無常の理、神焼きの焔 作:風剣
壁の外から現れる無尽蔵のバーテックスは、複数の個体が融合することでより強力な個体となって進化する。
3年前、私が初めて勇者としての力を受け取り戦っていた際に現れたのは強力な矢を放って次々に人々を射抜いていく進化体であったが、昨年の9月以降仲間たちとともにバーテックスとの戦闘を重ねていく内に様々な形状の個体が現れていた。なかには精霊抜きでは勇者の攻撃がほとんど通用しない手合いも現れ、その撃破に友奈や燎弥の力を借りざるを得なかったのは頼もしくも口惜しい。
強固な個体であろうとも精霊の力ならば撃破することも可能ではあるが、1体の進化体に手こずってしまえば次々に現れる他のバーテックスへの対処も困難となる――。現状、進化体のバーテックスの悉くは燎弥に任せてしまっている状況だ。
一撃でバーテックスの大半を焼き尽くす殲滅力は凄まじいの一言だが……戦闘を終える度に燎弥が憔悴した様子になっているように見えるのは、決して見間違いではないだろう。
彼を過剰に消耗させる事態は避けるべきものだ。力不足を連携で補えるよう友奈たちと協力し合い、できる限り燎弥の負担を減らさなくてはならない。
花弁が舞い、巨大な植物に呑まれた建物や人が消え樹海が広がる。
神樹によって塗り変えられた世界のなかでもそのシルエットを保つ大橋。その中央に陣取って待ち構える少年の紅い瞳が、樹海へと踏み入ったバーテックスの存在を捉えた。
聳え立つのは山のような巨体――。初めに現れた獅子座のバーテックスに続いて次々に現れたバーテックスたちは5体。屹立する威容の数々に目を見開いた少年は、身を覆う装甲の左腕部を足元に転がして腕を露出させながらぽつりと呟いた。
「なんだ、これだけしかいないのか」
「いや十分多くない?」
「凄いね~あのバーテックス、勇者じゃなかったら足元から頭のてっぺんまで登るのに1時間くらいかかりそう」
「そのっち、登山じゃないんだから……」
跳躍を繰り返して移動し少年の傍に降り立った少女たち。乃木の屋敷から急行してきたのだろう彼女たちに目元を弛めた焔はその掌から何羽ものの燃える鳥を形成して宙へと舞い上がらせていく。
「天の神によって御霊を埋め込まれたバーテックスの3体を撃破してカグツチの力を行使する火継ぎが露見すれば、更に大規模な侵攻になることも想定されていたからな。そうならないでたった5体のバーテックスの侵攻という形になったのは、天の神側の事情もありそうだが――あるいは、
神樹を狙うバーテックスのすべてを撃滅する。それだけのことだと呟いた焔が羽ばたかせた鳥が高速でバーテックスのもとへと飛来していく。
炎で形成された羽から舞う火の粉で飛翔の軌跡を彩り飛んでいった小鳥の群れを迎撃するように浮遊したバーテックスの一体がバルーンのように浮いて小型の爆弾を次々と投下し山のような巨体を揺るがしたレオ・バーテックスによって火球がばらまかれていったが――。その悉くを回避し羽ばたいた火の鳥は、直後に大橋の下に広がる海面へと飛び込み、そして
「うぉお!? 焔さん何、を――」
「バーテックス一本釣りだ~……いつの間に海に隠れてたんだねぇ」
水中で爆ぜた神焼きの炎によって幾度となく立ち上った水柱。水飛沫とともにそこから舞い上げられたのは全身を火炙りにされたイカに近い外観を持ったバーテックスだった。
水中から力技で打ち上げられたバーテックスが無防備に宙を舞うなか、畳みかけるようにして次々と火の鳥が突撃しては起爆して魚座のバーテックスの身を削り取っていくが、御霊を露出させるまではいかない。しかし火継ぎの操る炎は神を焼き尽くす為の力、再生も暫くは機能しないだろうと判断した少年は海へと墜落した個体を捨て置き残りのバーテックスへと視線を向けた。
「
『――!』
その瞬間、勇者たちに向かって山のようなバーテックスから炎の塊が放たれた。
4人の立つ大橋もろとも少年少女を焼き尽くさんとする巨大な炎球。それに対し焔は装甲から露出させた片腕を燃え上がらせると紅く輝く神火を一気に膨張させて叩きつける。業火によって形作られた腕はバーテックスの砲撃を迎撃し容易く消し飛ばした。
紅い瞳で目標に据えたバーテックスをねめつけた少年は、腕から溢れでた炎を用いて獣を形成しながら背後の勇者たちに声をかける。
「……火の御使いを補助につける、3体のバーテックスの足止めを任せていいか? 俺はあのデカブツを先に始末する」
「おっけー、任せて! 焔さんも気をつけて!」
銀の力強い返事に頷いた少年は白亜の装甲から火を噴いて浮き上がると最大規模のバーテックスの元へ飛翔していく。あとには勇者と、焔によって生み出された5体の神火の眷属が残されていた。
「……」
「わぁ、虎さんだぁ~、よしよし……。おおー、触っても熱くない……前のおっきな鳥さんと同じだ~」
「バリバリ炎上してるの真っ先に撫でに行くの園子も豪胆だなあ……。よし、それじゃあアタシたちも行こうか……須美?」
「……ぁ、うん。行きましょう。焔くんの負担は減らさないと……!」
弓を構えて前方を駆ける仲間たちを追いながら、須美は上空で炎の華を咲かせながら巨大なバーテックスと争う許婚の姿を見上げる。
白い鎧に身を包む少年は、以前から大規模な神火の行使をする際にしていたのと同じように邪魔な装甲を外したうえで自由な腕を用いて大火力を操っている。しかし上空の焔を見上げる須美には、今も危うげなくバーテックスの猛攻を迎撃していく彼の姿がどこか覚束ないものであるように見えていた。
「あの、動き」
もう片方の腕を、庇ってるような――?
脳裏を過ぎった疑念。彼の身を案じるように瞳を揺らし空を見上げた須美は装甲に覆われたもう片方の腕、以前のバーテックスとの戦闘で須美の矢を用いて傷をつけていた左腕を庇うような動きをしているようにみえる焔を見つめる。迷いを振り切るように首を振った彼女は弓の弦を引き絞りながらバーテックスの元へと駆けて行った。
(――焔くん、無理はしないで……!)
今は巨大なバーテックスを相手取る彼のもとに増援を届けさせないことだけを考える。轟音が空で炸裂するたびに火の粉が空から降り注ぐなか、矢を次々に放った須美は園子に切り刻まれるたびに数を増やしていった分裂するバーテックスを撃ち抜いていった。
300年前、西暦の戦いにおいて。
獅子座を冠したバーテックスの堅固な護りを打ち砕くことができたのは、当時の勇者のなかでも最大の破壊力を誇った高嶋友奈と火の神から力を借り受けた勇者であった秋葉燎弥だけであったという。
火が爆ぜる。
日輪を彷彿とさせる造形の円環を背負ったレオ、その白い装甲が神をも焼く熱量にじりじりと黒焦げ、そして修復されていく。
そして輝きを取り戻した白が瞬けば、放たれたのは高速で飛来する幾つもの炎弾──。位置取りを調整した少年を追うように弧を描いた炎を、神火に熔けた腕を振り抜いた彼はあっけなく消し飛ばした。ぎしりと、燃えたままの腕で腰に携えた刀の柄を握った焔は空中で身を捻り後背部の噴射口から業火を迸らせる。
「──どれ」
返す刀、刀身を赤熱させた刃が真紅の輝きとなって振り抜かれる。鍛冶の神としての神性も持つカグツチの協力をもって鍛えられた名刀を焼き崩しながら放たれた斬閃は本来あるべき間合いを無視して灼熱の閃きを刻み、バーテックスと結びついた円環をずらした。
刃を熔解させた得物を捨てた彼がその腕を翳せば、掌を中心に吹き荒れた業火がバーテックスの放った大火球と激突し熱風を巻き起こしていく 。
大火球を打ち破った業火はその力を相殺されながらもレオ・バーテックスに激突しその巨体を焼き焦がすが、撃破には至らない。全身を炙られた最強のバーテックスは修復こそ遅いものの黒焦げになった表面は徐々にその輝きを取り戻そうとしているほどだった。
「なるほど……これは確かに硬い、が──。それだけではないな。天の神に専用の改造でも施されたか……?」
(撃破は容易い。その気になれば一撃で粉砕できるが、これでは――)
日輪を象っていたバーテックス。日輪――太陽は、天の神の象徴そのものだ。300年前に秋葉の勇者に屠られて以降カグツチに力を借りた勇者への対策として炎に対する耐性と再生力に強化を施したのだろうと当たりをつけた少年は追尾式の炎弾を撃墜していきながら火拳を叩き込んでバーテックスの巨体に罅割れを奔らせていく。
砕かれたバーテックスの欠片が燃えながら海面に落ちて水飛沫をあげる。火に包まれた破片が大橋や神樹に降り注ぐことのないように意識しながら大敵を削り取っていく焔は歯痒さを抱えながら二振り目の刃を抜き放ち灼熱の斬閃を刻み込んだ。
「この巨体だ、半端に始末してしまえば残骸だけでも樹海への深刻なダメージに繋がる……かといってこれを消し飛ばすような火力を使えばそれこそ樹海や須美たちを巻き込みかねない、か! なら……」
少しずつ、そして速く。山にも等しい大質量を焼き崩す。
そうバーテックス撃破の指針を定めた焔は燃え盛った拳をもってバーテックスを打ち抜き海上へと誘導し、熱剣を振るいその巨体を断ち切る。
獅子座を冠する天の神が誇った最強も抵抗するが、解き放たれる大火球はそれ以上の火力によって大橋や樹海を巻き込むことも許されぬまま消し飛ばされ100m以上の巨躯を用いてのタックルも近づいてくれるのなら好都合と浴びせた連撃で解体されかける始末だった。
耐熱に特化した強靭な走行さえも炭化させる超高熱の拳と斬撃を海面をクッションにして叩き込まれるバーテックスは再生の追いつかない速度で身を抉られ焦がされ裂かれ、著しい速度でそのシルエットを崩していく。
――御霊の露出も近い。
撃破の予兆、間断なく火炎弾を放ち、時には大橋や樹海の方向にも最大火力を撃ち込んで劣勢の状況を覆そうとしていたバーテックスがとうとう怯んだように後退し変わり果てた姿となった黒焦げの巨体を罅割れさせる。
止めの一撃。再生の限界へと至り露わとなった御霊を切り捨てんとした焔は、大橋の方向を一瞥し戦況を確認した。
焔がレオ・バーテックスを相手取る間放置された3体のバーテックス。現状の勇者システムでは撃破の叶わない脅威を迎え撃つ少女たちはしかしよく凌いでいた。
耳障りな怪音を響かせながら勇者の動きを鈍らせるタウラス、須美の矢を身に纏う帯で防ぎながらそのまま少女を両断しようとするヴァルゴ、分裂を繰り返して前衛の園子と銀を翻弄するカプリコーン。
それらの繰り出す猛攻に時には惑わされ、時には防御のうえから強かに打ち据えられながらも勇者たちは焔に生み出された唯一のバーテックスに致命打を与えられる火の御使いたちを軸に立ち回り異形の集団を前に一歩も引かぬ攻防を繰り広げている。
何故か燃える虎に乗りながら槍を振り回しバーテックスの牽制をしている園子に勇者の健在を確信した焔は刀の柄に手をかけた。
(──須美たちは問題ない。向こうのバーテックスたちも消耗してるようだし、これを始末したあとに急行して片をつけるのも問題はなさそうだな)
刀身に熱を灯したのは、焔の持ち込んだ刀の最後の一振り。
間合いも、防備も、反撃も意に介さずに焼き捨て、断ち切る絶殺の斬撃。御霊を露出させたバーテックスを紅の一閃をもって真っ二つにした少年は、両断され落下していく残骸へと腕を振るおうとして。
落下していったバーテックスの残骸が膨らみ、そして爆ぜた。
「……! これ、は」
バーテックスは。小型のバーテックスが無数に集まって融合・進化することでより強大な個体として昇華されていた。
ならば──それが、火継ぎによって焼き尽くされるよりも早く、分裂を果たしたのならば。
その答えが、これだった。
半ば炭化しながらも一撃での粉砕が避けられてきた巨体を構成していた小型のバーテックス、御霊の粉砕を機に分散したそれらが怒涛の勢いで襲いかかる。
(! これは、まずい──)
白熱した腕を振るい己に襲いかかった個体を一気に殲滅した焔は、少年を素通りして神樹に、大橋で戦う須美たちの方向に向かった小型バーテックスの群れに息を呑む。
すぐさま、バーテックスの残党を討たんと神火を滾らせ──。神樹に向かう群れも須美たちに襲いかからんとする群れも、同時に焼き尽くさなければ手遅れになるとその観察眼が結論付けた。
「──」
神樹の元にバーテックスが辿り着けば、四国の人類が滅ぼされる。
3体の異形を相手にどうにか優勢を保つ勇者たちにバーテックスが襲いかかれば、勇者たちは一気に追い込まれる。
それらを、同時に滅ぼしてしまう火力を行使してしまえば後処理に相応の対価が──。
『──仕方ないか』
迷いはなかった。
身を覆う白い装甲、過剰な火力の行使を阻む拘束具を外し落下させていった少年は己の炉心に火を灯す。
廻久炉心 限定解放
どくりと、心の臓が脈打った。
──火継ぎの要は、心臓だ。
──天の神をも焼き尽くすための熱量を確保するため、カグツチの火を宿す者は常にその身を薪とする。
──宿主の命を糧に、24時間365日、鼓動を刻む間永遠に神の炎の火力を高め続ける術式。それが、神をして『順当に成長すれば天の神も討ち取るだろう』と認めさせた火力の源であった。
焔が鼓動を刻む度に彼のなかで燃え上がり、そして完璧に制御されていた灼熱炉心。
その制限を限定的に取り払った少年は、瞬間紅く輝いた。
小型のバーテックス、大赦の資料において星屑と呼ばれ記録された群体。
御霊を保有した不死のバーテックス、星座を冠する三体の異形。
樹海の被害を最小限に、大橋で戦う勇者は巻き込まぬように──細心の注意をもって照準された力は、次の瞬間波濤となってバーテックスを薙ぎ払った。
『──』
音もなく、断末魔もなく。紅蓮の熱波に呑まれた異形は、灰も残さずに消えた。
御霊ごと消し飛ばされた巨体のバーテックスも、突如現れ樹海に迫らんとした群れも跡形もない。驚愕に目を見開いた須美は、直後に焔のいた場所へ視線を向け──海に水飛沫をあげて墜落し、直後に白い炎をもって海でその損傷を回復させようとしていた魚座のバーテックスを消し飛ばした彼の姿が見えた。
「……いまの、凄かったね……」
「う、うん。いきなり出てきた矢鱈多いのもぜんぶ消えてなくなっちゃった……。あっ、樹海が燃えちゃってる、やっぱこれ奥の手なんだなあ……」
神樹様の樹海がばちばちと炎で焼かれ黒い煙をあげるのに気付きながらも、以前自傷とともに火を取り込んでいた焔の姿を見ていた銀と園子の表情に緊迫感は薄い。
しかし、須美にはどうしても。2人のように安心して焔を見守る気にはなれなかった。
「……! 焔くん!」
バーテックスの掃討を終え祭具を焦がした大橋に着地した焔に駆け寄った須美。白熱させていた身体を元に戻した少年を見つめる深緑の瞳は揺らいでいた。
「須美、お疲れ様。さっきは悪かったな、バーテックスのばらまいた群体の処理が遅れた──。今から神樹の火を消すから少し待っててくれ」
「……本当に」
「?」
「本当に、大丈夫なの──?」
「……」
少しだけ。
驚いたような、困ったような、申し訳なさそうな複雑な表情になった少年は嘆息すると、海で落ちていたのを拾った溶解した刃先の欠片を左腕に突き立て流血させる。
「……本音をいえば、それなりには無理をしている」
「! それなら──」
「だが、神樹を焼く炎を迅速に処理するならこれしかないからな。放置すれば樹海化が解けたあとの災害にも繋がる──。それは決して、許容できるものでもない」
ずるりと、戦闘の最中で神樹に着火し樹海を焼いていた炎が腕の傷へと取り込まれていく。
落ち着いた声音を維持する少年の額には、脂汗が浮かんでいた。
「今回は特に厳しいところだったからな。皆燼の熱波はそれなりの範囲を焼いた──。これからは、申し訳ないけど須美にも負担を強いることになると思う」
「そんな、私は負担だなんて……焔くん!」
腕が、黒く変色していた。
肉の焦げるような臭い。樹海を焼いていた炎を取り込む腕が黒く焼け焦げ、そして再生していくのを見つめる須美が蒼白になるのに焔は心底申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「……そういってくれると嬉しいところだけれどね。……あとで、その話はゆっくりするとしよう。樹海化が解けたら秋葉から人を呼んでくれればいい、なら──」
「焔くん!? っ、あ……」
樹海を焼いた炎のすべてを取り込んだ直後、覚束ない足取りになった少年はがくりと崩れ落ちる。膝をついて倒れそうになった焔を支えた須美は、掌から伝わった熱に悲鳴をあげそうになった。
咄嗟に支えた焔の身体は、まるで熱された鉄の塊のように熱かった。
「焔くん――。焔くん! 起きて……焔くん!!」
・
火継ぎの力の源。器が焼き切れるそのときまで延々と神の炎を高め続ける炉心。
神を滅ぼすための火継ぎの力とは即ち、最高効率で己を使い潰し続けた執念の一族の積み上げた歴史の力である。
これの影響もあり5代目の火継ぎが産まれるまでの火継ぎの寿命は非常に短かった。