無常の理、神焼きの焔   作:風剣

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片鱗

 

『次回の侵攻――。敵が1体だけだったなら、焔は戦うな』

 

 本殿の最深部。神によって展開された結界の最深部で鍛錬に取り組んでいたときのことだった。

 勇者に任せて捨て置けと。そう言った燃える神に、空間を満たす煉獄の炎に身を炙られながら少年は目を見開く。炎の色の瞳を燃やした彼は、瞬間滾らせた炉心の熱で重々しく空間を軋ませた。

 

『――戦うなと? それは……』

 

『まあ待て』

 

 常人が足を踏み入れればただでさえ焼き焦げ炭と化すだろう灼熱によって支配された場に、更にのしかかる重圧。着実に『上の位階』に近付きつつある少年の様子に満足そうに口元を弛める神は、その圧を気に留めた様子もなく手をあげ制止した。

 

『猶予を作る企ての一環だ。十二星座の一角を初戦で落した段階で今更のことではあるが……現状の勇者でバーテックスを倒しきれないことが分かった以上、お前の天敵の襲来を勇者システムの更新が間に合うまでにさせたくはないからな。なるべく神を殺せる練度の火継ぎの存在を露呈させたくはない』

 

『……天敵、ですか』

 

『あぁ。今のお前じゃあ1対1なら100回やって100回は死ぬだろうな。そのくらいには相性が悪い――。鷲尾須美、まだ孕ませてる訳じゃないんだろう? 侵攻が佳境になるまでには抱いておけ、でなければ彼女に代わる次の火継ぎを孕むに十分な母胎を用意する必要がある』

 

『……1体だけなら、と言いましたね。バーテックスが2体以上来たなら、どうしますか』

 

 せっつかれるには早すぎると、そう思わないでもなかった。

 だが状況が焔に私情を挟む余地を与えはしない。元々がその為の、いざというときに秋葉の積み上げた歴史を受け継ぐ後継を準備するための婚姻だ――。後胤を遺す措置に関する拒否権は少年にはない。何を言うでもなく神の指示に関する空白部分を問い質す焔にカグツチは笑みを浮かべ、己が祝福を授けた少年の成長を待望しながらあっさりと告げた。

 

 

『3体以上来たのならこの指示のことも気にしないで良い、自由に戦え。その場合は間違いなく次の侵攻にお前を殺す天敵が来るだろうが、それまでに間に合わせればいいだけの話だからな。問題は、2体であったときだが――』

『――そうだな。最初は観察に徹しろ、勇者が窮地に陥るようなら討滅に動け。……戦うのなら、一体も逃すなよ』

 

 

「……」

 

 その日、大橋の向こうから侵攻を果たしてきたのは2体のバーテックスだった。

 

 既に戦場となる大橋の中央に到着し、予備も含めた4本の刀を腰に携えた少年は息を吐く。

 手出しを禁じる旨の通達を即座に破るにもいかず、かといって勇者たちなら大丈夫だろうと座して待つ訳にもいかない敵戦力――。もどかしさを隠さず目元を険しくさせた少年は、背後に着地した勇者たちの気配に振り向くと端的に告げた。

 

「来たか。……すまない、今回も俺の参戦は遅れることになりそうだ。今回の敵は2体になりそうだが危なくなれば言ってくれ、絶対に駆けつける」

 

「あっ、そうなの。……マジ、2体かぁ! うわあちょっとしんどそうだけどなあ!」

 

「銀、そういう本音は敵のいる場で口にしないようにね。……大丈夫よ焔くん、私たちは平気。寧ろ焔くんが後ろに控えてくれるのなら心強いことこの上ないわ」

 

「天秤みたいなのの隣は尖ってて強そう~。でも負けないよ、むんっ!」

 

 最初のバーテックスの襲来からは一週間もすぎていない現状、未だに3人の勇者たちの連携を高める合同訓練は実施されていない。しかしそれぞれの役割のわかりやすい装備を手にした彼女たちは、自然と各々の果たすべき務めに沿って動き始めていた。

 

 槍を携えた園子、戦斧をもちあげた銀が前方へ駆け、距離を取った須美が弓をつがえる。空を切る矢を連射して前衛の進路を確保すると同時、確実にバーテックスの身を削り取ろうとした彼女は次々に矢を射かけて。

 

 磁石に吸い寄せられる金属のように軌道を捻じ曲げられた矢が、十字架と天秤をかけあわせたような形状をしたバーテックスのもつ分銅に吸い寄せられた。

 

「――っ!?」

 

 そして、動き出したのは勇者たちだけではない。吸い寄せた矢の直撃を受けても傷一つない分銅の様子に硬直した須美の背後で弾かれたように顔を上げ空を見上げた焔は、即座に走り出して少女の前に躍り出ると須美を庇うようにして腕を振り上げた。

 

 灼骨纏装。そう呟いた少年の身が燃え上がり、そして全身を覆うようにして大理石のような鈍い色彩の白い装甲が形成される。

 そうして姿を変えた彼が須美の前に立ち塞がった直後に、光の雨が降り注いだ。

 

「きゃぁあ!? ――焔くん!?」

 

「……問題ない。それより今の、樹海への攻撃は――銀が防いでいるか、流石だ。……思っていたよりも厄介だな、これは」

 

 接近しようとしていた銀と園子、後方の須美と焔に向けて光弾を射出したのは金属質な外観をした、黒子のような頭巾を目深に被ったバーテックス。須美を庇い光の雨を受け止めた焔が前方へと視線を向ければ、大橋へと降り注いだ光弾の危機に気付いたのか戦斧を振るう銀がその得物の大きさを駆使し光弾を上空へと弾き返していたようだった。

 勇者たちもやられるばかりではない。銀が光弾を弾くや否や、園子が近付いてすぐにでもバーテックスの掃射を防がんと連続の刺突を見舞わんと疾駆する。――槍がバーテックスに届くよりも早く、須美の矢を止めたバーテックスが動き始めた。

 

「なっ、これ」

 

「すごい暴風~!?」

 

 天秤座のバーテックス、ライブラ。20m以上の巨躯を旋回させ凄まじい勢いでその回転速度を高めていったバーテックスが、竜巻もかくやの暴風を巻き起こし接近しようとしていた園子と銀を吹き飛ばしていく。

 後方へと強引に吹き飛ばされた少女たちが全身に切り傷を負いながら転がるなか、彼女たちを受け止めた焔と須美は険しい表情で一体のバーテックスによって巻き起こされた嵐を見上げた。

 

「い、いたたた……うわあ、こんなん初めて見た……」

 

「記録映像以外で竜巻って初めて見たかもー……っと!?」

 

 暴風圏が一気に拡大する。ぎしぎしと大橋や大橋にくくりつけられた祭具や風鈴が不気味に軋むなか、発生源からは離れてるだけ威力は減少しているもののそれでも勇者でなければ立つのもままならず吹き飛ばされていただろう嵐に傘のように槍の穂先を展開した園子を中心に勇者たちは固まった。

 

「と、飛ばされそうー! 焔さんは大丈夫ー!?」

 

「っ、ああ! 俺は問題な――」

 

「うわわ!? スカートのなか見えちゃう~!」

 

「!? 焔くん、見ては駄目よ!」

 

「………………善処する」

 

 果たして勇者の纏う装束は一体誰の趣味によるものなのだろうかと一瞬だけ遠い目になりながら、身を覆う白い装甲の自重で暴風を耐え凌ぐ少年は自分たちの動きを制限する嵐の風速を基にバーテックスとの距離、暴風を突破し2体を討滅するために必要な自身の火力を推し量り渋面を作る。

 彼が掌に灯した仄かな明かりを放つ火は暴風を前に散り散りになっていった。

 

(――これは、仕方ないか)

(まだ神の課題もこなせていないなかで、使いたくはなかったが――)

 

 そして、暴風圏の最奥で瞬いた光――。山羊座のバーテックス、カプリコーンが再度放った光の雨が、勇者たちめがけ降り注いでいく。

 

「ま、ず――」

 

「限定解放:天焦(てんしょう)

 

 炎が、光の雨を焼き払った。

 

 大橋の橋桁を焦がしながら降り注いだ光弾の悉くを焼き払い、上空を焼き払い迎撃した炎は天秤のバーテックスの回転とともに生み出された暴風さえかき消した。

 ほんの一瞬。轟轟と吹き荒れた暴風が止まり、静寂がその場を包む。

 

「お、おぉー! ……あっまた風がー!」

 

「……駄目か。威力を絞った一撃じゃバーテックスには届かない。だが――風ごとバーテックスを殺そうとすれば神樹も焼きかねない。神樹を焼くことなくあの2体を討ち取るのなら暴風と光弾を潜り抜けて接近する必要があるな」

 

 装甲を取り外し露出した腕を振るって生み出した業火をもって光弾を迎撃した焔は、苦々しい表情で健在の2体と再び巻き起こされた暴風を見やる。

 間を置かず、再び風の壁の奥からバーテックスによる掃射が行われるだろう──、そうなれば、勇者や火継ぎはともかく防衛の要である大橋やそれを支える神樹の方が危うい。

 

 状況は既に、相応の対価を支払わなければ突破の困難な状況へと陥ってしまっていた。

 

「……仕方ないか。三ノ輪、乃木──。これからは本格的に俺も参戦する。次の攻撃を迎撃するタイミングに合わせてバーテックスの展開する暴風を蹴散らすから、それに合わせてバーテックスに畳みかけてくれ。加護を与えたうえで飛ばすからそれぞれでバーテックスの動きを止めて欲しい」

 

「反撃だね、任せてよ! やられてばっかは性に合わないからね!」

「乃木さんちの園子さまに任せなさ~いっ。助けてもらった分は返すよー!」

「私は……?」

 

「須美は、2人の援護を――来たかっ!」

 

 瞬間、光が瞬いた。

 

『──』

 

 2度の掃射で相手を仕留められなかったカプリコーン・バーテックスが放ったのは光弾ではなかった。

 地に降り立てば巨体を支えていたのだろう太く大きな4本の(ひづめ)を束ね回転させながら放つ、貫通力と破壊力に特化した一撃――。直撃を受ければ勇者でさえ粉々にされかねないと直感させる暴力を前に、少年はただ好都合と笑う。

 

 露出した腕、握られた拳。

 それで事足りた。

 

天焦(けしとべ)

 

 振り抜かれた拳が、四足を束ねた大質量の砲撃をあっさりと消し飛ばす。

 

 ワイヤーのように細く伸縮し束ねた蹄を射出した脚部を伝い炎が迸り、本体に届くことなく焼き切れる。その熱量がライブラの回転によって産み出された嵐にももたらされた衝撃は気流を乱し風穴を作った。

 

 目の前で振るわれた権能の一端、吹き荒れる衝撃に愕然と目を見開く少女たち。前衛を担う勇者に向け腕を振るった少年は、一瞬の間を活かし敵の懐まで彼女たちを導く翼を授けた。

 

「じゃあ、バーテックスを抑え込むのは任せるよ。──火之御遣い、鳳凰

 

「やっば、なに今の!? っとぉ──おおおおおおおおおおおおおお!?!?」

「うわああーーーーーあぁ!? 熱くないけど熱、速──!?」

 

 少女たちを掴み高速で飛び去って行った鳥の姿を象った炎。嵐の壁に開いた風穴を通り燃える翼に導かれた銀と園子がバーテックスと激突していくのを見送った少年は須美を伴って彼女たちに追随する。

 彼らの視界のなかでライブラが、カプリコーンが大きく体勢を崩してはその形を抉られていった。

 

 暴風の壁は、まだ展開されない。

 

「い、今のは――?」

 

「天の神のもつ無尽蔵の戦力に対応するため編み出された露払いだよ。……今なら須美の射撃も通じるかな、2人の援護を頼む。あとは――」

 

「……? えぇ、そういうことなら構わないけれど……」

 

 前方に向かいながら焔が求めたものを聞いた須美は目を瞬いたが、疑問こそあれど問い質す暇も拒否する理由もない。頷いた須美が要求に応じそれを渡すと、ありがとうと礼を言った彼はその身に纏う装甲から炎を噴射しバーテックスの方向へと向かっていく。

 火継ぎの用いた炎の特性故か、攻撃手段のひとつを喪った巨体のバーテックスの再生は遅い。脚部を焼失させたカプリコーンを攻め立てる銀に苦し紛れの光弾をばらまこうとするのを妨害されることもなく弓で牽制した須美は、飛翔する少年を見上げぽつりと呟く。

 

「どうして、私の矢を借りたいって言いだしたのかしら……?」

 

 浮かび上がった疑問をかき消すような轟音が響く。

 腰に携えていた4本の刀、その内の1本を使い潰すようにして振り抜いた少年によって斜めにズレた天秤のバーテックスが大橋に激突しかけるのに顔色を変えて弓の弦を引き絞った彼女は、露出した核もろとも焼き捨てる2度目の斬閃で焼却された巨体に安堵の息を吐く。

 

 超高火力の神火を一点に集中しての斬撃。圧倒的な熱量に耐えきれずに炭化して半ばから崩れ落ちた刀を納めた少年は、銀に抑え込まれていたバーテックスの討滅に向かう。

 

 宙に浮いての退避も焼け石に水。抵抗の悉くを勇者たちに抑え込まれ火継ぎの少年に致命打を叩き込まれていったバーテックスが討ち取られるまで、そう時間がかかることはなかった。

 

 

 

 

 あれだけ吹き荒れていた暴風はもうない。

 回転し嵐を巻き起こした天秤のバーテックスと、光の雨と蹄を用いての一撃で確実に勇者たちを仕留めんとしていた山羊のバーテックス。2体が無事焔の手で討ち取られ灰になったのを見届けた銀は、隣の園子に向けて疲労を色濃く残しながらもどうにか笑みを浮かべ勝利を喜んだ。

 

「やっっ……たぁ~~~。なんかあの燃える鳥に連れられて突っ込むのめちゃくちゃびっくりしたけれど熱いというよりすごいあったかい気がしたよなあ。……あれ、園子? どした、傷でも痛――」

 

「……ミノさん、あれ」

 

 自らと同じく、最短最速で突っ込んでは猛攻を叩き込みバーテックスを追い詰めていた園子の表情は硬い。一体どうしたのかと怪訝に思いながら彼女の視線の先を追って――銀は、その理由を悟った。

 

「…………嘘でしょ、神樹様の根が、燃え……! なんで、あんなところに焔さんは炎なんて……!」

 

 神樹が、燃えていた。

 大橋を支えるようにして張り巡らされた神樹の根、その一角。橋桁に絡みつくようにしていた神樹の根が、バーテックスを焼き尽くしていたのと同じ色合いの業火に包まればちばちと燃えている。

 

 動揺を露わにする銀に、園子は呻くように漏らす。

 

「あのバーテックスたちがやってた大嵐、あれを迎撃するためにほむくんの使ってた炎が風に流されて神樹様を燃やしちゃったんだ……」

 

「マジかあ……、あっ、海の水! あれをどうにか橋にぶちまけて消すことってできないかな!」

 

「そうするしか、ないよねー……わっしーにも手伝ってもらって、どうにか消火作業を……あれ、火が――」

 

 

 ――ザクリと、音が響く。

 

 

 滴る血の雫。腕を中心に発せられる熱と苦痛。

 それに耐えながら須美に借り受けた矢の鏃で腕を裂いた少年は、薄く息を吐くと紅い血の滴る腕をつき出し意識を集中させた。

 

 神樹の展開する樹海での戦闘。そのなかで予期された、神殺しの炎をもって神樹を焼きかねないというリスク――その迅速な対処のために構築された、火継ぎによる被害を最低限に収めるための制御手段。

 

「――来い」

 

 それだけだった。

 神樹を焼く炎、バーテックスを灰にした一撃の残り火、祭具を炙る熱……そのすべてを腕につけた傷に集めるようにして吸収した彼は、呼吸を整えるように深呼吸を繰り返すと背を翻していく。

 

 ――そうして。2度目のバーテックスの侵攻は幕を下ろすこととなった。

 

 

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