彼と彼女は運命に抗う   作:宮川アスカ

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第5話 夜の公園とスランプウマ娘

「はぁ。どうしたもんかねぇ」

 

 俺は、秋川理事長に言われた言葉を思い出し、小さくため息をついた。

 

 ──チームを作って欲しい。

 

 それを言われたのが少し前の事。皐月賞までのタキオンの活躍をみての事らしい。優秀なウマ娘を育てる為に優秀なトレーナーが多くのウマ娘を見る。非常に理にかなった制度だ。

 それに調教師時代も、1人が数頭の馬を調教するなんて事はざらにあった。

 故にチームという制度に文句はないが、いかんせん今はタキオンのトレーニングに集中したい。

 

「あぁ! やめだやめ! 今は考えるだけ無駄だ」

 

 ただ、幸い直ぐにとの事ではない。

 俺は重くなった頭を切り替える為に、1度家を出た。

 4月の夜はまだ冷える。白い息を吐きながら、俺はコンビニで買ったお茶を片手に公園のベンチに腰掛ける。

 

 幻の三冠馬。その言葉は、タキオンに三冠を取るだけの力がある事の証明だが、三冠を取れる確証はない。競馬に、絶対はない。

 前世で日本ダービーを制したジャングルポケット。彼女もまた今世でもベストに近いコンディションを持ってくるだろう。

 菊花賞を制したマンハッタンカフェも、タキオンに敗れた弥生賞以降、長距離路線へとトレーニングを変え菊花賞に照準を合わせてきている。

 

 今後に向けたトレーニングメニューを考えていると、ふと、1人のウマ娘が走っているのが目に映った。

 

 ……まだ走ってたのか。

 

 最初はあまり気にしていなかったが、彼女は俺がここに来る前から走っていた。

 ただ、少し気になる事が。

 俺は職業柄、普段から持ち歩いているストップウォッチを取り出す。

 

「まさかと思ったが、これは……」

 

 感覚ではあったが、それが数字で表れた事によって確信に変わった。そしてそれと同時に驚愕と興味心が込み上げてくる。

 勝手ながら彼女のラップタイムを5度に渡って計らせてもらったが、驚くべき事にその全てのタイムが同じなのだ。

 彼女がどのようなコースを走っているかは分からないが、恐らくは同じだろう。

 

「お疲れさん」

 

 気づけば俺は、彼女に話しかけていた。

 

 公園の入口。6度目の周回が終わったところで、脚を止めた彼女に先程お茶と共に買っていた水を差し出す。

 

「貴方はタキオンの……」

 

「ん? 俺の事知ってるのか?」

 

「それは勿論。今、世間ではタキオンの話題で持ちきりですから。そうなれば必然的にそのトレーナーさんの事も」

 

 彼女は、ありがとうございますと言い、水を受け取るとそう答える。

 

 それにしても何処かで見た事があると思ったら……。そうか、そういう事か。道理で何か引っかかると思ったんだ。

 

 オレンジがかった淡い茶髪に翡翠色の瞳。遠目では分からなかったが、近くに来てようやく気づいた。彼女は、タキオンとのトレーニング初日の時に見たウマ娘だ。

 

 ラップタイムを計りながら、素晴らしい走りをすると同時に、少し懸念点があったのだ。

 

「相変わらず、窮屈そうな走りをしてるな」

 

「! ……それはどういう事ですか?」

 

 おっと。どうやら声に出てしまっていたようだ。

 

「どういう事も何も……いや、まて。まさかと思うがまだ先行で走っているんじゃないだろうな」

 

「? そうですけど…… それより私の質問に答えてください!」

 

 彼女はそう言うと、ズイっと近ずいてくる。

 

「その前に1つだけ教えてくれ。君、レースに勝ててないだろ」

 

「! 

 

 

 ……はい」

 

 核心を突かれたのか、彼女は今にも消えてしまいそうな、か細い声で頷いた。

 そりゃそうだろう。恐らく今の彼女ではOP戦は勝てても重賞で勝つことは難しい。

 

「理由は簡単だ。そもそも君は先行に向いてない。断言しよう。先行で走っている限り君は重賞を取ることはできない」

 

「! じゃあ! どうすれば!」

 

 その言葉に、彼女はまるで怒りと懇願が混じりあった様に、勢いよく俺の服を掴んでくる。

 

「どうすれば勝てるんですか!? 私は勝ちたい…… 私は、私らしく走りたいのに……」

 

 俺の服をギュッと握りしめた手は震えており、嘆く様に叫ぶ彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 俯きながら、俺の胸に預ける様に乗せた彼女の頭を、俺はそっと撫でおろす。

 

「簡単な話だ。逃げ、いや、大逃げだ。メリット、デメリットは考えるな。必要なのは先頭を譲らないという事実と、勝った時の快感が全て」

 

「大逃げ……」

 

 そう呟いた彼女は少し離れ、何処か覚悟を決めた様な目で此方を見てくる。

 

「私からも1つ質問です。貴方の下でなら私は勝てますか?」

 

 あぁ、くそ……

 

 今はそんな事してる場合じゃない。日本ダービーまで約1ヶ月しかないんだぞ。目先のレースに集中すべきだと理解はしている。

 

 ただ──

 

「絶対に勝てるレースなんてのは約束出来ない。が、今よりかは自分が見たい本当の景色が見れるだろうよ」

 

 理解はしているが、彼女の可能性を見てみたいと本能が告げているのだ。

 

「お願いします。私に、私にその景色を見させてください」

 

 ここでYESと答えれば後戻りは出来ない。ただもう、答えなど決まっている。

 

「今日から毎日この時間にこの公園で1時間。次のレースまで面倒見てやる。その後どうするかはその時決めれば良い」

 

「ありがとうございます!!」

 

 儚げで、何処か物静かな印象を持たせる彼女の顔が、パァっと明るくなる。

 そして、深く頭を下げた彼女の一言が、俺の今後を大きく変える。

 

「私の名前は──」

 

 

 

 

 

 1998年、宝塚記念。

 

 最速の機能美、異次元の逃亡者。

 

 その馬の顔を見る事ができるものおらず。

 

 速さとは自由で、時に孤独だ。

 

 常に先頭をひた走る

 

 その馬の名は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──サイレンススズカ

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