起きたら金髪碧眼の美少女聖女だったので、似たような奴らと共同生活始めました   作:緑茶わいん

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聖女、お泊まりに出発する

「アリスさま、忘れ物はありませんか?」

「はい、大丈夫です」

 

 早朝、まだ他のメンバーが眠っている時間。

 玄関に立った俺はノワールの問いに頷いて答える。

 何度もチェックしたので抜かりはない。どうしても足りない物があったら現地調達すればいいだろう。

 荷物を詰めたトランクケースはノワールが抱えて車まで運んでくれる。

 

 今回の集合場所は学園の最寄り駅。

 海水浴の時のようにそれぞれピックアップする形でも良かったのだが、どうせならみんなで待ち合わせた方が旅行っぽいのでは、ということでワンクッション挟むことになった。

 で、朝早くからガラガラとトランクを引いて歩くのは体力的に問題なくとも近所迷惑では、ということで、駅まではノワールに送ってもらうことになった。

 

「行ってきます」

 

 朱華達との挨拶は前日の夜に済ませてある。

 帰省の時に日帰り外出、海水浴の時に突発お泊まりをしてきたせい(お陰?)か、ああだこうだと構われることはそれほどなかった。

 言われなくても防犯ブザーはちゃんと持ったし、一人で出かけるわけでもない。お目付け役の理緒さんも一緒だから大丈夫だ。

 とはいえ、

 

「私、ノワールさんにお世話になりっぱなしですね」

 

 助手席で流れていく景色を眺めながら呟くと、ノワールは「そんなことありませんよ」と言った。

 

「アリスさまにはお料理ですとか、わたしの趣味に付き合っていただいています。わたし、お陰でとっても楽しいんですよ」

「そんな。あれは私がしたいからしているだけで……」

「でしたら、これもわたしがしたいからしているだけ、ということでいかがでしょう?」

「う。ノワールさんはずるいです」

「はい。大人はずるいんですよ、アリスさま」

 

 また、お土産をたくさん買って来ないといけないようだ。

 何がいいか、と本人に聞いても(朱華や教授、シルビアと違って)気にしなくていいと言われてしまうため、自分で厳選しないといけない。

 ノワールが好きなものというと、メイド、料理、可愛いもの?

 観光地にメイド服なんて置いてないだろうし、料理関係の品が無難だろうか。

 野菜や果物だと悪くなってしまう物もありそうだから……漬物? って、それは教授が喜びそうだ。となると、ご当地の調味料とかだろうか。

 後は酒もいいかもしれない。自分では飲めないうえ、未成年には売ってくれないだろうから、試飲も購入も理緒さん頼りになりそうだが。酒なら朱華達に取られる心配はない。教授は一人で全部飲むほど意地汚くない……と思いたい。

 

 集合場所まではあっという間だった。

 十五分前というかなり早い到着だったが、鈴香と理緒がもう来ていた。

 ノワールと協力してトランクを下ろして駆け寄り、挨拶を交わす。

 

「おはようございます、鈴香さん。理緒さん」

「おはようございます、アリスさん。晴れて良かったですね」

「はい。本当に」

 

 天気は快晴。まだまだ夏の日差しは健在だが、これから行くところは避暑地なので、ここよりはずっと涼しく過ごせるだろう。

 鈴香の服装は淡いブルーのワンピース。俺はクリーム色のフレアスカートに上はブラウスという組み合わせ。引き続き白系統で攻めたのは正解だったらしい。

 

「鈴香さん、避暑地のお嬢様みたいです」

「アリスさんこそ。とっても良く似合っています」

 

 お互いの服を褒め合っていると、その間にノワールと理緒さんは大人同士の挨拶をしていた。

 

「アリスさまをどうかよろしくお願いいたします」

「責任を持ってお預かりいたします」

 

 今回のホストは芽愛だが、彼女の家は飛びぬけた金持ちというわけではない。

 宿泊先の別荘は彼女の家の物らしいが、移動手段(アシ)は鈴香が用意してくれた。運転手兼保護者役はいつものように理緒さんだ。

 動きやすいカジュアルな服装に身を包んだ鈴香の世話係は、ロング丈のメイド服という夏場の街中にそぐわないノワールの姿に目を瞬き、驚いていた。

 俺は「そういえば今日はメイド服なんだ」と今更ながらに思った。送り迎えだけなので着替えなかったのだろうが、俺自身、家にメイドさんがいることにすっかり違和感を覚えなくなっているらしい。

 ともあれ。

 我が家のメイドさんと緋桜家の使用人は笑顔で握手を交わし、

 

「……只者ではありませんね」

「そちらこそ」

 

 熟達者にしかわからないような「何か」を感じ取って頷き合っていた。

 

「アリス様のセンスには時折、並々ならぬものを感じておりましたが、貴女のような方が世話をされているのでしたら納得です」

「ありがとうございます。ですが、わたしなどまだまだ修行中の身に過ぎません」

「あら。二人とも、なんだか仲良くなったみたい」

「私には何の話かわからないんですが……」

 

 ノワールは俺に「楽しんできてくださいませ」と言って帰っていき、入れ替わるように芽愛がやってきた。

 

「おはよー。二人とも早いねー」

「理緒が『なるべく早く待機していたい』と言うので、私はその付き添いです」

「ですから、お嬢様は車でお休みくださいと申し上げたではありませんか」

「だって、一人で車の中なんてつまらないもの」

 

 笑って言う鈴香に、理緒さんも「困ったものだ」という感じで笑う。本気で困っているわけではないのはなんとなくわかる。

 芽愛も慣れている感じで笑っている。

 

「芽愛さんは動きやすそうな格好ですね」

「うん。どうせなら走ったりもしたいし」

 

 上は長袖のシャツだが、下はショートパンツ。

 素足は白いハイソックスで大部分を隠しているとはいえ、部分的に見えている素肌が眩しい。

 

「これで後はアキだけね」

「私がここで待っていますので、皆様は車に行っていただいて構いませんが」

「いえ、せっかくなので待ちます」

「アキが来た時、誰もいなかったら寂しいもんね」

 

 縫子は待ち合わせ時間ギリギリにやってきた。

 長袖のシャツに七分丈のパンツ。芽愛と逆に足首辺りを出したスタイル。大人しい彼女にしては珍しいスタイルだが、珍しいのはそこだけではなかった。

 荷物の詰まったトランクの他に手荷物用の鞄(これは俺達も持ってきたがサイズが大きめ)と、更に首からカメラを提げている。さすがにコンパクトサイズのデジカメのようだが……。

 

「おはようアキ。すごい荷物ね」

「おはようございます。……この機会を逃したくなかったので」

 

 何食わぬ顔で答える縫子。

 この機会、とやらに何をするつもりなのかが若干怖いが、まあ、カメラを持っているんだから写真を撮るつもりなんだろう。何の写真かはこの際あまり考えないことにする。写真なら俺もスマホで撮るつもりなわけだし。

 

「では、皆様揃いましたので移動致しましょう」

 

 車は近くの時間制駐車場に停められていた。

 普通の乗用車ではない。大型車の後部を改造し、寛げるような座席や簡単なキッチン、冷蔵庫等を備えた──いわゆるキャンピングカーだ。

 

「凄い……!」

 

 こういうのを用意するとは聞いていたが、実際に見るのはこれが初めて。

 健全な男子の端くれだった者として、こういうのを見るとやはりテンションが上がる。思わず歓声を上げ、駆け寄って観察してしまう。

 何しろ高い上、普段使いするには不向きな車だ。実際に見られる機会なんて滅多にない。せっかくだからしっかり見ておきたい。

 と、何やら後ろから電子的なシャッター音。

 振り返れば縫子がデジカメを構えてこっちを覗いていた。芽愛はつられるようにしてスマホを取り出したところで──。

 

「……皆さん?」

「あはは。ごめん、アリスちゃん。つい」

「アリスさんを撮っていたんじゃありません。車を撮っていたんです」

「安芸さん、それなら私にも写真、見せてください」

「……もう少し撮ってからにしてください」

 

 しれっと言われたが、森の中に木を隠すつもりとしか思えない。

 

「見せてください!」

 

 手を伸ばすと、縫子はこんな時だけすばしっこさを発揮してひらひらとかわす。

 ムキになりすぎてデジカメを壊すようなことはしたくないため、俺は結局、証拠の確認を断念せざるを得なかった。

 朱華やシルビアといい、俺は周囲からからかわれる運命なのだろうか。いや、その分、優しくしてくれる人も多いのだが。

 

「父の所有しているキャンピングカーです。お気に召しましたか?」

「はい、とても凄いと思います」

 

 鈴香がくすくす笑いながらも教えてくれる。

 芽愛も「アリスちゃん、キャンプにも興味あるんだ?」と笑って、

 

「今回はバーベキューもするつもりだから、期待しててね」

「ありがとうございます。私もあれから料理の勉強を始めたので、できるだけお手伝いしますね」

「そうなの? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな?」

 

 バーベキューはむしろシンプル過ぎて料理人の腕の見せ所が数少ないらしいが、その分、ただ具材を切るだけという作業なら沢山あるという。

 未だ具材を切る以外大したことのできない俺にはぴったりの仕事である。

 あれからもノワールからは料理を教わっているものの、この手のものは一朝一夕では身につかない。

 

『むしろ、アリスさまは分量を守る、味見をきちんとする、清潔に気をつけるといった基本ができておりますので、後は基礎的な技術や知識さえ身につければ十分かと』

 

 食材や調味料の種類、具材の選び方などはそれこそ日々学んでいくしかない部分。

 とにかく基礎的な技術を学びつつ、ノワールを手伝ったり、あるいはノワールが料理するのを観察して参考にしたり、というのが主な勉強内容だ。

 そのうち食材の調達なんかにも連れて行ってもらった方がいいかもしれない。

 

 荷物を車に運び込み、座席に腰を落ち着けた後、俺から修行の進捗を聞きだした芽愛は目をきらきら輝かせて、

 

「なんだ、アリスちゃん。本格的に修行する気があるなら私だっていつでも教えるよ? 言ってくれればいいのに」

「本当ですか? ありがとうございます。と言っても、主な家庭料理が作れれば十分かな、と思っているんですが……」

「任せて! レストランの娘だからって洋食しか作れないわけじゃないよ! 和食だって十分美味しく作れるんだから」

 

 なんだか芽愛が張り切っている。

 これについては鈴香が「芽愛は普段、なかなか同好の士がいないと嘆いているんですよ」と教えてくれる。

 

「学園には家庭科部もありますが、芽愛とはレベルが違いすぎるようでして」

「芽愛さんは料理が上手ですもんね」

「いや、私なんてまだまだだけど……。でも、うちの家庭科部って料理してる時間より次のメニュー相談してる時間の方が長いんだもん」

 

 それはそれで和気藹々と楽しそうではあるが、腕を上げたい人間にとっては歯がゆいのだろう。

 

「修行するだけだったらうちのお店手伝ってる方がずっといいんだよね」

 

 そりゃ、芽愛の両親はプロだからな……。

 と、縫子がつんつんと俺をつついて、

 

「アリスさん。芽愛を止めるなら今のうちだと思います」

「止める? どうしてですか?」

「……本気になった芽愛に泣かされた生徒がこれまでに多数」

「え」

 

 俺にとっては料理好きの可愛い女の子でしかないのだが、彼女も大好きな料理の事となると修羅に変わるというのか。

 

「あの、芽愛さん? 私は家庭料理で十分ですからね?」

「わかってるよー。家庭料理もひと手間でぐっと美味しくなるんだから、どうせなら美味しく作れるように教えてあげるねっ」

「本当ですね? 本当にひと手間ですよね? 簡単とか言いながらスーパーに売ってないような食材指定したりしませんよね?」

 

 興味本位で料理番組なんぞを覗いてみた結果、聞きなれない食材が出てきたのでノワールに「どこで手に入るのか」聞いてみたところ「専門店ですね」と当然のように回答が来て呆然としたのはつい先日のことである。

 うちの母親が「そんなもんこの辺じゃ売ってないわよ!」とテレビに突っ込んでいたのもなんとなく覚えている。

 

「……ふふっ。アリスさんなら芽愛に振り回されても大丈夫そうですね」

 

 鈴香が呑気にそう言ったが、俺としては本当に大丈夫なのか不安になった。

 

 車内での話題は女子らしくころころと移り変わり、夏休みの宿題についてや(やったかどうかではなく、どこが難しかった等の話)、芽愛の家のレストランに来た変なお客さんの話、鈴香の夏休みの過ごし方、縫子の家族の話など、色々なことを話した。

 昼食は途中のサービスエリアで食べることに。

 お昼にはやや早いくらいの時間だったが、運転しっぱなしの理緒さんに休んでもらうためにも長めの休憩時間を設定し、食事ついでに土産物を見て回ることに。

 

 朝食は家を出る前に軽く食べただけだったので、なんだかんだ昼は結構がっつり食べた。

 牛の串焼きにフランクフルト、フライドポテトにさつま揚げ、エリア内ベーカリーのクロワッサンにデザート代わりのソフトクリーム。

 お嬢様らしく小食気味の鈴香からは「よく食べられますね」と呆れられた。その横で芽愛はカレーライスを頬張りつつ俺のフライドポテトに手を伸ばし、縫子は縫子できつねうどんを平らげた後「食べたくなりました」とソフトクリームを食後に味わっていた。


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