第1節 逃亡
それは魔術王が企てた人理焼却に始まる様々な人類の危機を、人知れず阻止する活動の名称。
私こと藤丸立香はその現地調査のような任務を行なっていた。
狂ってしまった時代「特異点」を修正し、人類史を保つための聖杯探索こそが私の仕事。
過去の英雄たる抑止の守護者、「
我ながらよく生きてんな。いやマジで。
そんなこんなで必死こいて生き延びた上で世界を救ったわけなんだけど、なんだかめんどくさいことになったみたいで。
なんと! 世界転覆の主犯として大犯罪者になってしまいました!
な ん で さ
いや、気持ちは分かるよ? こっちは世界を救うと同時に壊してもきたわけで。さらにはたった一騎で軍隊相手に出来るサーヴァントがごろごろいる。恐れる気持ちはまぁ分かる。コワイよね。
そんなわけで私の所属する機関、人理継続保障機関フィニス・カルデアは国連主導の下、お取り潰しの危機となった。
こっちはそんな決定ごめん被るわけなので交渉しまくった結果、取り潰されたくなければ人類最後のマスター、つまり私の身柄を差し出せと言ってきた。
要石の役割を担う私がいなくなればサーヴァントは現界出来ないからだ。
この決定に、カルデアのサーヴァントは様々な反応を示した。
ある恋の追跡者曰く、
「まあ
また、ある犯罪紳士曰く、
「素晴らしい! マスター君よ。今、君の命は醜く憐れな世界に鷲掴みにはされている。やるせないだろう? 救った世界に殺されるのは。そこで私の出番だヨ。世界崩壊の犯罪工程を手取り足取り教え込んであげようじゃあないか! 心配はいらない。全て私に任せたまえ」
また、ある王様曰く、
「
憤慨する者、心配する者、手を貸そうとする者、見守ろうとする者。反応は多岐に渡った。そのいずれもが、各人なりに私を最大限に気遣ったものだった。
恵まれてるなぁ、私。泣けてくるわ。
この居場所を守りたい。みんなとずっと一緒に居たい。そう強く思った。
だけど、世界相手に喧嘩するつもりは微塵も沸かなかった。勝ち目が無いからじゃ断じてない。
人理を守る英霊に、今を生きる人類と殺し合いをして欲しくないからだ。
救ったからだ。この世界は自分たちが命をかけて守る価値がある尊いものだと決めていた。それを今更反故にする気はさらさら無い。
故に私が出した結論は「私は生き残り、かつ国連側の要望も満たす」というもの。
めちゃくちゃなこと言ってる自覚はある。だけどやっぱりこの選択しか思い浮かばない。
カルデアはもう自分の家みたいなものだし、サーヴァントのみんなは互いに命を預けあった戦友だ。世界一かわいい自慢の後輩だって一人になんか絶対しない。
それに、私は生きなければならない。沢山の人達に未来を託された。これまで犠牲にしてきたすべての命に対しての責任もある。彼ら彼女らのぶんまで死ぬ気で生きて、この世界はこんなにも素晴らしいのだと、人生を謳歌して証明しなければ。
この世界も守らなければ。無慈悲に剪定して守ったのだから。この世界に叛旗を翻すなどあってはならない。
カルデアを残し、サーヴァントを残し、私も生き残り、禍根を残さないように相手側の思惑も達成する。
思いついた作戦はこう。
まず私が死んだと国連に思い込ませる。
そして私は世間のほとぼりが冷めた頃に何食わぬ顔で第二の人生をスタートさせる。
この無理ゲー感たるやハンパじゃない。
だがしかし!
そんな無理ゲーごとき、これまで何度も踏み越えた! もう勘弁してくれってぐらいの回数超えてきたのさぁ!
私たちはそれはもう話し合った。昼夜問わず話し合った。そのあとめちゃくちゃ実験検証しまくった。
その結果! ついに! 理論が完成したのだ!
ハーッハッハー! 辿り着いたぜぇ! 完成にぃ!
ふぅ。
ま、まぁそんなあれこれがあって出来た新技術こそが、
並行世界間固定魂魄移動「ヘヴンズ・ドリフト」
基本的には第ニ魔法と第三魔法、私のレムレム体質、それから武蔵ちゃんの漂流をそれぞれいい感じにまとめたものらしい。詳しくは分からん。カルデアが誇る頭脳系・技術系サーヴァントが夜なべして完成した、世界がひっくり返りかねない激ヤバなシロモノ。
その効果は死亡時に肉体から弾き出される魂を一時的に物質化して時空移動の負荷に耐えられるように保護。そのまま並行世界を移動して、死亡まもなくの魂が無い肉体に乗り移る、というものである。ちなみに足りない技術やらリソースやらはこれまで集めに集めた万能の願望器「聖杯」をありったけ使う。そしてほとぼりが冷めたらもう一度その工程をカルデア側で行って、こっちの世界の私の死体に魂を戻すわけだ。
もうね。ヤバすぎ。魔術師涙目だよコレ。
魔法一個でもヤバいのに……。これが英霊の本気か……。正直ちょっと引いた。
普通は一回こっきりの一方通行の移動技術らしいけど、私の右手の令呪と、私が世界から居なくなっても肉体があるから現世に留まり続けられる我らが後輩にして本契約サーヴァントのマシュとの「縁」の繋がりがあるので無理矢理引っ張ってこれるそうだ。さすが!
これで計画に抜かりはない! 完璧だ!
もちろん私も手伝ったよ? 実証実験をね。おかげで7回は三途の河を渡りかけた。
そんなこともあり、この計画を実行するにあたり、みんなにはマジで止められた。初めての試みだし、そもそも私が一度でも死んでお別れするのが我慢ならないらしい。
……私だって死が怖くないわけじゃない。今まで何度も死にかけてきたから、自分で命を断つのはひどく怖ろしい。でもこれしか方法がない。だからやる。自分に出来ることを、やるだけやる。……今までそうやって生き残ってきたんだから。
万能の天才は、世界一美しい微笑みで送った。
「いやぁ、立香ちゃんの発想は毎回突拍子もないね! それにいつでも前を向いている。君というマスターと戦えて私は幸運だった。しばしの別れになるけれど、気長に君を待っているよ。
チヴェディアーモ! 運命の人! いつかの未来でまた会おう!」
世界最高の名探偵は、激励の言葉を送った。
「ミス・立香。これから君は一度死を経験する。だがそれは我々サーヴァントも同じなのだ。そういうワケで先達からの感想を言わせてもらうならば、まぁ悪くないものだ。キミは人事を尽くしてきた。それはもう必死にね。なら、この二度目の生は存分に楽しむといい。
それでは、キミの新たなる旅路に、どうか祝福がありますように。私も遥か遠くからだが、祈っているよ」
アトラスの才媛は、信頼と共にエールを送った。
「ヘヴンズ・ドリフトの成功確率は約6割です。ずいぶんと低い数字ですが、土壇場で虚数潜航を成功させた貴女ならばきっと大丈夫です! その持ち前の天運で必ずや可能性を掴み取ると信じています。
貴女の未来に幸あらんことを。こちらも彷徨海から応援しております!」
優しくて心配症な司令官は、不器用な励ましで送った。
「ふん! こんな確率の低い賭けに出るなど、正気の沙汰ではないぞ! そもそも私はまだこの作戦に納得行っとらん。部下を危険に晒すのは我慢ならん。……だがこれはお前が決めたことだ。私はお前の意思を尊重する。なぜなら、お前を信頼しているからだ。
いいか! 絶対に作戦を成功させて戻ってこい! 司令官命令だ! 戻ってこなかったら泣くからな! お前は私の認めた優秀な部下だ! お前なら出来る!
さあ、行ってこい! 立香!」
そして、最愛の後輩にして最高の相棒は、涙をこらえながら、私にとって最も価値ある笑顔で見送った。
「先輩は、わたしに色彩をくれました。ただ生きているだけのわたしに、先輩は人間の在り方を示してくださいました。最高ではなく最善を望み、他人を傷つけず、自分を弛めず、真っ直ぐに立っているあなたがいたからこそ、私は善き人間になれたのだと思います。
……どうか、ご無事で、先輩。あなたの一度目の人生に最大の敬意を。戻ってきたらまた、一緒に手を繋いで、青空を見ましょう! お帰りを、カルデアでいつまでもお待ちしています!」
多くのものを送ってもらった。敬意を、心配を、信頼を、激励を、感謝を、……溢れんばかりの、愛情を。
私はそれらによって形作られている。……私は、本当に幸せ者だ。これほど多くて人たちから送られている。私は、愛されている。
だから、私はみんなを信じてる。絶対成功するって信じてる。
だから、迷いなく
だから、胸を張って
死という断絶に対する絶望ではなく、明日へとつながる希望を胸に。
さあ、前を向いて
一度目の最期。笑って死へと赴こう。
でも、最期に一言だけ
「あー! たのしかったなぁ!」
これからもきっと、たのしいぞう!
その思考を最期にして、何かに引っ張られるような感覚と共に、私の意識は虚空に消えた。