六月末、学年別タッグトーナメント当日。私とシャルはIS学園の来賓受付にて、とあるVIPの来訪を待っていた。本来ならダリル先輩もここにいるべきなのだが、三年の試合から行事が始まるという言い訳を盾に面倒事から逃げ出していた。
「シャル、基本的には私が対応するから。とりあえず軽く微笑んでおけば良いわ。ただ、あちらから名指しされたら頑張って」
「う、うん」
デュノア社で令嬢として教養を叩きこまれたシャルも、これから会う相手に緊張せず接することは難しいだろう。私だって出来るなら顔を合わせずに済ませたい。そうして、あれこれと二人で軽い打合せをしているうちに十名近いボディーガードに身辺警護された目的の男性が訪れた。
「雨降って地固まるとも言います。これでフランスの混乱に乗じていたジョンブル共も大人しくなったでしょう」
「ジプシーさん、それ日本の諺でしたっけ? ……とりあえず今後二号機の代わりに開発を急ぐ三号機への資金援助はウチからも出すようにしておいてください。あの第三世代技術は興味深い。恩を売って技術提供を見返りにさせてもらいましょう」
「了解いたしました」
仕事の話をしていた彼等も私達に気付いたようで、受付手続きを傍に控えていた妙齢の女性秘書へ任せ、こちらへ歩み寄ってくる。
「久しぶりですね、フレイさん。お元気でしたか?」
「アズラエル理事もご壮健でなによりです」
私が所属するアズラエル・インダストリのトップにして、世界五指に入る軍産複合企業アズラエル財閥のCEO、そして米国国防産業連合理事を務めるムルタ・アズラエルが学年別タッグトーナメントを視察するべくIS学園を来訪したのだ。
「いやぁ、この時期に日本へ来たのはISが発表された時以来ですが…相変わらず湿度の高さが嫌になりますね」
「はい、私達も夏が来る日が怖いです」
会場への入場前に通された来賓用の待合室でアズラエル理事はミネラルウォーターで喉を潤しながら私達二人と対談していた。私達も当然試合がある為、本来ならば準備へ向かわなければならないがこの重要人物直々に呼び出されては出向かざるを得ない。織斑先生も試合前には必ず戻るようにとだけ言って、見逃してくれた。
「さっそく本題に入りましょう。シャルロット・デュノア……いえ、シャルロット・アルスターさん」
「は、はい!」
アズラエル理事はシャルを呼ぶ。彼女が声をかけられた以上、私は余程のことがなければ介入しない。勿論、シャルが困るようなことになれば話は別だが。
「君の父君が出頭前、最後に言葉を交わしたのはこの僕です。そこでデュノア社と君の将来について託されました」
「……」
「君が一生涯生きていくに必要となる金銭は僕が用意します。未成年の間は君の養父になるジョージ・アルスター経由での支払いとなりますが、成人後は直接君の口座に送らせていただきますよ」
「……はい」
「おや、嬉しくはありませんか? 慎ましく使えば一生働かなくていい額ですよ」
「父とはまともな会話すらありませんでした。……あの行動が私の将来を考えた結果であることも理解しています。でも、だからこそ何もせずに大金を貰うのが申し訳なく思えて」
「ふむ、そうですか……」
アズラエル理事は少し考える素振りを見せたが、おそらく想定通り。最初から考えていたであろう案をシャルに提示した。
「では、これは僕からの提案なんですが……。フレイさんと同じ形式で構いませんのでアズラエル・インダストリで働きません?」
「わ、私がですか?」
「君は若いながらも高速切替を使えると聞いてます。将来性を見込んでウチの正式量産型IS『ウィンダム』のテストパイロットをしてもらえないかと思いまして」
名前は私も聞いている。ストライクの完全量産プラン、ウィンダム。コストダウンの為に装甲はルージュより薄く軽量化された為、実弾への耐性は落ちるが、代わりに耐弾性を重視し、武装を内側に仕込める攻盾シールドと機体本体の表面には光学兵器対策に耐ビームコーティング塗料を施すそうだ。武装もルージュで使っているストライカーや、吸収されたデュノア社からこれまで使っていた各武装も回してもらえる。シャルならば十分に性能を発揮できるだろう。
「賃金も君への支援金とは別に当然支払いますし、もう一つ特別なご褒美をあげましょう」
「ご褒美、ですか……?」
「定期的にアルベール・デュノアと面会させてあげましょう」
「ッ!!」
「家族とはいえフランスで政治的重犯罪で禁固刑に処されている彼に、亡命した身で正面から会うのは難しいでしょう。だから僕のコネで裏口からになりますが」
「……やります!」
「それは良かった。今回のトーナメントには間に合いませんが、校外学習……臨海学校って言うんでしたっけ? それまでには準備させておきます。試験運用してもらいたい新型ストライカーもたくさんありますからね」
流石は名うてのビジネスマン。シャルの琴線に触れる条件を提示してあっという間にその気にさせて引き込んでしまった。こうして会話をしている間に会場の準備が整ったようで、私達はアズラエル理事と別れてアリーナへと向かうこととなった。
一回戦第一試合
セシリア・オルコット フレイ・アルスター
VS
シャルロット・アルスター ラウラ・ボーデヴィッヒ
「まさかの初戦からあの二人かぁ」
掲示板に表示された対戦相手を見ながらラウラと事前打ち合わせを行う。
「織斑一夏と篠ノ之箒のペアはちょうどトーナメントの真反対。決勝までいかねば相手ができんな」
「あっちはあっちで凰さんとやり合うみたいだし、これは意図的に分けられたみたいね」
専用機持ちや代表候補生の見せ場は年間通しても十分に多い。今回のような学年全体の成果を外に見せるべき場では、他の一般生徒達の活躍の場を潰さない為に必要な配慮だろう。
「基本的にラウラが前衛、私が後衛。今回はラウラがシャルを撃破するまでの間、私がセシリアを抑えればいいわね。たぶんあっちもラウラを二人で相手したいだろうから速攻で私を潰しに来るはずよ」
「お前の義妹は優秀だが今はただの訓練機。私は余裕だろうが、問題はそちらだ。対策はあるのか」
勿論、ラウラにおんぶにだっこで勝ち上がる予定はない。武装がスターライトだけならフォビドゥンストライカーで完封できるが、そんなものは機体相性が評価されるだけで私の実力と見られない。だから、ちょっとした小技を使って翻弄させてもらおう。
「ええ。こういうのだけど……」
手元のディスプレイをラウラに見せて作戦を伝える。
「……ほう、光学兵器はこういう使い方もできるのか」
「小手先だけど、奇襲にはもってこいよ」
セシリアが驚く顔が楽しみだ。
私はエールストライカーにシールドとビームライフルを装備した状態でセシリアとシャルの二人と対峙する。シールド裏には対セシリア用の武装がセットされているが、読みは当たるだろうか。
「悪いけど、私の実績に必要だから勝ちにいかせてもらうから」
「フレイさんがボーデヴィッヒさんとペアを選んだことが間違いだったと証明して差し上げますわ!」
「僕としては姉さんを応援すべきなんだろうけど、アズラエル理事も見てるし、さっきの話を白紙にされない為にも適当な負け方はできないよ。ごめんね」
二人ともやる気は十分。私と並ぶラウラも顔には出していないが憧れの織斑先生も見ているのだ。当然戦意は満ちている。
「フレイさんには申し訳ありませんが、ボーデヴィッヒさんのお相手がありますので速攻で決めさせていただきますわ!」
試合開始直後、セシリアは更に上空へと舞い上がりながら私を見据える。予想通りラウラの相手を一時シャルに任せて私を仕留めにかかるつもりだ。実際、シャルの高速切替を利用した手数の多さによる足止め効果は十分で、ラウラが彼女を無視してセシリアに気を向ければ痛手は避けられないだろう。
「いきなさい! ブルー・ティアーズ!」
「そう来ると思ったわ! マイダスメッサー!」
機体名の由来ともなっている四基のレーザービットがセシリアの下から飛び立ち、私を囲い込むように広がる。私はシールド裏に取り付けていたソードストライカーのビームブーメラン、マイダスメッサーを握り、レーザービットに向けて投げ飛ばした。マイダスメッサーは遠隔制御システムに従ってビーム刃を形成したまま回転を開始、突撃する。
「そのような遅い投擲武器など! 私が操るビットには掠りもしませんわよ!」
「でしょうねッ! だからこうさせてもらうわ!」
ビットは向かってくるビームブーメランを避けるように動き出すが、それに合わせて私はビームライフルを狙い撃つ。その狙いは足を止めたセシリアや動き回るビットではない。私が投げたマイダスメッサーだ。回転するビーム刃に当たったビームライフルのエネルギーが周囲にランダム拡散し、近くにいた二基のレーザービットを巻き込み、破壊する。マイダスメッサー自体も破壊されるが必要経費と割り切る。
「そんな方法で私のビットをっ!?」
想定外の戦法にひるんだセシリアを余所に、動きが鈍ったレーザービットをもう一基、ビームライフルで撃ち落とす。これでレーザービットは一基、ミサイルビット二基。私を迅速に撃破するには手数が足りなくなったはずだ。
でも慢心はしない。これだけ武装を破壊したとしても相手はイギリス代表候補生。私程度の実力では詰めに持っていくことは難しい。だからシールドを再度構えて、牽制の為のビームライフルと併用、ラウラがシャルを撃破するまでひたすら時間を稼ぐ。
「さ、セシリア。このまま私と踊ってもらえるかしら?」
「…勿論!このままでは終わらせませんわ!」
三分後、訓練機のラファール・リヴァイヴで粘り続けていたシャルがラウラに撃破され、セシリアも二人がかりの攻勢に耐えられず敗北を喫するとこととなった。
高速切替の応用で状況変化に合わせて瞬時にストライカーを切り替えるウィンダム・デュノアカスタム