私に対する質問が続いたので、今度はこちらから聞いておきたいことを質問させてもらおう。
「セシリアとの試合だけど、準備はできそう?」
二人は互いに顔を見合わせて意思疎通を図った後、一夏が答えてくれた。ツーカーですか、へー。
「俺は専用機が用意されるらしいけど、いつ届くか不明。訓練機も予約一杯で一週間は空く予定無し」
「だから私が剣道で下地を鍛えることにした」
なるほど。世界規模で見たらIS学園は数多くのISを保有しているが、学園の生徒全員が満遍なく使えるかといえばそうではない。新一年生はISを実技使用できる機会が最初の一、二週間で基礎的な講習を終えてからなのでこの時期は二年生や三年生の予約が集中しているのだろう。同じ一年生ならともかく上級生に訓練機を貸してくれとは言い出しづらいわよね。
とはいえ、このまま試合までISに触れないのはまずい。一夏がどの程度動かせるか知らないけど、セシリアのワンサイドゲームになるとそれはそれで彼女の悪評に拍車をかけてしまう。
理想的なのは一夏が素人なりに健闘した上でのセシリアの勝利だ。……うん、ここはちょっとばかり二人に手を貸そう。
「ねぇ、一夏。もしISを使えるなら使いたい?」
「それは……まぁ……」
「よし、なら私が伝手をあたってあげましょう」
「……ッ!」
打算ありとはいえ、一応善意の申し出だから箒は私を睨まないでほしい。別に彼を盗ったりしないわよ。
「いいのか?」
「絶対じゃないから期待はしないで待っててね。あ、その時は箒も一緒で良いわよね」
「あ、ああ……!」
箒へのケアを忘れずに、私はトリィを手元に寄せた。ISのコアネットワーク経由でとある人へプライベート通信を送る為だ。
……朝食を終えた二人が先に出ていった後、私は待ち人が来るまで食堂でコーヒー片手に時間を潰していた。一杯目を飲み切って二杯目をどうするか検討したところで目的の人が食堂の入口に現れた。すぐさまこちらから声をかける。
「こっちでーす! ダリルせんぱーい!」
「朝っぱらから上級生を呼び出したぁいい度胸じゃねえか一年生」
三年生の専用機持ち。アメリカ代表候補生のダリル・ケイシー先輩。彼女のIS『ヘルハウンド』はアズラエル・インダストリ製のパーツが使われており、同社でルージュの基礎訓練で奔走していた私とISのメンテナンスの為に会社を訪れていた先輩が遭遇したのが出会いの切っ掛けだ。
「レイ主任のしごきを一緒に乗り越えた仲じゃないですか。言いっこなしですよ」
「……で、何の用だよ。アルスター」
先輩はアズラエル・インダストリの技術開発主任であるレイ主任が苦手である。勿論、私も苦手だ。あの気難しい性格でどうしてあれほど美人で優しい奥さんと結婚できたのか。アズラエル・インダストリ内でも七不思議のひとつにカウントされるくらいの謎なのだ。 ……それはさておき。
「一年一組の男子生徒とイギリス代表候補の話、知ってます?」
「ずぶの素人相手にプロがイキってるって三年でも話題だぞ」
「ですよねー」
女子の噂は拡散が早い。クラス代表決定戦の結末次第では本気でセシリアの今後の学園生活が灰色になりかねない。……フォロー方法は後で考えよう。今はダリル先輩とのお話が先だ。
「それに関するご相談なんですが」
「……織斑一夏の訓練を見ろとか言わないよな」
面倒事は御免だと先輩の目が言っている。流石に三年生でも最上位に位置する彼女の指導なんて彼には贅沢過ぎるだろう。そもそも、そんなつもりはない。
「違いますよ。私がISを貰って最初にやらされたことを彼にも経験してもらおうかなと考えてます。その為に先輩から情報の提供をお願いしたくてですね」
私が最初にやらされたこと、という一言で先輩は何を意味するのか理解したようだ。私と先輩が出会った理由でもあるから、よく覚えているはずだ。
「なるほどな。だったら整備科の状況次第で変わることはあるが、次の土曜が狙い目だな。いっそ教師経由で整備科に頼んでみたらどうだ。三年が担当だったら私が口利きしてやるよ」
「助かります。あっ、朝食奢りますよ」
「この程度で一年に奢らせるとかできるか。さっさと職員室行ってこい」
私は先輩にあらためてお礼を述べると始業前に職員室を訪れ、織斑先生にある頼み事をした。
「……ほぅ、随分と面白いことを考えるな、アルスター」
「ありがとうございます。それでどうでしょう?」
「私から担当者に確認しておく。今日中には結果を伝えよう」
「よろしくお願いします」
その後、織斑先生から許可も出たので、一夏達の訓練に関しては土曜まで放置。しばらく一年の各女子グループへ接触を図って回ろう。セシリアの噂のフォローには根回しが必要だ。
そして時は流れて土曜日の夜。織斑先生の引率で、私は一夏と箒を連れて訓練機が置かれているアリーナのピットを訪れていた。
「まさかこんな時間後に使わせてもらえるとはなー」
「ああ、他の生徒達もいないし、気兼ねなく動かせるだろう」
一夏と箒もまさか生徒の門限外である夜間に実機を使用できるとは思っていなかったようだ。私達が見守る中、二人は訓練機『打鉄』の起動に成功していた。
「二人とも起動できたな。行くぞ」
織斑先生の声で雑談を止めた二人はアリーナへの入り口に向かおうとするが、
「貴様等どこへ行く気だ」
「訓練ならばアリーナでは?」
「違うわよ。行くのはあっち。資材搬入口よ」
「え」
困惑する二人だったが織斑先生の先導に促されて付いていった。
「ここだ」
いくつか通路を抜けて四人で訪れたのはIS学園で使われる物資──トイレットペーパーなどの日用品や食料品、勿論IS関連の資材まで実に多種多様だ──の集積に利用されている大規模な倉庫である。そして奥に見えるシャッターの下りた大型搬入口の前には大型トレーラー数台が搭載したコンテナを解放した状態で固定されていた。
「ちふ……織斑先生。あの、ここで何をするんだ?」
「私は先にやる事がある。アルスター、説明してやれ」
織斑先生は説明を私に放り投げて書類と現物の最終チェックの為に離れていった。仕方ない、勤務時間外に監督してくれる以上、発案者の私が説明を担当しよう。
「これからする作業はね。IS学園の外へ送り出す貨物の積み込み作業よ」
「は……はぁ!? 戦闘訓練じゃないのか?」
誰も戦闘訓練とは言ってない。私はISを使いたいか尋ねただけで勘違いしたのは二人だ。でも、嫌がらせではない。理由はちゃんとある。
「あのね。一夏はまだ届いていない専用機を本番では使うのよね? そのスペックや武装がどんなものかは知らないけど、訓練機と性能が同じとは到底考えられないわ。下手に戦闘訓練して癖でも付けたら困るでしょう?」
「そ、それはまぁ……」
「だから今日はIS操作の基礎中の基礎を覚えてもらうの」
これは受け売りだけど、と前置きしてから説明に入る。
「ISは考えた通りに動かせる仕様だけど、どうしても間に異物を挟む以上、その感覚には若干のズレが生じるわ。だから矯正の為に平時との感覚のズレが分かりやすい非戦闘行動かつ単純作業の荷運びは、ISの感覚操作を馴染ませる適応訓練に最適な訳。これでIS操作の感覚を掴んでおけば一夏は専用機の初乗りでも違和感を最小限にして動かせるはずよ」
「なるほど……」
一夏も箒も目的を理解してくれたみたい。よかったよかった。
「この業務は普段、教員と整備科の上級生が訓練代わりに持ち回りで行っている裏方の仕事だ。ISはこうして戦闘以外の現場でも活躍している。理解できたか」
織斑先生がチェックを終えて戻ってきた。これで私はお役御免ね。
「それじゃあ私は帰るけど、二人とも織斑先生の指示通りに従って積み込み作業頑張ってね。のんびりしてたら徹夜確定よ」
「ダラダラとした末の徹夜など私が絶対に許さん、迅速かつ丁寧に動けよ貴様等」
何故かまた驚いている二人。……あ、もしかして私も一緒にやるのだと思っていたのだろうか。
「フレイは手伝わないのかよ!」
「だって私がやったら訓練にならないじゃない。織斑先生、二人をよろしくお願いします」
「既に消灯時間は過ぎている。見回りの教員には伝えているが、寄り道はせずに部屋に戻れよ」
了解です。徹夜はお肌の天敵なので、お先に失礼しまーす。
「は、図ったなフレイ!」
箒の悲鳴が聞こえるが気にしない。好きな男の子と初めての共同作業(保護者同伴)を精一杯頑張ってほしい。
「あはは! アズラエル・インダストリ中の資材運搬をひたすらさせられた私の苦労、たっぷり味わうと良いわー!」
あれは繁忙期の物流センターでアルバイトをさせられてる気分だった。ダリル先輩と知り合う切っ掛けにはなったけど、絶対に、二度とやりたくない。
一夏に基礎動作訓練ぐらい経験させてやりたくて、いろいろ設定を捏造しました。許して