それだけです
合宿最終日。
合宿最後の練習を終え、辺りが夕闇に包まれる頃、お祭りが行われている神社の鳥居の前で、ゴールドシップとテイオーが来るのを待ちます。
周りは、お祭りということもあり、大勢の人で賑わいを見せていました。
少し遅れると言い、先に向かうように言われたのですが、彼女たちの姿は見えません。
時刻を確認すると、約束の時刻をとっくに過ぎています。
携帯が振動し、何かメッセージが来たことが分かり見ると、ゴールドシップから急用が入り、二人共祭りへ行けなくなったと連絡が入りました。
代わりに、他の方が来るそうですが、ゴールドシップにどなたが来るのか聞いても教えてくれません。会えばわかると言われたのですが。
一体誰が来るのでしょう。
トレーナーさんは屋台で店番をやると言っていましたので、一緒には回れません。
ここは、肝試しを一緒に回ったネイチャさんが来るのでしょうか。
二人が来れないのは残念ですが、お祭りを回るがてら、店番をしている彼の元に出向き、様子を見るのもいいでしょう。
話では、焼きそばの他にイカ焼きなどもあるそうなので、とても楽しみです。
「マックイーン」
聞き慣れている声で名前を呼ばれ、視線を向けるとそこには、屋台の店番をしているはずのトレーナーさんが立っていました。いつものスーツで、睡眠不足からなのか黒ずんだ隈が目立ち、死んだような目をして私の前に立っていました。
「トレーナーさん。どうしてここに……」
驚きのあまり、目を見開き思っていたことが言葉に出てしまいます。なぜ、彼が此処に。屋台の店番をしているのでは。
「今日、若い二人のバイトの人が代わりに入って、店番をしなくてよくなった」
「そうですか。なら、わざわざ私を探してくださったのですか?」
「ああ。その代わり、祭りに誘ってたウマ娘の子と一緒に回ってやれと二人に言われてな。祭りに来るのは分かっていたからな」
彼が、淡々と此処にいる理由を話してくれますが、聞き終わるとある疑問が生まれました。
「どうして、このことを今まで教えて下さらなかったのですか?教えて頂けたなら、一緒にここまで行きましたのに」
「俺もそう思ったんだが、昨日近くにいたゴールドシップに訳を話したら、「行くまで秘密でいろ」と言われたんだ」
「ゴールドシップが一枚噛んでいたのですか。それで……」
なるほど、そういう事ですか。それで、急な用事と言って二人共来れなくなったのですね。
「で、どうする?嫌なら、今からでも二人に連絡して、一緒に回ってもらって…」
「いえ、ぜひ一緒に回りましょう!」
そんなことを言う彼に、食い気味に言ってしまいます。一度は諦めた、一緒にお祭りを回るというイベントが嫌なはずありません。それに、ゴールドシップにここまでお膳立てをしてもらって、引き下がれません。
彼は、少し目を見開き驚く素振りを見せると、じっと私を見て言います。
「…そうか。なら、回るか」
「そ、そうですね。早くいきましょう」
少し、勢いよく言い過ぎました。
恥ずかしい…。
鳥居をくぐると、色々な屋台が並び、提灯や屋台の明かりが、いつもなら薄暗く静寂に包まれている神社に光が溢れます。夏の度、時折見られる光景なのですが、目の前に広がる光景はいつものお祭りより、キラキラと輝いて見えました。それは、このお祭りが他と違うのか、それとも隣にいる人が原因なのでしょうか。
辺りに香ばしさや甘い香りが漂い、期待に胸が膨らみます。
「トレーナーさん、見て下さい!ニンジン飴にりんご飴、こちらには、お好み焼きや焼きそば、射的にヨーヨー釣りの屋台があります。こんなにあると迷ってしまいますわ」
「そうだな」
「あちらには、人形焼にイカ焼き、それに……はっ!」
私としたことが、まるで子供のようにはしゃいでしまいました。食べ物の屋台ばかりに反応してしまったせいで、また食い意地が張った、食いしん坊のように見えてしまったに違いありません。
それに、体質上たくさん食べるのはあまりよろしくないでしょう。
何とか、弁解しなければ。
「ち、違いますの、トレーナーさん。別に全ての物を食べるわけではなく……」
「…自分の好きなように回ってくれ。ガス抜きも必要だからな。だから、今日は好きなだけ食べてもいい」
「…よろしいのですか」
てっきり彼にウマ娘としての意識が足りないなど言われると思いましたが、意外な答えに戸惑いを覚えます。
なので、折角お許しを頂いたので、はしゃぎ過ぎず楽しみましょう。
赤く宝石のように輝くりんご飴や、食欲を焚きつけられる香りのお好み焼きやイカ焼き、焼きそばなどを買い回ると、ふとヨーヨー釣りの屋台が目に入りました。
「トレーナーさん、次はあちらのお店に行ってもよろしいですか」
「ああ」
彼にヨーヨー釣りの屋台に行くことを伝え、お店の方にお金を払いヨーヨー釣りを始めます。
水に流れるヨーヨーを釣るのは難しく、何度も失敗してしまい、気づけば百円玉が無くなってしまいました。すると、それまで後ろで見ていた彼がお金を払い、私の隣へしゃがみます。意外にも、彼もヨーヨー釣りをやるのですね。
「……どれが欲しい」
「え?」
「いや、どの水風船が欲しいか教えてくれ」
どうやら、自分がやりたかった訳ではなく、うまく取れない私を見かねて代わりに取ってくれるようです。
「は、はい。では、あそこのピンクのやつを……」
「わかった」
返事をすると、ほんの数秒であっさりと私が取るのに手こずっていた水風船を取ってしまいました。その光景を見ていた私は口をポカンとしてしまいます。そして、取ったピンク色の水風船を受け取り彼にお礼の言葉を言います。
「あ、ありがとございます」
「大したことじゃない、気にするな」
彼は、そう言うと立ち上がり、まだ行っていない屋台へ足を運びます。私も、後を追い隣に並び歩きます。手には、今さっき貰った水ヨーヨーを傷がついて割れてしまわない様、大切に持ちながら次の屋台へと向かいました。
お祭りもあらかた回り十分に楽んだので、私達は帰路についていた時、暗い空に破裂音が鳴り響きました。上を見上げると、次々と綺麗な大輪の花模様が咲き乱れました。
「綺麗…」
空に咲く花火に、久方ぶりに見入ってしまいました。そういえば、昔にも似たようなことがあることを思い出します。
その時も、このような綺麗な花火を彼の隣で見て、手には水風船を持っていました。あの時も、自分で上手く取れなくて、泣きだしてしまった私を見かねて代わりに彼が取って下さいました。ですが、金魚すくいで取った金魚を、家で捌いて食べると自慢げに言われた時は、流石に驚きました。彼を説得して取った金魚をお店に返しに行って本当に良かったです。
そんなことを思い返すと、自然と笑みがこぼれてしまいます。同時に、胸に自分でもわからないモヤモヤした感情が湧いてくるのが分かりました。
「そんなに楽しかったのか?」
微笑む私を見てか、彼が聞いてきました。
「はい、とても楽しかったです」
「…なら良かった」
そう言うと、彼は表情は変えずに歩いていきます。
順調に帰り道を進み、あと少しで着く所で私の足が止めました。隣で歩く彼も止まった私に気付いて、足を止めこちらを見ます。
「トレーナーさん…」
自分の胸にギュッと握った手を当て、こちらを見る彼を見ます。
「…また。また昔のような関係に戻ることは出来ませんか……」
止まらなかった。
「また、幼い頃のように二人で笑い合うことは出来ないのですか…」
願うように、弱弱しく聞き、彼の返答を待ちます。
彼は、驚いたのか、いつもあまり表情を変えませんが、この時は少しだけ目を見開いていました。
いつもなら押し殺していた感情が、昔を思い出して抑えきれませんでした。
お祭りの熱にのぼせてしまったのか、断られた時のことなど考えられず、胸に秘めていた思いが言葉となります。
「あなたが良ければ私はいつだって……」
「マックイーン」
私の言葉を途中で遮り、彼が想いに答えます。
「俺は…」
一瞬、言葉を詰まらせますが、軽く息を吸い込むと、目をそらさずに私を見つめます。
「……俺はもう昔のようには戻れない。俺とお前は、トレーナーとその担当ウマ娘という関係なんだ。だから、過度な期待はしないでくれ」
話し終えると、先に戻ると言って行ってしまいました。
一人残された私は、断られた悲しみに暮れる訳ではなく、彼が去り際に言っていた言葉を思い出します。
いつも話す声ではなく、どこか悲しく、声は震えているように聞こえました。
最後の言葉には一体どんな思いが込められていたのかはわかりません。
確かなことは、彼の目には今の私の姿しか映っていませんでした。
それは、どんなに明るい場所で見ようとも決して変わらないのです。
浜辺で、学園側が用意して下さった手持ち花火を手に、皆さん思い思いに楽しんでいます。
何処かの誰かさんは、両手に三本ずつ花火を持ち、その場で回っていました。
他人のふりをしましょう。
線香花火を見ていると、火球が砂浜に落ち、火が消えてしまいます。
ふと、彼との話を思い出しました。
もう綺麗な花を咲かすことのない燃え尽きた線香花火のように、本当にあの頃の関係には戻れないのでしょうか。
ですが私は、諦めません。
もう一度、あの頃の笑顔を見るために私は走ります。
最後には、あの頃の笑顔を、きっと私に向けてくれるのですから。
これで夏編終了です
次の話ちょっと時間飛ぶかもです