陸地がすぐに見えなくなり、空と雲と海、極小さな島が点々と視界の端を流れている。先程までの交戦域は花月荘から2km離れた地点だった。今はそこからより更に20km以上を超えた日本の領域外、太平洋上だ。流石に福音といえど、自分とほぼ同速の相手に最高速度を維持したままの射撃はできないのだろう、それでもひたすらこちらを追い続けてくるのは諦めが悪いのか、それともそういう風にプログラムされているからか。……指定座標までまもなくだ。何があっても良いように先の交戦で減少したエネルギーはエールとフォビドゥンの各ストライカーパックから徴収している。
「カウント始めるよ」
ルージュの音声と共に身構える。
「スリー」
ジャミングは未だに効果を持続している。
「ツー」
指定座標をハッキリと視界で捉えた。雲こそ多いが、何も見当たらない。
「ワン」
何も無ければ私だけで対応しなければならないが……
「ゼロ」
カウントゼロと同時に空域に炸裂音が連続で鳴り響く。ISのハイパーセンサーには反応が無かった。つまり福音もこの現象は想定外だ。即座に追跡を中止、警戒状態へ移行する。私と福音の周囲に空域にキラキラと光を放つ粒子が舞い始める。この粒子の詳細をルージュが即座に表示してくれた。
「アンチビーム粒子……対ビーム爆雷!?」
正式名称はアンチビーム爆雷。エネルギーを拡散・減衰する特殊粒子を詰め込んだ爆雷を上空で起爆させることで一定範囲内に散らし、周辺のエネルギー兵器を一時的に封じることができる代物だ。動きの遅い軍艦のエネルギー兵器防御対策として正式採用が決まっており、福音の主兵装であるエネルギー弾も収束ができずに使用不可となる。
更に追い打ちをかけるようにハイパーセンサーが突如大量のエラーを吐き出す。先程までの一般的なジャミングとは異なる、対IS用電子装備を使った見えない攻撃だ。私は即座にマニュアルに切り替えて自分の目と耳での状況把握に徹する。精度は大きく落ちるが、通常の状態であればこれでどうにか対応できる。だが操縦者が意識を失い、IS単独で暴走中の福音には、この攻撃が致命傷だった。スラスターを細かく噴かせるが、大きく動かない。いや、動けない。なぜなら今の福音は視覚聴覚を完全に奪われた状態だ。天地すら判別できない福音は、下手に速度を出せば自慢の推力と重力を合わせて海面へ全力で激突することになるからだ。武器を奪われ、動きを封じられ、先程までIS学園の生徒達を相手に縦横無尽に暴れまわっていた第三世代軍用IS・銀の福音は今、赤子同然であった。
その有様を呆然と見ていた私は雲間から降下してくる12の飛翔物体を感知した。そして、それらの正体を私は知っていた。
「……ダガー!?」
ダガー。正式には『
……私はダガーが完成したとは聞いていない。そもそも性能を発揮する為の高性能バッテリーの開発が難航していて、
合計12機のEOSダガーはアズラエル社製のフライトユニット・SFSレイダーに搭乗し、一機を除いてジェットストライカーを装備している。手持ちの武装はルージュも搭載しているストライクバズーカだ。残る一機は非武装の上、電子戦特化のストライカーパックを取り付けている。これが先程からISのハイパーセンサーを狂わせて福音を封じている機体と判断した。
様子を伺っているとジェットストライカー装備の一機が私に近付き、接触通信を求めてきた。面倒事は御免なのでルージュには沈黙してもらう。
「お嬢さん、名前はフレイ・アルスターだな?」
「え、ええ、はい。そちらはアメリカ軍と認識しても?」
「おう、アメリカ合衆国対IS特務作戦軍
「アズラエル社からの指示通りに動きましたが、不備はありませんでしたか?」
「文句無しだ。ま、話は仕事を片付けてからだな」
「福音の無力化ですか」
「いいや」
「では何を……」
「
「……え?」
ペイン2がハンドサインで部隊に指示を出した。10機のダガーから弾速の遅いバズーカが発射される。砲弾は発射後に炸裂し、指向性を持たされた子弾が周辺へ散り、攻撃目標である福音を探知して更に分裂。吐き出されたタングステン製の孫弾が空間を埋め尽くす。自己鍛造弾のシャワーが福音を四方八方から叩きつける。反撃も回避も封じられた福音は意識の無い操縦者を抱え込むように防御姿勢をとった。
一射、二射、三射、四射。各機がストライクバズーカの最大装填数を撃ち始めから撃ち終わりまで僅か十数秒程度だった。天使を思わせた白銀の装甲は無残にも焼き穴だらけ、自慢の銀の鐘も削りとられて露出した回路からショートを起こしている。パイロットは辛うじて生存しているようだが、絶対防御がなければ挽肉になっていたであろう。操縦者を守る為に軍用ISとして与えられていた膨大なエネルギーを使い切った福音はもはや飛行すらまともにできず、重力に引かれて落下を始めた。
「ペイン3、ペイン4。回収しろ」
指示を受けたダガーが二機、エネルギー切れで装備状態が解除されたナターシャ・ファイルスを受け止め、待機状態となった福音は取り外された。これにより銀の福音暴走事件は終結した。
私は全てが終わるまで何も言えなかった。始まりが突然過ぎた事もあるが、なによりも割って入る勇気が持てなかった。箒を守る為に無人機の攻撃へ飛び込んだ時とは違う。私の隣にいる指揮官はともかく、周囲のダガーを使用する者達からは明確な悪意を感じたのだ。ISへの憎しみ、ISに選ばれなかった妬み、綺麗な物を引きずり下ろして汚す暗い歓び。負の感情がルージュを通して伝わってくる。福音が消え、感情の矛先が私へ向きそうになったところで私は無意識のうちにFFユニットを解除してエールストライカーに切り替えていた。淀んだ情念は感じなくなった。
「ここまで……ここまでする必要があったんですか」
FFユニットに搭載された装置で生じた精神感応の影響か、今すぐに泣いてしまいたかったが辛うじて堪えて、蟠っている疑念を絞り出す。
「銀の福音はIS至上主義者と女性権利団体がイスラエル経由で開発に深く干渉してきた機体だ。パイロットは奴等の思想に傾倒していなかったようだが、今後象徴として利用される可能性は十分にあった。故に福音計画を潰すことが目的のひとつ。アズラエル社の利益は当然EOSダガーの宣伝だな。第三世代軍用ISを搦め手ありとはいえ潰したんだ。ISの数が足りていない現場は間違いなく欲しがる。御偉方の考えは他にもあるだろうが、これだけ知ってればいいさ」
正直、答えてもらえるとは思っていなかった。機密ではないのか。
「おいおい、この場にいる時点で俺達はIS至上主義者と女性権利団体から嫌われるお仲間だぜ? 知らないと自衛すらできんだろ」
……なんだそれは。私、いきなり権謀術数の世界に巻き込まれたんだけど。
「あー、すまん、脅し過ぎたか。心配しなくてもアズラエル社とアメリカ合衆国の現政権は味方だ。君は末端の構成員、これまで通りにしていれば問題は無い」
「それはそれで蚊帳の外扱いで嫌なのですが……」
「子供は子供らしく気ままに生きていろ。汚い裏方は大人の領分だ」
この人は根が良いのだろう。目の前でショッキングな光景を見せてしまった私を気遣ってくれているように感じる。話しているとナターシャ・ファイルスの簡易的な治療や使用した物資の処理などを行っていた隊員達が集結してきた。
「ペイン2。撤収準備は完了」
「了解した。お嬢さんも俺達にお付き合い願おうか」
「……私は拠点まで戻れますよ?」
私は軍に用事は無い。エネルギーも残っているし、通常速度で飛ばせば花月荘まで到達できるが……。
「あー、それはだな」
「私が説明を変わろう」
いつの間にかジャミングが切れていたようだ。通常通信が割り込んできた。
「こちらはファントムペイン所属スペングラー級強襲揚陸艦J.P.ジョーンズだ。ムルタ・アズラエル理事から君を保護して学園へ送迎するよう仰せつかっている」
もしかしたらルージュのエネルギー切れの可能性を考慮していたのだろうか。そも理事の策に巻き込まれたことがこうなった原因なので有難味なんて全く感じない。それにしても、この人物は変声機でも使っているのだろうか、単調で人間味の無い声だ。
「エネルギーは十分残っています。このまま帰還可能ですが」
「それは困るな。……というのも、銀の福音とそのパイロットは君と共にIS学園へ搬送する予定だからだ。これはIS委員会が暴走の経緯を調査する際に、我々が事前に隠蔽工作等を行っていない証明を君にしてもらう必要がある、そういう事情による要請だ」
……理屈は分かる。これも仕事の内と諦めて、同伴しよう。
「……了解しました。IS学園一年一組所属、フレイ・アルスター。ご厄介になります」
「私はネオ・ロアノーク大佐だ。君を歓迎しよう」
J.P.ジョーンズに乗船後、私は待ち構えていたイアン・リー少佐と呼ばれた人物に案内され、用意されたVTOL輸送機へ待機状態の福音と搬送用ストレッチャーに寝かせられたナターシャ・ファイルスと共に乗り込んだ。
「学園にはこちらから事情を説明しておくので安心するといい。それとこれを……」
特に何の変哲もない紙製の書類入れを手渡された。
「書類、ですか?」
「ロアノーク大佐から君個人への報酬だそうだ。私の方でも中身を確認したが、さして重要と呼べるものではない。君が好きに処理してくれたまえ」
「はぁ……」
それだけ言うとリー少佐は早々とVTOL機から降りてしまった。輸送機も合わせて動き出す。
「なにかしら……?」
到着まで暇なので中身を見てみる。これまたプリントアウトされたシンプルな書体のコピー紙が十数枚。
「トレーニングメニュー、身体に負担の少ない回避マニューバのコツに、機動戦闘時の注意事項……?」
なぜこんなモノを……? さっぱり分からないが、現役軍人からのありがたいアドバイスの数々だ。トレーニングメニューはラウラと相談。他はIS運用時に実践してみよう。
「大佐、輸送機は問題なく発進しました」
「ご苦労だった、リー少佐」
仮面を被った男、ネオ・ロアノークはリー少佐から報告を受けていた。顔の半分以上を覆う黒い仮面は人前では晒されない。波打つ金の髪と肌から西洋人と思われるが、彼は基本的に誰にも素性を明かさない。
「書類も手渡しておきましたが、なぜ彼女にあのような物を?」
「なに、危険な仕事には報酬があって然るべきだろう。
「なるほど。それにしても意外でした。大佐は元空軍のパイロットだったのですね」
「まあ似たようなものだ。私はアズラエル理事から現場指揮官として推された部外者だからな。出自を疑念に思うのも仕方のないことさ」
「いえ、そのようなことは……」
「ふっ、構わんよ。……J.P.ジョーンズ、ハワイ基地へ帰還するぞ」
セカンドシフトなどさせるものか()