無常の理、神焼きの焔   作:風剣

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「お待たせ致しました、秋葉焔様。……それが……?」

「ああ、以前渡した燃え滓よりは形を遺している。状態は決していいものでもないが、こんなものでも多少は役立てると嬉しい。……よろしく頼む」

「――間違いなく、お受け取りしました」




合同訓練

 

 私が彼と出会ったのは、神樹様と接触するべく大赦の中枢へと訪れた彼の案内を任されたときのことだった。

 

 秋葉(あきは)白煉(びゃくれん)。神カグツチの祝福、神世紀以降かつての勇者が振るっていた神の炎を受け継いできた秋葉の七代目の火継ぎ。

 先入観でものを見ていた節は否定できないが……彼ら火継ぎは神に最も近い立ち位置でものを見ているのだようという認識をもっていた(事実これは間違いではなかった)私にとって、ごく普通の子どもであるようにしか見えなかった彼との出逢いはある種衝撃的なものだった。

 

 火継ぎの負った重大な使命を感じさせない、という訳ではない。寧ろ彼は名家の人間としてごく普通の立ち振る舞い、言動を心掛けた真摯な少年だった。

 だから、だろうか。一種火継ぎという存在そのものを神格視していた私にとっては、そうしたごくごく見慣れたたたずまいをしていた彼にこそ、驚きと――微かな、失望があったのだろう。当然これもまた見当はずれな、まったくもって度し難い見識であったのだが。

 

 そうしたなか、ある意味お目付け役とでも言うべき立ち位置に据えられることとなった私と白煉の関係は、年も近いこともあってか緊迫関係に近い状態であった大赦と秋葉の関係性からは考えられないくらいに密接なものとなっていた。

 

 彼のもとに嫁ぐこととなった乃木の令嬢に対する贈り物の相談や、とことん火力の調整が苦手であった彼の焼いた訓練施設の備品の数々の手配、溺愛する幼妻とのデートの相談等は一部辟易させられるものもあったが……それでも我々の関係が何十年もの間続いていたのは、持ちつ持たれつとなるお役目を互いに担っていたこと以上に、単純に馬が合ったという部分もあったのだろう。

 

 ――それ故に、彼が死んだと聞いたとき。私は衝撃を隠すことができなかった。それも、他ならぬ神樹様によって

 ――違う、違う、彼の選択の結果生まれた状況だ。恐らく彼は神樹様から離反した造反神との戦闘も、その後己が死に至ることも理解していた。でなければああも周到に己の死後の準備を整えるなどしてはいない。

 

 神樹となった地の神々、()()()()()()()()()()()()()()()()。神殺しの炎を宿す秋葉に危機感を抱き動き出した神をも打ち破った火継ぎは、これからもその宿願を果たすべくより力を高めていくのだろう。

 

 だが……その結果生まれるのがあのような死にざまであるのならば、後に遺されるひとは

 

 ……どうか。

 この世界が、彼らの積み重ねた時間と流した血に報いられるだけのものであれることを、ただ願う

 

神世紀180年 弥勒秀明(みろく ひであき)の手記   

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「バーテックスって、そもそもどれくらいいるんだろ」

 

「……そこは確かに、気になるわよね」

 

「あんなでかいのがうじゃうじゃーって壁の外にいるわけじゃないんだろ? でなきゃ私たちだってあっという間にやられてただろうし。もしかしたら案外少ないのかもねー、私たちが抑え込んで焔さんがズバズバーってやれば勇者のお役目も早く終わったりして」

 

「焔くんに頼り切りにはなれないわよ。前の戦いのときのようにバーテックスに連携されてしまえばこちらも危ういし、それに――」

 

「あんまり焔さんの力に頼り過ぎちゃうと神樹様も焼いちゃいかねない、ね。わかってるわかってる。……なにごともうまくいかないもんだねえ。えぇと、神世紀になる前の西暦は2019年で……」

 

「……むにゃ……」

 

 須美たちがいるのは図書室だった。

 小テストで銀のとった点数を見た須美によって急遽開かれた勉強会。開かれた教科書とノートを前に睨めっこをする銀に付きっきりで世話をする須美が問答をする間も、園子はすやすやと寝息をたてていた。

 

 園子は0点だったものの正式な形に変換すれば100点だったために授業中の居眠りは横から声をかけ起こす努力をする須美も今回ばかりは見逃す。銀はといえば勉強会にこそ反抗はしなかったものの資料にばかり目を通すというのもやや気が滅入るのだろう、監督役の須美が反応してくれる数少ない話題として彼女の許婚である焔や勇者のお役目のなかで対峙する怪物について話題に出しながら着々と誤答の中身を煮詰めていく。

 西暦の時代に比べ神世紀の歴史というのは変動が少ないというのが須美の印象。神樹によって風水の流れが完全に管理された中では災害もほとんど起きず、一定の時期を過ぎて以降は後世まで名の残るような凶悪事件というものもほとんど発生しない神世紀の歴史は非常に穏やかなものだ。歴史上の人名といった間違えやすいものを含めてもコツを掴めば覚えるのも容易である、須美の指導もあり彼女の筆の進みは早かった。

 

「バーテックスを生み出して四国以外の国の人類を滅ぼして全部焼いた天の神と、それを殺すための火継ぎっていうのもなんとも物騒というか……。和解とかできたりしないのかなあ。仲直りとまではいかないにしてもさ、バーテックスがもう四国にこなければ少なくとも今までと同じように平和は守られるんじゃない?」

 

「ああ、それは私も聞いたことがあるけれど……その、講和のための儀式を行うにあたっては生贄として巫女が6人炎のなかに投げ入れられるそうね。()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なるほど。そんな奴が相手じゃあそりゃ倒さないとダメか。焔さんが扱ってる炎だってめちゃくちゃ熱いのに、あのなかに誰かを放り込むなんてありえないわ。――よっし終わりー!」

 

「え、もう? なら折角だし確認を――、訓練の時間ね、仕方ないか……。そのっち起きて、訓練に行きましょう」

 

 他の勇者にも事情を伝えても構わないという火継ぎの許可を経た須美を通して、既に銀や園子にも自分たちが敵対するバーテックスやその大本の存在である神性に関する知識が共有されている。少女たちは大人たちにも明かされなかった歴史の真実に驚愕こそしながらも、壁の外が毒ガスだろうが焼け野原だろうがやることは変わらないしと受け入れていた。

 時間になって訪れた担任の安芸先生に声をかけられた須美たちは気持ちよく寝ていた園子を起こして神樹館の駐車場に停められていた車に乗り込むとそのまま訓練場へと向かう。

 

 車の中で伝えられたのは便宜的に3人の勇者たちのリーダーを園子に要請する旨と、3連休を用いた勇者たちの強化合宿が決定したことの知らせ。お泊り会だと銀と園子が喜び合う横で生真面目に鍛錬のことを考えていた須美は、窓枠で近付く大橋を一瞥し運転席の先生に声をかけた。

 

「確か、今日は焔くんも今回の訓練には参加するんですよね?」

 

「えぇ。本来秋葉の火継ぎはバーテックスの襲撃などの緊急時を除けばその御業を秋葉の社以外で行使することを禁じられているけれど……今回は許可をとって最大限神樹様と貴方たちの安全に配慮した形での訓練になります」

 

「……んぅ? 火継ぎの、御業を……安全に配慮した形で? それって――」

 

「いやいやいや、まさかぁ……」

 

 大赦の大橋支部にある訓練場へと向かう車。安芸の言葉に興奮も冷め顔を見合わせる少女たちが心の準備を決める間もなく車は停められ、3人は大赦によって準備された特設の訓練場へと案内される。

 神樹のお告げをもとに計画を組み立てていたなかで現れたバーテックスによる2度の襲撃を乗り越えることとなった勇者たちの初の合同訓練。互いの役割にあわせた戦闘スタイルを実践のなかである程度確立させた彼女たちは、バーテックスを狙った流れ弾を仲間にぶつけないよう、そして自分が仲間の攻撃の邪魔になることのないように立ち回りを練り連携をより高める必要がある。

 

 そして、現状の人類で最も強く、単体で成立した戦力であるために勇者たちとの連携を考える必要が薄く、そして彼女たちの鍛錬に最適な御業を保有する人材として。

 秋葉焔は、勇者たちの模擬戦の相手として最もふさわしい存在だった。

 

「ということで、今日は俺が鍛錬を担当するよ。改めまして秋葉焔です、よろしく」

 

 がくりと銀が膝を突きかけた。

 勇者装束に変身してから入るようにという不穏極まる指示に従ってどこか樹海に取り込まれたときを思い出させる空気の変化とともに訓練場の広間へと足を踏み入れた須美たち。広間の中央で和装を纏い立っていた少年の向けた眼が少しだけ燃えているのに、神の炎を用いる臨戦態勢の気配を悟った3人は若干遠い目になった。

 

「まじかぁ……マジかあ~……」

 

「一応こちらも最大限の配慮はするし傷痕は絶対に残さないようにするからそこは安心して欲しい。……痛い思いはするかもしれないが、そこは各々できる限りの力を振り絞って回避してもらいたいと思ってる」

 

「えぇ……、流石の私も炎上体験はしたくないよ~」

 

 泣きごとをスルーした焔は早速掌に灯した炎を用いて何かを形作り始める。2度目の侵攻にあたって彼が火の鳥を生み出したときのことを思い出させる熱量の塊を粘度でもこねるようにして気軽に形を整えていった彼は、やがて質量をもたせた炎に5m大の巨体を構築しては目を細めた。

 

「……こんなものかな。実物は俺も見たことはないけれど、それでもぶっつけ本番の実戦でいきなりぶつかることになるよりはまだマシだろう」

 

「陽人くん、それは……? バーテックス、なの?」

 

 メラメラと燃える炎によって形成されたのは、不気味に開かれた大顎が特徴的な巨体――。壁の外から襲来してきた敵と似通った雰囲気を感じさせる外観の存在に複雑な表情で視線を向けていた焔は、遠慮がちに声をかけた須美に頷いた。

 

「あぁ。射手座の名を冠するバーテックス、サジタリウスだ。神世紀以降火継ぎの間で継承されるかつての勇者の記憶のなかで、最も色濃く魂に刻み込まれた脅威でもある」

 

 焔の傍で空間が蜃気楼じみて揺らめいたのに、須美は秋葉の神性の気配を悟り目を見開いた。

 拡張された部屋を覆う防火の結界にこそ気付かずとも、こうして焔が勇者たちとの合同訓練に参加する背景に火を司る神の全面協力があることを察した彼女はより真剣に取り組むべく深緑の瞳を険しくさせては少年の言葉を聞き取る。

 

「こいつの顎から射出される矢は鋭く、多く、そして速い。3体の御霊をもったバーテックスが脱落したいま、残りのバーテックスのなかで一番脅威度が高いのはこれだろうと判断させてもらった」

 

 バーテックスの開かれた顎の奥が光を放ったかと思えば、高速で紅く燃える矢が射出される。弧を描き少女たちの前に突き刺さった矢はけれど床に傷ひとつ残すことなく消えた。

 

「見ての通り、この炎は殺傷力を最大限削った形にしてバーテックスを再現しているが……それでも速さと、矢弾の量はオリジナルに近いものとなっている筈だ。当たったところで傷はできないが、その分痛む──。今回はまず矢の雨に慣れて、そのうえでどう牽制しながら近づいていくか試してみてほしい」

 

「……よかった、焔さんが鍛練するっていうからてっきり丸焼きにされるのかと……」

 

「前戦ったでっかいのがやってたのと似たようなものってことだよね? それならなんとかなるかも……!」

 

「新たなる敵の対策を練る以外にも、痛みへの慣れも培うという意味ではいい鍛練になるかもしれないわね。……ちなみに、その痛みというのはどれくらいに……」

 

「……焼け石に触れる程度には下げているが……」

 

「ふーん……? まあまずはアタシが前に出て矢を弾けばいいかな」

 

「その間に私が矢を当ててバーテックスの動きを制限できれば……」

 

「うん。それじゃあ始めようか。……みんな、本当にごめん。危ないと判断したらすぐに止めるからな」

 

 鍛練に取り組みだした勇者たちの様子を懐かしいものでも見るように見守りながら、火の神は息を吐く。

 

 焼却されたバーテックスの数は3。不死身のバーテックスが一体も戻らないという事態がこうも続けば、天の神も確実に神カグツチの力を受け継ぐ者の存在がいることに確信を抱くことだろう。

 火継ぎの天敵の有無を問わず、次回以降の侵攻は非常に激しいものとなる。

 

『それまでに、勇者システムの強化が間に合うのが一番なんだが。さて、どれだけ上手くいくことやらな……』

 

「ぇ、ちょ飛んでるんだけど、そういうとこまで本物と同じなの!?」

 

「まず、来るよミノさん──!」

 

「南無八幡──っ、狙いが……!」

 

「うぉぉおおおおおやばミスッいっっったあ!!!! 唐揚げの油が跳ねてきたときより痛いうあああ」

 

「きゃあああああああ!?」

 

「ごめん本当にごめん!! 痛いよな、一旦休憩にしようか!!」

 

『……本当に大丈夫だろうな』

 

 戦斧で背後の2人を守ろうとした銀が得物を握っていた手にさっくりと突き刺さった火の矢。

 焼かず貫かず、けれど幻痛をもって動きを鈍らせた少女の背後を巻き込むようにしての掃射で勇者たちの悲鳴があがるのに蒼白の表情になった焔が慌てて己の作り上げたバーテックスを止めるのを眺めながら結界を維持するカグツチは呆れたように呟いた。

 

「うぇー……じんじんする……」

 

「アタシと園子がどれだけ叩き落とせるかになりそうだよなこれ……痛い、傷はないのに痛い」

 

「ごめんなさい、矢の雨で狙いが定まらなくて……すぐに対応できるようにするわ」

 

「ん、しゃーないしゃーない。……焔さんもう一本お願いしまーす!」

 

「本当に大丈夫か……? もう少し休憩してからでも──」

 

「焔くん。……実戦で私がどんなに泣き叫んでいたとしても、自分の相対する敵から意識を逸らしたりはしないでね」

 

「…………………………気を付けます」

 

 だが──思いのほか、勇者たちにへこたれた様子はない。

 強烈な痛みを伴う矢の雨に泣かされながらも涙を拭っては次を要求する少女たちに焔の側がはらはらした表情で見守るのを眺め笑いながら、カグツチは勇者たちに対する認識を改める。

 

 痛みも、痛みに対する忌避感もないわけではない。──だが、少女たちの誰もが。こうした理不尽に対応する役割を、誰かひとりに押し付けはしまいという気概があった。

 

『悪くない──悪くない。これはなかなか期待できそうだな』

『これが()()までに誰も欠けずにいられたなら最高なんだが……』

 

 神カグツチに、勝利を司る権能はない。生き死にに干渉することも、人の心を操ることも、自分が前に立って天の神を討ち滅ぼすことができるだけの力もない。

 けれどそれでも、かつて己の贔屓する人間の護り抜こうとした人類が、その意地をもって未来を勝ち取る姿は見たいと思っていた。

 

 ──神は、ずっと待っている。

 人が、あらゆる苦難を乗り越えて。神の思惑をも超えた結果を叩きつけてくれる日を。

 

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