一足先にIS学園へと戻ってきた私は、IS学園上層部を介してIS委員会への福音と操縦者の引き渡しに立会い、調書を取られて日を跨いだ頃にようやく解放された。疲労困憊で、夕食も抜く破目になった私は誰もいない、静かな一年生の寮をちょっと特別な思いを感じながら自分の寮室に戻ったのだが……
「お帰りなさい、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ、た、し?」
中で私を待っていたのは学園最強を誇るロシア国家代表にして生徒会長、二年生の更識楯無会長だった。しかも裸エプロン装備。
「馬鹿丸出しの格好を妹の端末に送られたくなかったら40秒で支度しなよ」
私が口を開く前にルージュが気持ちを代弁してくれた。いや、更識さんに画像データを送る気は無かったけれど。楯無会長は待機状態のルージュが喋ったことに一瞬虚を突かれたようだが、顔色を変えて20秒で制服に着替えて戻ってきた。凄く速い。それとご飯は本当に用意してあったようなのでご相伴に与る。時間が時間なので軽い軽食だ。会長は不貞腐れているが、私は悪くない。
「酷くない? 一夏君に試す前の軽い余興だったのに……」
「女の私にどんな反応を期待しているんです?」
「フレイちゃんは女の子が好きだって聞いたんだけどなぁ」
「誰ですか、そんな妄言吐いたのは。訴訟大国アメリカ出身を舐めないでください。名誉毀損で訴えますよ?」
「でも一夏君に性的関心が無いんでしょ?」
「学園に一人しかいない男子生徒になびかない女はみんな同性愛者扱いですか?」
「そうは言わないけど。あ、もしかして学園外に好きな人はいるとか!」
「……ところで御用はなんでしょう? 疲れたので早く就寝したいんですが」
生徒会長がわざわざ深夜に訪れたのだ。私相手にふざけたかっただけ、なんて話は無いだろう。
「あなたから見てムルタ・アズラエルはどんな人?」
「……なんでそんなことを聞くんです?」
「だって今回の事件は彼が絡んでるでしょ?」
「さぁ?」
福音事件は国家事案ということもあって重い守秘義務がある。生徒会長がどこまで事情を把握しているか分からないが、仔細を話す訳にはいかない。
「更識家は日本政府と密接な関係だから、ほとんどの事情は把握してるのよ。福音撃破の経緯も、アズラエル社の新型EOSの売り込みもね」
「だからと言って私は何も語れませんよ」
「それはそうね。だからムルタ・アズラエルという一個人のパーソナリティを聞いているの。何が好きで嫌いか。あなたの主観でいいから聞いてみたいと思ってね」
私から見たアズラエル理事、か。確かにそれなら口を閉ざす必要は無い。食事の礼として答えてあげよう。
「良くも悪くもビジネスマンです。民需軍需分け隔てなくどんな品でも取り扱います。誰にだって商品を売るし、売れるようにする」
そう、売れるようにしたのだ。EOSは既存のマイナスイメージが強く、実績無しで売り出せば、たとえ高性能なダガーでも初動の売れ行きは確実に悪かったはずだ。福音関連の情報が世界にどの程度出回ったかはしらないが、今頃生産ラインは休み返上でフル稼働しているに違いない。
「そして採算の取れない事業は容赦なく切り捨てるでしょう」
彼はリアリストだ。利益にならない、価値が見出せないものは崇高な理念や思想があっても排除対象になる。前世において彼の指示で地球連合が私の留学先であった中立国のオーブを焼いたと聞いた時は肝が冷えたものだ。
「様々な分野に手を広げてますが、思想的には遺伝子工学が嫌いなはずです。日本がどういうスタンスをとっているか知りませんが、彼と手を取り合いたいなら取り扱いには気を付けた方が良いと思います」
「なるほどね。ちなみにこれは例え話だけれど、日本が彼の台頭を嫌って全力で対処…いえ、敵対しようとした場合、どんな反応をすると思うかしら?」
「日本に三発目の核が落ちるかもしれませんね」
「………………………それは冗談、よね?」
「あくまで私の主観ですので」
私は彼が本気になれば、人に対して核すら用いる人間だと知っている。そして、ウィンダムのストライカーパックのカタログの中には『マルチストライカー』という
話を聞き終えた楯無会長は席を立った。扇子を開いて「協力感謝!」の文字をみせて足早に去っていた。アズラエル社の雇われとしては理事を適当に持ち上げておくべきだったのだろうが、今の私はそんな気分では無かった。……ムルタ・アズラエル、か。前世ではドミニオンに同乗していたが、個人的な接点はほとんど無かった。私も一度、彼とは話し合う必要があるとは思っている。コーディネイター殲滅を掲げた彼が今の世界で何をしようとしているのだろうか。食事と疲れで襲ってきた眠気に負けて、私は床に就くことを決めた。
翌日、臨海学校から帰ってきた一年生を出迎えると一組の面々に取り囲まれ心配された。先に電話で織斑先生から連絡があり、福音のことは一般生徒に言えない為、専用機持ち達は沖合での海難事故の救命活動に参加したものの、私だけ
当然だが、作戦に参加したメンバーは私が何をしたのか把握している。一夏や箒は申し訳なさそうにしていたが、元々無茶な作戦だったのだから、失敗を悔やまないでほしい。鈴とラウラは呆れてはいるが、特に何か言うつもりは無いようだ。
……問題はセシリアとシャル。何の相談も無しに一人で囮として動いた事を烈火の如く怒っていた。流石にアズラエル社の非合法活動に巻き込まれたとは言えないので笑って誤魔化すが、心配させた身としては、夏休み中にしっかりフォローしなければいけないだろう。
それから更に一日経って。織斑先生から呼び出しがあり、例の相談の準備が出来た旨を伝えられた。とても、気が重い。
「お待たせしました。アズラエル理事」
「随分とお疲れのようですね、大統領」
「口喧しい連中が官邸に押しかけていたもので、先ほどまで対応に追われておりました」
「福音の再開発要請とEOS不要論ですか」
「連中はISが生み出してきた甘い蜜を吸い上げ、肥えてきた。今更新しい価値観は受け入れがたいのでしょうな。利権が無くともISという存在に未だ心奪われる者は多い」
「理想は人が生きていく上で大事な要素ですが、過ぎれば身を滅ぼす毒になる。ISだけで世界が回っている訳ではない。人類はそろそろ夢から目覚めるべきだと僕は思いますがね。今まで夢で生きてきた彼等が現実に耐えられるかは定かではないですが」
「ならばせめて甘い夢を見ているうちに介錯してやるのも、ひとつの人情ですかな」
「大統領は実にお優しい。ドミニオンからの定時連絡によればダイダロス基地の稼働状況も安定しているとか。今の進捗ならば秋頃には鳥籠も完成しますよ」
「では我々もそのつもりで準備を進めましょう。奥方には、何卒よろしくとお伝えください」
「ええ、勿論。青き清浄なる世界の為に、今後ともよろしくお願いします」