無常の理、神焼きの焔   作:風剣

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記憶は未だ追えず

 

 

 三ノ輪(みのわ)(ぎん)の辞書に「見て見ぬふり」という言葉はない。

 

 俗にいう巻き込まれ体質なのか、それとも偶然そういう巡り合わせにあっただけなのか。幼い頃から他人のトラブルに遭遇することの多かった銀は、けれども生来の世話焼きな気質故にかそれを決して放っておくことはできなかった。

 家族に頼まれてこなしていくおつかい、毎日の登下校の途中にやたらと遭遇するトラブルの数々。迷子のペットやら転んだお爺さんお婆さん、落し物の財布の交番への届け出など枚挙に暇がないそれらに悩まされながらもめげずに家事の手伝いや勇者としてのお役目を果たすための鍛錬をこなす日々を送る彼女は、買い物を頼まれイネスに通ったその日も困り顔で助けを求めているように見える誰かと鉢合わせていた。

 

「…………………………どうしたものかな」

 

(あの人、さっき寄ったときも居たよな……。めっちゃ悩んでる……)

 

 街一番のショッピングモール、イネス。母親からお願いされた野菜類に加え上の弟からリクエストされたものや末弟の好きな玩具がセットでついた菓子類、自分の分のスイーツを購入した帰路、イネスに並ぶ店舗のひとつでうんうんと唸って商品の並んだ棚と睨めっこをしている少年に気付いた銀は一体どうしたのだろうかと小首を傾げた。

 

「あれ……、あのひと、割りと最近会ったようなー。確か大赦の……?」

 

 どこか見覚えのある顔に気付いた少女はむむむと目を細め、ただならぬ険しい表情で棚を回って行く少年を遠巻きに見守りながら記憶を遡る。

 印象的な炎の色の瞳、各所に仄かな紅をさした黒い髪。目についた特徴が数週間前に大赦の施設のひとつを訪れていたときに銀と同じく勇者である鷲尾須美と親し気に言葉を交わしていた和装の少年と合致し、ひとり合点のいったように頷いた。

 

(んん~……だけどあのひとの名前なんだっけかな……。大赦ですれ違ったときって自己紹介、したっけ? してない気がする……。……まあいっか、困ってるのに変わりはなさそうだし!)

 

「あの! 何か悩みごとですか、よかったら話を聞きますよ!」

 

 見ず知らずの他人であったとしても声をかけていただろう生来の気質もそうだが。あまり年が離れてなさそうという認識、少なくとも一度は顔を合わせた相手であるというのもあって悩める少年に声をかけるまでは早かった。

 棚の商品とにらめっこをしていた少年は、銀の顔を見ると驚いたように目を見開く。「三ノ輪銀……。一体どうして?」と呟きを漏らした彼は、やはり銀と面識のある少年で間違いないようだった。

 

 いや、何も――。そう言って断ろうとした少年は、そこで少し考え込む。

 

(俺だけの判断で決めるよりも、同性、同年代の意見を聞いた方が良いか――?)

 

「……すまないが、君さえよければ買い物を手伝ってもらうことはできないだろうか? 許婚が間もなく誕生日を迎えるとのことで贈り物を用意したいんだが、女性に対してどういった贈り物をすればいいのかなかなか結論が出なくてな」

 

「いいなず……許婚!? 凄い責任重大になったな……! お、オッケー任せて! アタシにできることならいくらだって協力しますよ! ちなみにさっきは何を見てたんです!?」

 

 焔の言に動揺した様子を見せながらも、少女を頼ることに決めたらしき彼のお願いを快諾した銀は早速と彼が悩まし気に見ていた品を確認する。

 

 刃物だった。

 というか包丁だった。

 

「ほう、包丁……。包丁。……う、うーん、うーん……?」

 

「やはり、年頃の女の子に渡すにはやや難があるか……? 彼女も料理をするから実用性のあるものを選びたいところだったんだけれども……」

 

「あー、料理かあ。それなら、なるほど……ちなみに許嫁さんの趣味とかも料理だったりする感じ? 他には何かあったりとかは」

 

「……。そうだな、料理、あとは猫が好きで……国防に情熱を燃やしているな」

 

「国防」

 

「国防」

 

「……はぇー」

 

 大赦に関わりのあるらしき彼が許婚というものだからどこかの名家の令嬢かと思っていれば出てきた言葉、深く突っ込めば突っ込むほど少年の許婚であるという少女のことがわからなくなりそうだった。ひとまずそれ以上聞くことをやめた銀は包丁の案を頭に留めるとイネスマニアを自負する土地勘を駆使し女の子の喜びそうなプレゼントが売られていそうなお店を思い浮かべていく。

 

「んんー、料理が好きなら実際包丁もありだと思うけど……、それじゃあアタシの友だちがよく行ってるお店あるからそっちからあちこち案内するよ! イネスはもう庭みたいなもんだからね、幾らでも頼って! えーと、名前は?」

 

「ああ、秋葉焔だ。イネスに来るのも初めてだったから正直なところありがたい。申し訳ないがよろしく頼む」

 

 そうして、彼の許婚の名前を聞くこともなく贈り物探しに奔走し無事これと決めたものを買うことのできた少年を見届けた銀はやがて自らとお役目をともにする勇者と初めての戦闘に臨むこととなる。

 まさかそのときは、彼女が一緒に贈り物を探した少年の許婚がクラスメイトだとは思いもよらなかった銀だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

「勉強会しよう!」

 

 その衝撃は、まさしく青天の霹靂というものに等しかった。

 

 乃木家の屋敷に勇者2人を呼び出すなり何やら古っぽい書物を何冊も抱えて笑顔で口にした園子、満面の笑みでそんなことを口にした彼女にあらんかぎりに目を見開いた須美と銀はその表情にこれでもかと驚愕をにじませて顔を見合わせる。

 

「須美……聞いた? あたしは今空耳を疑っているんだけど……あの園子が自分から勉強しようって……」

 

「聞いたわ銀。私もまさか居眠り常習犯、だというのに聞かれた内容も小テストもすらすらとこなすそのっちがまさか自分から勉強に取り組もうとするだなんて……何か悪いもの、あるいはよっぽどいいものでも食べたのかしら……」

 

「む~っ、2人ともちょっとひどいよ! 居眠りだってほむくんには立派な才能だって褒められてるのにー! 『居眠り? 良いじゃないか、適度な休息をとっていざというときのために力を蓄えるのは大事なことだよ。長生きするのに大切な才能だと思う』って太鼓判押してくれたんだよ!」

 

「そのっちの場合は適度な休息なのか疑わしいわね……」

 

 須美から婚約者の話題を徹底的に搾りだし、そのついでに夜が更けるまで日本海軍について布教され翌日揃って寝不足になった合宿を終えた彼女たちは再び学業と鍛錬を両立させていく日々に戻っていた。神樹を狙うバーテックスも2体のバーテックスを撃破して以降は新たな襲撃もなくなっているなか、須美と銀を呼び出した園子はむうと頬を膨らませていた。

 渾身の火継ぎの物真似もノーコメントで須美にスルーされてむくれる彼女が抱えている書物へと視線を向けた銀。年月の経過を感じさせる黄ばんだノート、けれども保存の環境がよかったのか摩耗の様子もないそれは博物館に展示されてても違和感を感じないだろうと思わせるものがあった。

 

「で、勉強ってそれのこと? なんかすごい古そうなんだけど歴史の勉強でもすんの……?」

 

「! ふっふっふ、いいところに目を付けたねミノさんや。大正解、今回一緒にしたいとは思ったのは四国の歴史の勉強だよ。ちなみにこれ、バーテックスの現れた西暦の時代、最初の勇者が遺した記録だったり。どんどんぱふぱふ~」

 

「おー……。え、マジで?」

 

 ぎょっと目を見開いた銀が表紙を向ければ、ノートの表紙に綴られていたのは確かに『勇者御記』の文字だった。バーテックスのによる世界の滅亡、神樹の顕現による四国人類の庇護以降神世紀の到来まで最前線で戦っていたのだろう西暦の時代の勇者の遺した手記。これを書いた若葉さんは私()()のご先祖様だよ~と口にする園子に関心を露わに須美も身を乗り出し、目の前で開かれようとするノートにごくりと誰かが生唾をのんだ。

 

「こんな貴重な資料が見れるだなんて……乃木家で保管された資料なの?」

 

「そうそう、バーテックスに世界が滅ぼされたって話を焔くんから聞いてからあれそれ資料ないか探してたら出てきてね~。すぐに家にいた大赦のひとに没収されそうになって『勇者に見せるにしても刺激が強すぎないか不安』ってあれそれ話し合いをお父さんたちとしてたみたいだけど……この度こうして解禁されたのだー!」

 

「刺激……。読むからには覚悟をある程度決めておかないのかもしれないわね。最前線で戦っていた勇者の記述なのだし……」

 

 真剣なまなざしで見つめる須美に頷いた園子は、けれどやはり好奇心の方が強いのだろう。その瞳の輝きを隠し切れぬままに表紙に手をかけた彼女はぺらりと勇者御記をめくる。

 

「あれ、筆跡が違う……勇者御記って書いたのは大赦のひとなのかなあ」

 

「あーでも確かに自分の書いたノートぜんぶに勇者御記って書く気にはなれないかも……」

 

「『勇者として過ごす日々を日記の形で綴ることを大社に薦められ今日から始めることとなった。夏休みの課題以外で日記を書くようなことはそうそうなかったが、自分の思考やその日の体験を振り返るのにもいい機会ではある。今日はいつもの通りに勇者としての鍛錬を重ね、午後にはバーテックスと交戦し、そして蹂躙された自衛隊の様子を記録した映像を視聴した。

 あのような惨事をこれ以上引き起こされることのないように、私たちは全霊を尽くしていかねばならない――』……」

 

「あ、他の勇者たちの話題も出てるね。高嶋友奈、土居球子、伊予島杏、郡千景──。()()()()。へぇー、焔さんのご先祖さまも勇者だったんだ!? 多分男のひとだよね?」

 

「火継ぎはカグツチ様から力を借り受けている訳だから、現在の形で継承されるようになるまでは勇者として扱われていたのかもしれないわね……。焔くんもこれの内容は知ってるのかしら」

 

「あっ、秋葉の家に連絡したんだけれどほむくん今は鍛錬中だって~。……わっしーが呼べば来るかなあ」

 

「それは……無理じゃないかしら。もし呼べば来てくれるとしても鍛錬中なら迷惑になりそうで申し訳なくなってしまうし……」

 

「まあ試すだけ試したら良いんじゃないかな、無理なら無理だって言うだろうし」

 

 逡巡する思いもないではないが、やはり重要な西暦の勇者の記録ともなると彼とも共有したいという思いもあった。銀の勧めもあり携帯を取り出した須美は焔に連絡を取るが、2コールもしない内に呼び出し音が止まると落ち着いた声音の少年が通話に出た。

 

『須美か。どうした?』

 

「はっや。絶対須美からの着信だけはすぐに出られるようにしてるでしょ焔さん」

 

 銀の声は聞かなかったことにした。

 焔が通話に出た瞬間にいい表情になってニヤニヤし始めた園子から目を逸らした須美は頬を紅潮させながら口元に携帯を近づけて囁きかける。

 

「そのっちが……乃木さんが秋葉の家に連絡をしたときは鍛錬をしていたらしいけれど、今は平気? 迷惑じゃないなら良いのだけれど……」

 

「へぇへぇ、わっしーほむくんと話してるときは私のこと乃木さんって呼んでるんだ~? ちょっと距離感じちゃうかもなあ~寂しいなあ~」

 

「そのっち、うるさい。……本当に平気? あ、そう。乃木さんが自宅で西暦の時代の勇者の手記を見つけたらしいのだけれど。乃木若葉という人で、秋葉のご先祖様の話も出てたから良かったら一緒にと思って」

 

『──それって、勇者御記か?』

「? そう、だけど……?」

 

 須美は返ってきた彼の反応に首を傾げる。

 通話の向こう、パチパチと爆ぜる火花の音を響かせる少年の発した言葉は歯切れが悪い。どこか苦々しげに呻く彼の様子は少し意外ですらあった。

 

『乃木若葉、かあ。西暦の時代の記録は秋葉でも集めてはいるけれど……見たいような、見たくないような。複雑な気持ちだ。本音を言うと須美にも見せたくは……いやでも重要な資料なのは確かだからな……』

 

「大赦のひとも悩んでたとは聞いてたけれど、それってどういう──? ……焔くん?」

 

『──』

 

 通話が切れた。操作でも誤ったのだろうかと怪訝な顔で画面を確認する須美だったが、勇者として複数度経験した空気の変質と園子のめくる途中であったページがぴたりと止まった手記に異変の正体を悟る。

 

「バーテックスの、襲撃……!」

 

「あーもう折角の休みなのに~~!」

 

「多分焔さんもこの状況はわかってるよね、大橋で合流しちゃおう!」

 

 攻めてくる側は守る側の不都合に配慮などしない。文句を言いながら準備を整えた魔法少女たちは乃木邸を飛び出すと樹海に塗り変えられていく街並みのなかを駆け抜けていった。

 

 

 

 

「……」

 

 ずぶりと、指先が空間に熔ける。

 虚空の先に消え、そして引き抜かれた指は青黒く変色しグロテスクに捻れていた。変形した指の形を整えながら癒しの火で再生させていく少年は、空間に開けた焼け穴を閉ざすと四方全体が黒ずんだ本殿の深部に広がる空間から立ち去っていく。

 

「──課題は成功させました。勇者の『満開』、『精霊の加護』はまだ──。俺を殺せるモノの気配も今はない」

「いつも通り、やることは変わらない。……守るべきものを襲うすべてを、焼き焦がします」

 

 彼を見守る燃ゆる神は、黙して語らず。ただただ、満足そうに微笑んだ。

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