そのウマ娘、問題児につき。   作:shinp

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小物、覚醒する。

(もう…もう終わりだ…。アタシは、もう、走れない…。)

 

 コモーノーデスは絶望のどん底にいた。自分の忖度が生徒会長に見破られ、あろうことか、その生徒会長に逆ギレして噛み付いてしまった。

 

(こんな事になるなら…アタシは…ママの娘なんかにならなきゃ良かった…。)

 

 毛布にくるまりながら自己嫌悪をするコモーノーデス。シンボリルドルフから呼び出しを食らってから、ずっと落ち込み続けている。もうこのままトレセン学園を出ていこうか、そう考えた。

 

「おーい!いるんだろコモーノーデス!このヒシアマ姐さんがあんたに伝言を預かってきたよ!」

 

 すると、部屋の外から竹を割ったような声が聞こえてくる。寮長のヒシアマゾンが呼び掛けてきたのだ。だが、コモーノーデスはそれに対応できる精神状態ではなく、毛布を引っ張って完全にくるまってしまった。

 

「いるのは分かってんだよ!出てこないならこっちから行ってやるからな!」

 

 しかし、ヒシアマゾンはお構いなしにドアを開けて入ってきた。

 

「何だい、何だい。そんなにしょぼくれて、あんたのルームメイトも心配してんだよ?ほら、出てきな!」

 

 ヒシアマゾンはそう言うとコモーノーデスを包んでいる毛布を強引にひっぺがした。外気に晒されたコモーノーデスは首をゆっくりとヒシアマゾンの方へ向ける。

 

「あーあー、髪もボサボサだし、その目のクマ、よく眠れてないんじゃないのかい?つか、ご飯もちゃんと食ってんのかい?」

「…ヒシアマゾンさん、伝言って誰からです?」

「あぁ、あんたの担当トレーナーからだよ。とにかく話がしたいからトレーナールームに来いってさ。」

「…誰とも話したくないので、帰ってくれませんか?」

「いーや、そうは行かないね!こんな状態のあんたを放ったら寮長の名がすたるってもんさ!ほら、さっさと着替える!」

 

 姉御肌気質であるヒシアマゾンに押し切られたコモーノーデスはそのまま着替えさせられ、髪も整えられ、部屋から追い出されるように出て行かされた。他に行く宛も無いコモーノーデスは仕方なく釜瀬のトレーナールームへと向かった。

 

(一体何を話すってのよ…。もうダービーには出ないって言ったのに…。)

 

 渋々と、俯きながら重く感じる足を一歩一歩、ふらふらと進めるコモーノーデス。その姿はまるで処刑台へ連れていかれる罪人のようにも幽霊のようにも見える。

 

(だってもう、アタシの実力じゃ…どうにもならないのに…。)

 

 地面と向き合いながら釜瀬のトレーナールームへ辿り着いたコモーノーデスは、億劫になりながらもゆっくりとドアノブに手を掛け、その手を捻った。

 

「待ってたよ。コモー。」

 

 そこには予想通り、釜瀬が椅子に座っていた。コモーノーデスは開けたドアをゆっくりと閉めて、その場に立ち尽くす。

 

「こちらに来なよ。君の好きなコーヒーを淹れてやるからさ。」

 

 釜瀬が応接用のソファーに指をさすと、コモーノーデスはとぼとぼとソファーへ歩き、腰掛けた。

 

「君の事を、ルームメイトから聞いたよ。とても悲しんでいるって心配してたよ。」

 

 釜瀬はコーヒーを淹れながらコモーノーデスに優しく、それでいていつも通りに話し掛ける。だが、コモーノーデスに反応はない。

 

「皐月賞の後で何があったんだい?あぁ、嫌なら言わなくても良いぞ。」

 

 この男はどこまで能天気なのか。コモーノーデスは呆れを含んだ目で釜瀬の背中を見る。それでも、釜瀬はペラペラと喋り続ける。

 

「君の走りは実に素晴らしい。あの時、地方で見た君の最初から誰も先頭を譲らない力強い走り…。今、思い出しても惚れ惚れするよ。だから、最も速いウマ娘が勝つと言われている皐月賞で勝たせたかったのだが…。ボクの実力不足だったみたいだね。」

 

 うっとりするように話していたかと思えば、少し申し訳無さが籠った喋り方になった。まるで、非があるのは自分の方だと。

 

「…何でそうなるんですか?」

「そりゃそうなるさ!ボクは名門の出であり、エリートでもある。実質、君という素晴らしいウマ娘を中央に連れてきたのはボクだからね。慣れない環境に連れてきてしまったのかと、ボクが責任を感じるのは当然だとも。」

 

 コモーノーデスには目の前にいるトレーナーの言うことが理解できなかった。トレーナーの言うことを聞かず、期待を裏切ったのは自分だと言うのに。このままでは自責の念に囚われてしまう。そう察したコモーノーデスは打ち明けることにした。

 

「…あなたのせいじゃ、ないですよ。」

「では、誰のせいなのだい?ノイズサウンドかい?トウカイテイオーかい?」

 

 走っていたウマ娘は誰も悪くないだろうと思って問い掛けてくる釜瀬に、コモーノーデスは無意識に噛んでいた唇を離した。

 

「…アタシのせいよ。」

「…何故だい?」

「アタシが…中央に相応しくない薄汚いウマ娘だからよ!」

 

 コモーノーデスは本心をトレーナーにさらけ出した。その言葉を聞いた釜瀬は真剣な目でコモーノーデスを見守っている。

 

「あんたも知ってるでしょ!?アタシのママは、重賞勝ちを経験しているウマ娘で!アタシもそれを誇らしく思っていた!走るのも、レースも楽しかった!なのに!あのノイズサウンドと出会ってから全部が変わっちゃった…。」

 

 次から次へと吐き出し続ける本心。もう取り繕えない。自棄になったその口は更に溜まったものを吐き出し続ける。

 

「アタシは重賞勝ちのママの子として、何としても勝ちたかった!地方で走っている時に付いていたトレーナーの汚いやり方には気付いていたけど、見ないふりでいた…なりふり構ってられなかった!勝てれば良いって、結果が良ければそれで良いって思ってた!その結果が、この間の皐月賞よ…。みんな真剣に走っているのに、アタシだけ不真面目に走って、あなたの期待も裏切って…みんなを、侮辱した…。」

 

 わめき続けたその声は嗚咽に変わる。

 

「ねぇ、失望したでしょ?ガッカリしたでしょ?あんたが地方で見出だしたウマ娘は、地方の薄汚いやり方が染み付いた卑怯者なのよ!!こんな奴が中央で走っても、みんないい顔しないでしょ!?」

 

 そこまで聞いた釜瀬はようやく口を開いた。

 

「…そうか。それが、今までの君なのか。」

 

 コモーノーデスが言った言葉を噛み締めるように呟く釜瀬。もうここには居られないだろう。コモーノーデスは別れの言葉を言おうとした。

 

「もうアタシはトレセン学園を出ていきます。他にまともな道を探して…」

「なら、ここでの君の走りを見せてほしい。」

 

 だが、釜瀬は引き留めた。予想外の回答にコモーノーデスは首をかしげるしかない。

 

「…は?」

「今までの君がその薄汚い走りだと言っているなら、中央での君の走りはどれだけ惚れ惚れする走りなのか見てみたい。忖度など無い、本気の君の走りをボクに見せてほしいのだよ!」

「な、何を言ってるのよ!?言ったでしょ?アタシは地方でやらせをしていたって…」

「ここは地方ではない!中央だ!」

 

 コモーノーデスは説得しようとしたが、釜瀬が声を張り上げた事でその口を閉ざしてしまう。

 

「過去は過去なのだよ!ボクは地方で卑怯なやり方をしていたトレーナーかい?違うだろう?ボクは君という個性を輝かせるためにいるトレーナーさ!ボクは君を輝かせるために一生懸命トレーニングメニューを組んだし、それに君も応えてくれた!あの時トレーニングをしている君は紛れもないレースを、ターフを駆ける事を愛するウマ娘だったよ!薄汚いウマ娘だと?そんな汚れ、ボクが拭い取ってやるし、そう言わせるまで気付かなかった自分が一番腹立たしい!」

「ど、どうしてそこまで…。」

「ふんっ、何度も言わせないでくれたまえよ。ボクは君のトレーナーさ!担当ウマ娘のために身を粉にして動くのは当然さ!」

 

 コモーノーデスはこれまで、釜瀬は都合の良い存在だと思っていた。だから、自分の事を知れば失望するだろうと思い込んでいた。

 だが、今、目の前にいるトレーナーは、いつもと変わらない様子なのに、その姿が眩しく見えるのだ。

 

「…何なのよ。」

 

 ポツリと震えた声で言葉を溢す。

 

「本当にバカなトレーナーじゃん…。」

 

 ポロポロと目に溜まった涙が溢れるコモーノーデス。しかし、その顔は憑き物が落ちたような笑顔だった。

 

「む、ボクはまた変なことを言ってしまったか?」

 

 その顔を見た釜瀬は難しい顔をする。その様子が可笑しくてコモーノーデスは首を横に振った。

 

「そうじゃないわよ。なんか楽になったのよ。」

「そうか!よろしい、ならば次の日本ダービーに…」

「出ないわよ。」

 

 釜瀬の意気込みに水を差すようにコモーノーデスはキッパリと答えた。釜瀬は急ブレーキを掛けられてしまい、ずっこける。

 

「な、何故だい?」

「だって、アタシは皐月賞で忖度をしたし、あろうことか、その事を指摘したシンボリルドルフ生徒会長に逆ギレしたウマ娘よ?そんな奴がダービーに出れると思う?例え会長や協会が許しても、世間が許さないわ。」

「うむむ…。そうなると今のG1に出るのは悪手だな…。」

 

 コモーノーデスのダービーを出ない理由を聞いた釜瀬は渋々と言った様子だが、受け入れたようだ。

 

「よし!ならば、これからのレース計画を立てよう!まずは日本ダービーを回避してG2、G3で地道に走って行く。これで良いかい?」

「えぇ、異論はないわ!それと、もう一つ頼みたい事があるんだけど…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、ライスシャワーと共に登校したノイズサウンドは席に腰掛けてライスシャワーとレースに関する会話をしていた。

 そこへ、一人のウマ娘が入った瞬間、場の空気が静まった。

 

(うん?何があったのでしょうか?)

 

 不思議に思ったノイズサウンドが辺りを見渡すと、教室の出入口に立っているウマ娘を見て納得した。

 出入口で腕を組んで仁王立ちをしているコモーノーデスがいたのだ。

 

「あれって、コモーちゃん?」

「皐月賞以来だけど…雰囲気変わった?」

(…おやおや。ここ最近は不登校気味だった彼女が登校するとは…。)

 

 クラスメイトはいつもと違うコモーノーデスに動揺を隠せず、ノイズサウンドは珍しいこともあるものだと思いながら見ていると、コモーノーデスがこちらに向かってきた。

 

「!!」

 

 ライスシャワーが身構えるが、ノイズサウンドはそれを手で制する。目の前に立ったコモーノーデスにノイズサウンドは用件を聞いてみることにした。

 

「…何か御用ですか?コモーノーデスさん。」

「ノイズサウンド。あんた、アタシと模擬レースしなさい。」

 

 コモーノーデスの宣戦布告にクラス中にどよめきが大きくなった。

 

「アタシはダービーには出ない。だから、今日あんたと決着を着けたいの。」

「…クックック。えぇ、良いでしょうとも。丁度今レースをする相手が欲しかった所でしたので。」

 

 決意に満ちたコモーノーデスの眼を見たノイズサウンドは面白げに笑いながら受け入れたのだった。

 

 

 

 

 

 そしてトレーニング時間。

 コモーノーデスの大胆な宣戦布告を聞き付けた野次ウマ娘達が集まって来ていた。

 その中には、コモーノーデスに威圧したシンボリルドルフの姿もあった。

 

(コモーノーデス君…。あの後どうなったかは預かり知らぬが、君の走り、君の矜持をこの目で見てやろう。)

 

 そして、コモーノーデスとノイズサウンドはゲート前で準備運動をしていた。

 

(これで今までの汚らわしいアタシとお別れ…!バイバイ、過去のアタシ。そして、初めまして、これからのアタシ…!)

(どういう風の吹き回しか知りませんが…丁度良い。日本ダービーに向けた調整がどうなったかの証明に相応しいですね。)

 

 身体をほぐし終えた二人はそのままゲートに入る。

 

 そして、ゲートが開かれた。

 

 

 

 

 

 

 最初のレース展開で全員がどよめいた。何故ならば、コモーノーデスがペースを度外視した大逃げをしたからだ。

 

「ああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

 

 雄叫びを上げながら全力疾走するコモーノーデス。ノイズサウンドは呆れ半分でその後ろ姿を追い掛けていた。

 

(いつもの調子でやったら絶対忖度をしてしまう!それならば!もう何も考えないで頭空っぽにしてぶっちぎってやる!ペース?展開?知ったこっちゃないわよ!!)

 

 コモーノーデスは更に突き放そうと走り続ける。だが、それでもノイズサウンドはジリジリと距離を詰めていく。例え大逃げでレースの展開が速くなろうが臨機応変する頭のキレがあるからだ。

 

(もう足音が!?まだ、まだ先頭でいたい!せめて、最終コーナーまで…!)

 

 コモーノーデスはスタミナが尽き始め、段々とそのスピードを落としていく。

 そして、第3コーナーでまだ余裕のノイズサウンドにあっさり抜かされてしまった。

 その後は、ノイズサウンドの一人旅。ただ悠々と駆け、小さくなっていく後ろ姿を見たコモーノーデスはよれながらも走り続ける。

 

(相変わらず、何なのよ、あんたの、その脚…。)

 

 結果、ノイズサウンドの圧倒的大差勝ち。コモーノーデスがゴール板に辿り着いた時には、もうノイズサウンドの姿はなかった。既に日本ダービーとトウカイテイオーにしか興味がないのだろう。

 コモーノーデスは満身創痍だった。

 

「あ、はひ…。ひぃ…。」

 

 スタミナが尽きてターフに沈むコモーノーデス。そこに釜瀬が駆け付けた。

 

「と、とれー、なぁ。ど、だった?」

「素晴らしい!素晴らしかったよ!これからの君はこういう走りなのだな!よし、そうと決まれば早速トレーニングメニューの構築だ!」

 

 釜瀬は興奮のまま叫ぶとコモーノーデスを放って行ってしまった。

 

「ちょー、あた、しぃ、置いてく、なぁ…。」

 

 呼び止めようと思ったが、無理に身体を動かしてもキツいだけかもしれない。コモーノーデスはそのまま空を見上げた。

 

(結局、ボロ敗けだけど、なんかスッキリした。)

 

 久し振りに思い切り走った結果、言い表せない満足感が出てきて、この感覚に浸って酔いしれようとコモーノーデスは目を閉じた。

 

「なぁ!さっきの走りスゴかったぞ!!」

 

 と思ったら、急に大声で呼び掛けられた。驚きながら目を開けると、空一色の視界にウマ娘の顔が覗き込んでいたのだ。

 そのウマ娘は青髪のツインテールで渦巻のような瞳をした赤と青のオッドアイが特徴的なウマ娘だ。コモーノーデスを見つめる目は輝いており、少し呼吸が整ったコモーノーデスは誰なのか尋ねてみた。

 

「あー…あの、どちらさん、で?」

「ターボか?ターボはツインターボって言うんだ!よろしくな!」

「え、えぇ…よろしく?」

 

 

 

 

 

 

 先程のトレーナーと、同じような興奮気味に語り掛けるツインターボに戸惑うコモーノーデス。その様子を遠くで見ていたシンボリルドルフは安堵していた。

 

(コモー君…。どうやら君は振り切ったようだな。あの走りで本当の君を見届けたぞ。)

 

 今年はG1を走ることは出来なくなったが、来年のG1ならばファンも迎え入れてくれるだろう。シンボリルドルフは肩の荷が下りた気分になり、また生徒会の業務へと戻っていくのだった。




書いてて思った。どっちが主人公だっけ?
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