「私には前世の記憶があります」
織斑先生との秘密面談はその一言から始まった。再構築戦争と呼ばれた第三次世界大戦とその終結から始まった宇宙移民、ジョージ・グレンの告白、最後は私が経験したC.E.71年の地球連合とコロニー国家プラント間で勃発した実質的なナチュラルとコーディネイターによる生存戦争までのおおまかなコズミック・イラの歴史を語り、私の使うISの装備の多くがC.E.世界の技術を模倣して作られていること、すなわち私以外にも記憶を持ったままこの世界に生まれ直している者がいる事実を述べる。そして、一番重要な、織斑先生と一夏、ラウラの出生の秘密。遺伝子工学によって生まれた者達に警鐘を鳴らす。ブルーコスモス盟主、ムルタ・アズラエルには気をつけろ、と。
話を終えた頃には織斑先生が最初に入れてくれたコーヒーが随分と冷たくなっていた。用意されたコーヒーのセットは学園共通の物で、砂糖やミルクだけでなく塩の入れ物がある。確かエチオピアでは塩でコーヒーを嗜むらしいので、国際色豊かなIS学園はその辺りも配慮しているのか。……おっと、気が逸れていた。なにぶん十五年間心の内に留めておいた秘密を明かしたのだ。気分が高揚するのも致し方ないと思う。
ところで先程から無言の織斑先生はどうしたものか。
「あの……織斑先生、大丈夫ですか?」
「お前はまだ呼べるのか」
どういう意味だろう。答えに窮していると、言葉足らずだったと気付いたのだろう。躊躇いがちに言葉を添えた。
「私を、まだ教師と呼べるのかと聞いている。ナチュラルのお前からすれば、私は生まれからして弄られた人間モドキだ。これまでの私の実績や評価は全て人工的に調整された結果と言える。狡い、気持ち悪いとは思わないのか」
「全く問題無いです。私が本当に好きになった人は、コーディネイターでした。好きになった理由は戦えるからでも、頭が良いからでも、顔立ちが良いからでもありません。それに……」
「……それに?」
「私は織斑先生を尊敬しています。ブリュンヒルデだからとか、強い女性のイメージ像の具現化だからではありません。一夏を、人を女手ひとつで育てたことを尊敬しています」
先生にとって想定外の答えが返ってきたのか、息を吞む音がした。
「一夏は調子に乗りやすく単純で、女性からの好意に鈍感ですが、その性根は真っ直ぐです。子供の成長、特に精神は家庭環境に大きく影響を受けます。一夏があれだけ純粋で綺麗に育っている事実こそが、織斑先生が立派に親代わりを出来ていたことの証左です。少しでも織斑先生が自分の持つ才能で驕ったり、他人を見下すような人であれば、一夏もその影響を受けて屈折していたはずで……」
「アルスター」
話の途中で遮られてしまった。しかも顔も逸らされている。
「お前、そうやってオルコットや義妹、ラウラを誑かしてきたのか。この悪女め」
「なんでですか!」
先生から急に悪女扱いされたんだけど、酷くない!?
「お前が言ってくれたことはな。…………私にとって、モンドクロッゾ優勝を称えられるよりも遥かに嬉しい言葉なんだよ」
普段の先生の顔が見る見るうちに赤くなって……まさか照れてます? 織斑先生の照れ顔!? これ、超プレミア物では!? チラリと見たトリィの目が点滅している。意思は伝わったようだ。
「んんッ! 話が逸れたな」
心の整理が落ち着いたのか視線を戻して元の凛々しい織斑先生に戻ってしまった。
「しかしお前が前世と今生を合わせれば私より年を重ねているとはな。今後は目上として扱うべきか? ん?」
「あら駄目ですよ、織斑先生。今の私は間違いなく15歳です。私を見て安心してたらいつまでも良い人ができませんよ」
「……ほぅ、言うじゃないか? 小娘」
「フフフ。前世は彼氏持ちでいろいろと経験してるんですよ。万年男っ気無しの先生とは違いますから」
「……ねぇ、なんでさっきまで良い雰囲気だったのに、フレイと千冬は一触即発の状況になってるのさ。わけがわからないよ」
例え同性であろうと、女性に対して年齢をネタにしてはいけないのだ。
閑話休題。
「ムルタ・アズラエルか。昨日、更識楯無からも警戒を促されたが、それほど危険か」
「核弾頭を民間コロニーに対して躊躇なく使用する人です。織斑先生達の正体を知ったらIS学園の生徒ごと核で焼き払ったとしても私は不思議じゃないですよ」
ブルーコスモスという過激派集団は何をやるか分からない怖さがある。狂信者による自爆テロの可能性だって否定できない。織斑先生の話によると、織斑計画ことプロジェクト・モザイカは天然の天才、篠ノ之束の出現で計画倒れとなったそうだが後続が存在しないからといって、今、目の前にある成功例を彼等が生かしておくだろうか。
「それと、ひとつ気になる点がある」
「なんです?」
「私は福音の暴走を束の仕業だと思っていた」
「束博士、ですか?」
「ああ、厳重に管理された軍用ISに対して外部から干渉して暴走させるなど、アイツ以外に出来るとは考え付かん。お前から話を聞くまで、妹に与えた紅椿のお披露目に利用したのだと考えていたし、事件終息後に直接追及したが関与を否定しなかった」
「でも、事前に座標と時間の指定までした上での待ち伏せ作戦ですよ? アズラエル理事以外に準備できるとは……」
そこまで口にして、私はひとつの可能性に思い至る。先生もそこに気付いたのだろう。私の代わりに仮説をあげてくれた。
「福音暴走事件、
二人が手を結んでいる。これまで考えてすらいなかった想定に困惑してしまう。織斑先生も思考の渦に巻き込まれているようだ。束博士ほどの良い意味でも悪い意味でも常識外れな破天荒な人物とアズラエル理事のような利己主義者が手を取り合える理由。先日出会った束博士を思い出しているとすぐにひとつの違和感に思い至る。
「ねぇ、ルージュ」
「なんだい?」
「アンタが言ってた紅椿のコア人格の文句、もう一回言ってくれない?」
「『
……ルージュを調査してもらう前、私は束博士の存在に注視し過ぎていたせいで、大事な内容を聞き逃してしまっていたようだ。いや、そもそもあの時点で束博士を私が疑う理由必要は無かったのだから、気付かずにいたのも仕方のない話ではある。
「織斑先生、『
「……それは?」
「
「束の奴は今、スペースコロニーの開発を手掛けている。そういうことか」
「はい。コロニーは単純に巨大です。砂時計型は両端までが60km、シリンダー型でも全長30㎞程度はあります。勿論これはコズミック・イラの一般的な基準で、小型化は十分に可能でしょうが……」
「一人で作るには流石に巨大過ぎる」
織斑先生の指摘に同意する。宇宙開発の為にISを発表した束博士だ。スペースコロニーの研究開発なら嬉々として応じるだろう。
「マンパワーもですが、資材の調達など様々な要因があります」
「そこでアズラエル財閥が絡む訳か」
「おそらくアメリカ合衆国と、他にもそれなりに大きい影響力を持つ協力者がいると思います」
「どうしてそう思う」
「アメリカやアズラエル財閥が巨大とはいえ、大規模な事業になります。二者の影響力だけで世界全てに隠し事が出来るはずがありません」
「そうだな。しかし世界的に見て、何処かしらに常軌を逸した量の物資が集積されているなどの話は感知されていない。まだ計画は初期段階といったところか」
確かにコロニーの作成には多大な物資が消費される。資材の搬送ルートに十分に気をつけたとしても、何処かしらで歪みは出る。ただし、これは地上で資材を調達するなら、だ。
「いえ、地上から送る物資は最低限で済みます。作業従事者用の食料、酸素をISの量子技術を用いればコンパクトに送れるでしょう。束博士の技術をもってすれば、それすらも初動の分だけで、宇宙で完全循環型の製造プラントを作ってしまうかもしれません」
「コロニーの枠組みに使う金属はどうする」
「おそらく月と、資源衛星から調達するのではないでしょうか。特に月は手つかずの大規模な土地、レアメタルの宝庫で、凍結した大量の氷から水も確保できます。何よりも
そして、その場所の当たりは付けられる。
「
「流石に遠いな。そもそも宇宙の状況など個人では調べることもできん。日本やドイツに調べさせるのも、リスクが大きすぎる」
「でしたら、夏休み中にアポイントをとって本人から直接話を聞いてみたいと思います」
アズラエル・インダストリのテストパイロットとして要請を出せば無碍には扱われないだろう。
「お前が危険ではないか?」
「いえ、元々その予定でした。向こうは私前世の記憶があると知っていますから、今更です。心配しなくてもアズラエル理事は私に利用価値を見出しているようですから、殺されることは無いですよ」
殺す気ならば、事故を装った上での処分はいつでも出来たはずだ。
「情報を流したルージュが私を止めないのも安全だと判断した理由のひとつです」
「明確に敵対意思を見せなければ、危険性は少ないと僕は判断するよ」
「ほら、こう言ってます。それに相手の目的を知らなければ、こちらもどう対処すべきか分からないです。向こうだって私達に好き勝手動かれて盤面を荒らされるくらいなら最低限の情報を寄越すと思いますから」
「……意思は固いか。ならばせめて無事に戻ってこい、アルスター」
「当然です」
短編の癖に20話を超えてしまいましたが、本作は既に終盤に差し掛かっております。書いては投稿の自転車操業ですが、30話は流石に超えないと思います。