起きたら金髪碧眼の美少女聖女だったので、似たような奴らと共同生活始めました   作:緑茶わいん

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聖女、実家に帰る

 電車に揺られている時間というのはとても手持ち無沙汰だと思う。

 車なら、一人で乗っている時は自分が運転手だろうし、二人以上なら会話をする事もできる。だが、電車に乗る時は大半が一人で、しかもする事が特にない。

 する事がないせいで、そんな余計な事を考えてしまう。

 

『おひとりで大丈夫ですか?』

『学校で貰った防犯ブザーはちゃんと持ってるわよね?』

『寂しくなったら電話するんだよー?』

『おいお前達、アリスも子供ではないのだぞ。ああ、そうだアリス。この飴を持っていけ』

 

 皆から心配されたり、からかわれたりした後、一人で家を出て、最寄り駅から電車に乗った。

 思えば、アリシアになってから初めての経験だ。

 初めて通る道、初めて目にした駅、見慣れない路線図を一つ一つ頭に刻みながら、座席の端にちょこんと座った。足を開かない座り方もある程度自然にできるようになってきた。今日はスカートなので余計に気をつけなければならない。

 外を出歩くという事で日焼け止めクリームを塗り、ついでに魔法でも紫外線対策をしている。二重に防衛しておけば万全だろう。

 朱華に言われた防犯ブザーもちゃんと鞄に付けている。

 一見、子供向けアクセサリーの類にも見えるデザインとはいえ少々恥ずかしいが──人目に晒されているうち、その程度の事はどうでもいい気がしてきた。

 

 何しろ、道ですれ違う人、同じ車両になった人がほぼ全員こっちを見てくるのだ。

 

 物珍しげな視線からして、俺の服装や防犯ブザーが変、というわけではない。珍しいと思われているのは残念ながら中身の方だ。

 視線は年配者よりも若者が、女よりも男の方が強い。

 お年寄りや女性からの視線はぶっちゃけ犬猫を可愛がるそれに近いので特に問題無いのだが、男からの視線にはなんとなく嫌な感じのものが含まれている気がする。そんな風に感じてしまうのは、いつの間にか女を『同族』と感じるようになっているからか。

 

 外の景色でも見ようと向かいの窓の方を見れば、その前に座っていた若い男性が恥ずかしそうに顔を逸らす。いや、そういうつもりでは無かったんだが……申し訳ない気持ちを込めて目を伏せ、目線を戻した。

 

 やっぱり、読書でもしてるのが良さそうだ。

 行きがけに駅前の書店で買った文庫本に目を落とす。読書感想文に使うつもりで買ったのは昔の純文学。外国の作品なんか買ってもよくわからないというのが主な理由だが、学校での扱われ方からして日本の作品の方が「受け」が良いだろうという打算もある。

 確か、乗り換えまではしばらくあるから、ある程度読み進められるだろう。

 頭の片隅で思いながら、俺は、なおも飛んでくる視線を意識から消して活字に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 実家の最寄り駅に降り立つと、懐かしさと同時に、まるで初めて来たかのような不思議な感覚が押し寄せてきた。

 目線の高さが違うせいだろう。

 アリシアとして見る世界の違いをあらためて実感させられる。思えば()()なったその日に病院に行って、そのまま見知らぬ土地での生活が始まったので、前から知っているところを歩く、という経験が圧倒的に不足していた。

 

 せっかくだから、少し散歩して行こうか。

 

 改札を抜けてゆっくりと足を進める。

 高さの違う見慣れた景色を、何年かぶりに見るような感覚で眺めるのが意外な程に楽しい。

 ほんの一、二か月なので当然だが、街の様子は変わっていなかった。道行く人もそうだ。といっても、人の顔までいちいち覚えているわけではないので、あくまでなんとなくだが。

 

 そんな風に駅前周辺をぶらぶらしていると、不意に強めの視線を感じて思わず振り返る。

 目が合った。

 高校生くらい、つまりは()()なる前の俺と同年代の男子だった。というか知り合いだった。小中高と一緒の学校に通っている──もとい、通っていた男。男同士で使うのも微妙に悲しい表現だが、いわゆる幼馴染というやつだ。

 家が近いので出くわしても不思議はないのだが、まさか、戻ってきた矢先に出会うとは。

 バレているわけではないだろうと思いつつも、関わり合いにならない方がいいと判断。にっこりと愛想笑いを浮かべて視線を逸らし、彼から離れる方向に歩きだして、

 

「ねえ」

 

 駄目だった。

 日本語がわからない振りをしてそのまま歩いていこうとしたら「ヘイ!」と呼び掛けられる。ヘイじゃねえよ、せめて「Excuse me」くらい言えないのか、とツッコミを入れたいのを堪えつつ、仕方なく立ち止まる。

 

「?」

 

 首を傾げて昔馴染みを見上げる。

 でかい。中学からサッカーを始め、今なお続けているはずの身体は百七十後半はあり、かつ肉付きもしっかりしている。

 男としては頼りがいのある方だと言っていいのだろうが、女子としても小柄な部類である今の俺から見ると正直怖い。

 肩を掴まれたらもう、それだけで逃げられなくなりそうだ。

 ということは近くに寄られた時点で詰みか。変な気を起こされないように気を付けつつ、バッサリと切り捨てなければならない。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、ヤツは精一杯な感じの笑みを浮かべて話しかけてくる。

 

「どうしたの? どこか行きたいところがあるの?」

 

 ああ、ブラブラしてたのを迷子と勘違いされたのか。

 首を振り、意図的にカタコトっぽい声を出す。

 

「イエ、大丈夫デス」

「あ、日本語喋れるんだね」

 

 ほっとしたような声。待て、そこじゃない。関わらないでくれ、と言われたのに気づけ。

 思っていると前方に回り込まれ、視界の半分以上を遮られる。

 

「でも、一人じゃ危ないよ。一応、案内させてよ」

「結構です」

 

 なんだこいつ、やけにグイグイ来るな……とか内心ドン引きしつつ、反射的に回答。突き放した感じになったのは仕方なかったと思う。

 多分、悪気は無いんだろう。

 女子と関わる気があまり無かった俺と違い、こいつは昔から可愛い女子に告白しては振られていた。たまに付き合えても短期間で別れるのが恒例。

 悪い奴ではないのだが、暑苦しいのと調子に乗りやすいのが難点。

 

 俺としても正体がバレるわけにはいかないので、これ以上付きまとわれるようなら最後の手段に出なければならない。

 

「本当? いや、怪しい者じゃないんだって。ただ困ってそうだったから助けて──」

 

 俺は、防犯ブザーのタグを思い切り引っこ抜いた。

 

 

 

 

 

 

「ほんと、男子って単純だよねー」

 

 とは、二歳年下の妹の談である。

 

 昔馴染みはあの後、ブザーの音を聞きつけた通行人の皆さんに取り囲まれ、交番に連れて行かれた。

 俺も一緒に事情を聞かれたので「道を案内するとしつこく言われて怖かった」と正直に答えた。暴行を受けたわけでもなんでもないのでそこはしっかりと主張。すると先に帰っていいと言われて解放された。残された奴はこっぴどく叱られたことだろう。

 もしかすると誰かに見られていて休み明け噂に、なんていうことがあるかもしれない。申し訳ないが許して欲しい。

 

 交番を離れた後はさすがに散歩する気にならなかったので、当初の目的であった実家に直行。

 帰ることはあらかじめ伝えてあったので、両親と妹が快く迎えてくれた。

 

「うわ、ほんと可愛い。ほんとにお兄ちゃん? いや、もうお姉ちゃんか」

 

 変身当時を知っているので、家族の顔に戸惑いは薄い。

 大学にでも入って一人暮らしをしたらこんな感じなんだろうか。誰それが結婚したとか、こんな面白いことがあった、という話が普通に続いた。

 父親いわく「まあ、少し早い親離れだと思えば」とのこと。これが妹の方だったら大泣きするが、死んだわけでもなし、男の子ならこんなものらしい。

 

 ……もう少し困ってると思ったんだが。

 

 俺は今のところ病気で入院していることになっているそうだ。

 お見舞いに行きたいという知人(さっきのあいつを含む)に「面会謝絶だから」と言って断るのが大変なくらいで、後は別にいつも通りだとか。

 むしろ──これは俺を安心させるためもあるんだろうが、政府からの補助金でテレビを買い替えたとか、汗臭い洗濯物が無くなって楽になったとか、そんな話をされる始末。

 

 話しているとえんえん終わりそうにないので、妹の部屋に二人で逃げてきた。

 と言っても、アリシアになる前は数える程度しか入ったことが無いのだが。

 

「お前な、俺も男子だからな?」

 

 奇しくも今の俺と同年齢になった妹はあっけらかんとした様子で、異性の兄に対する敵愾心はどこへやら、お客様用のクッションを俺に差しだしてきた。

 見回せば、部屋は暖色系のトーンで統一されている。ぬいぐるみなんかもしっかりあって、こいつも女子してるんだな、と変な感心をしてしまう。

 

「いや、お姉ちゃんは女子でしょ。その顔と声で『俺』とか言われるとすごい違和感あるし」

「……私だって好きでなったわけじゃないんですよ?」

 

 仕方なく『アリスモード』で喋れば「あ、そっちの方が絶対いい!」と喜ばれる。

 なんだこれ。

 俺はため息をついて妹に尋ねる。

 

「兄弟が突然女性になって、嫌だと思いませんか?」

「全然。だって、わたし何も困ってないし」

「……えー」

「むしろ、今のお姉ちゃんは汗臭くないし、可愛いし、こっちの方がいいんじゃない? まあ、お姉ちゃんだって自慢できないのは残念だけど」

 

 今時の子というのはこういうものなのか、妹の返答は恐ろしい程あっさりしていた。

 たった二か月、されど二か月。

 離れている間に心の整理はついている、ということなのかもしれない。

 と、ここで妹は目を輝かせて、

 

「ところでお姉ちゃん、その服ってあそこのブランドだよね? いくらで買ったの?」

「え? ええと……纏めて買ったので、細かい値段までは」

「えー! うう、このお金持ちめ。いいなあ、わたしも新しい服欲しいんだけどお小遣いがさあ」

「例えばどんな服が欲しいんですか?」

「えーっとねー、ほら、これとか」

 

 なんの気なしに尋ねると、妹はぱっとファッション誌を取り出してきて見せてくれる。

 若い女の子向けの雑誌らしく、中高生くらいの読者モデルが様々な服を着こなしていた。なるほど、一般的な女子にはこういうのが受けているのか。

 先日、クラスメート達と遊びに行き、カラオケや買い物をしてきた。その時に見た少女達の服装はもう少し大人しかったのだが。

 やっぱり萌桜(ほうおう)学園の生徒はお嬢様の傾向があるのだろう。

 

「私が着るならもう少し大人しい方がいいですね」

「そう? じゃあ、これとか?」

「うーん……あ、これなんかいいかもしれません」

 

 妹とこれだけ長く話したのはいつ以来か。

 気づけば二人、顔を突き合わせてファッション誌を眺めてしまった。気がついた時には三十分は過ぎていて愕然としてしまう。

 楽しい時間程早く過ぎるというが……それに照らし合わせると、妹との女子会話が楽しかった、という事になってしまうのだが。

 

「ねえ、お姉ちゃん。アリスちゃんとして友達になろうよ。それなら友達に紹介しても問題ないんでしょ?」

「それは、まあ、そうですけど」

 

 戸惑いながらも断り切れず、アリス用のスマホに妹の連絡先が追加された。

 早速作られたトークルームには二人で顔を寄せ合って撮影した写真が共有される。友達に見せるね、という妹に、俺は曖昧な笑顔を返すしかなかった。

 妹と知り合いということになれば、あの男に間接的なフォローもできるので、ちょうどいいとも言えるのだが。

 

 ……元に戻れるとしたら、戻って欲しいか?

 

 するつもりだった質問を結局口にできないまま、俺は実家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 帰りの電車を待つ間に政府の役人に電話をかけてみた。

 最初に尋ねたのは、いつ頃までに元に戻れなければ『元の俺』は死んだことになるのか。

 

『ケースバイケースですが……早ければ半年程度でしょうか』

 

 半年。

 大分、余裕はある。

 

『詳細はアリスさんやご家族の意向を聞きながら決定する事になります。例えば、治療のために海外へ渡った事にしてしまえば、後はそのまま向こうで暮らしている事にして自然にフェードアウトさせる、という事もできるでしょう』

 

 生きてはいるが、どこで何をしているのか不明……という方法だ。

 死んだことにされるよりはずっと気が楽ではある。その方法ならある日突然元に戻ってもひょっこり復帰できなくはない。

 ほっと息を吐いた俺はもう一つ質問をした。

 

「じゃあ、もし俺が元に戻ったとして──アリシア・ブライトネスはどうなりますか?」

『存在した痕跡を消す、という方針になります』

 

 返ってきたのは明確な答えだった。

 

『都合により転校した事にするか、あるいは亡くなった事にするか──いずれにせよ、アリスさんは戻ってこない、という事を周囲に周知する事になります』

「ノワールさん達とは、その後は……?」

『彼女達には真実を告げていただいて構いませんが……正体の露見に繋がりますので、連絡を取り合う事は避けて頂いた方がよろしいかと』

 

 ありがとうございます、と言って電話を切った。

 言われた内容が頭の中でぐるぐると巡る。

 

 実家に帰った本当の目的を、俺はようやく理解した。

 俺は、元に戻る踏ん切りが欲しかったのだ。

 

 しかし、得られたのは、元に戻ってしまえば二度とアリシアには戻れないという事実。

 せっかく仲良くなったクラスメート達と別れ、遊ぶ約束も果たせなくなるという、当然のこととして理解していたはずの、辛い未来像だった。

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