ラウラ・ボーデヴィッヒが自己紹介の場で精神的苦痛を受けて早数日。爽やかな休日の朝、アリスは一夏の寮室を訪れていた。
「『テイルズ・サガ・クロニクル』?」
一夏の家は貧乏だったので普段は家計の為にバイト漬け。そんな彼はゲームで遊ぶのは友人付き合いの時くらいの知識しか持たない彼はその名に覚えは無かった。
「はい。アリスが所属していたゲーム開発部でつくられたフリーゲームで、童話テイストの色彩豊かなファンタジーRPGです。アリスはこの作品でゲームの奥深さを学びました」
……知らなくて当然だった。フリーゲームなんてよほどの人気タイトルでなければ一般人が知るわけがない。そんな超マイナー作品をアリスは自身が勇者と見込む一夏に是非ともプレイしてもらおうというのが今回の訪問の理由だ。
特に予定も無かった為、快く応じた一夏だったが、どこから聞きつけたのか好きな男が他の女と休日べったりが嫌だった箒・セシリア・鈴が参戦。周りに女子だけで長時間はがつらいと判断した一夏が同室のシャルル・デュノア──まだ性別バレしていない──を巻き込んだ結果、1人用RPGを6人で囲う事態になっていた。もっとも、当のアリスとしてはゲームの布教ができるので万々歳である。
寮室はそれなりの広さがあるとはいえ、流石に一室に6人もの人間が集まってはやや手狭であり、シャルルは接触でバレやしないかと心中穏やかではない為、プレイ画面からは意図的に離れて見学することにした。
「へぇー……俺、弾のところでは対戦ゲームが専らだったから、RPGは初めてだなぁ」
全員が見守る中、一夏がゲームを開始する。
「…………?」
「童話……テイスト?」
「ファンタジー??」
最初の一文で作品テーマがかなぐり捨てられている。このゲームを作ったのは誰だ!
「王道に拘り過ぎると古くなるのでいろいろ混ぜた結果だそうです」
「そ、そうなのか……」
アリスも困惑しましたと、ゲーマーとして最初の一歩目を踏み出したあの時のことを彼女はしみじみと思い出していた。
「よ、よし、進めるぞ」
「なるほど、Bボタンだな」
「あ、そこは」
「ん?」
「へ?」
「は……?」
「一夏さん、別のボタンを間違えて押しましたの?」
「いやいやいや! ちゃんとBボタンを押したって!」
一夏は画面の指示通りに進めた。なのに即死である。何が原因なのか。
「開発者の一人曰く、予想できる展開ほどつまらないものはないらしく、ここはBではなくAボタンが正解です」
「い、いきなりその引っ掛けは無理じゃないかな……」
開発者が悪かった。昨今チュートリアルのような流れでプレイヤーキャラを首吊り自殺させようとする有名ホラーゲームもあるが、それとは根本的に違う製作者の意地の悪さが垣間見える。
「わ、悪い、ちょっと困惑し過ぎて……箒、ちょっとだけ代わりに頼む」
「わ、私か!?」
一夏は絶え間なく襲ってくる精神へのダメージを回復させるべく、戦線を一時離脱。箒に託すことにした。
ここまで見学していた箒も流れは把握している。一夏の犠牲を無駄にしない為、チュートリアルには従わず、Aボタンを押して話を進める。
「戦闘か……。今度はA、でいいのか?」
「はい、大丈夫です」
「『秘剣つばめ返し:敵に対して2回攻撃をする』か。ふっ……剣術なら任せ」
「ろ?」
「……」
画面を見つめる箒の目からハイライトが消えた。手元に木刀があれば目の前の忌々しいプニプニを叩き潰す為に画面へ全力で叩き込みかねない。
「そこは相手の射程に気を付けなければ突破できないようになっています」
「射撃を切り払って正面突破……」
「そんな非現実的なこと、出来ないです。現実はファンタジーやメルヘンではないのです」
「アリスさん、この作品はゲームですわ。それとファンタジーRPGだと最初に言ってましたわよね……?」
「あー……そういえばモンド・グロッソで千冬さん、雪片で直撃弾を切り払ったりしてたわねー」
「つまり千冬姉はファンタジー世界の住人だった?」
ファンタジー=神話=ブリュンヒルデ=織斑千冬。すなわち織斑千冬もファンタジー。Q.E.D.
「『私は植物人間ですので、女性に対して声をかけることはできません』ってなんだ?」
「勇者・一夏みたいな人のことです」
「俺ぇ!?」
「シナリオ担当が恋愛意欲の薄い男性。つまり『草食系男子』という単語を思い出せなかった故の苦肉の策です」
「な、なるほど……?」
「なんだ。朴念仁とか唐変木じゃないのね」
「おい」
「母親がヒロインで、実は前世の妻。その妻の元に子どもの頃に別れたきりの腹違いの友人がタイムリープ……? 腹違いの友人っていったいなんなの?」
「全く不明です。もしかしたら女子が女学校に男子の格好で入校しても何故かバレせずに擬態できているレベルの複雑怪奇な現象が発生しているのかもしれません」
「ッッ!? げほごほッ!」
「お、おい。大丈夫かよシャルル」
「う、うん……大丈夫……ちょっと飲み物がむせただけだから……」
そ、れ、か、ら……
「おめでとうございます。これでトゥルーエンドに到達しました」
長く、苦しい戦いが遂に終わりを迎えたのだ。だいたいゲーム開始から3時間だ。
「すごく疲れた」
「何度画面を叩き割りそうになったことか……」
「箒は血の気が多すぎるわよ。イラッとする部分は確かにあったけどさ」
「僕は眺めてるだけだったし、適度に休憩挟んでたからそこまでは……」
主に操作を担当した一夏、箒、鈴の憔悴しきった姿と見学で済ませたシャルルのコンディションは天と地ほどの差がある。
「それで……『テイルズ・サガ・クロニクル』はいかがでしたか?」
オススメしたものの、やはりゲーム初級者にはつらかったのではと今更ながら不安になったアリスが感想を求める。
「あー……一般的には残念ゲー認定は仕方ない出来だと思う。でも……」
「進むたびにいろいろと新しい知見を得られたのは良かった……はずだ」
「リテイクもある意味この先、何が起こるのか楽しみになってたわよね」
「最終的な評価としては面白かった……でいいのかな?」
「うん、そうだな。難易度はところどころ滅茶苦茶だったけど、この作品は作った人も楽しかったんだって思えるよ」
4人は普段あまりゲームをしない。しかし、それでもアリスがもたらしたこのゲームには製作者の『愛』を感じられた。やって良かったと思えた。
「……勇者・一夏とその一行。やはりあなた方は素晴らしい。その言葉を聞けただけで紹介した甲斐がありました。製作者であるユズ、モモイ、ミドリには私から伝えておきます」
そう言ってアリスは端末を操作すると『テイルズ・サガ・クロニクル』のアプリケーションを終了。新しいアプリケーションを立ち上げた。
「では次はこちらを。アリスも製作に携わった正統続編『テイルズ・サガ・クロニクル2』になります。さっそくプレイしま」
「「「「また今度で!」」」」
ゲームジャンキー以外には長時間のゲームが基本苦行であることを忘れてはいけない。
……ところで先程から1名足りないような気がする。
「あら皆さん。ちょうどゲームは終わったようですわね」
セシリア・オルコット帰還。シャルルと同じく見学組だったがゲームのプレイが白熱する中、昼食の時間を超えそうだったので軽食をもってくると少々前から席を立っていた。
「軽食を買いに行った割には随分遅かったな」
「実は購買の飲べ物がほとんど売り切れておりまして……せっかくですから私がサンドイッチを作ってきましたわ」
「うっ」
セシリアのサンドイッチを食べたことのある一夏には『サンドイッチのような何か』がヤバい品だと分かっていたが、今この場でセシリアのサンドイッチを全員に食べさせずに済む良い方法が浮かばない。そして、セシリアの料理が劇物だとアリスは知らなかった。
「感謝します。アリス、お腹が空きました。食べてもいいですか?」
「ええ、勿論。一夏さんも絶賛してくださった逸品ですわ」
「なるほど期待大です。では、いただきます」
…………?
…………!!!!!???!?!??!?!??!??!?!?
エラー発生! エラー発生!
味覚機能に致命的なバグを感知!
思考バイパスに重度の汚染を感知!
中枢システム保護の為、主要回線を強制遮断!
緊急リブートしま……!
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