起きたら金髪碧眼の美少女聖女だったので、似たような奴らと共同生活始めました   作:緑茶わいん

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聖女、くすぐる

「アリスちゃん、今のもう一回言って、ね?」

 

 芽愛の顔が、キスできそうなほど近くにあった。

 期待するような表情。頬はうっすらと赤らんでいて、男子相手だったら勘違いされてしまいそうだ。注意した方がいいのかもしれないが、正直俺もそれどころではなかった。

 

「べ、別に変なこと言ってないじゃないですか……!」

 

 視線を逸らして弁解すると、少女は「えー」と頬を膨らませて、

 

「だって、さっきのアリスちゃん可愛かったんだもん」

「芽愛さん、こんな場所ですしその話はもう……」

 

 俺達が今いるのは緋桜家の玄関である。

 本職のメイドさんによる講習会は無事終わった。おやつに美味しいアップルパイ(なんと手作りかつ焼きたてだった)をいただき、本日は解散となったところ。

 理緒さんが車を回してくれている僅かな時間での出来事であり、周りには家事をするメイドさんの姿もある。主人の邪魔にならないように教育されている彼女達はうまく気配を消しているし、見聞きしたことを外部に漏らしたりもしないだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

 というか、そんな騒ぐような話でもない。

 

 元はといえば、講習が厳しかったせいだ。

 練習の方法はひたすら反復練習を繰り返すこと。所作を一つ一つ、簡単なものから練習させてくれたのは有り難かったものの、同じことを何度も何度も実行させられるのは神経が磨り減る。一回ごとに動作をブラッシュアップして洗練させていかなければいつまで経っても終わらないからだ。

 要所でアドバイスをもらえたお陰もあって、俺はなんとか合格ラインに到達することができた。一緒に講習を受けていた芽愛は終始余裕のありそうな様子だったので、やはり経験値の差は大きかったらしい。

 というわけで、今日は非常に疲れた。

 ご褒美を兼ねたアップルパイと紅茶は非常に美味しくて、思わずお代わりまで要求してしまったくらいだが、ふっと気を抜いた瞬間に疲労が襲ってくるのは避けられない。

 

 なので、つい言ってしまったのだ。

 

『……ああ、疲れた』

 

 で、続きは? という話になるかもしれないが、言ったのはただそれだけである。

 メイドとしての業務中ならともかく、プライベートでちょっと呟くくらい構わないだろう。なので別に、聞き咎められるようなポイントではない。

 そう、普通なら。

 問題は、普段の俺ならこうはならないということだ。

 

『つ、疲れました……』

 

 芽愛から見た「アリシア・ブライトネス」なら当然こうなるべき場面。

 普段から誰に対しても敬語な「アリスちゃん」がですます口調なしで思わず放った一言。これは芽愛にとって物凄い破壊力があったらしい。瞬時に目をきらきらと輝かせて俺の手を取り、冒頭の発言を繰り出してきた。

 

「だって、アリスちゃんが普通にお喋りしてくれたんだよ? もっと聞きたい!」

「私が普段普通じゃないみたいじゃないですか……!」

 

 変人だと思われるのは心外である。

 いや、常時敬語は変人か?

 美少女ならスルーされてしかるべき案件だと思うが……もしかすると俺の常識は世間とズレがあるかもしれない。何しろ家にメイドさんがいて、俺より小さな成人女性がいて、本当に疲れの取れる栄養ドリンクが冷蔵庫に常備されていて、同い年の少女がエロゲを薦めてくる環境だ。

 今まで積み重ねてきた女子としての実績が崩れていくような錯覚を覚えつつ、いやいや大丈夫なはずだと不安を追い払う。

 

「……敬語以外はあまり上手じゃないんです」

 

 言い訳としてはこれが順当だろう。

 照れくさい気持ちになりつつぽつりと言うと、芽愛が小さく何かを呟いた。可愛い、と聞こえたような気もするが、実際はキモイと言ったのかもしれない。それくらいの声量。

 満面の笑みを浮かべた友人の少女はうんうんと頷いて、

 

「別に上手じゃなくても、敬語抜きでお話してくれていいんだよ?」

 

 慈愛の籠もった眼差しに、胸がきゅう、と締め付けられる。

 衝動的にこみ上げてきたのは芽愛への愛しさ。身体と立場に引っ張られているのだろうが、女子になってから時々こんな風に感情が溢れてくる。

 すぐさま抱きついてうれし泣きをしたくなるが、それが自動的に実行される直前に、

 

「あら、何の話?」

 

 見送りに来てくれた鈴香が姿を現した。

 

「えっとね、さっきアリスちゃんが一言だけ敬語抜きでお喋りしてくれて──」

「芽愛さん、それ以上言ったらひどいですからね!?」

「? アリスちゃん、ひどいってどんな風に?」

「え? そ、それはほら、笑い疲れるまでくすぐり続けるとか……?」

 

 咄嗟に聞き返されると何も浮かんでこなかった。

 さすがにくすぐり攻撃はないだろうという気がするが、しかし、女子の身体に無体なことはできない。弱い脇の下などを触る時点でくすぐりもアウトかもしれないくらいだ。イリーガルユースオブハンズとかいうやつである。

 なお、他に思い浮かんだのは頬をつねるとか突く等の、俺が普段やられていることだった。朱華ももう少しまともな攻撃をしてきてくれれば……って、それも何か違うか。

 などとわいわいやっている間に理緒さんが顔を出して、送迎の準備ができたことを俺達に告げた。

 

「それじゃあ鈴香、またね」

「ええ。アリスさんも、今日はゆっくり休んでくださいね」

「ありがとうございます。教えてもらったこと、忘れないように練習しておきますね」

 

 月曜日に学校で会おうと約束して、俺達は別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 帰りは疲れているだろうから、と、理緒さんは家まで送ってくれた。

 メイド服の入ったトランクケースを手にシェアハウスに帰還すると、ぱたぱたと二つ分の足音が奥から聞こえてきた。

 

「お帰りなさいませ、アリスさま」

「お疲れさま。どうだった?」

 

 ほっとする笑顔と、掛値なく毎日見ている呑気な表情。

 ノワールと朱華に微笑んで答える。

 

「はい。すごく勉強になりました」

 

 するとノワールは「それは良かったです」と頷いてくれた。

 朱華の方は「ふうん……?」と声を上げると、何かを調べるように俺の顔を覗き込んで、

 

「大して変わった気はしないわね。いつにも増して背筋が伸びてるような気はするけど」

「別人みたいに変わってたらそっちの方が怖いじゃないですか」

 

 珍しく出迎えてくれたと思ったらこれである。

 少しからかってやったほうがいいのか。

 俺は少しだけ思案してから、今日教えてもらったことを思い出しつつ、ノワールに似せた声音を作って、

 

「朱華()()はもっとメイドらしい()()()がお望みなのですか?」

 

 上目遣いで見上げると、隣にいるノワールが「……っ」と息を呑んで頬を上気させる。

 しかし肝心の相手には大した効き目がなかったらしく、彼女はふっと笑うとぽんぽん、と俺の頭を軽く叩いて、

 

「あたしはいつものあんたが好きよ」

「……っ」

 

 赤面させられたのは俺の方だった。

 今日は一日頑張った、と自信を持って言える疲れた身体に甘い言葉は深く染みる。思わず目が潤んでしまいそうになるのを必死で抑えて「そうですか」と()()()()()()答えると、朱華の顔には「してやったり」といった表情が浮かんだ。

 

「あたしをからかおうなんて十年早いのよ」

「っ、この……っ!」

「あ、アリスさま! 抑えてください! 朱華さまにも悪気は()()()()ないのです!」

 

 ノワールに抱きしめられるように止められなかったら、朱華に飛びかかった俺は彼女を押し倒していたかもしれない。

 押し倒した後のプランは全くなかったので、できたとしても頬を引っ張るとかその程度だろうが、転んだ拍子に頭を打った可能性もある。軽挙妄動は碌なことにならない。ついかっとなってしまったのは反省しなければならない。

 と、思っていたら朱華に「あんたってそういうの向いてないわよね」と言われた。

 さすがにむかっとしたので朱華の脇をくすぐってやったら、あっさり攻守逆転して思い切りくすぐられた。くすぐったすぎて泣きそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほう。中々様になっているではないか」

「ありがとうございます」

 

 せっかく教わった内容を忘れてしまうのも勿体ないので、早速夕食時に試してみた。

 休日出勤から帰って来た教授を含むメンバーを相手に皿や料理を運んだり、飲み物を注いだりするだけ。言ってしまえばノワールのお手伝いだが、立ち居振る舞いが変わるだけでも案外それっぽく見えるらしく、みんなの反応は好評だった。

 シルビアも満更ではなさそうに笑顔を浮かべて、

 

「うん、すっごく可愛いよー。スカートめくりたくなるくらい」

「やめてください」

 

 冗談だろうが、実際にスカートに手が伸ばされたので、身をよじってかわす。

 と、銀髪の少女は不思議そうに首を傾げて、

 

「でもアリスちゃん? どうしてわざわざメイド服着てるの?」

 

 そう。

 給仕の真似事をする俺は、昼間さんざん着たばかりのシスターメイド服を再び身に纏っていた。そのため、リビングには一時的に二人のメイドが居る状態。

 一回着ただけとはいえ、本番前にクリーニングに出しておいた方がいいかもなのでその前に、というのもわざわざ着た理由なのだが、

 

「着替えないと気分が出ないじゃないですか」

 

 戦いの時に聖職者衣装を纏うのと同じこと。

 メイドとして振る舞う時はメイド服を着た方が能率が上がるのである。特に、普段着で家にいたのでは気分がなかなか切り替わってくれない。

 剣道の防具みたいに機能的な問題ならともかく、ただのやる気でそんなに変わらないだろ……という、常識的な感覚はこの際無視である。特殊職業に制服があるのだってこの手のマインドセット的意味も含まれているはずだ。

 

「アリスさまもわかってくださいますかっ」

 

 今日のメイン料理──鶏肉の香草焼きを運びながらノワールが弾んだ声を上げる。

 

「衣装はしっかりした方が楽しいですよね? でしたらこの機会にもう一着メイド服を──」

「いえ、さすがにこれ以上は……」

「ですが、アリスさま? 予備は必要では?」

 

 鶏肉をナイフで切り分けつつ、小首を傾げるノワール。

 

「シスターメイド服を下ろしてしまいましたし、クリーニングに出すかもしれないのでしょう? 普段から練習するのであれば、念のため二着あった方が良いと思います」

「……確かに」

 

 シスターメイド服は聖職者衣装としても使えるので、文化祭が終わったら戦闘用にしたい。

 他のメイド服は一着しか持っていないわけで、頻繁に着て消耗を早めることを考えればもう一着あっても損はない。

 買うとしたらどんなものがいいだろうか。

 別にオーソドックスなものをもう一着でもいいのだが、それだと芸がないのは俺でもわかる。奇をてらいすぎるのも違うが、ある程度、目新しいものを用意したいところだ。

 

 と、切り分けられ解されたチキンをバゲットに載せてぱくりと口に放り込んだ朱華が「んー!」と歓声を上げ、それから俺を見た。

 

「ほんと、あんたも馴染んだわよねえ」

「いいじゃないですか。……あ、そういえば朱華さん、チャイナメイドっていうのがあるとか言ってましたね」

 

 足を出すほど可愛いとかいうルールがありそうな(独断と偏見)チャイナ服とメイド服が合うのかは正直未知数だが、ちょっと画像検索してみてもいいかもしれない。

 お揃いになってしまうので文化祭には使えないものの、ノワールばかり贔屓していると拗ねた朱華のことだ、少しは喜んでくれるのではないか。

 するとシルビアと教授も顔を上げて、

 

「ノワールさん、ノワールさん。ドクターメイドとか研究者メイドとかないのー?」

「ふむ。学者メイドなんていうのはどうだ?」

「ええと、ナースメイドは比較的メジャーかと思いますが、他はあまり……」

 

 えー、と文句の声が上がった。

 いやまあ、白衣羽織るとか、ぶかぶかのローブを着るとかになるともはや何がメイドなのかわからないよな……。

 

 

 

 

 

 

 後で調べてみたところ、ナースメイドは意外と普通だった。

 というか、凝った品になればなるほどシスターメイドとの差が少なくなるイメージ。ナースメイドにも十字のモチーフ(ただしこっちは正十字が多い)が使われるせいもあるかもしれない。

 チャイナメイドとどっちを買うか悩むところだが、

 

「せっかくなので二着買っちゃいましょうか」

「素晴らしいです、アリスさま。では一着はわたしがプレゼントを──」

「いえ、さすがに自分で買いますから」

 

 とはいえ、注文はいつも通りノワールのアカウントを使った。

 オーダー中の聖職者衣装の件もあるため、彼女の会員グレードは上がっていく一方である。

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