彼と彼女は運命に抗う   作:宮川アスカ

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タキオン星3にしてぇ〜


第2話 研究対象

 あの後、俺は彼女との面会の為に部屋を1つ用意してもらった。

 

 それにしても随分と上質な部屋だ。座ると体が沈む程のソファに座っていると、目の前の扉が開かれる。

 

「おや? 呼び出しとの事だったから退学の話かと思っていたんだが…… 君は誰かな?」

 

 ピコっと立ったウマ娘特有の耳。無造作に肩口辺りまで伸ばされた茶色い髪。そのてっぺんには、長いアホ毛がユラユラと揺れている。

 赤い瞳にはハイライトがなく、どこか怪しげな目をしているものの、表情は死んでいない。

 

「はじめまして。俺はこの学園のトレーナー。に、なるかもしれない人間だ。まぁ、それもこれも君次第だけどな」

 

 俺の言葉に、ふむ。と彼女、アグネスタキオンは腕を組む。

 

「つまり君は私をスカウトしたいという事かい? なら諦めた方がいい。これ以上研究を遅延させるつもりはないんだ」

 

「研究?」

 

 俺がそう聞くと、タキオンは得意そうにツラツラと話し始める。

 

「ああ。特殊相対性理論に矛盾することなく、高速度より速く動く仮想粒子の存在は、未だ完全に否定されていないんだ。定説ではウマ娘の最高速度は時速70kmと言われているが、それ以上に到達しえる可能性を否定できる根拠は未だ見つかっていないんだよ!」

 

 タキオンはそう言うと、バッと手を広げる。

 

「分かるかい!? 可能性なのだよ! この脚は! この身体は! 

 

 可能性に満ち溢れている! 速く! もっと速く! 

 

 ──可能性の果ては、遥か彼方にあるのだから!!」

 

 その言葉に俺は驚愕し、目を見開き、そして、思わず笑みが込み上げてくる。

 

「ハハッ……。ハハハッ。アッハッハッハッハッ!」

 

 可能性の果ては遥か彼方にある。か……

 

 その言葉は、俺が前世で何度もタキオンに言ってきたものだ。

 それを彼女が口にしたのだ。そんなの、嬉しくないはずがないだろう!? 

 

「つまり、お前はウマ娘の肉体改造の為の健康な実験体が欲しいんだろう?」

 

「ああ。そういう事になるね」

 

「なら、いるじゃないか。うってつけの被検体が」

 

「ふむ。それはいったい……」

 

 首を傾げるタキオンに、俺はゆっくりと指をさす。

 

「お前だよ、タキオン。自分が構築した理論を他人に委ねるな。己で体現してみせろ。お前にはそれを実現できるだけの脚が、身体が、才能がある。そして俺にはそれを最大限まで引き出せる腕がある」

 

 タキオンが求めるのは月並みのトレーニングじゃない。

 必要なのはトレーナーが定めた価値基準か? いいや、ウマ娘達の価値基準だ。

 だから俺のトレーニングが必要でないと感じたのならやらなくても良い。何故なら日々のトレーニングでさえタキオンにとっては研究の一環でしかないのだから。

 

「ただそのかわり、証明しろ。他の誰でもない、己が最速だと。その超光速の粒子の先こそが、遥か彼方の可能性なのだと!」

 

 それを聞いていたタキオンは、驚いた様に笑い始める。

 

「クッ、クク……アッハッハッハッハッ! いやぁ、驚いた。面白いなぁ、君は。ウマ娘の価値基準に合わせる? そんな事を言ってきたトレーナーは君が初めてだよ!」

 

 タキオンはそう言い、ふふっとマッドな笑みを浮かべる。

 

「私が言うのもなんだが、君は相当狂っている」

 

「嫌か?」

 

「いや、気に入った。そうと決まれば早速職員室に向かおう。トレーナーが決まったというのに、このままでは退学になってしまうからね」

 

 タキオンはそう言うと、部屋を出て行こうとする。そして、ふと何かを思い出したかのように足を止め、首だけこちらを振り返る。

 

「なんだか君とは初めて会った気がしないよ。トレーナーくん」

 

「ああ、俺もだ。アグネスタキオン」

 

 窓から差し込む茜色の夕焼けを浴びた彼女は、この世のどんなものより美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事から始まったタキオンとのトレーニング生活。

 

 ──1日目。

 

「……来ない」

 

 早速だが、タキオンがトレーニングコースに現れる事はなかった。

 まぁ、それは良い。自由にさせるとは言ったからな。ただ、これが何日も続くようなら、それはそれで困る。必要最低限の練習には来て欲しい。そうでないと俺がいる意味がない。

 

 しかしなるほど。競走馬とウマ娘を同じとは考えない方が良さそうだ。ウマ娘にも心がある。もちろん競走馬にも心はあるが、ウマ娘はそれが人間に限りなく近い。

 

「今日は来なさそうだな」

 

 日も沈み始め、ウマ娘達も疎らにトレーニングを終了し始めている。とりあえず今日のところは帰ろうと思っていると、突然後ろから声をかけられる。

 

「おや? 待ちたまえよトレーナーくん。どこへ行こうとしているのかな?」

 

 そこには、初めて彼女を見た時と同じように、ジャージ姿のタキオンが立っていた。

 

「驚いた。今日は来ないものかと思っていたが」

 

「いやぁ、すまない。今日は最初から来る予定だったんだがね。想像以上に研究に没頭してしまったよ」

 

「いや、来るという意思があるのなら問題ない」

 

 俺はそう言うと、数枚の紙をタキオンに渡す。

 

「これは?」

 

「デビュー戦までにやってもらう必要最低限の練習メニューだ。余裕を持って組んである。研究を邪魔するつもりは無いが、この量だけは取り組んでくれ」

 

 俺の言葉を聞きながら、紙に目を通すタキオンはどこか怪訝そうな顔をする。

 

「ん? どうした?」

 

「いやぁ、なに。気にしないでくれ。思いのほかメニューが少なかったのでね」

 

 まぁ、確かに普通のメニューに比べればかなり少ない方だろう。

 ただこれは、タキオンのモチベーションと研究への時間を考慮したものだ。それにタキオンの研究が速くなる為のものだとは理解している。

 

「ただし、その研究が目標に繋がらないものだと判断した場合は止めに行くけどな」

 

「ほぉ。それは気をつけるとしよう。それにしても、このトレーニング。足腰や体幹。筋力強化がメインなんだねぇ」

 

「意外か?」

 

「……まぁ、そうだね。君も私の脚質は理解しているのだろう? ならばスピードに関するトレーニングをすると思っていたのだが……」

 

「普通はそうだろうな。だが、このトレーニングにもちゃんと理由はある」

 

 まぁ、その理由は教えないがな。

 

「そのほうがタキオンは研究意欲がますだろ?」

 

「へぇ、君は随分と私の性格を理解しているらしい」

 

 タキオンは紙で口元を隠し嬉しそうにこちらを見上げてくる。

 

「それにこの時間。俺としても中々有意義な時間だったしな」

 

「ほぉ、その理由は?」

 

「多くのウマ娘達のトレーニングを見る事ができた。例えば、あそこで走ってる彼女」

 

 俺はそう言うと、長く淡い茶髪のウマ娘を指さす。

 

「軽くしなやかな脚に、スタート直後の加速力。馬群の中での精神力と言うよりかは、最後の直線で抜かれまいという粘り強さがある。理由は分からないが今は先行での練習をしているようだが、これを逃げの脚質にすれば恐らく相当化けるだろうな」

 

「……驚いたな。彼女の事は元々知っていたのかい?」

 

「ん? いや、今日初めてみたよ。まだデビューしてないみたいだしな。確か彼女がここに来たのが15時位だから……丁度2時間前くらいか?」

 

(いやはや、本当に驚いた。1日どころか2時間見ただけで、君はそこまで理解したと言うのかい? ……全く。これは困ったものだね)

 

 俺がそう伝えると、タキオンは笑い始める。

 

「まったく、君のせいでまた新たな研究が出来てしまったよ」

 

 タキオンはそう言うと、手を横にし、やれやれと首を振る。

 

「君という1人の人間を解明したくなってしまった」

 

 手を顎に添え、こちら覗き込む様に、彼女は怪しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、きたるデビュー戦。

 

 光を超える素粒子と名ずけられたそのウマ娘は、瞬きすらも許さぬ圧倒的なスピードで、今、先頭でゴール板を駆け抜けていった。




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タキオンのアホ毛可愛いよね。

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