そのウマ娘、問題児につき。   作:shinp

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雑音、日本ダービー出走

 遂に迎えた日本ダービー当日。

 

 東京レース場では大勢の観客達が詰め寄ってきていた。それは日本ダービーでは当たり前の事なのだが、今年の盛り上がりは段違いだ。その理由は、トウカイテイオーとノイズサウンドだろう。

 皐月賞で驚異的な末脚を見せたノイズサウンドはニ番人気まで押し上がっていたのだ。

 

「………。」

 

 そんな二番人気のノイズサウンドは控え室で椅子に座り、精神統一をしていた。

 微動だにしていない姿はまるで蝋人形にでもなってしまったのではないかと思わせるほどだ。

 

「の、ノイズさん…すごい集中してる…。」

 

 今までにない姿を見せるノイズサウンドにライスシャワーは息を飲み、恐山は口には出さないが、額に伝う冷や汗がノイズサウンドの威圧を物語っていた。

 

「…そろそろパドックの時間ですね。行ってきます。」

「…おう。」

「が、頑張ってね!ノイズさん!」

「…ところで、カイシンは?」

「あぁ、一足先にスタンドのスペースを確保してもらってる。」

「そうですか。」

 

 ノイズサウンドはそれだけ言葉を交わすとパドックへと向かっていったのだった。

 

 

 

 

 

 パドック前の観客席では、レースを観戦しにきた観客達がパドック入場までの間、会話をしたりレース情報を眺めていたりと暇潰しをしていた。

 

「日本ダービーは誰が勝つんだろなぁ~!」

「やっぱ、テイオーっしょ!あのルドルフに次ぐ三冠ウマ娘になるかもしれんって言われてるんだぜ!?」

「う~ん…テイオーを応援したいけど、俺はノイズサウンドかなぁ…。アイツの皐月賞見たかよ?今度こそ差し切ってやるって覚悟決めた目で走ってんだぜ?ありゃ絶対テイオーを徹底マークしてるって。」

「にしても、コモーノーデスは出走せずかぁ…。」

「仕方ないだろ。今は出走停止処分食らってんだからさ。」

「でもなぁ、見たかったよなぁ。アイツ、過去がアレだけど、実力はあったし、ファンもいたからな。」

「俺の友人もコモーノーデスのファンだったけどさ、出走停止処分って聞いて、ダービーで走る姿が見たかったって、めっちゃへこんでたよ。」

「それは…可哀想に…。」

「まぁ、永久に走れないって訳じゃないからさ。今後に期待だな。」

 

 観客達は口々に話しながらパドックを見守る。

 

『十二番、二番人気、ノイズサウンド。』

 

 そして、ノイズサウンドがパドックに現れ、観客達もノイズサウンドの名が耳に入ってきたと同時に一瞬、会話を止めた。

 いつものようにコツコツと足音を響かせ、優雅に、そして、赤黒い燕尾服のような禍々しい勝負服に見合うような含み笑いとポーズを取るノイズサウンド。

 

「な、なぁ、前よりも邪悪さに磨きがかかってね?」

「やっぱ、すげぇ迫力だぜ…。」

「テイオーは勝てるのかなぁ…。」

 

 他の出走者とは比べ物にならないほどのプレッシャーを感じるノイズサウンドに会場はどよめき始め、先にパドックに出ていた他の出走ウマ娘も冷や汗をかいて息を飲む。

 

(だ…大丈夫!テイオーさんなら、あんな怖くて悪そうなウマ娘にだって、勝てるんだから!)

 

 観客と同じくパドックを見守っている小さなウマ娘、トウカイテイオーに憧れを抱いているキタサンブラックはノイズサウンドのプレッシャーを感じつつもトウカイテイオーの勝利を信じ、自然と柵を掴む手に力が入る。

 

『二十番、一番人気、トウカイテイオー。』

 

 すると、遂に一番人気のトウカイテイオーが姿を見せた。

 トウカイテイオーは自慢のステップを軽やかに踏みながらパドックで存在感を見せつける。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 トウカイテイオーへの声援を込めた歓声は東京レース場を震わせ、ノイズサウンドが勝つのではないかという杞憂を吹き飛ばす程だ。その姿は正しく帝王の名に相応しいだろう。

 だが、ノイズサウンドはそのテイオーの姿を邪悪な笑みでマークしていた。歓声など耳に入れずにただ一人、トウカイテイオーの無敗三冠を阻止する為に心を燃やしていた。

 

(今度こそ…今度こそ差しきってやりますよ。トウカイテイオー…!)

 

 

 

 

 一足先にスタンドに来た恐山チーム。ライスシャワーは後ろに広がる観客たちに圧倒されていた。

 

「ふわぁ…お客さんがいっぱい…。」

「そりゃあ、この日本のウマ娘達の夢でもあるからな。だが、今年は例年よりも多いかもな。」

「…やっぱり、トウカイテイオーさん…ですよね?」

 

 ライスシャワーの問いに恐山は頷く。

 

「無敗三冠の夢を誓ってここまで無敗。しかも、ノイズサウンドという夢を阻む物語としてはこの上ない悪役が現れたんだ。エンターテイメントとしてこれ程極上のものはないだろ。」

「でも…それじゃノイズさんが勝っても…。」

「心配するな、ライス。アイツはそうなる事を分かっててやっている。例え悪評を浴びようが涼しい顔して受け流すかもしれんが、それでも限界が来るかもしれん。その時は俺らで支えてやれば良い。」

 

 そうだろう?と、恐山がカイシンに話を振るが、カイシンはボーッとターフを見つめていた。

 

「…?おい、カイシン?」

「あぁ?んだよ…あっ、あぁ、何ですか?トレーナーさん!」

「…圧倒されるのも分かるが、もう少し周りに気を配れ。もう一つの人格が出てたぞ。」

「あ、あはは、少し掛かっちゃったみたいですねぇ。」

 

 照れ臭そうにカイシンは笑ったが、カイシンはダービー前に見た、トウカイテイオーの輝かしい姿に、どちらを応援すべきか未だに迷っていた。

 

(うぅ~、どうすれば…どうすればぁ~…。)

 

 会場の雰囲気に圧されてもう一つの人格も出掛かっている状態になりながらもカイシンはゲートを見守るしかなかった。

 

 

 

「トウカイテイオー。」

 

 ゲート前、各々のウマ娘がウォーミングアップする中、トウカイテイオーも脚を解すように準備運動をしていると、声を掛けてくるウマ娘がいた。

 

「ノイズサウンド…。何だい?」

「皐月賞では負けてしまいましたが、次こそ、次こそは差しきって見せましょう。貴女の無敗伝説もここで終わる。ゴールした時、貴女が見るのは私の背中ですよ。」

 

 異様な雰囲気を放つノイズサウンド。今すぐにでも倒してやると言う圧に、トウカイテイオーは息を飲むが、すぐに笑って見せた。

 

「いいよ!でも、ボクが勝つのは変わりないけどね!」

 

 その様子を見たノイズサウンドも邪悪な笑みを浮かべ、その自信満々の顔を崩してやろうと意気込むのだった。

 

 

 

 

 

『今年も、快晴、良バ場で迎えました、日本ダービー。皐月賞に続き、大外二十番、単枠に指定されました、トウカイテイオー。憧れの皇帝シンボリルドルフに続いて、無敗でダービーを制する事が出来るのでしょうか?そして、二番人気のノイズサウンド、皐月賞は惜敗の二着となりましたが、日本ダービーで汚名返上出来るのでしょうか?』

 

 実況のアナウンスが聞こえるなか、ノイズサウンドはトウカイテイオーに宣戦布告をした後、自分が収まるゲートを睨み続けていた。

 

(次こそ…次こそは…。この時の為にレース展開をできる限りの予想した。どこでスパートを掛ければ速くなるか検証もした。最後の直線を加速できるか練習もした。この日本ダービーに向けた仕上がりは上々と言った所…。)

 

 ただ一人、ゲートを睨むように立ち尽くすノイズサウンドは遠目から見ても不気味な雰囲気だ。

 

 そして、出走のファンファーレが鳴り響き、各々がゲートに収まっていく。

 

(私は、この大観衆の前で勝たなくてはならない!トウカイテイオーに勝ち、無敗三冠の夢を阻んだウマ娘になる!!)

 

 ノイズサウンドはゲートで体勢を整え、

 

 

 ガコン!

 

 

 ゲートが開かれた。

 

 

 

 

『スタートしました!数人がやや出遅れましたが横一直線のスタートです!トウカイテイオーとノイズサウンドも良いスタートを切りました!』

 

(よし!スタートは理想の状態だ。後は…。)

 

 ノイズサウンドはトウカイテイオーを鋭い視線で徹底的にマークして後方に着けるように走り続ける。

 

(ノイズサウンドのプレッシャーが後ろから感じる…。うかうかしていたらあっさり追い抜かれそうな、スゴい気迫だ…!)

 

 トウカイテイオーも、先行策を取っているがやや後方に位置している。それ故、ノイズサウンドの徹底的なマークの気配を感じ取っており、走りながらも気合いを入れ直す。

 

(でも、ボクはカイチョーみたいになるのが夢なんだ!負けられない!)

 

 

 

 

 

「ノイズさん!頑張って!」

 

 ライスシャワーは小さな身体に精一杯空気を吸い込んでノイズサウンドを応援する。目を詰むって声を出すその姿から一生懸命な様子が見て取れる。

 

(…そろそろ、ノイズの仕掛け所だな。)

 

 恐山はレース展開からノイズサウンドと一緒に建てた作戦の開始地点が近付くつれ、組んでいる腕の力も入ってくる。

 

(どっちを…応援すれば…)

 

 だが、カイシンだけはどっちを応援すべきかまだ迷っていた。共に切磋琢磨した仲間か、夢に向かって一直線に走る親友か。未だに決めきれずにいた。

 

(~~~~~っ!あぁ~~~~っ!俺を抑えまくってた奴が何しょげてやがる!おい、変わりやがれ!ありったけの声援ぶちかましてやる!!)

「おい、ニヤニヤ野郎!!一着じゃなかったら承知しねぇぞこの野郎がよぉ!!!」

 

 それ故、皐月賞の時よりも早く、もう一つの人格が出てきてしまった。

 

 

(そろそろ…よし、ここでっ!)

 

 ノイズサウンドは一呼吸を入れると、スパートを掛け始めた。

 

『第3コーナー手前、坂を登って下りに入りました。あっと!?ここでノイズサウンドの動きが激しくなった!ロングスパートで勝負に出るのか!?じわりじわりと先頭との差を詰めてくる!赤い悪魔が迫ってきているぞ!』

 

 実況がノイズサウンドの異変に気付き、段々と実況に熱が籠ってくる。

 

『大ケヤキを越え、第4コーナー!トウカイテイオーも仕掛け始めた!最後の直線入った!』

 

 最後の直線に入り、実況も観客たちもボルテージが上がっていく。だが、恐山は目を細めた。

 

(…ノイズ?)

 

 恐山はノイズサウンドの様子を見て違和感を感じたのだ。

 

(バカな!?本来ならここで先頭に立っているはずなのに…!?)

 

 最終直線に入ったノイズサウンドはスパートし続けているが、それでもトウカイテイオーを差し切れずにいた。あのタイミングでスパートを掛けたのに、トウカイテイオーは大外からのスタートだったのに。それがノイズサウンドの心に焦りを産み出していた。

 

「ト ウ カ イィ…ッテイオォォォォォーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 ノイズサウンドの顔にいつもの人を見下すような笑みが消える。凄まじい形相でトウカイテイオーを追い抜こうとするその姿に他のウマ娘達は気圧されてしまう。

 

『トウカイテイオー抜け出した!ノイズサウンドもバ群を掻き分け懸命に追い上げてくる!他のウマ娘を差し置き、完全に二人の戦いだ!テイオーか!?ノイズサウンドか!?』

「ぬぁあああああああああ!」

「はぁあああああああああ!」

 

 ノイズサウンドはトウカイテイオーも横に着けるようにスパート掛け続ける。

 

(走れ走れ走れ走れ!私の脚は何のためにある!?ここで追い抜かなければ、一着にならなければ、後がなくなる!だから走れ!もっと動け!!私の脚!!追い抜け!!!)

 

 ノイズサウンドは自分に叱責してスパートへの活力する。無敗三冠阻止。それがノイズサウンドが自分に課した使命だからだ。

 

 

 しかし、ノイズサウンドが見たのは、ほんの少し、だが、確実に離れていくトウカイテイオーの背中だった。

 

『トウカイテイオー突き放す!トウカイテイオー一着!トウカイテイオーの勝利!!無敗三冠に後一歩まで近付きました!!』

 

 トウカイテイオーの無敗二冠達成。その偉業達成の瞬間に、東京レース場は歓声に飲み込まれた。

 

「テ・イ・オー!テ・イ・オー!テ・イ・オー!テ・イ・オー!テ・イ・オー!」

 

 観客達はコールを響き渡らせる。走りきったトウカイテイオーも、汗だくながら笑顔でそれに応え、指二本を空に掲げた。それを見た観客達は更に歓声を張り上げたのだった。

 

「あ…ノイズさん、負けちゃいました…悔しそう…。」

「…アイツの強さは、認めるしかないな…。」

 

 しかし、ノイズサウンドの勝利を応援していた恐山チームはテイオーの勝利を讃えはすれど、喜べなかった。何故なら、またもや二着になったノイズサウンドがターフに膝を着き、悔しさから地面に向かって拳を叩き付けていたからだ。

 

(ノ、ノイズさん…。わたしが応援してたら…。)

 

 二着になった瞬間に戻されたカイシンは負けたノイズサウンドの姿にどちらを応援すべきか迷っていた自分に罪悪感を感じた。どんな顔してノイズサウンドと向き合えば良いのか、分からなくなったのだ。

 

(負けた…そんな…トウカイテイオーの皐月賞からダービーまでのトレーニングを考慮してどのようなペースで行くか、どのようなコース取りで行くか、全て完璧だったのに…。)

 

 ノイズサウンドはこの日の為の調整を入念に行ってきた。それこそ、インタビューも全て拒否をして、寮の門限スレスレまでトレーニングをして、突発的なコモーノーデスとの模擬レースでハイペースのレース展開のコツも掴んできた。

 しかし、トウカイテイオーはノイズサウンドを突き放した。ほんの僅かに前に出たトウカイテイオー。だが、それはトウカイテイオーに勝つと宣言したノイズサウンドに確かな敗北を突き付けたのだ。

 

「これでは…道化だ…。」

 

 ノイズサウンドの弱音は今もレース場に響き渡る勝者を称える歓声にかき消されたのだった。

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