無常の理、神焼きの焔   作:風剣

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点火

 

 

 

『――結論から言って。俺やお前の代で天の神の討伐を成すのは不可能だろうな』

 

 

 冷ややかな声があった。

 薄暗い空間をぱちぱちと爆ぜる火だけが照らす室内で向かい合う者の顔は伺い知れない。苛立ちと諦観の奥にふつふつと煮え立つようなどす黒い執念を滲ませた言葉に、彼の言葉を聞いた年若き少年が渋面を作った。

 

『不可能、ですか』

 

『神に……カグツチに近しい体質をもったモノに変容しつつあるとはいえ、俺も、そしてお前もまだ脆弱な人間だ。そんな人間故の可能性を、カグツチは俺たちに期待しているようだが……。大前提として、足りないのは火力と、そして強度だな』

 

『強度に関してはまあ良い。お前の案で解決できることではある。……問題は、火力の方だ。若葉さんの目にした光景、そして俺の母の解釈が正しいのであれば、外の世界を焼き尽くしている煉獄は樹海によるものと同じ法則の塗り替え――それが、天沼矛を用いた天の神のただ一撃で行われたものだという』

 

『つまり、世界を焼き尽くすに足る熱量。それが、天の神を討伐するにあたっての最低条件だ』

 

 ぱちぱちと、火花が弾ける。

 

 囲炉裏によって照らされる室内に、重苦しい沈黙が立ち込めていた。

 それほどの力など、自分も、言葉を交わす相手も、そして祝福を授けるカグツチでさえも持ち合わせてはいない――。自身の力の上限をこれ以上なく理解する2人には、それがまざまざと理解できてしまっていた。

 

 だが、苦しい見通しについて淡々と語る彼に悲嘆はない――。この程度の壁など、実際に最前線で戦って来ていた父が、その仲間が直面したものに比べればどうということはないという実感があった。

 

 彼らが戦うのは、戦場ではない。時間と、そして何より己のうえに立ちはだかる()()()こそが、彼らの挑まなければならない敵である。

 自身に遺された時間をひたすら力の制御と研鑽に捧げ。そのうえでなお、自分たちでは敵わないというのであれば。――資源も、力も、技術も、知識も。必要なものをすべて積み上げていった未来にこそ、活路はある。

 

『だから、まずは次代へこの力を繋ぐ為の術式を確立させる。火継ぎが人生をかけて昇華させた炎を余すことなく後継の火継ぎへと繋ぎ、神を滅ぼすに足る熱量に至るまで延々と受け継ぎ続ける。いつか天の神と、神の眷属たるバーテックスとの戦いが発生したときに四国の人類を護れるだけの力となるように』

 

『……じゃあ、兄さんの試みが成功したら僕の番か。血肉を、心骨を、魂を薪に神殺しの炎を強めていく工程を末期の時のみならず火継ぎの生きている間、鼓動を刻んでいる間より継続的に、そして効率的に進められるよう検証を重ねていく。……最低が世界を焼く炎か。なら――目標はでかく、宇宙(ソラ)を焼けるくらいを目指していこうよ』

 

 

 それが、勇者から力を受け継いだ少年たち。

 

 火継ぎとして神殺しの炎を宿すことになる者たちの、原初だった――。

 

 

 

 

 

『あったかい、でも猫がこんなに──。焔くん、寝てるの……? っ、凄い熱……! 待ってて、すぐ戻るから──!』

 

 

 

 

 体が重かった。

 

「……ぬ」

 

「んぁお。……シャぁっ」

 

「今、()()の声が聞こえたような……。気のせい、だったか?」

 

 寝起きの倦怠感とは別に体にのしかかる重量感。ぎこちなく首を動かした少年が身を起こそうとすると、機嫌の悪そうな唸り声をあげ白い毛玉が胸の上から飛び降りる。

 彼の身に纏う和装の胸元にしがみつくは虎柄の毛並みをもった焦げ茶の猫。身を起こすなり不満げな鳴き声をあげ飛び降りた白猫も我が物顔で居直ると少年の傍に陣取るようにして横たわった。

 

「……障子を閉めるの忘れてたっけ。でも猫も結構器用って聞くし自分たちで開けてきた可能性もあるな……」

 

 焔の寝室には彼を中心にいつの間にか侵入してきた4匹の猫が寝転がっている。半開きにされた障子から吹き込む冷気におよその事情を察した少年は和装の襟に爪を立てる虎柄を引き剥がし息を吐く。膝上に乗せられた猫はわずかな抵抗をみせたもののやがて大人しく彼のうえで丸まった。

 

「夏場はあんなに避けてくるのに寒くなったらこうして暖を求めてくるあたり随分と現金な……いや、良いんだけどな……?」

 

 ふんすと鼻を鳴らす虎柄を撫でながらぼやく少年にも境内一帯を縄張りとする猫たちは知らん顔だった。

 秋葉神社本殿での鍛練を終え休んでいた間にいつの間にか占拠されてしまっていた自室。どうしたものかなと部屋の隅に設置された戦艦の模型に猫が触れないよう気を払いながら悩む焔の耳が、彼の寝室に近付く足音を捉えた。

 

「……焔くん?」

 

「須美。居たのか……」

 

 半開きであった障子を開いて現れた黒髪の少女──。ほっそりとした手で持つ盆のうえにボトルと氷嚢を乗せた彼女は上体を起こす焔を見るとはっと深緑の瞳を見開いた。

 

「起きたのね、焔くん──。具合はどう? 部屋で寝転がってると思ってたら凄い熱を出して苦しそうにしてたから……。これ、氷嚢も持ってきたから取り敢えずお水を飲んで楽にして。お布団は私が敷くから──」

 

「……布団は良いや。少し休めば良くなるよ──。ただ、飲み物と氷を持ってきてくれたのは本当に助かる。貰って良いか?」

 

 芯まで火の通った身体に氷と水分の差し入れはこれ以上なくありがたいものだった。白い呼気を吐きながら笑いかけ氷嚢と水を受け取った焔に頷きながらも、少女は顔を曇らせといかける。

 

「それは勿論。だけど……本当に平気なの? 今だってちょっと熱そうにしてるのに……」

 

「ふぅ……。いや、須美の持ってきてくれた氷でだいぶ楽になったよ。熱に関しては……、そこそこの火力を用いる鍛錬をしてたらまあよくあることかな。心配をかけたのは申し訳ないけれど、体調に関しては何も問題はないよ。少し休んでれば放熱し切れる」

 

 頭のうえに氷嚢を乗せ息を吐く少年。膝上に乗せた虎柄模様の猫を撫でながら柔らかな口調で語る彼の様子を須美は気遣わし気に見つめていたものの、少なくとも安静するつもりではあるらしい少年にそれ以上の追及をやめそれにしてもと辺りを見回す。

 

 秋葉の敷地内に存在する居住区の邸宅、その一室。火継ぎの少年の過ごす和室には4匹ものの猫が侵入を果たし悠々とくつろいでいた。畳の上で焔を囲むようにして寝転がる猫たちを困惑も露わに見つめる須美は自身に近付き頭を擦り寄せてきた黒猫に苦笑し頭を撫でながら疑問の声をあげる。

 

「それで、この子たちはどうしたの……? 私がここに来た時にはもう入り込んでしまっていたけれど……」

 

「あー……。いや、俺がいる時はだいたいこんなもんだよ。冬場になると特にね……。カグツチ様の加護で冬場でもこの辺りは暖を取りやすいってのもあるけれど、俺もまあ体温はそれなりに高い方だし……、鍛錬を終えたあとなんかはよく寄ってくるかな。連中も気が済んだら帰っていくからまあ気にしないでいいよ」

 

「神様の加護とカグツチさまからお役目を授かった火継ぎを暖房扱い……。……でも、みんな人懐っこいのね」

 

「境内にいる猫はだいたい人に慣れてるから普通に触るぶんには問題ないと思うよ。まあ猫だし気まぐれだから必ずそうとも言い切れないけれど」

 

「……なるほど」

「にゃー」

「………………………………なるほど」

 

 ――夏祭りから半年が過ぎ。新年を迎えた四国は、一帯が冬らしい寒さに包まれている。

 

 それは秋葉によって管轄される秋葉神社も例外ではない。一部、本殿最深部は炎神の御神体によって普段と変わらぬ暑さを保っているものの神の気配に満ちたその場には部外者は勿論猫が訪れることなどまずない。結果として神の加護を施された秋葉の居住区に冬季境内を縄張りとする猫たちが入り浸るようになるのは必然のことといえた。

 

 頭から背にかけてのラインを撫でるのは遠慮がちに丁寧な手つきで、けれど黒猫が抵抗もせずに撫でる手を受け入れるのに段々と没頭して言葉数も少なくなった須美が猫に集中するのに微笑みを浮かべる。少年もまた身を休めながら膝上を占領する猫に手を乗せ撫でながら頭に乗せた氷嚢を落とさぬように空いた片手で支える。何をするでもなく、穏やかな時間が過ぎていった。

 

「……ありがとうな、来てくれて助かったよ。須美のおかげで本当に楽になった」

 

「それは良かった。……いい、焔くんが熱に耐性があるといっても熱中症というのは悪化すれば当然のように死に至ることもある危険な症状なのよ? 鍛錬もお役目も大事だけど、大事なお役目を抱えているのなら猶更自分のことは気遣って欲しいわ」

 

「――そうだな。根を詰めすぎないように俺も注意するよ」

 

 一瞬の間を開け浮かべた困ったような苦笑。深緑の瞳の少女に労わるように見つめられるのに頷いた焔は、猫を撫でていた手を止め目線をずらす。

 燃える色の眼が見つめる先のカレンダーに綴られるのは、神世紀298年の1月であることを示す数字の羅列――。今年が、神樹によって壁の外から現れるバーテックスの襲撃を予言された年だった。

 

「……春からは、須美も他の勇者との合同訓練を始めるんだよな?」

 

「ええ。来週からは弓の鍛錬も本格的に勇者としての力を用いたものに切り替えるって聞いたわ。……そうなると授業の帰りにここに寄れる機会も少なくなるから、今日は忙しくなる前に焔くんと顔を合わせておきたくって」

 

 奏火祭の夜以降、少女は頻繁に焔のところに来るようになった。

 学校の帰りに寄る形で度々訪れ、ごくごく稀にカグツチが顔を出して案内をする彼女を戦々恐々と見守る秋葉の人間は焔を含め少なくはなかったが、少なくとも3人しかいない勇者のひとりに何らかの不幸が起こることはなく。沢山の資料を持ち込んでの国防談義、神棚に奉納するものも含めたおはぎ作り、共同での模型作りや勉強会、泊まりこみで秋葉に訪れた須美とともに神事祭礼の補助……。年頃の男女として適切な関係性を保った付き合いを続けながら、2人は着実にともに過ごす時間を積み上げていた。

 

 ごろごろと喉を鳴らし己を撫でる手を受け入れる黒猫に穏やかな微笑みを浮かべる須美の言葉。なるほどと頷いた焔は、けれど自分の認識とは食い違った少女の懸念に目を瞬いた。

 

「そういうことだったのか。……あ、でも多分訓練には俺も参加することになるだろうし、それほど長く会わなくなるってことはないと思うよ」

 

「あ、そうなの……?」

 

「基本的な防衛戦は勇者に頼ることになるだろうけれどもね。対バーテックスにおいて主に俺が担当するのは遊撃と()()を刺すくらいだとはいえ、連携の訓練はある程度こなさなければならないだろうし――、あっ」

 

 淡々とした調子で語る焔の膝上から身を起こした虎柄がするりと彼の手を抜け歩き出す。須美のもとへと向かった虎柄は姿勢正しく正座になって座っていた少女が黒猫を撫でているのにも構わず彼女にすり寄る。ずずいと須美の膝上に乗り込んでは丸くなる猫を渋い表情で眺めた焔は立ち上がって彼女から虎柄を回収すると抵抗を無視し再度膝上に乗せ直した。

 

「……焔くん? その、私は構わないけれど……」

 

「俺は駄目だ。折角須美が来てくれたのに毛塗れにして帰すわけにいかない」

 

「そう……?」

 

 不機嫌そうに鳴いた虎柄の猫が焔から離れ寝転がるのに苦笑し、いつの間にかすっかり中身の溶け切った氷嚢を脇に置いた少年は自身の調子を確かめるように掌の開閉を繰り返す。

 思い返すのは、強固な結界によって隔離された神の座す社、その最深部で行われた鍛錬でのこと。

 

(――4代目以前の火継ぎ、及び秋葉の始祖の頃なら確実に()()()()()()()()()()()()()を扱ってもこの程度。癒火も用いればもっと無理も効くか……。あとは、カグツチ様に要求された『課題』をこなせればだけれど――)

 

 バーテックスの襲来が目前に迫るなかで、焔の神殺しとしての完成は急務と言ってもいい。

 何も、神世紀以降力を高めてきていたのは焔たち火継ぎだけの話ではない。地の神によって少女たちに力を与える勇者システムもまた、長い力をかけての強化を重ねられている。だがカグツチは、『それでは足りない』と断じ焔を完成させるべく課題を出した――。それを成してようやく天の神を抹殺するにたる英雄として完成するのだと、焔に言い残して。

 

『自分に必要なものを選べ、そしてカタチにしろ』

 

鈥夜(3代目)燈理(4代目)白煉(7代目)。歴代の火継ぎたちは、それぞれ独自のアプローチで(おれ)の祝福を、先代から受け継いだ力を昇華させてきた。文字通り、自分の身体が焼かれることとなってもだ』

 

『火継ぎに力を託した勇者を含めた10人、その全てが積み重ねてきた炎が、お前のなかで燃えている。あと一歩、あと一歩だ――。だが、それはあまりに遠い。そこらの凡百が何百年かけても届かないだけの一歩を、俺はお前に求める』

 

『何、必要な力は歴代の火継ぎたちが積み重ねてきた――、問題は使い方だ。期限は1年、それまでに最期の一歩を届けさせるのに十分なだけの成果を積み上げろ』

 

『大丈夫、お前ならできるさ。何しろ実験台(バーテックス)は向こうからやってくる』

 

 神に申し渡された課題の達成までの期限は1年だが。天の神の動き次第では猶予が一気に縮まる可能性もあるという。

 天の神を滅ぼすまでの最期の一歩――それに辿り着くまでにかけられる時間は限られている。それこそカグツチがいうようにバーテックスたち神の尖兵を相手に実戦のなかで成果を出す必要もでてくるだろう。

 

 ――神に課せられた課題の是非に関わらず、次代の為の()()を遺す必要も。

 

 猫と戯れ微笑む黒髪の少女を見つめ、炎の眼をもつ少年はほうと息をつく。

 

 好きな人の、大切な人の笑える未来。

 自身の役目を果たすことができなければ、絶対に訪れることのない結末――。そこに辿り着くために、最大限己の務めを果たさなければならないと、志を新たにする。

 

 

 

 その3ヶ月後。焔が近隣の中学に進学し、12才となった須美が進級した春。

 神樹の予言をもとに迎撃の準備を整えていた大赦の想定より数ヶ月早く。四国に生き残った人類を滅ぼすべく、バーテックスが現れた。

 

 壁の外から現れたのは、巨大な水泡を従えた10mは超えるだろう威容。

 神樹を破壊せんとする尖兵を前に立ち塞がった鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子――。バーテックスにも通じる力を携えた3人の勇者たちの猛攻を受けた異形は、やがてたまりかねたように勇者たちから距離を取ろうとして。

 

 その瞬間ソラを焼いた一撃に、呆気なく両断された。

 

『――』

 

「――両断しただけじゃ、御霊(みたま)は壊しきれないか」

 

 真っ二つにされたバーテックス。その焦げ付いた断面にしがみつく少年は両断された尖兵の中核にあった輝く光を握りしめていて。

 燃える手で握り潰すと、腕の一振りで生み出した業火をもって墜落する残骸の悉くを焼き尽くす。

 

 

「……お疲れ様、勇者のみんな」

 

 

 ごてついた装甲を纏い大橋に着地した少年は、呆然と佇む勇者たちに気付くと手を振りながら声をかける。

 

「全員顔見知りではあるけれど、話したことのない娘もいることだしひとまずは名乗ろうか。秋葉の火継ぎ、カグツチの炎の継承者。秋葉焔だ――。これからバーテックスからの四国の防衛と討伐を共同で行うことになる。どうかよろしく頼む」

 

 

 ――その瞳は、轟轟と燃える炎のように。紅く、紅く輝いて見えた。

 

 

 

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