無常の理、神焼きの焔 作:風剣
――身体が軋む。
『無理はするな』
横で防火の結界を展開していた神の言葉に首を振る。
前方では勇者たちが甚大な苦痛に襲われながらもそれでもと力を合わせ立ち向かっている。自分だけが身を休め炎の制御を怠るなど許されはしない。
体内を駆け巡る灼熱に苛まれ汗を流しながら少年の示した意思に、傍らの神は僅かに沈黙して。やがて、その声に喜色を滲ませ彼へと告げる。
『そうか。なら、良い機会だから覚えておけ。――その灼熱。その炎こそが、お前たち火継ぎをずっと苦しめ、その命を奪ってきたものなのだから』
全身を襲う灼熱。骨の内側から炙られるような苦痛に一筋の汗を流しながら、少年は頷いた。
「……」
射手座の名を冠したバーテックスの行動パターンは脅威そのものだ。
勇者たちと距離を取りながら浮遊し、かつて星屑と呼ばれ畏れられた世界を滅ぼした異形の群体と似通ったフォルムの大顎から生成された無数の矢を射かける。接近もままならなぬまま相手を追い詰めていく殺意の雨こそが、そのバーテックス唯一の戦略であると同時最高効率の殲滅手段でもあった。
「っ――」
「いまっ、行くよミノさん!」
「よっしゃぁあああああああああ!!」
降り注ぐ矢の射出量も須美の矢とは比較にならない。火継ぎの御業のなかでも唯一ヒトに対して使うことを想定し開発された炎は殺傷力こそ皆無に等しいものの時には実際のそれをも上回る痛みを受けたものに齎す。涙を堪えるのも叶わぬ激痛に怯んだ隙に3人纏めて矢の雨を浴びる形で敗れては休息を置いて挑むこと3度目で、勇者たちは焔によって再現されたサジタリウス・バーテックスの撃破に至った。
「……驚いた」
質量を伴って形成された燃える巨体が、真っ二つにされた大顎を中心に罅割れを奔らせそして崩れ落ちていく。広間に疑似バーテックスが墜落した瞬間に盛大な勢いで周囲に飛び散った火の粉に咄嗟に身構えた少女たちだったが、勇者の衣装越しに浴びた火が何の痛みも齎すと目を見開いていた焔の方を見て、周囲を見回し、急速に形を失っていく巨体を見て――自分たち勝利を確信すると、3人で飛びつくようにして抱き合った。
「い……やったぁあああ!」
「良かった~、さっきのみた? びゅーんってミサイルみたいだったよー! わっしーのおかげで大勝利だよー!」
「えぇ、そのっちも銀も凄い良かったわ……!」
「へへっ、やぁーかっとばしたかっとばした!」
「……」
『――焔』
年相応に叫んで笑い合う少女たち。彼女たちの様子を見守り目元を弛めた焔は、炎も消え防火の結界が消え去っていくのを眺めながら気配を薄れさせていく神に声をかけられ視線を向けた。
『見る目がある、機転も効く、あの年で動きも良い。……最初はどうかと思ってたが、なかなか今代の勇者も優秀じゃないか』
焔によって作り出されたバーテックスの射撃によって射貫かれた勇者たちが激痛に涙を流しながら挑むこと数度。銀や園子が開幕から前方に飛び出したとき、後方の須美がバーテックスの射線から外れ彼女も巻き込む形の広範囲奏者にしたとき矢の密度が露骨に薄くなることに気付いた彼女たちは、前衛の2人で弾幕を前に猛然と突っ込んでは須美が後方から援護していくという形で攻め立てていった。
密度の薄い掃射では勇者を仕留められず、銀と園子に弾幕を集中させればフリーになった須美の一矢が解き放たれる。渾身の一撃を浴びたバーテックスの再現体は戦斧と槍の連撃を受け焔の想定よりもずっと早く崩れ落ちることとなっていた。
「……えぇ。想定以上に勇者たちは強い。俺が大赦に渡したバーテックスの御霊の解析も進めば、それに合わせて強化した勇者システムで俺抜きでもバーテックスの複数体を相手取れるようになると思います」
『お前が初手で大技ぶっぱして他のバーテックス消し飛ばしてから孤立した厄介者を囲んで叩くのが上々なんだが、そううまくいくとは限らんしなぁ。まあなかなか期待できそうではあるが』
――死なせるなよ。お前の完成に勇者は必要だからな。
そう言い残し姿を消していった神を見送りながら、勇者の力を用いるのにあたって拡張されていた広間が縮み元の様子に戻っていく中で壁にかけられた時計を確認すると少年は息を吐いて勇者たちに声をかけた。
「――3人とも、お疲れ様。初の合同訓練にしては過酷な内容だったろうによく乗り切ってくれたよ。訓練ももう終わりだから今日はゆっくり休んでくれ」
「おぉ……終わりか、やったぁ」
「っとと、ミノさんー、そんな急に寄っ掛かられたら倒れちゃうよ」
「へへっ……。終わりかと思うと身体から力が抜けうぇー本当に倒れた、おのれ園子もかー」
「ばたんきゅー……」
ごろごろと銀もろともに床に転がった園子は仰向けに寝転がって勇者が戦えるように拡張されていたのが戻った訓練場にどこか狭さを感じさせられながら、ちらりと視線を向けた先で焔に声をかけられた須美の方へと視線を向ける。
「須美もお疲れ様。……その、痛めつけるような真似になったのは悪かった。いやこれは三ノ輪や乃木にも言わなければならないことなんだが……」
「ねぎらいの言葉は嬉しいけれど、謝ることはないわよ。……必要な鍛錬だったんでしょう?」
須美の言葉にそれはそうだと頷いた焔は、けれど労わるような視線はそのままだった。和装を身に纏う彼は目線を逸らし窓から海を眺めながらぽつりと呟く。
「俺は、正直を言うならあの数戦でサジタリウス・バーテックスを倒せるとは思っていなかった」
「!」
火継ぎは、炎の権脳とともに歴代の火継ぎの記憶を継承する。サジタリウス・バーテックスは、西暦の戦いにおいて焔の宿す秋葉の始祖が経験した最悪のトラウマを基に再現したものだった。
愛した人。救ってくれた人。守りたいと思った人。信じた人。未来を約束した人。支えてくれた人。
「より激しい戦いになるだろう今後の襲撃に備えて、アレの射撃に対応できるように少しずつ慣れさせていくつもりだったんだが……安心したよ。あの分なら俺の手が行き届かないときでもバーテックスは任せられそうだ」
「……! えぇ、ずっと焔くんに頼ってばかりもいられないもの。大船に、いえ戦艦に乗ったつもりでいてくれていいのよ!」
「……ああ。頼りにしてるよ」
喜色を露わにした須美に焔が微笑んで応じるのを眺める園子。穏やかな表情で問答する彼に対して向ける須美の表情は、やはり神樹館のクラスメートに対して向けるものに比べても柔らかい──。
「……ねえねえミノさんや」
「なんだい園子さんや」
「あの2人……一体どれだけラブラブなのか、気にならない?」
「……気になる!」
「ふっふっふっ、そうだよねえ気になるよねえ~。ほむくんは中学生だし学校で会うこともバーテックスと戦ったあともゆっくり話したりできないけれど、一緒にいる時間なら丁度……」
「──合宿か!」
連休に行われるという勇者たちの強化合宿。訓練の合間の自由時間で親交を深めるついでに2人の仲をあれそれ聞き出そうと銀と園子はイイ笑顔を浮かべ逃げ場のない合宿先であれそれと聞き出そうと決める。どんなことを聞き出そうかと画策する園子は、ネタの金鉱の気配ににまにまと笑みを浮かべ目を輝かせていた。
――その目論見が崩れていたことを彼女が悟るのは、翌週の連休に突入し合宿での初日の鍛錬を終えたあとになるのだが。
***
「――えぇえええ!? ほむくん合宿に来てないの!?」
連休を終えての合宿の初日、夜の鍛錬を終え更衣室で園子のあげた驚愕の声。衣服を脱ごうと袖口に手を突っ込んだ状態で硬直して叫んだ彼女に須美はきょとんと目を丸くして、銀は微妙そうな表情で園子の動揺を見つめていた。
「どうしてー、いろいろ話聞きたかったのにぃ……」
「どうしても何も……神樹さまが四国全域に根を貼っているから神樹さまの恵みが多くの人々に行き渡っているのは知らないわけじゃないでしょう? ただでさえ焔くんの力は凄まじいものなんだから神カグツチの協力もなければそう易々と実戦を想定した訓練だってできはしないわ」
「やっぱ園子気付いてなかったかあ……。アタシもてっきり別の場所で訓練してるもんだと思ってたからさ、さっき須美に聞いてようやくわかったんだよね」
「そんなあ~……」
大赦の、秋葉の大人たちがどの程度火継ぎの力を畏れているかはわからずとも、勇者たちの猛攻を浴びてもすぐに回復する不死身のバーテックスと、それをあっけなく焼き崩していく焔の姿を誰よりも間近で見てきた少女たちは肌でその炎を感じている。訓練さえ制限され今回の合宿も不参加となった少年にがくりと肩を落とした園子は、脱いだ衣服を籠に詰めながら早くもネタの金鉱の片割れが失われたことに嘆いた。
「あーあ、折角いろんな話聞きたいなって思ってたのになあ……とほほ……」
「そのっち、先に入っちゃうわよ」
「えー私も行くー。もうこうなったらわっしーから根掘り歯掘り聞いちゃうからね!」
勇者たちの合宿にあたって用意されたのは大赦の運営する旅館のひとつだ。基礎体力から技の型、勇者としての力を用いた実践的な演習までみっちりとこなした彼女たちは更衣室で衣類を脱ぐと浴場へと足を踏み入れていく。
「おぉ~広い広い、この旅館ってアタシたち以外は大赦のひとしかいない貸し切りになってるんでしょ? 最近うちにもいっぱいお手伝いさんが来てることといいこうも優遇されるとありがたいやら申し訳ないやら」
「そういうのはありがたく受け取っておくのが良いって焔くんが言っていたわ。四国を護るのには勇者の尽力は決して欠かすことができないのだから多少の優遇や融通は当然のことだって」
「……ほむくんは何か大赦にしてもらったりしてるのかなあ」
「秋葉はカグツチ様が無茶ぶりをするからとかどうとか……」
「! そういえば須美ってカグツチ様に会ったことがあるんだよね、どんな神様だったの!?」
「……なんだか、こう……不敬にならないかしら……。普通に、こう、うーん……」
身体を洗いながらの銀の問いに秋葉邸へ顔を出すと稀に会話することのある炎の神や彼のことをよく知る火継ぎの婚約者の言葉を思い浮かべた須美は、秋葉の書庫に図書館さながらに西暦の時代の漫画が並んでいる要因であったともいう神のことをどう当たり障りなく説明したものかと頭を悩ます。
「……少なくとも秋葉の家においては、思っていたよりずっと気さくに人と言葉を交わす神さまよ。あとは人の文化や作品についてもかなり関心があるみたいで……西暦の時代の冊子はよく読んでるらしいわ」
「あ、それ私聞いたことあるかも……。昔秋葉のひとに薦められて読むようになった漫画の続きが世界滅んじゃったせいで読めなくなったから人類への全面協力を約束してくれたらしいよ~」
「マジか、漫画が凄いのかカグツチ様が凄いのか……。……え、流石に誇張だよね?」
「流石に神樹様からも独立したカグツチ様の協力を取り付けるまでにはもっといろいろあったと思うけれど……、あ、でもワンピースの続きが読めなくなって本気で怒ったのは本当みたいよ、ドレスローザ編まで全巻秋葉の書庫に揃ってるもの」
「あっそれは怒るわ……」
西暦の時代の名作は多くが世界滅亡の混乱のなかで永遠に失われたものの、喪失を免れた作品は今も四国の人々に親しまれている。西暦の終わりを経ての途絶以降その名作が未完となったことへの嘆きを抱く者もまた、決して少なくはない。案外神様もそうアタシたちと変わらないのかもなあと思っていたより俗っぽい印象を神に抱く銀は、シャワーで身体を流しながら隣へと視線を向ける。
銀や園子と並んで身を清める須美は、背まで伸びる艶やかな髪を丁寧な手つきで洗っていた。湯でほのかに色づかせるのがいっそうにその白さを顕著にさせる柔肌としっとりとした黒髪の調和は一種芸術に近い。普段は結わえられた黒髪を白く彩る泡を流した彼女は慣れた手で後頭部に髪を纏め、そこようやく無言で見つめていた銀の視線に気付いたように目を丸くした。
「……どうしたの、じっと見て」
「いやー……これを見れないの焔さん勿体ないなあって……」
「な、何をっ。仮に焔くんが合宿に来れても浴場は男女別だからね……!?」
「でもわっしー何度かほむくんちに通ってるんでしょー、混浴ハプニングとかなかったの?」
「ありません!!」
頬を紅潮させ立ち上がった須美がずんずんと進んで湯船に浸かりにいくのにくすぐられる悪戯心。にまにまと笑って顔を見合わせては彼女を追った2人は、左右から彼女の逃げ道を塞ぐように位置取りをつくって温泉に突撃すると須美を追い込んだ。
「なっ、なに!?」
「さあさあわっしー吐くのだぁ~具体的にはほむくんと日々どんな風にイチャイチャしてるのかとか、2人の馴れ初めはどんなだったをキリキリと!」
「そのっち……! そんな、何も話すことなんて……」
「本当に健全な関係でやましいことが何もないのなら答えられるのでは―?」
「ぬっ、ぐ……!?!? い、いえそんな挑発には乗らないわ、冷静になるのよ須美……ひあ!?」
「うっわちょっとびびったんだけど柔らか……このクラスで一番大きそうな胸で許婚の視線を釘づけにしてるんじゃないのか―? どうなんだ須美さんや、はっきり答えなさーい」
「銀!!!!」
顔を真っ赤にした須美が銀に掴みかかる。銀もまた自分に伸びた手を掴んでは応戦し湯を跳ね上げさせた。
「あーんなラブラブな空気感して何もなしってことはないでしょ、許婚だよ許婚!? 相思相愛の相手がいて照れるのは贅沢だぞ須美ー!」
「ほっ、本当に何もないわよ! それはまあ焔くんから求められたら拒絶なんてしようがないけれど――、いやっちがっ、どさくさに紛れて背中くすぐろうとするのやめてそのっち!」
「えー。……ねえわっしーってさ。秋葉のひとから話って聞いてる? 秋葉に許婚として嫁ぐことの意味」
「……それは、勿論」
「?」
須美と、園子の顔。双方を見る立ち位置にあった銀は、彼女たちが浮かべた一瞬の表情の変化に真剣な話の気配を感じ取ったが――次の瞬間には園子が普段のように脱力した笑みを受かべたのに目を瞬く。
「……そっか。なら猶更話を聞きたくなってきたなあ。わっしー今日は寝かせないよ~? 折角の恋バナなんだしお風呂をあがったらほむくんの話もわっしーの話もいっぱい聞かせてもらうからねえ……」
「恋バ……ちょっと、あまり揶揄うのは――」
「ほむくんのいいとこいろいろ聞かせて欲しいなあ」
「――任せてちょうだい。お風呂をあがったら早速――」
「アタシもそれについてはいろいろ気になるし良いんだけどなあ。……園子、須美を唆すだけ唆して自分だけすぐ寝るとかやめてくれよ」
「……だいじょうぶだいじょうぶ、多分きっとメイビー……」
普段の調子に戻った園子と須美の様子に、そういえばと銀は2人が大赦中枢の名家の出身であったことを思い出す。
何十年か前には三ノ輪の本家でも秋葉の火継ぎと縁談を結んだことがあったという。それは乃木家も例外ではない――。秋葉に嫁ぐ者を輩出した家ならではの情報があったのかもしれないと想いを馳せながらも、なんとなく聞く気にはなれなかった銀は持ち込んだタオルを頭に乗せながら仲間たちと並んで湯船で一息をつく。
「……困ったことがあれば相談くらいはしてほしいけど、な」
「銀?」
「んにゃ、なんでもない。……はぁ~極楽極楽……」
勇者たちの合宿の初日は、あっという間に終わりを迎えていった。
「……大丈夫」
「まだ、大丈夫だ」