシルビアが何か言っているようだったが、よく聞こえない。
ただ、心が命じるままに聖句を唱えて。
「愛と豊穣を司りし地母神よ。生きとし生ける者すべての母よ。どうか我が祈りに応え、大地を焼き殺戮を繰り返す魔の鳥を撃ち滅ぼす力を、我に貸し与え給え」
《
アリシアの魔法リストには無かったはずの魔法。
だが、見たことはある。隠しダンジョンに潜り、神々の試練を受けた時。他ならぬ女神自身が行使していた特殊魔法。
光の塊、などという生易しいものではない。
圧倒的な光の奔流が俺達を優しく包み込むと共に──本来あるべきではない存在に対し、容赦なく襲い掛かった。
何も、聞こえないまま。
光が消え去った後には、不死鳥の姿はどこにも無かった。
全身から力が抜ける。
誰かに抱き留められた。誰だろう。ノワールだろうか。
「……やったじゃない。あんたのお陰よ、アリス」
頑張り過ぎだけどね、と、小さく付け加えたその声に、俺はようやく勝った事を確信し「よかった」と微笑んだ。
次の瞬間には気を失って、気づいたら二日後の朝だった。