無常の理、神焼きの焔 作:風剣
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活動報告にはあおい安室さんによる焔くんとわっしーのほわほわ寸劇も記載しております!! マジで最高です本当にありがとう!!
「……ん。美味しい……!」
「そう? それならよかった、家族や神様以外に料理を出したことはなかったから少し心配だったんだ」
竈の起爆は鍋の底を少しだけ焦がしていたが、幸いにも中身には然程の影響を与えていなかった。野外での炊事に対応し小屋に備え付けられた食器類から回収した器によそおった鍋をすすり一言感嘆の言葉を呟き落とした須美に、彼女と並ぶようにして縁側に座った少年は口元を綻ばせる。
茸や玉葱、大根など切り分けた野菜類とともに鯛のあらを煮込んだ鍋は味付けも味噌のみとシンプルなものだ。口にあったのならよかったと微笑んだ
「――それで、どうしてここに? 一言いってくれればこちらも準備したのに」
「……その、やっぱり邪魔だった?」
まさか。不安げに深緑の瞳を憂いで揺らし問いかけた須美の問いに即座に首を振り否定を返す。また先ほどの竈爆破の醜態を蒸し返されてはたまらないと唸った少年は、まさか許婚の来訪を拒絶するだなんてことは断じてないと前置いて言葉を選び己の疑問をぶつける。
「来ること自体はいいんだよ、本当だ。ただ、鷲尾さんに来てもらうなら俺の側もそれなりの準備が必要になるからな……。勿論来てくれることは本当に嬉しいんだけど、その、心の準備が……」
「……? そ、そう。でも玄関ではカグツチ様に普通に案内されたけど……」
「……は?」
きょとんと首を傾げる須美の呟いた言葉に少年は耳を疑う。だが空になった器を置きごちそうさまでしたと礼儀正しく口にする彼女に嘘偽りの気配はない――。まさかと本殿の方向へ視線を向ければ、ふよふよと宙を浮いて建物の奥へと引っ込んでいく燃える小人の背が見えたような気がした。
まさか、本当に案内したのだろうか。天の神を嘲り、弟だという神格の宿る神樹へとあれそれ恵みを要求し、大赦や秋葉の人間への無茶ぶりを重ね、生みだした燃える御使いに火力発電の動力を運営させる傍ら自分は本殿の最深部で毎週お供えに要求する漫画を読んで自堕落に過ごす、あの神が――?
「祟られたり、とかはされてないと思うけれど……。変なことはされなかったか? 怪しい祝福授けられたりとかしたら危ないから断ってもいいんだからな」
「そ、そこまで……? いや、本当に何もされなかったけれど……なんだかすごくあっさり声をかけられたから秋葉の家は神様との関係性も特別なのかと思って案内されてきちゃったけどやっぱり異例のことだったのね……」
「多分、気紛れでやったことだろうとは思うんだが……本当に何もされてないのなら気にしなくてもいい、のか? 何か言われたりした?」
「うちの火継ぎたちどいつもこいつも不器用だけど根は優しい奴だからよろしくな、って言われたけれど……」
「悪いものでも食べたのか……?」
槍の雨でも降るかと空模様を確認するが、縁側から見上げる空は雲一つない快晴だった。得体の知れない困惑を覚えながらもひとまず翌日には予定より大幅にズレたバーテックスの襲来への準備を整える覚悟を決めながら、自分の器を片付けた焔は調理器具の様子を確認する。
底の焦げた鍋、煙こそもう発してはいないものの揺らせば不安定な嫌な音を鳴らす竈。これはもう処分しないとかもなと嘆息した少年の目に映ったのは、自らの分の器を片付けに立った須美の姿だった。
黒い髪を後頭部で畳むようにして纏めた少女が着るのは神樹館――神樹の名を冠する格式高い学舎の制服だ。学校からそのまま秋葉へとやってきたらしき制服姿の少女が容器を片付けながら竈の様子を確認する自分を観察するのに、焦げた竈の検分もほどほどに疑問のひとつを解消すべく視線を向ける。
「……鷲尾さんって確か神樹館の学生だったよな。ここからもそう離れてはいないと思うけれど、やっぱり何か用事があったりした? 俺でよければ話を聞くけど」
「あ……そうだった、ちょっと待って。――これ、縁談の話を聞いた大赦の……お父さんの同僚の方からお祝いに頂いたのだけれど、よければ焔くんにもって」
そういって手荷物をまさぐりだした須美が取り出したのは丁寧に梱包された菓子箱――開けて良いかと許可を取った後に爪先に灯した火で包みの縁を綺麗に焼き切った焔が箱を開くと、そこには可愛らしいトッピングを施されたコンパクトなサイズの菓子がずらりと敷き詰められていた。
「これは……バームクーヘンか。小さくて食べやすそうだな。ええと、その方の名前は? お礼は秋葉の方からもしっかりしておきたい」
「………………そうよね。確か、お父さんと同じ部署で――」
「?」
焔の開けた包みの中身を見るなり何やら物凄く不満そうな雰囲気を纏いだした少女に疑問符を浮かべながらも、大赦に務めているという彼女に伝えられた人物の名前を記憶する。
須美はといえば、彼の膝上に乗せられた贈り物を険しい表情で見つめていて――。
「……どうして、和菓子でなく洋菓子をー……、いえ、いえ、当然贈り物なのだからありがたく受け取るべきなのだけれど……。けれど、これは……お祝いなら、我が国に伝わる正統な菓子をこそ……」
「……和菓子が好きなのか?」
「え、ええ。それはもう! おやつなら絶対ぼたもちです! ええ! 食感も満足感も栄養も多くの洋菓子に勝る我が国自慢の逸品だもの!」
そう言って胸を張る少女が貰い物の洋菓子に対して燃やす謎の対抗心に目を丸くしながらも、焔の表情に困惑の色は薄い。
深緑の目をキラキラとさせて熱弁する須美をどこか眩しいものを見るように見つめる少年は、お見合いの際の海軍談義に次ぐ熱量の推しをみせる彼女に目尻を和らげては口を挟む。
「ぼたもちの中身のお米、潰し加減が半端にされてるから半殺しって呼ばれてるんだっけ。お見合いでの話題に出てから戦艦や西暦の時代の話も含めていろいろ調べてたけれど、ただ食べたり作ってるだけじゃなかなかわからないことも出てきて面白かったな」
「……!! そうでしょう!? そう、ぼたもちはぼたもちでおはぎとの違いの諸説とか、季節での扱いの違いとか興味深いこともあるのだけれど――あのっっ、どうだった!? 特に我が国の誇る素晴らしき戦艦の数々――」
「……。あぁ、個人的には戦艦長門の話が一番気になったかな。特に長門最期の――」
「クロスロード作戦!! 憎き連合軍による非道の実験、けれど長門の素晴らしさをも証明した逸話に目をつけるとは流石ね……! 浸水、沈没することとなりながらも2度の核実験で米艦が次々と沈むなかで被爆を耐えてみせた姿は我が国の象徴として誇るべきもので――」
――果たして、父親以外の人間とこうして家でゆっくりと話すのは何時ぶりだったか。
こうして普段なら鍛錬のために費やされていた筈の時間を使って誰かと言葉を交わすというのも、考えてみれば不思議なものだった。燃える炎の瞳をした少年は眼前の少女の笑顔を尊ぶように目を細め、向かい合うようにして言葉を重ねていく。
初めて私の尊び焦がれる旧日本軍に関する理解者が現れたと感極まりボルテージをぐんぐんと上げる須美との会話は一方的にまくしたてているようにさえ映る勢いの彼女に落ち着いて受け答えをする焔という一見奇異に見えるものだったが、少年の表情は終始穏やかなものだった。
そうして、楽しいと実感をもって断言することのできる時間はあっという間に過ぎていく――。鍋を作っていた間はまだ高く昇っていた日が沈んでいき、色を濃くする夕焼けに空が塗り潰されていくなかで、不意に少年は立ち上がって縁側から続く通路の奥へと視線を向けた。
「……」
「焔くん……?」
きょとんと目をぱちくりとさせた少女が少年が凝視する方向を振り向くと物陰から響く足音。2人が気配に気付くなりすぐさま離れていった人影、翻った白い衣を目にした須美は小さな吐息をこぼし瞠目した。
彼女が思い浮かべたのは、秋葉との縁談にこの家を訪れた当日のこと。今と同じように物陰から自分のことを見ていた、仮面の女性の後ろ姿だった。
「今のって……秋葉の人、なのよね? 後ろ姿だけだからはっきりとはしないけれど、お見合いの日に私あのひとを見たような……」
「……もう鷲尾さんは会ってたのか。――声をかけられたり、したか?」
「いいえ、すぐに今のように立ち去られてしまって話すこともできなかったけれど……焔くんの、ご家族だったり?」
そのとき少年が浮かべた表情は、向かい合う須美をして筆舌しがたい複雑なものだった。ただ、彼も自身の感情の制御には慣れているのかすぐに顔から表情を消すと、目を閉じて嘆息する。
微かな沈黙があった。
「……それなら、良い。あのひとについては──俺も、少し扱いに悩んでる。もう少し整理がついたら、鷲尾さんにも話すよ」
「……」
恐らく、もう少し詳しく追及すれば答えてくれるだろうという確信があった。
聞き出すべきだと、少女の直感は訴えていて。──いま踏み込んでは、もう後戻りができなくなるような予感がした。
「……わかった。焔くんが話してくれる気になったら言って。私はいつでも大丈夫だから。どんな相談にだって応えてみせるわ」
「……ありがとう」
「あ。でも、一番最初にご挨拶しなきゃいけなかったのにあのひとがお義母様で実は不仲だとか後々になって言われたら困るからね?」
「…………………………………………………………」
「焔くん……?」
「……不仲では、ないよ? でも俺が関わって刺激させたくはないから……鷲尾さんに顔合わせをしてもらうのは、もう少しあとになるかな……」
「焔くん?」
「……もう7月になるんだよな。今度秋葉神社の方で関わった割りと大規模な花火大会やるんだ。もし予定が空いてるなら来てくれると嬉しい」
「………………それは、良いけれど……。ちゃんと、話してくれるのよね?」
「……本当にごめん、今はどうしても無理だ。段取りについては父さんとも相談して決める。……あの人も須美のことはそう邪険にはしないだろうし、なるべく早く整理をつけることにするから」
「……私も、そのときまでには覚悟を決めておけるようにするわね」
須美の嫁入り先の家庭事情は、少女の想定していたよりもずっと複雑な様相を醸しているようだった。
──後々になって。神樹により勇者として選ばれた親友たちと、仲間たちと団欒をするなかで許婚として嫁いだときのことを振り返り、憂いと後悔を滲ませ回顧する。
『──もしかしたら。私があのとき動いてたら、焔くんとあの人……庵さんは、もっと普通の家族のように過ごすことができていたのかもしれない』
『けれど……もし誰も準備を整えていないときに軽率なことをして失敗してしまっていたら、焔くんは、庵さんはずっと消えない傷を負っていたのかもしれない。どうしようもない連鎖が重なって事態はもっと酷いことになっていたのかもしれない』
『もし、動くのがずっと遅かったら……何もかもが、ぜんぶ手遅れになっていたのかもしれない。今こうしてあの人と話すことさえできなくなっていたかも』
『……私は』
あの人たちに、何ができたのかしらね。
力なく微笑んではそう呟いた少女。周囲の勇者たちもまた沈痛に、悼むように黙り込む。
ずっと、ずっと。
彼女は、己の無力に悩まされていた。
秋葉焔
好きなこと:猫の世話、最近は好きなものについて楽しそうに話しているのを眺めているのが好き