ありふれた元マスターでクラス最弱   作:抹茶れもん

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※胸糞&グロ描写注意
後半は書いててつらかった


第7節 十番

「…………」

 

「…………」

 

 私と龍太郎くん。相対する私たち二人は互いに睨み合い、相手の出方を探る。

 

 その場にいる人間は私たちから放たれている緊張感によってか、口を開く者は誰もおらず、真剣にこの対戦を見守っており、空間には私たちの位置調整のための小刻みなステップによる衣摺れの音がえらく大きく響いている。

 

 私は、人理修復中に最強の八極拳使いから受けた指導と、実戦での経験から。

 龍太郎くんは、今までの大会での数々の試合の経験と、その持ち前の野生的な戦闘本能から。

 それぞれが目線、呼吸、重心、四肢の動き、互いの位置、そして各々の戦闘勘を駆使して相手を牽制するフェイントを仕掛けつつ、初撃を叩き込む隙を伺う。

 

 実戦での格闘戦は、やはり初撃を打ち込めるかどうかで勝敗が決まる。

 初撃でその一合のイニシアチブを握り、あとはほとんど反射で攻撃を挟み込む。

 

 殺し合いの実戦でなら、相手が死ぬか気絶するかというところまで殴りまくる必要があるので決着まで時間がかかることが多い。

 だが実戦形式の試合は話が別だ。基本、最初に一撃入れた方が勝ち。つまりたった一合の勝負で戦いが終わる。

 だからこそ、最初の一撃を放った者が絶対的に優勢となる。

 

 私は重心を大きく前に傾ける。私が今までの試合で彼に幾度か見せた「活歩」の予備動作。

 ここから全力で「冲捶」を叩き込む。

 

 私の意気を直感で感じたのか。

 その瞬間、龍太郎くんが一気呵成に飛びかかる。

 

「ぜえぃやぁッッ!!」

 

 「寄り足」で一気に間合いを詰めると同時、裂帛の気合いと共に放たれる技は空手が誇る最速の突き技「刻み突き」。

 この技は一撃の威力は大したことはない。だが、相手の行動を牽制するのに最適な技。ここから拳の連撃や強烈な蹴り技に即座に繋がる厄介極まる攻撃だ。

 

 しかし、それは今までの彼との対戦で予測していたパターン。

 彼は拳での攻撃に並々ならぬ誇りを持っている。

 つまり次に来るのはおそらく「逆突き」。

 

 だから私は焦ることなく彼の右拳を右手の「纏」で素早く打ち払い、彼の背後に周り込みながら右腕を掴む。

 これで逆突きが私に届かなくなり、龍太郎くんに大きな隙が生じる。

 私の分かりやすい前傾姿勢はフェイクだったワケだ。

 

「せいやッッ!!」

 

「ごはっ!?」

 

 そんな隙を逃すはずもなく、勢いを殺さず技を繰り出す。

 横並びの体勢から私が放った技は「白馬翻」。

 この状態から相手の股に自分の脚を差し込み、そのまま相手の膝の脚を後ろに蹴り

上げて転倒させる崩しの技だ。

 

 たまらず地面に背中を着く龍太郎くん。追撃を喰らわないよう横に転がって避けようとするが、甘い甘い。

 

「せいッッ!」

 

「ごぶっ!?」

 

 避けられる前に私は彼の動揺して無防備な腹部に「震脚」を用いながら勢いよく踏みつける。

 動きの止まった彼にトドメを刺すべく、顔面に向けて拳を握り締め……

 

「そこまでッ!勝負あり!勝者藤丸!」

 

 審判の光輝くんが発する制止の合図により、私の渾身の振り下ろしは龍太郎くんの顔面スレスレで止まった。

 

 これにて「第49回私と龍太郎くんによる異種格闘技大会」が終了を迎えた。

 

 

 私たちは10歳、今は10月。だんだんと寒さが増してきた頃合い。

 

 

 小学4年生になっていた。

 

 

_______________________

 

 

「うがぁー!また負けたぁー!」

 

 雫ちゃん家の道場からの帰り道。小道に龍太郎くんの叫びがこだまする。

 

「はぁ、もっと声のボリュームを落とすべきじゃないかい?近所迷惑だよ、龍太郎。

 それにその愚痴はさっきから既に10回は聞いているんだけど」

 

 光輝くんが呆れたように苦言を呈する。

 

「いや、それは悪いんだけどよ、なんかリツカに負ける時はありえねぇぐらい何もできずに負けんだよ。

 ちょっと悔しすぎるぞ、あれは。

 少しぐらい愚痴言いまくってもいいじゃんかよ」

 

「確かに、今日の組み手は龍太郎のボロ負けだったな。最近の試合も負けが続いているし。

 何か勝利のコツがあるのかい?リツカ」

 

「ん?んー、そうだねぇ……」

 

 勝利のコツかぁ……また難しい質問をするなぁ……

 

「例えば龍太郎くんと戦うときなんかは、きみの癖を利用することが多いかな」

 

「癖?」

 

「そ。龍太郎くんは勘が鋭いから、わざとこっちが本気の構えを取れば直ぐに突っ込んでくる。

 そしてきみは蹴り技より突き技を好む傾向にあるから、攻撃が読みやすく、反撃が容易い。

 最近の戦術はまぁ、こんな感じのことを念頭において練ってる感じだよ」

 

「ほえー。リツカお前そんなこと考えてたのかよ」

 

「でも私は戦う人に合わせてころころ戦術変えたりもするよ。

 癖とか性格とか戦闘スタイルってのは、個人でかなり差があるからねぇ……」

 

「ふーん……」

 

 私は龍太郎くんや光輝くんみたいな本能とか天性の才能を持っている相手に対しては、動物を相手にするような感覚で戦っている。

 

 逆に雫ちゃんみたいに理論立てて戦う相手に対しては、相手の戦術的思考を読み切ってその戦術上に罠を張る感じで妨害し、作戦が詰まって動揺してる間に叩く。

 

 こういうのが私の基本戦術なんだけど、このやり方だとどうしてもずっと思考し続けて相手の情報を読みとらなきゃなんないから疲れるんだよなぁ……

 

「じゃあ俺はどうすればいいんだ?」

 

「うーん、きみに考え続けろと言うのも酷な話だし……

 きみのいいところは恵まれた体格によるパワーなんだから、いかに相手に当てるか、なんじゃないかな。

 たとえば、最初に突っかける時のバリエーションに蹴り技とかを取り入れるだけで、かなり面倒になると私は思うよ」

 

「なるほどな……技のバリエーションを増やす、か……

 ありがとな、参考になったわ」

 

「どういたしましてー」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が重い。これはあれか。やっぱり私が口火を切らなきゃダメなやつか。

 私は、全員が最近気になっていることを口に出す。

 

 

「雫ちゃんさ、最近ちょっと元気ないよね?」

 

 

_______________________

 

 

「あんた、女だったの?」

 

 

 その言葉で、私の心は自分でもびっくりするほど簡単に折れてしまった。

 

 

 私は4年生からクラスが光輝やリツカたちとは別々になってしまった。それでも、私たちの交友関係はなんら変わることなく続いていた。

 

 そんなある日のことだ。

 私は突然クラスの女子に校舎裏に呼び出された。

 

 彼女たちとはあまり関わりを持っていた訳ではない。むしろ避けられていたように思う。そんな彼女たちが、放課後どうしても相談したいことがある。誰にも聞かれたくないことだから、放課後校舎裏に来てくれないか、と言ってきた時は自分の耳を疑った。

 

 しかし断る理由もない。虫の知らせというのか、少し嫌な予感もしたがとりあえず話だけでも聞いてみようと思い、校舎裏に向かい、到着した直後。

 

 思いっきりバケツに入っていた水を浴びせ掛けられた。

 

 全くの予想外な出来事に頭が真っ白になったのもあり、その後の彼女達の動きに対応出来なかった。

 彼女達は茫然と佇んでいた私に駆け寄って羽交い締めにし、そのまま私が履いていたズボンを下ろした。

 

「は!?」

 

 それで私はようやく正気を取り戻したが、時すでに遅し。

 リーダー格の少女は手に持っていたスマートフォンで、下半身が下着姿の私の写真をぱしゃりと撮影した。

 

 私を拘束していた少女が手を離すと同時に、水で泥になった地面にどちゃりと尻餅をついた。その姿も撮影されたが、もはやそんなことは気にすることもできなかった。

 

 ……何が起こったのか分からない。しかし、これだけは直感的に理解できてしまった。

 

「このこと、天之河君に言ったらこの写真バラ撒くから。他の誰かに知られてもバラ撒く」

 

 私は今この瞬間、

 

「あんたムカつくのよ。全然女の子らしくないくせに、いつも天之河君と一緒にいて。何様のつもりなの?

 これからあんたは私たちの言いなりよ。なんでも私たちの言う通りにすんの。そうね、さっそく明日から、私たちのストレス発散に付き合ってもらいましょうか。

 ……しっかし、酷いザマ。全身水浸しの泥だらけ。おまけにパンツ丸見えだし。ははっ!しかも案外かわいい柄してんじゃん。

 

 あー、今気づいたわ。あんた、女だったの?」

 

 確かに破滅したのだと。

 

 

_______________________

 

 

 お父さんが死んでから、私……いや、僕の人生は、奈落の底まで落っこちた。

 

 

 私の不注意が原因で、お父さんは死んだ。

 公園で遊んでいた際、道路に飛び出した僕を庇って。

 

 突っ込んできた自動車は、一切の容赦なく僕のお父さんを轢き潰した。

 目の前でお父さんの身体がくの字に折れ、直後に車の車輪に巻き込まれ、目の前から消えた。

 あとに残されたのは、赤く染まった踏み潰された洋服と、お父さんが死んだことを克明に告げる血の轍。それから、顔にかかったまだ生温かい鉄の匂いのする液体のみだった。

 

 悲鳴すら出せず、ただただそこに突っ立っていた。

 

 

 警察による事情聴取の最中も、お母さんとの帰り道の中でも、私はまだ茫然としたままだった。

 家の前までたどり着いた時、ようやく目に涙が浮かんできた。家とは自分の居場所。優しい家族が居る空間。お父さんは、いなくなってしまったけれど、まだ、お母さんが。私を、愛して……

 

「ふんっ!」

 

「うぁっ」

 

 くれは、しなかった。

 

「あ、あんたの、せいでッッ!あんたのせいであの人が死んだ!あの人が死んだ!?うそ、うそうそうそうそうそ!うそ!なんでなんでなんで!

 あぁ、いやだ!私を置いていかないで!ずっと一緒にいてくれるって言ったのに!

 ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして!

 ……お前の、せいだ。お前の!お前のぉ!お前のせいだぁぁああッッ!!」

 

「ひっ……!」

 

「許さない!許さない!どうしてくれる!どうしてくれるの!?お前さえいなければ!お前さえいなければ!ずっと幸せだったのに!クソっ、クソっ、クソっ、クソっ!お前さえ……生まれてこなければ……!殺してやる!殺してやるわよこのクソガキッ!死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね!死んで詫びろよこの厄病神がァ!!!」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

 

 その日から、家は世界一の安息の地ではなく、私の罪を炎でひたすらに炙る煉獄の様相を呈した。

 学校から帰った瞬間、それこそ家にいる間はずっとこの状態が続いた。

 そして私はそれを甘んじて受け止めていた。

 お父さんが死んだのは私のせいだ。なら、お母さんが怒るのも私のせいだ。なら罰は受けなくちゃならない。そうしたら、いつかお母さんも許してくれる。この叱責(煉獄)を耐え抜けば、必ずまた優しいお母さん(天国)になる……!

 

 ……馬鹿なことだ。そんなことをしたって意味なんて無かったんだから。

 

「さっ、今日からこの家が貴方の家よ!」

 

「へぇー、なかなかいいとこじゃん」

 

「え……?お、お母さん、その人は……?」

 

「は?何言ってるのよ。私の新しい夫に決まってるじゃない」

 

「でっ、でもっ、お父さんは……?」

 

「……そんなのどうだっていいでしょう。それよりいつまで突っ立ってるの。彼をもてなさないといけないのに!さっさとして!グズグズしてないで!はやく行きなさい!!」

 

 ……母は父を愛してなどいなかった。母はただ、依存できる男なら、それこそクズでもなんでもよかったんだ。母の言う愛は盲目だから。

 

 新しく家に来た男はどうしようもないクズだ。働かず、家事を手伝わず、おまけに私を性的な目で舐め回す。

 

 一人称を変えたのはこの頃からだ。なるべくこの(ゴミ)の目に映らないよう、髪を切り、地味な格好をし、僕と名乗った。

 それによって、かろうじてあった学校での居場所もなくなった。

 

 そしてついに事は起こる。

 

「恵里……そろそろいいだろ?なぁ?今ここにはだ〜れもいねぇ。ヤりたい放題ってわけだ」

 

 (ゴミ)が僕を押し倒し、服を引き裂く。血走った目はゴミと呼ぶに相応しいケダモノの目。

 

 結果として僕が(ゴミ)に犯されることはなかった。こうなることは予測していたから、予め窓を開けて悲鳴が外に聞こえやすいようにした。

 すんでのところで隣人に救助され、(ゴミ)はブタ箱行きとなった。

 

 僥倖だ。母の愛は盲目だが、愛する者が僕しか居なくなれば、必然的に僕を見るしかなくなる。

 きっと……きっと、きっと。

 

「あの人を……、誑かすなんて!」

 

 ばしん、と母は僕の頬を張り飛ばす。

 

「あんたはなんでそういつもいつも!私の大切のものを奪っていくのよ!

ねぇ、どうして!?どうしてこうなるのよ!?もううんざりだわ!あんたなんか産まなきゃよかった!あんたなんて……!あんたなんて……!だいたいあんたはいつもいつも……」

 

 ……ああ、やっぱり、こうなるのか。薄々分かっていたことだ。

 

 母は私を愛さない。母にとっての僕はゴミだ。

 

 ……なら、僕にとっての母も、またゴミだ。

 

 

 早朝、(ゴミ捨て場)を飛び出した。あそこには醜いものしかない。その腐臭に耐えられない。

 

 当てもなくただ町を走る。けれど、何処にいくつもりなんだろう。

 

 捨てられた(ゴミ)に居場所なんて何処にも居ないのに。

 

 誰がこんな(ゴミ)守って(拾って)あげるって言うんだ。

 

 

 気づいた時には橋の上。河原を意味なく覗いてた。

 

 ……この流れに乗っていけば、こんな(ゴミ)でも、拾ってくれる人の下に流れ着くだろうか。

 

 いや、それはないな。ただ、誰もいない場所には行けるだろう。

 

 それはそれで、(ゴミ)にとっては幸せか。

 

 無意識に欄干から身を乗り出していた。

 

 そのまま吸い込まれるように川底を覗き込む。

 

 ……どうか来世は、私を愛してくれて、私もその人を愛せるような、素敵な男の子に出会えますように。

 

 そんな願いを抱いて飛び込もうとしたその瞬間。

 

 

「……何をしているんだい?君」

 

 

 私の白馬の王子様。学校で知らぬ者のない、輝いている男の子。

 

 天之河光輝が声を掛けた。

 

 

 




「ソードの10」 意味:破滅、不運、不幸、失望、希望の終わり
ソードは戦いを意味し、10は終末を指し示す
完膚なきまでの絶望の未来を伝えるカード
あるいは絶望の今だからこそ、次にあるのは希望しかないカード
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