翌日の午前中、再び来訪した束博士が箒の誕生日プレゼントとして第四世代型IS『紅椿』を提供した。紅椿は通常加速ですら旧世代機の瞬時加速に等しい速度を生み出し、武装も箒の剣術の技能を活かす遠近両対応の二刀流の武装を有するISの開発者である束博士による、篠ノ之箒の為だけの完全オーダーメイドISだった。箒は紅椿を受領後、在来機を凌駕する性能を試験運用で実感すると束博士にひとつの要望を出した。
「……姉さん、紅椿を第三世代……いや、第二世代相当まで任意でスペックを抑えられるようにほしい」
「えええっ!? なんでなんで!? 何か気に入らなかった!?」
「違う。紅椿は間違いなく最高だ。……ただ、乗り手の私が未熟なんだ。タッグトーナメントに出る前まで、私は自分の専用機があれば戦いの場でも一夏の隣にいられる。誰にも負けはしない。……そう思っていた。でも、実際は代表候補生の乗った同型の訓練機相手でさえ一方的に負けるくらい私は弱いと現実を見せられたばかりなんだ」
箒はタッグトーナメント一回戦で更識簪に敗北したことが精神に大きく影響を与えたらしく、最近は一夏、鈴と共に訓練を続けていた。特に一夏を取り合う仲である鈴にすらISの訓練だけは頭を下げて協力を要請しているというのだから、余程悔しかったに違いない。
「紅椿の性能があれば、すぐにでも私は一夏の隣に並び立てる。……でも、安易な解決法は私自身が納得できない。だから紅椿の性能に頼り切らずに私自身の実力を高めることを優先したい」
「……じゃ、そうしよっか。箒ちゃんの要望通り、段階的に出力を抑えられるように設定するよ。あ、でもでも! 緊急時は絶対にフルスペックで使うんだよ? 最近はIS強奪とか多いからね! 約束だよ!」
「ありがとう、姉さん」
篠ノ之姉妹がぎこちないなりに久方振りの交流を行っている頃、少し離れた場所ではセシリアが私とシャルの新装備を見て悲嘆に暮れていた。
「イギリスは、BTシリーズはもう駄目ですわ……」
「そ、そんなことないよ! ね、フレイ!」
「シャルの方は有線ケーブルに銃やミサイル、スラスターをくっつけただけ。ルージュは特殊事例、イギリスの方が遠隔無線誘導に関する技術力は上だから……」
「下手な慰めはおよしになって下さいな……」
セシリアは焦点の合わない目で、シャルのガンバレルストライカーとルージュがFFユニットから吐き出された遠隔無線誘導兵器『ファンネルミサイル』の模擬弾を上に放り投げたフラフープ輪に通す練習を見つめている。ちなみに私は最初に一度、空へ輪を投げただけである。スルスルと円錐を二つ繋げたような模擬弾の前後左右に開いた姿勢制御スラスターの噴出口から制御用のガスが吹き出し、細やかな位置調整を行い、二、三個が左右から輪をくぐり抜け、輪が地面に付くより先に模擬弾が引っ掛けて空へ跳ね上げるの繰り返しだ。ルージュが感想を求めてきたのでとりあえずサーカスでの雇用条件は満たせそうねとだけ言っておいた。
「BT適性が低くても運用可能な遠隔攻撃端末ガンバレル、高速戦闘機動中にも追従できる上にISだけで精緻な誘導が可能なファンネルミサイル。目の前にイギリスが開発すべき技術の未来があるのですわ……。正直、束博士がお持ちになられた第四世代IS以上にショックを受けましてよ。それに比べて……」
セシリアはブルー・ティアーズに取り付けられたオートクチュール。強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を見下ろす。本装備は六基のブルー・ティアーズの射撃機能を封印し、完全にスカート状のスラスターとしてのみ運用することで機能する。……そう、ブルー・ティアーズの最大の特徴であるレーザービットがこの装備では使えなくなるのだ。イギリスは未だ高速戦闘時に使えるビット兵器の開発に至っていなかった。
「……こうなってはイギリスはもうパンジャンドラムでも飛ばすしかないですわね」
「セ、セシリア……!?」
パンジャンドラム。イギリスが世界に誇る
「ふふふ、いっそタイヤに乗るISやバイク型の陸上戦艦なんて作ったらウケが狙えるのではないかしら……」
「……セシリア、あなた疲れているのよ。ちょっと休みましょう?」
セシリアを宥めて間も無く。緊急事態が発生したとして一般生徒達全員の予定されていた全活動は中止、一年生の専用機持ちと教職員が全員、花月荘の奥座敷に敷設された簡易指揮所に集められ、緘口令を敷かれた上で状況を説明を受けた。ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音』が制御下を離れ暴走、福音の操縦者であるナターシャ・ファイルスを乗せたまま監視空域より離脱したそうだ。福音はユーラシア大陸方面への針路をとっており、予測進路上でもっとも近い位置にいた私達にこの事態への対処が要請されたという。
本来この事態に対処すべき米軍と日本の自衛隊は動けないらしい。日本はまだ分かる。防衛戦略が専守防衛であり、福音の想定される針路が日本方面とはいえ、現時点で領空を侵犯していない他国のISに対して問答無用で先制攻撃する政治的リスクは犯しづらいだろう。なにより国土防衛も考えなければならない。福音の状況が分からない以上、初動対応をIS学園へ依頼したいと考えるのも分かる話だ。
……だが、アメリカの意図が分からない。アラスカ条約違反を犯してまで作り上げた軍用ISが他国に害をなそうとしているのに動かない? 仮に福音が暴走した際に周辺の配備ISが撃破されたとしても、太平洋上には緊急事態に備えてハワイ基地を離れ、哨戒を行っている艦隊は存在するはずだし、在日米軍基地だって存在する。通常兵器ではISに対応できないとはいえ、完全に見て見ぬふりなんて世論が納得はしないだろう。福音が防衛網を突破して日本へ攻撃した場合を考えると完全な無干渉は政治的デメリットにしかならない。それでもこの状況で沈黙を保つ動機やメリットがあるということなのか。
「作戦を再確認する。軍用IS相手では白式の零落白夜による一撃撃破以外に勝ち筋は無い。そこで作戦空域付近まで篠ノ之の紅椿が織斑を搬送、福音の索敵範囲外から最大加速で強襲を行う。この不意打ちで撃破できれば最上だが、過度な期待はするな。初撃に失敗した時点で作戦を次の段階へ移行、織斑と篠ノ之両名は回避優先で後詰めと合流。オルコットのブルー・ティアーズ、フレイ・アルスターのストライクルージュ、シャルロット・アルスターのウィンダムと共に交戦開始。織斑は他四機が福音相手に隙を作ったタイミングで斬り込むチャンスを伺え。二の矢も失敗した場合は撤退戦だ。各員の生存優先で後退しろ。……以上、各員行動開始!」
織斑先生の宣言と共に、鈴とラウラが教職員に混じって海域封鎖の振り分けへと参加する。あの二人の専用機のオートクチュールは火力重視であり、福音の高機動戦闘には追従できないと判断され、後方支援に回ることになったのだ。シャルとセシリアが何事か相談中。箒は会議室に入り込んだ部外者、篠ノ之束が提唱した紅椿の展開装甲機能について確認を取っている。各々が動き出す中、私は一人で奥座敷を抜け出した一夏を追って声をかけた。
「一夏、アンタは本当に参加でよかったの?」
「ん? これは俺と白式にしかできない仕事なんだ。絶対にやり遂げてみせるさ」
随分と張り切っているというか、思い入れているというか。作戦が失敗した場合を考えると一夏にはあまり気負ってほしくない。そもそも国家代表候補生のセシリア、鈴、ラウラはともかく、私、一夏、箒、そしてフランスの代表候補生から除外されたシャルは現状民間人扱いであり、不参加でも良かったのだ。
「そこまで思い詰めなくてもいいのよ。正直、今回の事件は学生にやらせるべき作戦じゃない。大人達は私達の失敗も十分に折り込み済みよ」
「なんだよフレイ。俺じゃ無理だっていうのか!」
「違うわよ。ずっと気を張っていたら本番まで持たないでしょう? 少しは肩の力を抜きなさいって言いたいの」
「……ああ、悪い」
釘を刺したがあまり効果があったとは思えない。なにが彼を駆り立てているのか。ちょうどいい機会だし、少し突っついてみよう。
「そういえばセシリアとの試合以降、あんまり私達ってじっくり話す機会が無かったわね」
「あー、そういやそうだな」
「私が話しかけなかったのはだいたい箒と鈴のいざこざが原因ではあるけど」
「なるほどなぁ。……アイツらどうしてすぐ喧嘩するんだろうな……」
一夏を狙い牽制し合っているとは考えてすらいないのだろう。幼馴染二名の恋の行方は前途多難である。
「……フレイ、俺に何か聞きたいことがあるんじゃないか?」
どうして恋愛方面以外の察しは良いんだ。話が早くて助かるけど。
「一夏は入学時はあまりISに興味無かったでしょう?」
「元々考えもしていなかった進路だったってのもあるけど、確かにそうだな。それがどうかしたのか?」
「なんで今は精力的にISを学んで、使う気になっていたのかと思って」
「……白式は千冬姉が使っていたISと似た性能だ。剣一本、単一仕様能力の零落白夜もある」
「そうらしいわね」
「だったら、千冬姉の顔に泥を塗らない為にも失敗はできないだろ? ……これまでずっと千冬姉に守られてきたんだ。今後は俺が千冬姉を守れるくらい強くなりたい。それなら相手が軍用ISだからって逃げてられるかよ」
……作戦不参加を『逃げ』ときたか。
「一夏」
「なんだよ?」
「アンタは織斑一夏よ」
「そんなの当たり前だろ」
「白式はアンタを織斑先生の代替品にする道具じゃないし、織斑先生はアンタに自分の代わりに前線で戦ってこいなんて絶対に言わないわよ?」
ブリュンヒルデの弟、世界唯一の男性IS操縦者、希少な単一仕様能力ありの専用機持ちなど、彼を本人が望んだ訳ではない要素で判断する人間は多い。肩書は多く立派だが、彼は織斑一夏という一個人の民間人なのだ。生まれが他人と異なろうが、それは変わらない。彼の白式は男性IS操縦者のデータ取りを目的としていたはずだ。この作戦への不参加を表明しても何の問題もない。当然、後ろ指を指す連中はいるだろうが、そういう輩はどういう結果であれケチをつけてくる。いちいち相手にする必要は無い。
「……わかってるさ。それくらい」
「本当に?」
「ああ、千冬姉のことがなかったとしても、俺は戦う。俺がやらなきゃ日本が危険に晒されるんだからな」
「やっぱり分かってない」
「……おかしいか?」
「織斑先生に迷惑がかかるとか、誰かが不幸にならない為とか外付けの理由じゃなくて、アンタはアンタの自身の為に戦いなさいってこと」
「俺自身の為……?」
「そうよ。例えば私は状況に流されて諦めるのが嫌。友達のセシリア達が戦う中、私が関与できる状況で後ろから見ているだけが嫌だから今回は戦うの」
「偉そうなこと言う割には、フレイの動機も外付けじゃないか?」
「ちーがーう! 根本が全然違うわ! 私は自分が後悔しないことが目的で、私の心に従って戦うの。それに対して今のアンタのは他人からの目とか、専用機持ちとしての義務や責任みたいな理屈込みで行動を選択してる。……アンタはISで、その子の力で何をしたいの?」
一夏は私が指差した待機状態の白式をじっと見つめて、幾ばくかの時間をかけて自分の答えを探し出した。
「……白式で誰かを守る為に戦いたいと思うのは俺自身の、内から出る願いだ。専用機持ちだからとか、千冬姉の評価を落とさない為とかじゃない、俺の願望で作戦に参加したい」
「それなら良し」
「良いのかよ。結論は変わってないぞ?」
「言ったでしょ、アンタが自分の中で割り切って納得して動けるなら動機なんてなんだっていいのよ。で、他に何か言うことは?」
「……少しは気楽になった。ありがとう」
「どういたしまして」
私達が戦場に出る時は刻々と迫っていた。
本作の一夏はVTシステムとの戦闘や相互意識干渉が無かった為、原作に比べてISを使う動機があやふやでした。逆に代表候補生との純粋な実力不足差を知った箒は慢心が減ってます。