帝王と自虐系トレーナー   作:平々凡々侍

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自虐系トレーナー誕生

 

 "皇帝"シンボリルドルフと初めて会った日の事を俺は今でも鮮明に覚えている。

 

『君の走りをもっと見たい』

 

 俺がシンボリルドルフをスカウトしようと思った最初の理由は至極単純で……選抜レースでの彼女の圧倒的な走りに一目惚れしたから、だ。

 

 トレーナーとして彼女を担当するのには、彼女の実力を考えれば「勝てなければトレーナーが無能」と考えられる可能性があるなど少なからずリスクがあったがそんなことは些細な問題だった。

 

『トレーナー君。3日後に、私は同じ事を君たちに問う』

 

『その時は君の答えを、何らかの形にして私の前に示して欲しい』

 

 だがまぁ…そんな簡単に了承してもらえるほど現実は甘くなく、中々の課題を彼女から出された俺は四苦八苦しながら考えに考えた。ここまで何かに頭を使ったのはトレーナー試験以来のことだった。

 

 その後、カフェテリアに居るとシンボリルドルフと会い、彼女の意外な一面…絶望的なまでのギャグセンスを見せられ、生徒思いな考えを聞きーー俺は彼女の目標()を知った。

 

『俺は君の語った愚かで甘く、遠い夢……その実現の手助けをしたい。そして、願わくば夢が実現した先……そこに広がる景色(みらい)を見てみたい』

 

 失礼は承知の上で、俺は俺の本音を彼女に伝えた。

 こうして俺は"皇帝"のトレーナーになり………当時はそれを心の底から喜んだ。

 

 それが俺にとっての苦痛の始まりとも知らずに。

 

 

 ──────────────────────

 

 

 重々分かってはいたつもりだったがシンボリルドルフは俺の予想を遥かに超えるレベルで強かった。

 

 レースに出れば毎度「1着をとるのが当然」と見る者全てに思わせる圧倒的な力を見せ、タイトルを総なめにしていく。

 

 それを最初、俺も誇らしく感じていた。

 

 でも、そんな日々が幾らか続いたある日……

 

(彼女に俺の手助けは必要なんだろうか?)

 

 不意にそんなことを思うようになった。

 

 初めの頃は咄嗟に「まずい」と思い、その思考を放棄した。だけど、すぐにそれすらできなくなって、

 

(俺が居ても居なくても、彼女は勝ち続ける)

 

 その思考は止まらない。

 

(彼女は"皇帝"だ。彼女の走りは絶対だ)

 

 その思考は止められない。

 

(なら俺は一体何の為に彼女の側に居る?)

 

 その思考はもう止められなかった。

 

 

 

 

 

 彼女のトレーナーになる以前。

 俺には少なからず、トレーナーとしての自負があった。

 担当したウマ娘の為に努力は惜しまず誠心誠意励み、彼女らの夢を叶えるため全身全霊を尽くしてきた。

 

 しかし、"皇帝"シンボリルドルフの担当となって半年。俺のそんな自負は木っ端微塵に砕け散った。「たった半年で…」と思うものもいるだろうが然れど半年だ。彼女が類稀なる才能の持ち主である事を実感し、到底追いつけないと悟るには十分過ぎる時間だった。

 

 シンボリルドルフ以外にも何人かのウマ娘を担当したことはあったが……

 

『俺は、君の力になれているか?』

 

 自信を失った挙句、そんな事を担当しているウマ娘に聞くなんて無論初めての経験(こと)だった。

 

『神妙な面持ちで何を言うかと思えば……勿論。君はいつも私の力になってくれているとも。トレーナー君、君はもっと自身に自信を持つべきだ。……ん? 自身に自信……ふふ』

 

 ……まぁ彼女のギャグセンスにはノーコメントとして。

 シンボリルドルフはそう答えてくれたが俺にはそれが「気遣い」にしか感じられず……日が経つにつれ、俺は徐々に彼女と過ごす事に苦痛を感じるようになった。

 

 

 彼女と会うと、彼女の「走り」が頭を過ぎる。

 

 

 彼女と話すと、彼女の「強さ」が頭を過ぎる。

 

 

 彼女と居ると、自分の「弱さ」が頭を過ぎる。

 

 

『俺は君の語った愚かで甘く、遠い夢……その実現の手助けをしたい。そして、願わくは夢が実現した先……そこに広がる景色(みらい)を見てみたい』

 

 ……今思い出せば反吐が出るッ。本気で、心の底から彼女の力になれると思っていたあの時の俺は身の程知らずの愚か者だった。

 

 シンボリルドルフという存在と向き合う度、俺は俺の無能さを自覚させられ、自分がどれだけ彼女にとって不必要な存在なのか理解させられた。

 

 

 

 そして、その苦痛に俺は耐えられず、無責任な決断をしたのだ。

 

(彼女が三冠を取るまで、全身全霊を懸けて彼女の手助けをしよう。それでもまだ…この苦痛が消えなかった時はーー)

 

 ーー彼女のトレーナーを下り、トレセン学園を去ろう。

 

 トレーナーが居なければウマ娘はレースに出走できないが、彼女は誰がトレーナーになろうとも勝てるだろう。幸い俺の代わりはいくらでもいる……それに代わりのトレーナーになら最適な当てがある。俺と一緒にシンボリルドルフのトレーニングメニューなどを作成してくれたサブトレーナー…俺の後輩だ。俺なんかよりも遥かに優秀なアイツなら、シンボリルドルフに相応しいトレーナーになれるだろう。

 

 まだ辞めると確定した訳じゃあないが先に後輩に辞職届を渡すと、後輩は最初「いやです」と即答し一向に受け取ってくれなかったが本気で土下座をして頼み込めば渋々受け取ってくれた。

 

 そして、

 

菊花賞を制したのは"皇帝"シンボリルドルフ!!!

 

見事三冠達成! 無敗の三冠達成だ!

 

 ーー彼女は三冠を達成した。

 それも「無敗の三冠」という俺が俺の存在を不要だと自覚するには十分過ぎる、文句なしの結果を。

 

(……あぁ、やはり俺はーー)

 

ーー苦痛は消えなかった。だから、こうして俺は"皇帝"のトレーナーを辞め、トレセン学園を去った。

 

「お世話になりました」

 

 駿川さんは俺に学園に残るよう説得し、理事長は最後まで反対していた……だから無断で学園を後にした。

 

 

 

 

 

 それからのことは断片的にしか記憶にない。

 

 電車に乗って、暫く歩いて、気付けば海に着いていて、寄せて引く波と空をボーッと眺めていたら…気付いた時にはもうすっかり夜になっていた。

 

「…………」

 

 冬の夜空には無数の星が煌めき、潮風は冷たく吹いている。

 俺はふとスマホを取り出し、画面に表示されているメッセージ件数がまた増えているのを見て苦笑した。ルドルフに学長や駿川さん、他にも学園で仲が良かった何人かのウマ娘や同僚、先輩、後輩らからもメッセージは来ており……メッセージ件数は軽く二桁を超えていた。

 

 我ながら、本当に沢山の人に恵まれたものだ……そう思いながら、

 

「………」

 

 ーー俺はスマホを海へと放り捨てた。

 続けて幾つかの私物が入ったカバンを足元の砂場に置き、ポケットに入っていた財布も置く。

 

 これから何をするのか、それは見る人が見れば一目瞭然だろう。

 

「どうせ俺なんか……」

 

 俺は一歩海へと歩を進める。

 

「ねぇねぇオジサン、こんなところで何してるの? 冬の…それも夜の浜辺にそんな薄着でいたら風邪引いちゃうよー?」

 

 ーーそんないい所で、後ろから声を掛けられる。

 本来なら無視する所なのだが…一つだけ無視できない単語があったので俺は足を止め振り返り、そこにいた子供に言ってやった。

 

「……おじさんじゃない。お兄さんだ」

 

 二度と間違えるな(半ギレ)

 それだけ言った俺はまた海の方へと向き直り……

 

「ふ〜ん。それでオジサンはここで何してるの?」

 

「…………」

 

 怒りから少し頭がピキッとした。

 子供は俺の前に素早く回り込み、こてんっと小首を傾げて聞いてくる。いやだから俺はおじさんじゃなくてお兄さn

 

「オジサ〜〜ン? 聞こえてる? もしもーし?」

 

 ………何だこのクソガキっ?!(驚愕)

 

 

 それから体感時間にして十分ほど。

 俺はガン無視を決め込んだ。相手は子供。構ってくれないとわかれば勝手に飽きてどっかに行くだろうという考えからの行動だった。しかし、

 

「オジサン! オジサーン! オジーサン!」

 

「…………」

 

「オジサン! オジサン! オジサン! オジサン! オジサン! オジサンサン!」

 

 一向にそのクソガキはこの場から離れる気はないらしく、俺の周りをグルグルと回りながら色んな発音で「オジサン」と連呼し最後には妙なリズムで「オジサンサン!」とか言い出しやがる。

 

 このクソガキ、幼稚に嫌な煽り方してきやがる……まさか俺が何かしら反応するまで続ける気なのか?

 

「………はぁ、しつこいなお前」

 

「あっ! やっと返事した〜! ブーブー、ボクを待たせるなんてオジサン何様なのさ」

 

 お前が言うな、という言葉を何とか飲み込んで目の前に立つ生意気なウマ娘へと根負けした俺は口を開く。

 

「その台詞そっくりそのまま返すぞ。お前は何様だ?」

 

「ボク? ボクはトウカイテイオー! 近々、無敵の三冠ウマ娘になるテイオー様だー!」

 

 クソガキ…じゃなくトウカイテイオーと名乗ったウマ娘は腰に手を当て自慢気な顔で胸を張る。何様だ?って聞いて「○○様!」て答えるところ見るに本当に子供だなオイ。

 

(トウカイテイオー。その名前……あと、顔も声もどっかで見聞きしたような気が……?)

 

 沸いた疑問に内心首を傾げた俺は……その後、トウカイテイオーの喋りに適当に対応しながら次のように言って早く家に帰るよう促した。

 

「というか、こんな時間まで子供が一人でランニングなんかするんじゃない。最低でも二人以上、保護者同伴でしろ。分かったな? 分かったならさっさと帰れ」

 

「ふぅーんだ、ボクは子供じゃないもん! 一人でランニングぐらいできるやい!」

 

「小学生だろ? なら子供だろ」

 

「小学六年生だからもう大人なんだよぉ!」

 

「何だその理屈……」

 

 帰るよう促したんだが、何故だかトウカイテイオーは帰る素振りを一向に見せない。だが俺は諦めず促し続けた。

 

「なぁクソガキテイオー。今は19時だぞ? それも冬の19時だ。もう外は冷え切って……さっさと暖かい家に帰った方がいいんじゃないか? きっと親御さんも心配してるだろう」

 

「ふふ、ボクはこんな寒さヘッチャラだよ! あとーークソガキテイオーじゃない! ボクはト・ウ・カ・イ! テイオーっ!!」

 

「……悪かったって、単純に語呂がよくてつい口に……悪気はなかった」

 

 たった数分、会話してみて分かったことだが。

 俺とトウカイテイオーは相性が悪いように思える。だって会話が全く先に進まないし……こいつ人の話ろくに聞かないし……

 

「それよりオジサン。さっきからボクに帰れ帰れ言ってるけど…何でそんなにボクに帰って欲しいの? ……あ、分かった! さてはオジサン何か悪い事しようとしてるんでしょー!」

 

 ーー俺のこと未だにオジサン呼ばわりだしッ……!

 

(……悪い事、ね)

 

「悪い事なんてする気はない。ただ大人として、子供であるお前の心配をしてやってるだけだ。……分かったらさっさと帰れ。風邪引くぞ」

 

「最初にも言ったけど、オジサンもそんな薄着じゃ風邪引くよー?」

 

「……引く前に帰る」

 

 俺はそう言ってトウカイテイオーとの会話を中断、彼女に背を向けて足早に歩き出す……その場に置いたカバンと財布を放置して。

 

「……そっ、わかった! じゃあボクは帰るけど、オジサンも夜遅くまで遊んじゃダメだよ〜?」

 

「……お前が言うな」

 

「ボクは遊んでたんじゃなくてトレーニングしてたのー!」

 

 ……そんな会話を最後に俺とトウカイテイオーは別れた。ふぅ、やっと帰ったなあのガキ。軽やかに走り去っていく後ろ姿を暫し見送った。

 

 

 

 

 

 それから俺は再び歩き出し、

 

「? あれは……」

 

(灯台か)

 

 そのまま海へと突っ込もうかと思った時、ふと砂浜の奥に明かりのついていない寂れた建物を見つけ……僅かに興味を惹かれる。海が近いという理由でここに下りたが、ここら辺に来たことはあまりなかったのでついつい俺の足はその建物へと向き、

 

「……何してんだろ、俺」

 

 気付けば俺は寂れた灯台の中に入り、階段を上っていた。冷静に考えてみると本当にこんな行動をしている理由が分からなくて……「疲れてんだな俺」と思うことで無理矢理納得する。

 

 灯台の外観は海風の影響か中々に錆びており、中は真っ暗で目を凝らせばそこら中に蜘蛛の巣が張ってあったり、空き缶やタバコの吸殻などゴミが散乱していた。一目見てかなりの年月が経っている事が分かる。

 

「…………っ!」

 

 それから、階段を上り始めて数分後……不思議と後ろで何かが動いたような気配がして俺は思わず振り返った。

 

 今間違いなく、何かが後ろにいた。

 

(いない? いや階段を下りて隠れたんじゃーー)

 

 俺はその気配の正体を探ろうと階段を下りようとして、

 

「ーーにゃ、にゃあ〜〜」

 

「………何だ、ただの猫か」

 

 ーー下の方から聞こえた可愛らしい猫の鳴き声に気配の正体を「猫」と断定し、俺は再び階段を上り始める。そして、

 

 

「ーーーーーー」

 

 すぐに灯台の頂上に到着した。

 

 灯台の頂上からは夜のせいもあり、海の景色は全く見えない。

 だがそれでも構わなかった。

 綺麗な景色を見たくてここまで上ってきた訳じゃない。ここまで来たのはただの興味本位なのだから。

 

(この高さなら、簡単にいけるかもしれない)

 

 それにここまで来た甲斐は案外あった。

 俺は頂上に取り付けられた手摺りを跨ぎ、狭い足場に自ら立ち、下を見つめる。ここから下の海まで軽く20mはあるだろうか?

 

「……どうせ俺なんか……」

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、俺は片足を一歩前にーー何の足場もない宙に出しそのまま海へ向かって真っ逆さまに落ちていった。当然ながら意図的に。

 

 シンボリルドルフのトレーナーを辞め、トレセン学園を去るという無責任な行為にどうすればケジメをつけられるか……考えた結果がこれだった。

 

 ……いや、違うな。

 本当は「どうすれば自分が楽になれるか」と考えた結果がこれだったんだ。

 

「ッ?!」

 

 凄まじい音が鳴ったと思えばすぐに強烈な衝撃が体中に走り、俺の体は海の中へと入り…ゆっくりと沈み始める。高所から海に落下した際の衝撃で体は思うように動かない。

 

(あぁ、これならちゃんと終われそうだ)

 

 命が順調に削れていくのを感じながら俺は水中で目を閉じた。

 

 痛い、冷たい、暗い、怖い、何て事を感じながら俺は沈んでいく。

 

(死ぬ間近になって怖い、死にたくないなんて、本当に俺は……どうしようもない)

 

 そして俺は意識を

 

 

「ーー! ーー!! ーーーー! ーーーー!!」

 

 ーー手放す直前、水中にいる為に音が濁っていてよく聞こえないが…誰かの声?らしきものが聞こえた。

 

 誰かの小さな手が俺の腕を力強く掴んだ……ような気がした。

 




?「おそろしく速い誕生から引退…オレでなきゃ見逃しちゃうね」

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キャラ紹介
・自虐系トレーナー
本作のオリ主。名前は多分出ない。
元は自身の才能を信じて疑わず内心で「俺天才だな」と思うような性格だったが、シンボリルドルフという本物の天才と一年過ごした結果「どうせ俺なんて…」と自信を喪失し自虐系トレーナーとなった。そのため現在では自分を三流トレーナーと思っている。実際の所はトレセン学園のトレーナー試験に受かっている時点で三流ではない。

ちなみに台詞が某地獄兄弟の人だったりするのは「自虐」を吐くキャラを連想して……作者の中で真っ先に思い浮かんだのが矢車さんだったから。
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