無常の理、神焼きの焔   作:風剣

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秋葉焔は火継ぎである
原初の焔


 

 

 月の綺麗な夜だった。

 

 満天の星空、ささやかな夜風と虫のさざめき。丁寧に手入れを施された草木の生い茂る庭を眺めることのできる縁側に座って、ひとりの少年が月を見上げていた。

 

 ひたりと近づく気配――。縁側に座る少年の背後、開かれた障子から歩み寄った少女が、ここに居たのねと安堵を滲ませ息を吐き、少年の隣に座り込む。

 白装束に身を包んだ、美しい少女だった。

 縁側に座る少年と顔を見合わせた彼女は、相好を崩し慈しむような瞳で彼を見つめ身を寄せると、2人で並んで夜天に浮かぶ月を見上げる。

 

 少女と共有する時間。何を言うでもない穏やかな静寂は、どこか居心地のいいものだった。

 目を細め月を見上げる少年。彼にぴたりとくっついて伸ばした手を握り合う少女は、やがて穏やかなまなざしを向け問いかける。

 

『――眠れなかったの?』

 

『……こうして■■と、ゆっくりと過ごすことのできる日が来るだなんて思ってなかったからな。だから――ちょっとだけ、落ち着かなくなった』

 

 そっか。

 そう呟いて少年とともに空を見上げる彼女の瞳には、雲ひとつない夜空に浮かぶ月が写り込んでいる――。握り合う手の温かさを意識しながら、少年は胸の奥の蟠りを吐き出すように言葉を紡いでいた。

 

『ずっと、忙しかったものね』

 

『俺には……みんなには、時間がなかったからな。だから何をしていても終わりを意識せざるを得なかったし、そうなると遺された時間を懸命に過ごしていくしかなかった』

 

 少女と出会ってからも、それは変わらなかった。無駄にできる時間なんてなくて、自分に課せられた役割を果たせるようにと努めてきて。

 人生すべてを費やすことになるだろうと思っていた役目が終わると、あとには宙ぶらりんに残された時間をもてあます少年が残った。

 

『やりたいことはいっぱいあった筈なんだけどな。いざこうして与えられると、あれだけ欲しかった筈の時間をどう使うのにも困るものがある』

 

 ――もう少しすれば、逆に時間が足りないと嘆くことになるのかもしれないけれどと零しながら労るように少女を見つめる彼に。下腹部を撫でながら、黒髪の少女はこくりと頷いた。

 

『そうね。この子が産まれれば、今のように過ごしてばかりもいられなくなるでしょうし――だから今は、ゆっくり休みましょう? 今までの分も、これからの分も』

 

 己に宿った命を慈しむように腹を撫でて。彼女は、穏やかに少年を見上げた。

 月明かりの下で。気恥ずかしそうにはにかんで、けれど自分の抱く大切な想いを共有するように。

 

『ずっと……ずっと、一緒に居ましょうね』

 

 うん、と。微笑みかけた少女の言葉に応えるように、少年もまた笑顔を浮かべ頷いて――――。

 

 

 

 場面が、暗転する。

 

 

 

 

 例えば、ひとたび眠りについて目を覚ましたときには、世界が滅んでいたとして。

 

 それでも抗わんと立ち上がったとき、その人間は──勇者は、どんな光景を見ただろうか。

 

『──』

 

 どうしようもなく、地獄が広がっていた。

 

 かつて広がっていただろう広大な海も、その先にあったのだろう国々や街、文明も跡形もない。確保された唯一の安全圏を一歩出た先には、あらゆる生を焼き尽くさんばかりの炎に包まれた世界があった。

 

『……さて』

 

 燃える世界を前に、神樹によって護られた空間から躊躇なく足を踏み出していった少年はその身に焔を灯す。

 世界を焼く煉獄によるものではない──。世界を包みこんだ炎を逆に焼かんばかりの力をもった、彼自身がその身に宿すものだ。

 そしてその焔を燃やすことは即ち、彼そのものを取り返しのつかないところまで焼き尽くすことを意味する。

 

 これから20分もかけず。滅ぼされた世界の片隅で、彼は骨も残らずに灰となって燃え尽きる。

 確定された死への路。けれども、彼はそれで構わなかった。

 

 それまでに己の役割さえ果たせるならば。たとえ燃え尽きて灰になって消え去ったとしても、何の問題もない。

 未練になるようなものは、すべて置いてきた。

 

『始めようか、神殺し』

 

 ()世紀まで存続した人類、最初で最期の偉業。

 彼の人生は、それを成すためだけにあった。

 

 その身に火を灯した少年は、降臨しつつある神性を前に猛々しく笑みを浮かべ。己の責務を果たすべく、天より舞い降りし神へと、一歩を踏み出す――。

 

 

 

 

 ――そこで、秋葉焔(あきはほむら)は目を覚ました。

 

 

 

 

 

「……」

 

 奇妙な感慨と、地に足つかない浮遊感。見慣れた寝室の天井を見上げ瞬きを繰り返した彼は、やがてゆっくりと身を起こすと寝巻きを脱ぎ捨て蒲団の隣に折り畳んで置かれた衣服に着替えだす。

 今しがた目にした夢について深く考えることはない。何しろ夢でみる光景が()()()()()なんて少年にすらわからないのだ。夢の内容についての心当たりこそあれど、それについて頭を悩ませるよりは手早くやらなければならないことを済ませるに尽きた。

 

 着替えを済ませ蒲団を畳んだ少年は障子を開いて庭園に面した縁側へと出ると差し込む朝焼けの陽射しに目を細める。

 

 庭園では敷地でよく見かける黒猫が丸まって身を休めていたが、障子が開かれ彼が姿を見せると毛を逆立てシャーッと威嚇してはいそいそと茂みの中に消えていった。

 少しだけ残念そうに眉を顰めるが、春から夏の終わりにかけては徹底的に威嚇され避けられるのもいつものことだ。拘泥することなく背を翻し洗面所へと向かった彼は鏡の前で身だしなみを確認し顔を洗うと身支度を整え居住区の外れへと向かう。

 

「――おはようございます、(ほむら)さま」

 

「おはよう」

 

 道中すれ違った秋葉の一族に仕える使用人が腰を折り声をかけるのに挨拶を返し、屋敷と隣接する神の住まう社の境内へと足を踏み入れる。

 

 かつての焔たちの始祖、四国防衛の英雄によって持ち込まれた神火の鎮座する本殿へ続く通路からは竹箒を掃いて砂利道の整備を行っている神職が、参道までの道を利用しジョギングをこなしていたのだろうジャージの参拝者の姿が見れた。

 

「おはようございます、焔さま」「おはようございます」「おはようございます、焔さま」

 

 本殿に足を踏み入れた焔に続々と挨拶をするその場に集まる神職たち、そのなかには秋葉と密接な関わりをもつ組織に所属する証であることを示す仮面を着けた者もいた。本殿に訪れた祭服を纏った大人たちが年端もいかない少年に深々と頭を下げ敬い挨拶をする様子は異様に映る光景であったが、それを受ける当人もまた戸惑うことなく状況を受け入れ挨拶を返していく。

 

「おはようございます、焔さま。本日のお見合いが首尾よく進むことを大赦(われら)も期待して――おや時間ですね、失礼致します」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 そうした声を潜めてのやり取りも、朝の礼拝が始められる直前ともなれば速やかに断ち切られ神職たちもまた各自の配置につく。

 本殿内部の広間に並ぶ神職たちは、一様に静まり返っては頭を垂れ祈りを捧げる。焔もまたそれに習い頭を垂れると、正面に立った神主が祝詞(のりと)を唱えだした。

 

 ――此の神床に坐します掛けまくも畏しこき――。

 

 およそ300年も前から四国を護り人々に恵みをもたらす神樹、そしてこの社に鎮座し秋葉の一族に祝福を授けるカミへの感謝と今後の安寧への祈りを捧ぐ拝詞(はいし)は堂に入ったものだった。

 祝詞を終え居住まいを正し祝詞を唱えた後に祓いの儀へと入る壮年の神主を暫く見つめていた焔は、神主が祓いの儀に取り掛かった直後に本殿で()()()()気配に眉根を寄せる――。同じ気配を感じ取ったのか、少年の前方でびくりと肩を跳ね上げさせた神職のひとりは冷や汗を流し身体を強張らせていた。

 

 祓い・清めの儀を終えた神主が一礼をし用意された神饌を置いては解散の合図を出すと、本殿に集まっていた神職たちが足早に立ち去っていく。ここに訪れてから間もないのだろう若い神職はか細い息を吐いて呼吸を整えていた。

 少年もまた、朝拝を終えた彼らが一礼とともに去っていくのを見送りながら自分もと本殿を離れ朝食へ入ろうとして――朝拝を執り行っていた神主の男性に声をかけられた。

 

「焔」

 

「……父さん」

 

「お前は残れ。……我らが御神がお呼びだ」

 

「わかりました」

 

 気難しい表情でそう伝えた父親は、少年がこくりと首肯すると神職たちと同じように本殿に安置された御神体へと一礼し立ち去っていく。

 一方、誰もいなくなった本殿に1人佇む焔はというと人の気配がなくなった広間でほうと息を吐く。

 朝拝の途中からずっと父である神主の肩に乗り、今は少年の目の前をふよふよと浮く()に、淡々と声をかけた。

 

「――如何なる御用でしょうか、カグツチさま」

 

『用がないのに呼んじゃあ不味いかい? ったく……、今日も今日とて辛気臭いツラしてんなあ焔。まあそれはお前のオヤジの方も大概だとは思うけどよぉ、ええ?』

 

「この顔は元々ですよ……」

 

 果たして、この場に居並んでいた面々のどれだけがこの場を満たす神性の気配を知覚していたことか。白く燃える小人の姿をとって宙に浮かび、焔たち秋葉の社の守護者たちが祀る炎の神がへらへらと笑いながら声をかけるのに少年も息を吐く。

 神樹――およそ300年近くものの間四国の人々を護り恵みを与える神々を信奉する『大赦』の人間がこのやりとりを見たら卒倒するだろう。本来なら巫女を介して、断片的にしか意思を伝えることのない神が当然のようにヒトと言葉を交わし、そしてヒトの側はあろうことか口答えまでする――。およそ神に対するものとは思えない言をする少年に、けれど小人の姿をとった神は不快にした様子もなく気安く笑みを浮かべた。

 

『なあ、秋葉焔――。今代の「火継ぎ」。俺と秋葉の最高傑作。()()()()()()()()()()()()()()()。俺はお前に期待してるんだぜ? まだまだ完成には程遠いが、その潜在能力は歴代の継承者のなかでも群を抜いている。300年積み重ねた秋葉の悲願を叶えるだけの資質をお前は持ってるんだ』

 

「……」

 

『そんなお前もようやっと元服して……そして今日、嫁を娶ろうとしている。めでたいもんだ。炬里(かがり)の奴は不愛想なもんだが、心の底じゃ祝福……してるか? してるかあ? 人間ってのは面倒くさいもんだからなあ、そこが面白いんだが』

 

「まだ縁談(はなし)が纏まったわけではないですよ。この家に嫁ぐことのリスクは説明されるでしょうし」

 

『どうだかねえ。俺は別に縁結びに関して祀られた神性って訳でもねえけど……それでも今回のは相当な良縁だと思うぜ? お前にとっても、お前に任せた使命を果たすにもこれ以上ない良い巡り合わせになるだろうさ』

 

「……そこまで、ですか」

 

 秋葉の火継ぎ。

 焔が産まれたときから背負うこととなった使命は、端的に言えば神の完膚なきまでの殺害だ。

 

 西暦2015年、突如現れ「神樹」「勇者」によって護られた四国以外のすべてを手勢とともに滅ぼしていった天の神を焼き、焦がして。二度と蘇生することもないように、カグツチから受け継いだ焼却の炎で灰になるまで燃やし尽くす――。

 炎の神カグツチを祀る秋葉の社から排出される火継ぎは、かつて日本神話における創造神の一角を焼き殺した神殺しの炎をカグツチから受け取り、文字通りの意味で己が身命を燃やし託された炎を昇華させ次代へと継いでいく。そうやって神を殺す炎の力を高め、今もなお高天原に君臨する天の神を焼き殺し人類の安寧を築く。

 

 そうした一族で生み出されたのがカグツチの炎を最高効率、最大出力で操るだけの素質を認められた焔であり、神カグツチの化身として認められ常人なら焼け死ぬほどの祝福を授かった少年なのだが――、そんな彼に託された使命にさえ影響するとまで引き合いに出された少年は目を見開いて神を見上げた。

 

 にやにやと笑みを浮かべながらそんなことを断言する神に少年は訝しむように眉根を寄せたが、もとより神の思惑など人間に推し量りきれるものではない。沈黙してカグツチの企みを追求するのを断念した焔は、それ以上は特に言いたいこともないのだろう神に一礼をした後に背を向け本殿を出ようとして――そこで、思い出したように声をあげた彼に声をかけられた。

 

「ああ、そうだ。焔――今日は、どんな夢を見た?」

 

「……綺麗な女の子と一緒にいたのと……ひとりで、神を殺しに外の煉獄を歩く夢だったと、思います。どこまでが誰だったのかも、いまいちわかりませんけれど」

 

「──へぇ?」

 

 それを聞いた神の浮かべた笑顔に含まれていたのは、果たしてどのような感情だったか。

 面白おかしそうに笑う神の許しを受け本殿を出て居住区への道を戻る少年は、敷石の参道を歩きながら今朝方みた夢を思い起こす。

 

 自らの暮らす屋敷のそれともよく似た、けれど見覚えのない庭園と、そこで月を見上げていた少年の隣にいた白装束の少女。同じく夢に見た壁の外に広がっている地獄――世界を焼き尽くす紅蓮の炎に包まれた荒野の衝撃よりも、並んで月を見上げていた彼女の姿は深く焔の心に残っていた。

 

 ずっと、一緒にと。柔和な、どこか儚さを感じさせる微笑みを浮かべ手を握り合って囁いた彼女は――。

 

「……本当に、綺麗だったな」

 

 ぽつりと呟いて。思考を切り替えるように首を振った少年は、午後に顔を合わせることとなる縁談の相手と顔を合わせる前準備について思考を巡らせながら既に準備されてるのだろう朝餉を受け取るべく厨房に向かっていく。

 

 そうして、秋葉の所有する屋敷の一室にて縁談の場を組むこととなった相手とその家族を待っていた少年は出逢うこととなる。

 

 艶やかな黒い髪。雪のような白い肌。翡翠のような深緑の瞳。

 背格好と、髪の長さこそ違えども。夢に見た白装束の少女と、寸分違わぬ目鼻立ちをした可憐な少女に――。

 

「――」

 

 束の間。時を奪われ呼吸も忘れ見つめる少年に、華やかな着物を纏った少女は正座の姿勢で丁寧に三つ指ついて頭を下げた。

 

「――初めまして、鷲尾須美と申します」

 

「不束者ではございますが、末永くどうぞ宜しくお願いいたします」

 

 

 それが、初めての出逢い。

 秋葉の血を繋ぐための許婚として、少年のもとを訪れ。後に勇者として選ばれ、神の眷属を相手に背を預け合い共に戦うこととなる少女――鷲尾須美との、出逢いだった。

 

 




作者好みの王道展開を煮詰めた作品になる予定です
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