私はコンビニ袋を手に下げて家路を歩いていた。
春の季節だ。穏やかな日差しと柔らかな風が心地いい。桜の季節でもある。歩く先を舞い散る桜の花びらが彩っていた。
帰ったら布団干したいなーなどと思いながらのんびり歩いていると、気付けば広場に差し掛かる。家からコンビニまでの道のりで必ず通りかかる家々に挟まれた小さな広場。野球するには狭いくらいのちょっと開けた空間で、滑り台とベンチと座るとバネでびよんびよんなる馬の乗りものが端っこに置いてある。まさにちびっこのための場所だ。
横目に見れば少年が一人いた。彼以外は誰もいない。広場に真ん中に立っていて誰かと向かい合っている。少年の見上げる先にいるのは一人の男。黒いマントで黒いシルクハットを被った男、どうやらマジシャンの様だった。暑そーとか思うのは野暮だよね。
「ねえねえ 帽子から鳥出してー」
少年は無邪気な声で言った。
「いいですよ~」
マジシャンは笑いながら気前よく返事をした。おお、マジック見れるかも。私は若干気に成って立ち止まる。マジックとか実は結構好きだったりする。見たい。広場には入らないが外から様子を見ていることにした。
マジシャンはシルクハットを脱いで裏返しに持つと、少年の正面に差し出した。
「ほら中身を見てください」
「空っぽだね」
「はい、空っぽです ですがここから鳩を出して見せましょう」
「おお~」
少年が期待の籠った声を漏らす。
マジシャンは
「それでは行きますよ~」
と煽るように言葉尻を上げながら、ステッキで帽子をとんとんと叩き始めた。
「3 2 1 ほいっ!」
ばさばさばさばさーー
白い鳩が一匹シルクハットから飛び出していった。
「わあああああああ!!!」
少年は目を輝かせて飛んでる鳩を目で追う。私も心の中で拍手を送っていた。すげー。
鳩はそのうちにマジシャンの肩に止まった。
「いかがですか」
「すごい!すごい!おじさんすごいんだね!」
少年は興奮したように言った。
「ふふふ、ありがとうございます」
「じゃあさじゃあさ! 次はカラス出してカラス!」
「カラス・・・ですか」
「うん、カラス! 出せるでしょ?」
少年は悪意ない声でおねだりして、マジシャンは少し困った表情をする。私はその光景を見ると小さく笑った。
少年、カラスはちょっとむずいかもなぁ・・・。
カラスを出すマジックって正直聞いたことないしね。どうすんだろマジシャンさん。勝手ながらそんな心配をして見ていたが、マジシャンはやがて笑った。
「分かりました 出しましょう」
「やったあ」
マジシャンは再びシルクハットをステッキで叩く。
「いきますよ~」
「うん」
「3 2 1 はいっ!」
ばさばさばさ~
ほんとにカラスが一匹飛び出してきた。
「おおおおおお!!」
少年はまたもや喜んだ。歓喜の声を上げる。
私も喜んだ。
やるなあマジシャン!!
カラスも先ほどの鳩同様に宙をしばらく飛んだあと、マジシャンのもう片方の肩に乗った。
「さあ、いかがでしたか?」
「すごかった!!」
「そうでしょうそうでしょう」
「そしたらさぁ!今度はペリカン出して!ペリカン!」
「ペリカンは・・・ちょっと・・・」
「ねえ見たい!ペリカン見たい!ペリカン!ペリカン!」
少年はごねる。マジシャンは苦笑い。
私は流石にマジシャンに同情せざる得なかった。
ペリカンは流石に無理でしょ・・・。だってそもそも帽子に入らないよね・・・。
これは流石にお手上げかなーなんて思っていたのだが、マジシャンはなんと「分かりました」と言って笑った。
え、ほんとに言ってんの、、出るのペリカン?
私は内心期待を胸にしてマジシャンのシルクハットを見つめる。少年も熱心に視線を送っていた。
マジシャンはやはりステッキでシルクハットを叩く。
「3 2 ・・・」
ほんとか!?ほんとに出るのか!?
「2 1 ・・・」
来る、、
「・・・はいっ!」
ずぼおおっ
っ!?
マジシャンの掛け声とともに、シルクハットからペリカンの特徴的なくちばしが飛び出してきた。それから頭が出てきて、次に片方の翼、そしてもう片方の翼。気づけばシルクハットからペリカンが姿を現し、地面へと降り立った。
くええええええっ
「うわああああああ!?」
少年は恐怖と興奮が混じったような叫び声を上げながら遠ざかった。
・・・いや、すごすぎるって。まじペリカン出てきたんだけど・・・そんなことあるのか・・・。
私はただただ言葉を失う。あのマジシャンさん、絶対世界一的な称号持ってる人だって。シルクハット部門チャンピオンだって。間違いないよすごい。
ペリカンは辺りを見渡した後、大きな翼を羽ばたかせてマジシャンの頭に乗っかった。
「すごいでしょ~」
マジシャンは誇らしい笑みを見せる。少年は恐る恐るマジシャンの元に寄ってきて、ペリカンを見上げた。
「うわ・・・本物だ・・・すげえ・・・」
「あ、あんまり目を合わせないでくださいね 突かれますからね」
「ああ・・・すげえ・・・」
少年はひたすらに驚いているようだった。うわ言のように感嘆を漏らしている。
いや、私もその気持ちはわかるぞ少年。この人只者じゃなかったわ。。まじやばだよ。
私はすっかり満足してその場を立ち去ることにした。
いやーいいもの見れた。これも春のおかげかもねー。なんてくだらない事を考えながらゆっくり歩を進める。
横からまた少年の声が聞こえた。
「ねえ!今度は鳥さんたち全部消してよ!一瞬でばあって!!!」
また無茶を言いよるのお~。でも子供の好奇心って際限とか無いからしょうがないよね。
私はふふっと笑いながら歩く。
「ねえねえ消して!消して!消して!」
あ、野良猫だ。可愛いー
「消してよー!消せないのー?」
ほら、こっちおいでー。
「消せるでしょ!!消して消してけs」
・・・ん?
さっきから元気よく聞こえていた少年の声がぷつんと途切れた。野良猫がすっ飛ぶようにどっかへ逃げた。
なんだろ。
私は何ともなしに横に目を向けた。もう広場の敷地の端っこだから斜め後ろに顔を向ける。覗き込む。
ペリカンの口から子供の脚が生えていた。
え・・・。
辺りに少年の姿はない。そういえば少年は黄色い靴を履いていた。
ペリカンに飲み込まれてく足の先の靴は、黄色だった。
やがてごっくん。飲み込まれた。
つまり、少年は、食べられた。
っっ!?!?!?
私は背筋を冷たいナイフでなぞられるような恐怖を感じた。
「どうですか、、何もなくなったでしょ~??」
マジシャンはペリカンに、いやその中身に、平然と話しかけた。そうして次には顔をこちらに向けて、ニコリと笑った。
私は必死に駆け出した。
ひたすらに逃げた。
あれはマジシャンなどではない。
何か別の者だった。