第63回戦車道全国高校生大会準決勝の直後、西住みほは眠れない夜を過ごしていた。
疲労困憊の身体を引きずり、学園艦のコンビニに向かうと、そこで偶然ナカジマと出会う。

以下注意書き
・本編に支障のない(と思う)範囲での妄想です
・必須とのことでしたのでGLをタグに入れましたが、要素は薄め
・自動車部フルネーム公開前から書き始めたものなので、フルネームの記載は無いです
・ヤマなし、オチなし、イミなし
・筆者はホシノ最推し、自動車部箱推し

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それは心とろかすような

静寂と秒針の音が溶け合う自室で、西住みほは何度目かわからない寝返りを打った。

堪えきれず時計を見ると、もう午前3時を過ぎている。

布団を頭までかぶり眠りに入ろうとしても、息が詰まるばかりで一向に眠気はやってこない。

観念してベッドから出て、まだ少し冷たい空気を感じながら着替え始めた。

明日は…正確にはもう今日だが、日曜日だ。

戦車道の練習もないし、いっそ眠たくなるまで起きていよう。

そんなことを考えながら、真っ暗な外に出た。

 

近所のコンビニへ向かう道は、この時間には人も車もほとんど通らない。

空を見上げると、澄んだ空気の中で星が一際輝いていた。

学園艦は今、どのあたりを航行中だろうか。

来週には決勝戦の会場に寄港する予定なので、そろそろ寒さも和らぐといいな、と考え、ふと準決勝を思い出す。

何かひとつでも欠けていれば、到底勝ち目のない厳しい戦いだった。

それはいつものことではある。

しかし、目の前でチームメイトの心が折れてしまうのを見るのが何よりも辛かった。

そして聞かされた、学園の運命を背負っていたという事実。

もしも。

もしも大会が始まる前に、この学園で戦車道を始める前にその話を聞かされていたら、自分は果たして戦車に乗ることができただろうか。

もちろん確かめる術はない。

だが、おそらく無理だったろうと改めて思う。

目の前で横暴と戦ってくれた友人二人の姿を見ても、きっと勇気が出なかったに違いない。

結果的にではあるが、生徒会長の角谷杏の判断は間違っていなかった、ということになる。

学園が存続する可能性を残すためにも。

そしてみほが再び立ち上がり、戦車道を呪いにしないためにも。

ぼうっとした頭で考えながら、みほがコンビニに近づくと、その入り口に立つより一歩早く自動ドアが開いた。

「あれ、西住さんだ。やっほー。」

ガラス越しに見えていたはずのその姿を認識した途端、膝から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。

「ちょ、ちょっと西住さん!?」

彼女の声が遠くなり、姿が滲んでゆく。

遠く、自分を支えていた何かが崩れる音がした。

 

大洗女子学園敷地内、しんと静まり返り、オイルの臭いが漂うガレージ。

無機質なその部屋の隅にソファと小さなテーブルが置かれ、目を赤く腫らせたみほが座っていた。

「はい、どうぞ。」

香ばしいコーヒーの湯気が鼻腔を撫で、マグカップが差し出される。

「すみません…。」

みほはマグカップを手に取ると、飲まずに膝掛けの上に乗せた。

そのみほの隣に、彼女よりも小柄な、作業着姿の少女が腰掛ける。

ナカジマと呼ばれている彼女は、たった4人で大洗女子学園の戦車道チーム(の主に生徒会長)からの無謀な要求に応え続け、影から支え続けている自動車部、そのリーダーとなっている生徒だ。

「落ち着いた?」

優しい、包み込むような声音だった。

温かく、心地良い声が、無自覚の不安に凍えた胸にじわっと溶けてゆく。

「…はい。すみませんでした。私、自分でもよくわからなくて…。」

俯いて、膝掛けの上のマグカップを見つめる。

「…コーヒー、苦手かな?」

「あっ、いえ!全然!嬉しいです、とっても!」

心配そうに見つめるナカジマに気を遣ってマグカップを口元に運ぶと、黒く熱いコーヒーが唇に触れた。

「あっつ…!」

思わずのけぞったみほを見て、ナカジマは喉を鳴らして笑った。

「西住さん、あわあわしてて面白いよね。試合中はあんなにかっこいいのに。」

「面白い…。」

思わず呟いてから、ハッとして微笑んだ。

「なんかデジャブ…。」

「えっ、なになに?」

存外に興味を示したナカジマに、みほはぽつりぽつりと語った。

戦車道から逃げるように転校したこと。

大洗に来て、最初に声をかけてくれたのが沙織たちだったこと。

大洗で戦車道をやるうちに、戦車道に対する考え方が変わったこと。

そして、この学園の運命を背負っていること。

「なるほどね。」

とりとめのない、たどたどしい話だったにも関わらず、ナカジマは熱心に聞いてくれた。

「西住さんも、この学校が大好きになってくれたんだね。」

「はい。みんながいたから。みんなが、私の戦車道を作ってくれた、背中を押してくれたんです。」

でも、と視線を落とす。

黒い水面には、今にも泣き出しそうなみほの顔が映っていた。

「それが…私のせいで無くなっちゃうかもって…こんなに、こんなに楽しいのに、毎日が輝いてるのに、それが全部…消えちゃうんじゃないかって…。」

カップの中の黒い水面が揺れる。

「私がっ…私のせいで……みんなの守りたいもの、大切なもの、全部壊しちゃうんじゃないかって…どうして私ばっかりって…。」

じわり、と視界が歪み、喉の奥がキュッと詰まった。

「でも、みんなも一生懸命頑張ってて…そんなの当たり前で……それなのに私は、私ばっかりって…卑怯で…汚くて……」

「卑怯なんかじゃない。」

自らを傷つけ続けるみほを、ナカジマの言葉が止めた。

凛として強く、優しく暖かい。

まるで彼女の心がそのまま耳に届いているようだった。

「西住さんは、汚くなんてないよ。」

「でも…」

一瞬たじろぎながら、なおも自分を否定しようとするみほの手から、ナカジマがマグカップを取り上げ、傍のテーブルに置いた。

そしてみほの正面に立つと、じっと両目を見つめる。

ナカジマは、女子としても目立って小柄だ。

背が低く、華奢な身体で戦車の整備をする姿はどこかミスマッチで、彼女に対してなんとなくおとぎ話の妖精のような印象を受けていたみほは、その考えを覆された。

もちろん、みほが座っていて、ナカジマが立っているという位置関係もあるだろう。

しかし目の前で自分を見る彼女の目は、戦車道の一流選手にも通じる、強さを秘めた者のそれだった。

圧倒されているみほに、ナカジマが続けた。

「私だけじゃない。みんなそれはわかってる。」

「そんな…」

そんなことない、と言いかけたみほの両頬を、ナカジマの両手がつまみあげる。

「そんなことあるんだよ。」

一瞬だけ、子供を叱るような表情を見せたナカジマが手を離し、自らの頬も緩めた。

「西住さんには、たくさん味方がいるよ。」

そう言いながらナカジマが軽く右手を振ると、いつの間にか指の間に2本のスティックシュガーが挟まっていた。

「武部さん、五十鈴さん、秋山さんに冷泉さん。」

封を切って、さらさらと純白の砂糖をマグカップに注ぐ。

「真面目な西住さんには優しい人だけじゃ困るから、ストレートな会長、口うるさい河嶋さん、意外と強か小山さん。」

2本目のスティックシュガーを入れ終わると、今度は空中からつまみ上げるようにポーションミルクを取り出し、

「他のみんなも、西住さんの力になりたいと思ってる。」

2つ開けたミルクをいっぺんに注いでかき混ぜた。

「だから、西住さんはひとりじゃないよ。」

みほの前にマグカップを差し出して、優しい微笑みを浮かべる。

「西住さんが背負うものは、みんなで背負う。西住さんが進めない時は、背中を押して、手を引いて歩く。西住さんは、その方向を教えてくれればいい。私たちはみんな、西住さんが大好きで、西住さんを信じてるからね。」

みほはマグカップを受け取り、中を見つめる。

砂糖とミルクが混ざったその中は、優しい白とブラウンが渦を巻いていた。

「すごい…魔法みたい…。」

思わずこぼれた言葉に、ナカジマが微笑む。

「自動車部はマジックも得意なんだ。また今度見せてあげるね。」

 

「本当は、飲んだことなくて。」

マグカップを見つめながら、みほが言った。

「あー…。いつものくせで出しちゃったけど、みんなあんまり飲まないかもね。」

「でも美味しかった。お砂糖とミルクが入っていれば大丈夫みたいです。」

「それはよかった。でも、今度からココアとかも置いておこうかな。」

少しの沈黙が流れた。

数秒の、穏やかで心地良い時間だった。

「あの…。」

みほが心地良さを壊さないよう静かに尋ね、

「なんだい?」

とナカジマが微笑む。

「もう少し、ここにいてもいいですか。」

「もちろん。気が済むまで休んでいくといいよ。」

「ありがとうございます。…ナカジマ先輩って、お母さんみたい。」

「えー?」

思わず口をついた一言に、ナカジマが笑う。

「ご、ごめんなさい!変な意味じゃなくて…!」

顔が燃えるように熱くなるのを感じながら、カップを持っていない左腕に隠れた。

「その…昔は私のお母さんも戦車道ばっかりじゃなくて、一緒に遊んだり、ごはんを作ったりしてて、なんかその時を思い出しちゃって…。」

小さくうめきながら、恥ずかしさで両眼を潤ませていた。

「ふぅーん…。」

そんな様子を見て、ナカジマがみほの手からマグカップを持ち上げテーブルに置いた。

戸惑うみほの後頭部に腕を回し、

「じゃあ、ちょっとだけ甘えちゃおうか。」

そっと抱き寄せた。

「えっ…あのっ…?」

とんっ、とナカジマの胸に額が当たる。

ゆっくりと力強い鼓動がみほに伝わってきた。

戸惑いから一瞬だけ額が離れ、また胸に収まる。

温かい。

互いの境界がゆっくりと溶け出してしまいそうな心地だった。

その感覚をもっと味わいたくて、ナカジマの腰に腕を回し、胸に顔を埋める。

「…いいにおい。」

「出かける前にシャワー浴びておいて良かった。」

ナカジマが笑うと、みほもつられて笑う。

「ナカジマ先輩…。」

「おやすみ、みほ。」

 

「…長!西住隊長!」

自分を呼ぶ声と肩を揺すられる感覚に目を開くと、ホシノの端正な顔がこちらを覗き込んでいた。

彼女もナカジマと同じく自動車部の一員であり、戦車の整備を引き受けてくれている。

「あ…ホシノ先輩、おはようございます。そっか、私寝ちゃって…」

「仮眠から戻ったら隊長がいて驚いたよ。ナカジマが寝かせておけって言うから起こさなかったけど、さすがにこの時間は…」

「えっ…?」

慌てて時計を確認すると、さあっと血の気が引いた。

「ミーティング!始まっちゃう!」

「あちゃー、やっぱりか。とりあえずツチヤに家まで送らせる。それから一度家に帰って制服に着替えて…」

「す、すみません…!」

「いや、半分はナカジマのせいだし…。それより車を駐車場に向かわせるから、演習場側で待ってて!」

「はい!ありがとうございます!」

みほが演習場を抜けて駐車場に出るのとほとんど同時に、スキール音を纏った一台の車が目の前でピタリと止まった。

運転席の窓から、ツチヤが顔を覗かせ親指で助手席を示す。

「お嬢さん、乗ってきな!…なんてね。」

「ツチヤさん、ありがとう!」

みほが車に駆け寄ろうとしたその時、頭上から声が降ってきた。

「西住さーん!」

声の方向を見上げると、ナカジマが校舎の窓から手を振っている。

「夜更かししたくなったら、いつでもコーヒー飲みに来てね!」

「はい!」

返事を聞き届けたナカジマは、満足そうに微笑んだ。


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