流石に地味だったので
彼は私に気づくとパソコンに打ち込む手を止めこちらを見て話し始めます。
「よく来たな。まだ来るには早いと思うが時間に余裕をもって行動できるようだな。集合時間に間に合わないウマ娘もざらにいるからな」
「いえ。ほめていただく程の事ではありません。時間に余裕をもって行動するのは人として当然のことですので」
「……変わったな。昔の面影がまるでない。メジロ家の修練で鍛えられたな」
「あなたも変わりましたわね。子供の頃と比べて大分疲れているように見えますわ」
「当たり前だ。仕事としてトレーナーをしてるんだ。遊んでいただけの子供の頃とは違うからな」
彼は話ながら、部屋にある来客用のソファに座るよう勧める。飲み物を出すと言って部屋にあるポットでコーヒーを入れ始める。彼を待ちながら、内から流れ出そうな喜びを抑えながら聞かなければいけないことを思い出す。
彼はコーヒーが入った紙コップを私が座る前の机の上に置くと、反対側に座る。
「私以外の人は、昨日貴方から聞いていたとおりいらっしゃらないのですね。私がトレセン学園に入る前から、トレーナーとしてやられていたとお聞きしましたが、他の方々はどうされたのですか?それとも、私一人の専属トレーナーになるため、他の人を辞めさせたのですか?」
「別に辞めさせた訳じゃない。ちゃんとした理由があって他のトレーナーの所に移籍してもらっただけだ」
「そうですか。では、一つお聞きしても?」
「……何を聞きたい」
いい機会だと思い、テイオーが言っていた件について私は聞こうと考えます。きっと彼はそんな話でたらめだと言ってくれるでしょう。ですが、もしも本当だった時、なぜそんなことをしたのか彼の口から直接理由を聞いておきたい。
「クラスの方に聞いた話なのですが、あなたが担当していたウマ娘に過度のトレーニングを強要させ、故障寸前にまで追い込んだと聞きましかが、事実なのですか?」
「どこでその話を聞いたのか知らないが、まあ事実ではあるな。あれは彼女の異変に気付かなかった俺のミスだ。悪いことをしたと思っている。だが、いい記録を取れた。やはりあの練習メニューで複数人を相手にするのは無理があった」
私の質問に答えた彼は、自分のために用意した湯気が立ったコーヒーが入る紙コップを持ち、口の中に流し込む。入れたばかりで、熱そうだが飲み終わると平気そうにコップを机に戻す。
昔は猫舌で熱いものは苦手だったのですが、そんなことろも変わってしまったのだと思うと、少し寂しさを覚えました。ただ、猫舌ではない彼も素敵ですが。
違う。今はそれより、彼が気になることを言っていました。
事実であったのはわかりましたが、いい記録?あの練習メニュー?複数人では無理があった?彼は一体何をしようと考えているのでしょうか。悔しいことにまったくわかりません。
考えていると彼は、話を続けます。
「予定開始時間まで少し余裕がある。だから今から、これからの方針と今後の練習スケジュールの説明。そして、俺が目指す場所を教える」
「目指す場所……ですか?」
私は聞き返してしまう。
知らなかった。
トレーナーになる上で誰もが持っているであろう目標。幼い頃は、共に最強のウマ娘やトレーナーになることが目標だと思っていた。
ですが、そこで終わりではないのです。
私は、メジロ家としての誇りのため。そして、母と祖母が獲得した「天皇賞」で3世代勝利を目指しています。
なら、彼は一体どんな目標を持ってトレーナーとして取り組んでいくのか。
私と、同じ天皇賞なのでしょうか。それとも、クラシック三冠などの称号なのでしょうか。それとも、誇り高い名声。それとも、お金などの物なのでしょうか。
彼がトレーナーとして目指す終着点とはいったいなんなのかと。
それを今、私に話してくれる。
「そうだ。俺が目指すのは……」
時刻は、下校時間をとっくに過ぎた真夜中。
私は、お風呂場で汗やホコリを洗い落とし、髪を乾かして、疲れた体を休めるため、いつもより少くベットに入り、今日あったことを思い出す。
説明を受けた後、さっそく練習に入りましたが、思っていたよりも過酷なものでした。練習が終わり帰ろうとすると、始まって初日だというのに足に力が入らず、途中で会ったテイオーに支えてもらわないとうまく歩けないほどでした。
そして今日、彼の目的、彼が私をどう思っているのかが分かりました。
彼の目標は、URAファイナルズでの優勝。
彼が目指していた場所は、私が目指す場所のさらに向こう側にありました。まさしく最強のウマ娘に相応しいものでしょう。数多のウマ娘たちを押しのけ、優勝すれば日本一のウマ娘として後世まで語り続けられるのでしょう。彼の悲願はそれほど価値のあるものでした。
ただ、彼の悲願を聞いた時ある人の事が思い浮かびました。
トレーナーだった彼のお父様です。
昔、彼が得意げにお父様について話して下さいましたから覚えていました。
彼は、彼のお父様と同じ道を進むと、私に教えて下さいました。どんな経緯で目指そうと思ったのかは、話してくれませんでした。
それと同時に、彼の悲願に賭ける思いも話してくれました。
彼が掲げる信条は絶対勝利。
自分の持てる全てを使って、レースに勝つことを彼は望んでいます。
しかし、それは同時にとても険しい道だということを示します。
生半可な覚悟では、実現できません。
そして、私は分かってしまいました。
彼は、勝つために私を選んだのだと。
選抜レースで堂々の一着を取った、メジロマックイーンを選んだのだと。
彼は練習に耐えうる肉体を持つメジロマックイーンを選んだのです。
選んだ理由のどこを探しても、子供の頃の私はいなかった。
約束とは関係ない。
今の彼の目に、私は映っていないのです。
ですが、それでも私は構いません。
勝つためだけに選ばれたとしても。
勝つためだけの道具として、見られていても。
きっと今の彼に私の想い伝えても、拒絶されてしまうでしょう。
なぜなら、彼はそんなもの求めていないのですから。
でしたら、この想いは私の心の奥に仕舞っておきましょう。
夢を叶え、全てが終わった時、この想いを打ち明けましょう。
なので私は全力で走り、勝利という戦利品を、あなたに捧げます。
きっと彼なら、私の思いを受け入れてくれるはずなのですから。
そして私は、今の彼が昔の彼に負けない笑顔を私に向けてくれると信じて、眠りにつきます。
明日の朝から練習があります。
全力で走れるように体を休めましょう。
彼に聞こえるはずがないと分かっていても囁くように言ってしまう。
「おやすみなさい。トレーナー」
きっと私を愛してくれると信じて……。